久々に明るい話題が……

2003-2-26 水曜日

海鳴社 辻 信行 :http://www.kaimeisha.com/

 文化産業を自認する出版界も問題をかかえています。そのうちの大きなものは、取引の不平等です。大手と新参・弱小とでは、ずいぶん差があります。たとえば二年前に倒産した取次の鈴木書店の場合、岩波書店発行の1000円の本なら740円で仕入れ、小社の同額の本なら680円で仕入れていました。小社の本が、全取次で正味74%の取引なら、年間数百万円小社は楽になり、もうすこし広告も出せるでしょう。本はハンディ無しで競争させてほしいものです。
 このことは出版界のものならだれでも承知していて、それを解消する取次ができないものかと小出版社は常々考えています。それがある日、朗報がもたらされたのです。スワ! 出版界の人権宣言ともいえる大ニュース、と喜びましたが……。
 ともかく時系列的にいきさつを報告します。

 【2月3日】 1月の末、鈴木書店に勤めていたAさんから電話があり、新しく取次と出版社の営業代行をする会社(J社)の説明をしたい旨、電話があり、2月3日の朝来社。取引を出版社によって差をつけないで統一正味でやれないか/もし統一正味でやるのなら正味は2年間は小社だけはたとえ50%でもかまわない/いままで通りの取次を作っても社会的に意味がないのでは/統一正味でやるのならいろいろ応援してもらえる出版社があると思う/小生もいろいろはたらきかけましょう、等々、説きました。Aさんは小生の意見を持ち帰って、みんなと相談するといって帰られました。この日の話し合いは30分か40分程度。

 【2月12日】 Aさんから電話あり。統一正味69%でやることになった、という。やったネ! 久々に明るい話題。金銭的にも応援する体制をつくれないものか、このニュースを大々的に流せば応援になるのでは、等々いろいろ考えたが、とりあえず、出版流通対策協議会事務局の木下さんと版元ドットコムの事務局・ポット出版の日高さんに、未確認情報として流し、応援をもとめた。電話での感触ではふたりとも大きな関心をもってくれた。ポット出版の沢辺さんからメールをもらう。明日の版元ドットコム幹事会に諮ってくれることに。

 【2月13日】 夜、寝ていてふと心配になる:「ポット出版や木下さんに統一正味といって説明したが、私のはやとちりで、どこか別の抜け道的なものがあったら、どうしよう」と。

 【2月14日】 夕べの心配事を確認すべく、Aさんに以下のメールを出す。
(辻からAさんへのメール)先日のお電話、「流対協」と「版元ドットコム」の事務局に貴社を応援するよう要請しました。みんな関心が深く、大歓迎でした。そこで、ちょっと心配になり確認いたしたく、メールをしています。
 貴社の取引はすべて「統一正味」に間違いは無く、なにか抜け道みたいなものはないのかどうか、です。ひょっとして店売だけが統一正味で、それ以外は別なのかどうか。(そうなら非常に残念ですが)

【2月15日付のポット出版の沢辺さんからのメールの抜粋。一部固有名詞は改ざん】
 僕自身は、統一正味にするなら、積極的に協力したいと思います。
(店売には、統一正味にならなくとも商品を出させてもらおうと思ってます)
あたらしい「店売」が、これまでの習慣の正味をただ引き継ぐのではなく、正味についての新しい考え方を打ち出すことに意味があると思うからです。特に「元鈴木」という看板で仕事をすると思うし、周囲からもそうみられる、見られていると思うので、余計に、です。(略)
 で、辻さんから電話をもらった日かその翌日にJ社からも電話をもらいました。02.19の「飲み会」?のお誘いでした。J社のTさんに電話で聞いたのですが、統一正味69%については、まだ本決まりではないと言っていました。
 「19日にビールでも飲みながら話しましょうよ」というようなことを言われました。僕は、19日は打合せと重なっていて、行けません。
 (ポット出版の岡田が行くかどうか、相談中です)
 辻さんが行かれるようなら、統一正味にするのかどうか聞いてみてもらえませんか? できれば、版元ドットコムのメーリングリストに動きを書いてもらえると助かります。どうでしょう? 

 【2月16日付けメール】 (Aさんから辻への返事)
 ご支援のほど感謝いたします。店売以外ということが、当社のもうひとつの事業である営業代行についということならば、こちらの料金は統一ではありませんし、統一を目指してもいません。営業代行は出版社の下請けであり、取次業とは関係がありません。御社は書店営業については不要だとおっしゃいましたが、書店営業を必要としながら諸般の事情からほとんどやっていないという出版社も数多くあります。営業代行の料金はこれらの個々の出版社との個別の交渉となります。どのような営業をやるか、営業にかける予算は、ということはさまざまなはずです。
書籍の取引の公正さは、私どもも目指すところです。営業代行は出版社の営業部門の下請けであり、正味問題とはなんら関係は無いものと私どもは考えております。

【2月17日】 某新聞社の某氏に電話。「新聞は、天才が死んだ時は報道するが天才が生まれた時は報道しない、といわれているが、今度の取次の誕生は報道するに値すると思うよ」とちょっと予告しておく。

 【2月18日】 J社のAさんから、10時過ぎ電話があり、来社したいとのこと。10時半頃来社。J社内での話し合いで、統一正味ではできないことになった、正味73の某社をはずせないから、とか。
(辻から版元ドットコムと流通対策協議会の事務局に以下のメールを送る)
 さきほど(10時40分)、J社のA氏かみえ、「統一正味」の方針が、再度くずれ、「申し訳ありません」と謝ってきました。正味73で、営業も店売も取引する某社をはずせなかったようです。そうなると、雪崩れをうってバラバラになるようです。明日の彼らの会合には出席しません。
 以上、残念な報告です。海鳴社 辻 2003.2.18. a.m.11:10


 こうして、久々の朗報が泡と消えました。己のそそっかしい性格は、未だに直ってないのを改めて確認した次第です。いっそのこと、版元ドットコムのみなさんや流通対策協議会のみなさんで、ネット社会に向けた理想的な取次を創れないものでしょうか。


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ある日の会社帰りに

2003-2-19 水曜日

大村書店 八木亨介 :http://www.comk3.co.jp/ohmura/

 渋滞した上に混雑したバスの中で10代の女の子が大声で携帯電話でしゃべっている。
「他のお客さんに迷惑なので携帯電話はご遠慮ください」と明らかにその娘へ向けた運転士のアナウンスが・・・。
 それを聞いた娘は
「なんか、運転手がマイク使って車内でケータイ止めろとか言ったせいで自分、チョー注目なんだけど・・・」と話をまったくやめない。
 3分ほど経った頃だろうか、中年の絵に描いたようなザ・サラリーマンが
「何度言ったら分かるんだ!」と注意。
「まだ一回しか言われてないんだけど〜おじさんで2回目?」と娘軽く一蹴。
 通話はなおも続く。

 娘のあまりの横暴さに見ず知らずの他の乗客たちにも妙な一体感が芽生える。
サラリーマンは呆れて下車したが 、続いて中年の婦人がやはり降り際に注意を・・・。
「オバチャンだって友達と大声で喋ってたじゃん、誰と喋ったって自由でしょ!」
ご婦人も呆れて・・・。

次の停留所で降りるらしく停車ボタンを押したあと、娘はなおも喋りつづける。

信号で止まると中年の紳士風の男がいきなり平手でその娘を2回殴った。
みんな呆然としていたが、やり取りを聞くとその娘の実の父親のようだ。
「みっともないから、やめな〜い? こーゆー家族っぽいの」とかバツ悪そうに言っていたが、最後に父親は運転手と乗客すべてに「ご迷惑をかけました」と謝って降りていった。

ここで残された僕を含めた乗客には疑問が・・・。

  • 最初から自分の娘と気づいていたが、あまりの恥ずかしさか、情けなさかで出るに出られなくなっていた・・・。最後に意を決して怒鳴りつけた。
  • うたたね寝していて、下車ぎりぎりまで、電話をしているひとの存在自体に気づかなかった。
  • とんでもねぇな、今の若い子はと単純に呆れていた。

などなど

あなたならこんな時どうしますか?

僕は引きずり降ろしてでも注意しようと思ってはいました(ほんとに怒り心頭で)が、
正直いろいろ事後を考えてしまい(セクハラとか言われたらやばいしなぁ、いや車内で叱れば乗客みんな味方かなぁとか)口も手も出ませんでした。

その後「常識」「マナー」「自由」って何なのか? ふと思った。
携帯マナーの問題、千代田区が実施中のたばこの問題etc
その空間(公共の場)で他人同士が気持ち良く過ごすことだけを各々が考えれば済む問題ではないのだろうか。ゆとり教育・週休2日制にする前に「常識」っていう授業を高校でやったらどうか? どこが公共の場かという認識くらいは身につくであろう。
それともこの娘は今回のことで父の平手打ちから常識を教わったのか・・・。
常識を身につけたくらいで、従来の学校教育で懸念された画一的な人間は生まれない気がするのだが・・・。

この娘よりもっとめちゃくちゃで常識はずれな生き様なら、なんと言ってもバロウズでしょう。 
詳しくは山形浩生著「たかがバロウズ本。」で。
大村書店の新刊です(無理やりかな・・・)


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確実に、ひとつの時代が終わった。

2003-2-12 水曜日

亜璃西社 和田由美 :http://www.alicesha.co.jp/

 スーパーエディターこと安原顕さんが、亡くなった。彼が編集していた時代の「マリ・クレール」は、女性誌の枠を超えて斬新な特集を連発し、ワクワクするほど面白かった。淀川長治さんと蓮實重彦さん、山田宏一さんによる映画の画期的な鼎談は、今も忘れられない。
中央公論社を退社後は、書評家となって書きまくり、何かと物議をかもしだすユニークな人物だった。数年前、雑誌の特集で見たことがあるけれど、アフロヘアーに茶系の背広姿は、まるで歌謡曲歌手のマネージャーという雰囲気。その、知性のかけらもなさそうな風貌に度肝を抜かれ、活字と現実のギャップを思い知らされたものだ。
その後、著作を読んでみると、どの本も漫談のように面白く、しかも随分と参考になった。もう読めないかと思うと、残念でならない。1939年生まれというから、享年63歳だったはずだ。そういえば、もう一人、大好きだった書評家・向井敏さんも昨年亡くなっている。
 物故といえば、不朽の名作「仁義なき戦い」の脚本家・笠原和夫さんが、正月早々に他界された。その後を追うように深作欣二監督も亡くなり、妙な偶然に驚かされている。代表作の「仁義なき戦い」は、かつて場末の映画館の深夜上映で観た。現在は、友人から譲り受けたビデオで全5部作を所有、とりわけ4作目のワンシーンが好きで繰り返し観ている。それは、刑務所の廊下で菅原文太と小林旭が「あの時代に頑張った俺たちは何だったのだろう」と言う意味のことを語り合う場面のこと。
この作品、単なるヤクザ映画の範疇をはみ出し、時代を映す鏡として大きな価値があると思う。人間ドラマとしても秀逸で、何度繰り返して観ても、とにかく観客を飽きさせない。どんなに名作と謳われても、繰り返し観るのはつらい映画もあり、そもそも大半の映画は時の流れで風化してしまう。その意味で、日本映画の中では類稀な傑作であると言いたい。生涯に1本でも、こんな作品を作れたら、監督としては本望だろう。さらに深作監督は、初期の傑作「誇り高き挑戦」や、知る人ぞ知る「現代やくざ・人斬り与太」、そして不滅の名作「仁義の墓場」も撮っているのだから凄い。
ともあれ、ヤクザな編集者とヤクザ映画の脚本家と監督の死は、確実にひとつの時代の終焉を証明していると思う。
ところで、わが社の新刊本の話を少し。夏は茶色で冬になると真っ白になるエゾユキウサギのチッチを主人公にした写真集『ユキウサギのチッチ〜サロベツ四季物語』(B5変形判・60頁/本体1500円)を、昨年暮れに出した。サロベツ原野を足場に活躍する動物カメラマン富士元寿彦さんが撮影したあったかーい写真は、眺めているだけで幸せな気分にさせてくれる。なんだか元気がない…という人に読んで欲しい。
相変わらずの自転車操業が続いているけれど、元気と勇気だけは人一倍ある北の小さな出版社。今年も、よろしくお願いします。


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仕事とは?

2003-2-5 水曜日

編書房 國岡克知子 :http://www.amushobo.com/

 吹けば飛ぶような弱小出版社なのに雑用がやたらと多い。効率的に仕事をして、あとは読書の時間をできるだけ確保したいのだが、なかなか実現できない。最近、仕事について書かれた本(新書)を少しまとめて読んだ。

『仕事術』(森清著、岩波新書)、「良い仕事」の思想』(杉村芳美著、中公新書)。『失敗を生かす仕事術』(畑村洋太郎著、講談社現代新書)などだが、どれもそれなりに面白かった。これらの仕事術とはちょっと毛色のちがう異色の本がある。『「ひらきこもり」のすすめ——デジタル時代の仕事論』(渡辺浩弐著、講談社現代新書)。バーチャル空間の中では土地の広さやビルの高さは関係ない。才能さえあれば、そんな組織やビルがなくても各種情報機器やネットワークを使い、自宅で個人で収入のよい、短時間ですんでしまう仕事がどんどんできるという。実際に多くの若者たちが、電脳空間への移住を始めているらしい。あるコンピュータ・プログラマーは年収1千万円以上を得ていたが三十台前半で引退してしまったという。理由は「一生遊んで暮らせるメドが立った」から。がっぽり貯め込んだのではなく、「一本あれば何ヶ月も遊べるゲームソフトをすでに数千本持った」。あとはゲームをやって一生暮らすだけの必要最低限の金銭は確保したとのこと。著者の渡辺浩弐氏も定職についたことはなく、学生時代からゲームセンターに入り浸りゲームの専門家、ゲームクリエータになってしまった。勤勉に働くことが良いこと、とされてきた今までの仕事観はバーチャル空間に住む人には意味がない。電脳空間での、組織を頼らない新しい仕事論として画期的内容だ。

 もう一冊、『翻訳はいかにすべきか』(柳瀬尚紀著、岩波新書)を読むと別の仕事観に羨望を覚える。著者は、翻訳を志す人は日本語の常識を持て!という。それを、これでもかこれでもか、というほど述べる。自分の訳と他人が訳した訳文を比較して、いかに柳瀬訳がすばらしいかを説明するのだが、読むとスッと納得する。二葉亭四迷の翻訳に対する態度「余が翻訳の標準」の引用からはじまり、翻訳者は最低でも「漱石全集」や「森鴎外全集」くらいは読んでいるのが常識だ、とか、『渋沢龍彦翻訳全集』をいつも側において参照する、とか、とにかく日本語の言葉にこだわる。大切にする。こんなに細部にこだわる職人仕事をやっていたら一生楽しめるだろうなあ、とうらやましく思う。自分が訳するに足るだけの価値のあるものしか訳さないという態度も徹底している。けっして金銭のための仕事はしない。くだらないものを訳して時間を浪費するのがもったいないから。『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』の訳者だから言える言葉。

 少し前に話題になった『翻訳夜話』(文春新書)。村上春樹と柴田元幸による翻訳談義も基本的には、翻訳という仕事が好きで好きでたまらない二人のジャズ・セッションのような対話。「好きこそ物の上手なれ」なのかも。『海辺のカフカ』を読んでウンザリした村上春樹だが、これを読むと「春樹もなかなかいいね」と思ってしまう。

 仕事に関する本をたくさん読んだ結論は、「お金はたいして儲からなくても、楽しくて価値のある、大好きな仕事をコツコツしていこう!」という平凡なところに落ち着いた。


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