本づくりは建築現場のように

2003-12-24 水曜日

径書房 大庭雄策 :http://www.komichi.co.jp/

 年末です。師走もどんどん過ぎていきます。
 今年は初めて、絵本の編集をしました。『ひとり暮らしののぞみさん』という大人の絵本。いろいろなところでご紹介いただいています。で、編集にあたって、新しい経験がどっさり。文字だけの一色モノにはない数々の工程を知ることになりました。「制作現場に立ちあう」といったことも、そのうちのひとつです。
 印刷所では、カバーと本文の印刷をチェック。オフセット4色機(デカっ)から刷り上がってくる試し刷りが校正刷り(本機印刷の見本にするもの)にどんどん近づいていくときの安心感を味わいました。ベテランのオペレーターの方に面と向かって「この部分、濃度が足りないです」なんて言うときには、えもいわれぬ罪悪感が……。(色のプロを前にして、そんなことを言う資格がオレにあるのか? というような。いやいや、この本の責任者はオレだぞっ。)
 図像を裁ち落とす絵本なので、正確に裁ち落とされるかをみるために製本所にも行きました。ラインに並んで、徐々に本が組み立てられていく様をみましたが、これは意外とアナログかも(職人を必要とする感じがする)。機械からポンッと出てきた「第1号」を手にとると、お、熱い。折丁の背を綴じるための接着剤が熱いのでした(糊を熱で溶かしてから付けるので。ちなみにこれを「アジロ綴じ」と言う)。社長さんいわく「昔は編集者もよくここに来て作業を手伝ったもんだ。今は立ちあいにもなかなか来ないね。コストダウンしろとかそんな話しばかりで現場に来ない」。そうか……昔の編集者はエラいなあ。

 今日も、近刊『近代哲学再考』(竹田青嗣=著)のカバー色校のチェックで印刷屋に行ってきたところです。すでに製版からやり直して再校をとったのですが、納得のいく色にはまだ遠い。そこで、装訂家も一緒にスキャニングから立ちあうことに。オペレーターの方と相談しつつ、プルーフ(校正刷りの一歩手前の簡易校正)をいっぱい出していく。あれ?表面になんか傷みたいなものが! いつの間にかポジ写真にスクラッチができていたのです。ガーン……。でもオペレーターの小倉さんが透かさず「データ上で修正できますよ」。ああ、良かった。色具合も、うーん、もうちょい、かな。

 本をつくる工程には「建築現場のような面白さがあった」と『ひとり暮らしの のぞみさん』の作者である蜂飼さんは言っていました。たしかに、本づくりの作業工程は「立体的」だと感じるこのごろです。


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ゲリラか夜盗か

2003-12-17 水曜日

凱風社 新田準 :http://www.gaifu.co.jp/

 2001年5月の本欄にこんなことを書いた。
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——略—— 新聞やテレビでは小泉純一郎・新総理の誕生や、教科書問題など、話題に事欠かない。小泉純一郎の言動たるや「フライ級右翼」といった感じでなんとも危なっかしい。
 それでも80パーセント以上もの日本人が小泉政権を支持しているという。
 「自衛隊容認」「靖国神社参拝」「憲法改定」を主張する首相。しかもそれをバックアップする政権党の幹事長は元・防衛庁長官の名うての改憲論者だ。いったいいつの間にこんなことになっちゃたんだろう。
 唯一はっきりしてきたのは、自衛隊が軍隊だという共通認識だ。軍隊は憲法上認められていないから、漸次廃止とするのか、それとも改憲して「普通の国」になるのか——おそらくこの1〜2年で決着がつくのではなかろうか。クラウゼヴィッツの言うように、戦争は政治の一手段にすぎないのだから、「普通の国」は普通に戦争をする。
 20世紀の実例を見ても、戦争は常に「防衛」の名目で始まっている。「侵略」を掲げて戦争する国などない。
 パソコンの前に座っている若者諸君、これでほんとにいいの? 戦争に行くのは君たちだよ。
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 改憲論者の幹事長は女性スキャンダルにまみれて落選したが、小泉の戦争参加の意志は揺るがない。

 ちょっと考えてみた。かつて伊藤博文がハルビンで安重根に殺されたとき、安はテロリストとして逮捕され死刑に処された。しかし安重根は現在の歴史書では、テロリストではなく愛国的民族主義者だ。また、日本軍が中国を侵略したときにゲリラ戦で抵抗した民衆を、日本は「赤匪」と呼び盗賊・強盗扱いした。そのときに戦闘を指導したのは毛沢東であり、その戦術的根拠を「持久戦論」に書いた。
 米英占領当局に出向していた2人の外交官がイラクで殺されたと、き小泉がまず言ったことは、「夜盗・盗賊のたぐいかもしれない」であり、その後「テロだ」と強調し、「テロに屈するわけにはいかない」と力んでいる。
 そうなんだろうか。どうみても、アメリカはイラクを侵略し、ゲリラ戦に巻き込まれて四苦八苦している。かつての日本の姿がここに重なる。
 今度の派兵決定に際して、小泉は日本国憲法前文を根拠とした。憲法学者の古関さんの表現を借りれば、まさに「奇想天外」なこじつけだ。

 ね、小泉さん、X-JAPANやオペラなんか聞いて司馬遼太郎に感心してる場合じゃないでしょ。もちっと歴史を勉強したほうがいいんじゃないの? 兵士たちは死んじゃうんだよ! 拉致家族が一家四散の憂き目にあっていることだって、あんたの責任なんだよ。どー責任とるのさ。

 パソコンの前に座っている若者諸君、これでほんとにいいの? 戦争に行くのは君たちだよ。


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ある世論調査が教えているもの

2003-12-10 水曜日

同時代社 高井隆 :http://www.doujidaisya.co.jp/

 イラクに自衛隊を派遣しようという。そして、もっともっと「国際貢献」するために憲法改正するべしという声は、今やそれが当然のように政治では議論されています。憲法9条も風前の灯火という感があります。私は今、30代ですが、よもやこんな時代がくるとは思ってもみませんでした。
 では、護憲・改憲のバランスが「いつ」から崩れたのかでしょうか。「9.11」以降ではないかと言う人もいます。そうかな、と漠然と思っていました。
 しかし、ここに偶然目にしたひとつの世論調査があります。1992年と2002年、10年間を対比しています。調査では「あなたは、今の憲法を改正する必要があると思いますか、それとも改正する必要はないと思いますか」と尋ねています。「改正する必要があると思う」が10年前の92年は35%、02年は 58%。一方、「改正する必要はないと思う」は92年は42%、02年は23%に減少しました。この10年間に大逆転があったことを示しています。しかも、その中で注目すべき特徴は、30代が逆転をリードしているという事実です。憲法改正派の折れ線グラフを右肩上がりに押し上げているのは私と同世代の人たちだというのです。高齢層はむしろ逆転にブレーキをかける役割を果たしているという点があります。戦争を知らない世代と知っている世代の差でしょうか。う〜ん。
 いずれにしても、ハサミ状の2本の折れ線グラフは、93年から94年頃に交差し、以降はそれぞれ上方、下方に向けて離れていく一方のように見えます。この10年間に何があったのか。とりわけ私と同世代の人たち、30代から40代に至る人たちが、これまでの「常識」、少なくても私の中にある「常識」が覆るような、どんな出来事があったのでしょうか。
 バブルとその崩壊、冷戦の終結、湾岸戦争、阪神大震災、新しい歴史教科書、等々さまざまな劇的な変化はあって、どれも衝撃を受けたのですが、ただ、街にはモノがあふれていましたし、私自身は、酒、タバコ、ギャンブル(弱いけど)もいっぱしに覚えて、お気楽に過ごした10年でもありました。「なんか先行きがあぶなくなってきたなぁ、大丈夫かなぁ、でも、まだまだお気楽に過ごしたいなぁ」そんなお気楽な脳みそに、戦争がしたくてたまらない改憲派が、そっとすりこんできたのでしょうか。ある世論調査の結果についてそんなことを考えていたら、どこかの都知事がイラクで自衛隊が攻撃されたらという問いに対して「反撃して、殲滅してしまえ!」「日本軍は強いんだ!」と叫ぶのをテレビで見て、その後ろに300万の有権者の支持があるのかと思うとブルッときて背筋が寒くなったと思ったら本当に風邪をひいてしまった31才の誕生日の夜でした。


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某中学校、PTA広報誌事情

2003-12-3 水曜日

千秋社 五十嵐三枝 :http://

 中学校での新学期のPTA役員決め、ご多分にもれず、なかなか決まらない。
 学校からは「お子さんが在籍している3年間のうち、1度は何かの役員を引き受けるよう、ご協力ください。」との言葉・・・・。
 一番負担の少なそうなのをと、引き受けたのが、年に2回、PTA向けの「会報」をつくる「広報委員」・・・・これが曲者だった。
 まず、役員になったばかりの、「新米広報委員」のお母さん数人で、どんな内容の会報にするか話し合い、どのような記事を載せるかを決める。
 記事を集めるために取材したり、先生たちに原稿を依頼したり、写真撮影もする。
 その他、印刷屋さんとの予算の交渉、校正作業もあるのだ。

 今回、自分が担当したのは「図書館スタッフへのインタビュー」と「スクールカウンセラーによる研修会」を取材して、記事にまとめることである。
 自分たちが中学生の頃はそんな横文字の「教職員」はいなかったので、まず「学校の中でどういう立場でどんな仕事をしているか?」を理解する必要がある。
 何となく気が重く、緊張した気分でインタビューに行くと「図書館の優しいお姉さん」である(こういう人がたくさんいると、学校の雰囲気も和らぐだろうなあ)。
 インタビューを何とか終えたのは良かったが、限られた文字数にまとめるのは、結構大変だった。普段は使わない脳と辞書を回転させて、ようやく、まとめ上げる。

 「スクールカウンセラーによる研修会」は、ひたすらメモに徹しようと思っていたのに、「出席者参加型ロールプレイング方式」(その上、少人数)だったので、大忙しである。
 おまけに意見まで求められる。メモする暇もなかったので、渡されたプリントを頼りにまとめるしかない。学校の教頭は大変な入れ込みようで、「この研修会は、是非、広報誌に記事にして下さい。」との要望である。
 今、何かと問題の多い中学生・・イジメ、非行、携帯電話。被害者にも加害者にもなり得る年代である。家では何も話さない子供、不在がちな親たち、そんなモデルケースを取り上げながらカウンセラーの先生がアドバイスする。
 そのような難しいやり取りを文字で表すのは、非力な自分にとって、至難の業である。
 何とか切り抜けて、空白は写真で埋めて・・・・完成。

 各々の委員が、そんな苦行を繰り返しながら、集められた数十ページの原稿、つい数日前に初稿が上がってきて、皆で手分けし回覧しながら校正している。

 仕事や家事、介護(そんな年代の親を抱える人もいる)をしながら、逞しく(図々しく?)校内を駆け回って記事や写真を集めた。
 
 学校のOBでもある印刷屋さんは、僅かの予算と知りつつ、無理をきいてくれた。

 「PTA活動」は殆どが母親たちのボランテイアで成り立っている。そこから得られるものは「少し、先生たちと親しくなれる」「学校のことが、少しは詳しくなる」「知り合いがふえる」くらいだと、自分は思っていた。
 初めは仕方なく、消極的な気持ちで始めた役員だったが、今では「来年度からの『学校自由選択制』を控え、より良い選ばられる公立中学校にする為には何が必要か」など委員同士で熱く、話し合ったりもする。まるで、「模範的な保護者」のようだ。

 そして、目下自分に任されているのは、年度末に発行する「号外」の予算を大幅に値下げしてもらうように交渉することである。


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