衝突の向こうに見えるものは……。

2003-6-25 水曜日

日本経済評論社 木野村照美 :http://www.nikkeihyo.co.jp/

衝突の向こうに見えるものは……。

一冊の写真集を偶然手にした。1960年代の大阪生野区『猪飼野』の風景。人。
パラパラめくると懐かしさと暖かさが胸にこみ上げてくる。
この地は、在日韓国・朝鮮人が多く住む場所。モノクロの写真のなかで、子供たちの顔。ハルモニ(おばあさん)たちの顔があり、凛とした逞しさが映し出されている。決して楽ではない生活。民族差別の厳しいなかで生きる逞しさが笑顔にきざまれている。この笑顔に心うたれる。

9.11以後の世界は、これまで培ってきた世界秩序が一気に変わりつつある。大量破壊兵器の保有、テロ国家と言った「認定」戦争が開始され、『正義』の名の下に多くの罪なき人々が家を奪われ、生命を奪われる。
テレビニュースや新聞は、奪われる側ではなく、奪う側の「正義」を強調する。正しい情報は、新聞やテレビだけでは決して得られない。図書館にブッシュやイラク戦争がらみの書籍をリクエストするとすでに貸し出されている。何人もの人が後に続く。アフガニスタンの戦争の時にも、中村哲医師の講演会に多くの人が、アフガニスタンの本当の状況を知りたいとつめかけた。イラク戦争開始の時も世界中の人が攻撃反対のデモに参加した。
いまだに続くアフガニスタン、イラクの戦争状況の渦中に私たち自身がいることを考えざるを得ない。
世界の人々はこの状況をどのように見ているのか? 日本はどこに行くのか?
さまざまな意見を聞き、自ら考えて行かなければただ流されてしまいそうだ。

衝突を超えて』 −9.11後の世界秩序− 本体3000円
ケン・ブース/ティム・ダン編 寺島隆吉監訳 塚田幸三・寺島美紀子訳 四六判上製
9.11の衝撃を経て「テロとの戦争」が 、ここ数年の世界的課題になりつつある。本書はさまざまな国の学者・有識者32名が執筆。テロ問題、軍事、法律、倫理、国際秩序などの専門家たちである。
内容的は、たとえば、イスラム原理主義による政治支配を「イスラム−ファシズム」と名づけ、アフガニスタンへの報復攻撃を正しいものとし明確に米国政府の肩をもつフランシス・フクヤマの論考。「歴史と9.11」、米国こそが世界最大のテロリストだと主張するノーム・チョムスキーの論考「誰がグローバル・テロリストか」といった論考が多数収録されている。


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木馬…「もくば」と読まないでね

2003-6-18 水曜日

日本林業調査会 辻 潔 :http://www.j-fic.com/

photo1.jpg「きうま」「きんま」といいます。昔、山から木を運び出すときに使った、ソリのような道具。これを昨年、東京の山奥でつくったんですね。土日を利用して、奇特な人達が。ベテラン林業者の指導のもと、木を伐り、トビで引き出し、木馬が通る木馬道を組み上げていく。なんだかんだで4か月くらいかかったでしょうか。私は横で見ていただけですが、素人がやるにしては些かキツく、危険な試みではありました。何はともあれ、ケガや事故がなくてよかった。年末11月、実際に木馬を引くことができました。


photo1.jpgさらに、修羅という、木でできた大きな滑り台のようなものも製作。この滑り台で丸太を一気に流すのですが、これまたなかなかハードでデンジャラス。重要感あふれる丸太が勢いよく目の前を通過していくのを眺めながら、もし横に飛び出したらえらいことになるなと、少々ビビッてました。そんな楽屋話は置いといて、東京に息づいていた林業の「技」を現代に伝えるブックレットが6月20日にできます。山で働いてきた親父さん達からの聞き書き。関係者の皆さんお待たせしました。ようやく世に出ます。ご興味のある方はどうぞ。

聞き書き 山の親父のひとりごと


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自分がいま、なにをすべきか

2003-6-11 水曜日

青弓社 岡部友春 :http://www.seikyusha.co.jp/

先日、版元ドットコムの総会がおこなわれた。会員社が22社39人、会友が8人、会員外が38人で総勢85人と予想以上の参加人数だった。もちろん、総会だけの参加、懇親会だけの参加という人もいたが、成功裡に終えることができたのはまちがいない。
参加されたみなさん、総会準備に携わったみなさんに感謝を申し上げたい。

総会前に、会員日誌担当者から「簡単でいいから、総会のことを日誌に書いてくださいよ」と言われて快諾したものの、当日、受付を担当してしまい、総会が始まってもずっと受付にいて、話をなにも聞いていない。途中から会場に入ったものの、途中からなので話の内容がつかめない。懇親会会場でもなぜかお金の管理をしてしまい、懇親会から参加してくる人への応対とお金の見張り番などであまり人と話ができなかった。となると、書くことがない……。
そんな状況でもなにか書かないとまずいので、記憶に残っている話などを少々。

質疑応答でも懇親会の挨拶でも書店の店頭在庫へのリンクについての話が出たが、やはり気になるところなのだろう。どうやってリンクを貼っているのか、許可や連絡をしてあるのかなどである。書店の店頭在庫へのリンクに関しては連絡をしていない。リンクフリーの場合でも、事前に連絡をせず、相手側がどこでなにをされているのかわからない状況というのはよくないと思う。相手に利益をもたらす可能性が高くてもだ。「いままでとはなにか動きが違う」と書店側が思ったときに、「あっ、版元ドットコムのリンクのせいかもしれない」と思ってくれたほうが、お互いにとっていいことなのではないだろうか。版元ドットコムの運営をするにあたって、なにをするにしてもつねに相手がいるのだから、今後はなおいっそうのこと、相手のこと、接し方などを考慮して活動していかなければいけないと思う。今回の総会でいちばん身にしみた話だった。

当日配られた資料を見ても、版元ドットコムが着実に発展していることがよくわかる。登録点数も売り上げ冊数、売り上げ金額も着実に上昇している。近刊・新刊案内メールを送るようになったこと、購入画面のすべてのページに「送料無料」などの購入方法の記載をおこなったことなどが理由として挙げられるだろう。
登録点数は6000点を超えて、データベースとしての役割の一端を担えるようになったなと思う。これからも登録点数が増えていき、さらなるデータベースの充実化をはかりたい。

懇親会で、「ここまで進歩したのはポット出版の沢辺さんと日高さんのおかげだね。2人がいなかったら、版元ドットコムのここまでの進歩はなかったと思う」とある人から言われた。たしかにそのとおりで、この2人がいなかったら、ここまで発展することもなかったし、存在自体も危うかったかもしれない。しかし、幹事社や会員社、会友の陰の力も見逃せないことも事実だ。いうなれば、みんなが支え合ってきたからこそ、ここまで発展できたのではないだろうか。

と、まるく収めて終わりにしたい。
最後に、総会の報告をすべき人間が総会の話を聞いていなかったという締まりのない話で恐縮だが、自分がいま、なにをすべきかをあらためて考えさせられた有意義な一日だった。


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「めぐりあう時間たち」を観ながら

2003-6-4 水曜日

梨の木舎 羽田ゆみ子 :http://www.jca.apc.org/nashinoki-sha/

「民族に棲む魔」がパンドラの箱から踊り出て、さまよっているのですね、きっと。
それは19世紀の末から20世紀半ばの日本を、西洋列強にたちむかせ、アジアへの覇権へむかわせたもの。アルジェリア独立戦争を戦い、泥沼のベトナム戦争を勝利させたもの。そして2003年のいま、アメリカのイラク戦争をささえています。

最近話題の『めぐりあう時間たち』を有楽町まで観に行きました。
土曜の午後の1時間55分は、1923年から2001年の時間の流れとかさなり、登場する3人の女たちは「生きるとはなにか」という永遠の問いを彼女たち自身と観客にくりかえしくりかえしなげかけます。
3人の女性は1923年『ダロウエイ夫人』を執筆中のバージニア・ウルフ、1951年のその『ダロウエイ夫人』をよむ、主婦ローラ・ブラウン、2001年、編集者のクラリッサ・ボーン。
場所はそれぞれ、ロンドン郊外のリッチモンド、ロサンジェルス、ニューヨーク。(この映画の影の主役『ダロウエイ夫人』新潮社、図書館の本は貸し出し中で何人も予約が入っていました。ふだんだったらほとんどかりられない地味な本ということ)

監督は1960年イングランド生まれのスティーブン・ダルドリー、ロイヤルコートの芸術監督をつとめ100本以上の舞台を演出しているといいます。映画のつくりかたは舞台的でもあります。舞台のうえに、3つの時代がつくられスポットライトがあたり、それぞれのいまが映し出され、3人の女たちが観客の中でめぐりあいます。
もうひとつのテーマは生と死。クラリッサの恋人でエイズ患者の詩人リチャードは高層マンションの窓枠からほんのすこし身をずらすようにして死に落下していきます。彼はローラ・ブラウンの息子で、ちいさなころ母親の死へ傾斜していく心を追い続けていました。そしてラストシーンは、バージニアの死。3人の女たちが抱えている、存在の危機、生きることはいったいなんなのか。しかし、この問いは社会的な背景なくかたられます。戦争も、社会参加も、フェミニズムも、人種差別も、教育問題も、表には出てこないのです。

堀田善衛が1956年に出版した『インドで考えたこと』はヨーロッパ的価値と日本の近代化、日本人の在りようをとりあげいまでも意味をうしなわないとおもいますが、
ヨーロッパは死にたくない、死にたくないといい、アジアは生きたい、生きたいと(いうようなこと)言っていて(正確ではないが)、印象的におもいだします。(『堀田善衛——その文学と思想』同時代社は刺激的でした)

「ぼくは何ものももとめず
ぼくは何ものももとめず、森のへりの木陰に立っていた。
あけぼのの瞳にはまだあこがれがただよい、
大気は露をふくんでいた。
地の上のあわい霧には、濡れた野草のものうい匂いがした。
……」
先日、下北沢のライブハウス「ぐ」で、林洋子さんによっておこなわれたタゴールの詩の朗読会でよまれた一節です。(林洋子さんは、宮沢賢治の詩の朗読を20年以上、千数百回にわったって続けている人です)タブラと笛がインド世界を演出しそのなかでかたられる11篇の詩。
命の耀き生きる喜びに充ちています。
日本はアジアとヨーロッパこの両方の世界を生きています。頭はヨーロッパ世界に傾き、体はこの地で生まれ、水と空気で育てられた。アジアの東のヘリにあるこの日本という国はナショナリズムをかたり、ポストコロニアリズムを語り、アイデンティティーを求めてゆれうごいています。ゆれうごく心とナショリズムに向かうエネルギーは、うらはらなのだと、おもいます。何を出版していくかわたしは私自身にくり返しといかけています。
さて出版界のヘリのヘリでうごめいている梨の木舎が今年だした本を紹介します。

★『中国撫順戦犯管理所職員の証言』新井利男資料保存会 定価3500円+税
  ソ連から中国に移管された日本人戦犯にたいしてとった中国の政策。親兄弟を  殺した日本兵に、乱暴せず飢えさせず、歴史をくりかえし学ばせ改心させていきます。復讐が国際関係となったいまでは考えられない中国の政策でした。これを成し遂げたものはなんだったのでしょう。本書をおよみください。この記憶を世界史は忘れてはならないでしょう。

★『バターン 遠い道のりのはてに』レスター・テニー 定価2700円+税
  数年前来日の折、著者が日本の若者に話したのは、君たちに責任はない、君たちは自分の人生に責任があるのだよ、ということばでした。バターン死の行進で生き残り、さらに収容所で生き残り、さらに大牟田につれてこられて炭坑労働でも生き残った、アメリカ兵の物語。著者はいまアメリカで存命、ことし2月には出版の記念のため訪日しました。若干20歳の若者がどの様にしていきのびたのか。これは人間のドラマです。また彼をそこに追いやった日本軍とはなんなのか、をやはり考えざるをえません。

★『ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ—改訂版』海原峻 定価3200円+税
  ヨーロッパ植民地主義の思想史です。ヨーロッパを世界的規模での侵略にむかわせたものはヨーロッパ人が培ってきた思想の中にあったのでした。本書には発見があります。新しい世界のみかたをひらいてくれる本です。

★『イスラーム 魅惑の国・ヨルダン』井上夕香著 定価1600円+税
   イスラーム世界を知らなければ国際関係を性格にみることはできません。河口慧海と同時代の考古学者を祖父にもつ著者。生まれながらの好奇心、冒険心で異文化ヨルダンの人々の生活のなかに入り、都市の暮らしや、ベドウインの生活や、はたまた、古代遺跡をたずね、言い伝えの地をつきとめたり——。
   夕香さんは魔法で過酷な砂漠の地の生活を体験し探索したのでした。売れっ子デザイナーの鈴木成一さんも魔法にかかってカバーデザインをひきうけてくださいました。まだ魔法の力がのこっていたら、この本が売れますように。


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