埼玉県内の独立運動

2003-1-29 水曜日

太郎次郎社エディタス 須田正晴 :http://www.tarojiro.co.jp/

 先週の本欄で、吉備人出版の金澤さんが地方の話題、市町村合併と題して、岡山県内の市町村合併について取り上げていたが、この動きは、都下・首都圏でも関心事となっている。行政の一貫性、市町村名、役所の位置など、当事者のメンツと利害がからんで、多くの軋轢が生じている。
 私は、「さいたま市」なるケッタイな名前の市から逃げ出すように移住したのだが、その先でも合併の問題があった。

 現住の鳩ケ谷市は、1950年に川口市から分離独立したという、珍しい来歴をもっている。1940年に総力戦体制の一環として、行政簡素化のために吸収合併させられたのを、住民運動によって再独立したのだ。合併は県の発案・指導のもと、反対派議員の逮捕拘禁をふくむ「ムチとムチ」によるものだった。この記録をみると、地方の役人が中央に迎合したとき、こんな無法をおこなうものかと憤りが湧いてくる。
 戦後の独立運動のほうは、めっぽう面白い。鳩ケ谷地域を二分する論戦・文書戦がかわされ、分離独立派が川口市政の中央部優先・不公平を言えば、合併存置派が「戦中・戦後の窮乏の怨嗟を市政の問題にすりかえている」とやり返す。双方とも経済的メリットを主張し、相手の試算を攻撃する。街頭に掲示板がならび、川口市長が反対声明を出し、デモでは「(独立)賛成音頭」が踊られる。よくもまあ、地域行政の区割り問題にここまで熱くなったものだとおもう。住民投票の投票率は87パーセントだった。

 現在、鳩ケ谷市は経済的な苦境にありインフラ整備も進まないことから、今回の「平成の大合併」で川口へ再合併したほうが得策、という声が高まっている。しかし、その声は1950年に交わされたような熱い声ではなく、地域への強い愛着が感じられる言葉でもない。
 鳩ケ谷の合併と独立にまつわる事柄を、私は市の図書館で知った。転入時に市からもらったパンフレットには江戸期以前の風俗と1967年の市制施行以降の年表しか載っておらず、近現代史が抜けているのを不審に思って調べてみたのだ。
 たしかに分離独立の歴史は、川口市や県との対立の歴史でもあり、計画している合併の妨げとなるかもしれない。しかし、地域の記憶を知り、どんな街に住みたいかを語りあうことこそが、住民参加のまちづくりの出発点ではないだろうか。
 そういう意味で、市町村には「行政効率の適正規模」のほかに、「住民が地域の記憶を共有して、まちづくりに参加していくための適正規模」というものがあるのではないかとおもう。

 図書館には『鳩ケ谷市史・通史編』(1993年、鳩ケ谷市)のほかに、分離独立運動の中心人物であった高木利泰氏の著作『鳩ケ谷と私の昭和史』(1993 年、聚珍社)が複本で所蔵されていた。2000年までの貸し出しは日付が捺されていて、手元にある本は『通史編』が45回、『私の昭和史』が29回、どちらもコンスタントに貸し出されていた。公共図書館が「地域の記憶を受け継ぐ」という大きな役割を果たし、それに関心を持つ住民がいる。あとは、その関心をどうやって繋げていくか、である。

 太郎次郎社では先月、『変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから』と題した新刊を刊行しました。全国各所のまちづくりを世話する著者による、地域からの社会再生の実践がつまった本です。第1章は、「まちづくりは、『まちを知る』ことからはじまる」という項から始まっています。どうぞ、ご覧ください。


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地方の話題、市町村合併

2003-1-22 水曜日

吉備人出版 金澤健吾 :http://www.kibito.co.jp/

 昨年の夏から何本かの企画と平行して、『岡山県の総合観光情報誌』を制作している。岡山県観光物産課が、これまで行政資料として2年に1回つくっていたものを、書店で販売して広く県民にも掲載情報を利用できるようにと提案し、コンペの末に業務委託で受けたものだ。A4判で400ページを超えるデータ集のため、昨年の秋から市町村の観光担当者とデータの確認などで資料のやりとりを繰り返している。
 岡山県内に市町村は78ある。これだけあると世帯数2000戸以下、人口5000人以下などという町村は少なくない。こうした小規模の町村の住民は、役場に勤めている人をほとんど知っている。役場のおじさん、おばさんである。
 78の市町村それぞれに役場があって役人がいる。中には事務処理が苦手な方もいらっしゃるのか、送付したはずのデータを「受け取っていない」とか、「無くした」とかという行政マンの方もおられる。小さな弊社の社内で、「この人は普段はどんな仕事ぶりだろう」と憤りながら言うと、その町村の出身のスタッフがいて、「ああ、その人の家は・・・・」などと、家庭の事情が情報収集できる。それで、「そうなの。その人もたいへんなんだ」という話になる。
 偶然とはいえ、地方を象徴するようなエピソードの1つであるかもしれない。県内エリアで「友達の友達」というケースはよくある。東京などでは考えられないでしょう。ちなみに岡山県の世帯数は、約70万戸、有権者数約150万人。
 これまで、岡山県内の市町村数78が多いか少ないかをあまり意識することはなかった。今回の「岡山県の総合観光情報誌」の仕事をしてからは、明らかに多いと思う。最近の行政改革に伴う市町村合併の流れにのってしまうが、行政も仕事の量と質を考え、それに即した人員数、効率を考えなければならならなのは当然である。
 全国的にも、今まさに市町村合併が推し進められている。現在、全国で3000を超える市町村を1000程度にしたいらしい。国と地方合わせて借金700 兆円という財政状況が、合併推進の理由のようだ。行財政の効率化をし、地方分権の受け皿づくりに対応していくという。
 合併自体に大きな無駄が生じるだろうし、国による「アメとムチ」をかざしての強引ともいえるやり口に批判の声もあるが、やらないわけにもいかないだろう。ただ、効率を追求しすぎると、行政サービスが低下するだろうしから、難しいところだ。
 岡山県内で、市町合併をめぐり住民投票をした町村がある。結果は7割反対と出た。田舎の村で、住民間に町村合併の論議を起こさないまま住民に直接聞けば、反対が多数を占めるというのは事前に予測できる。
 大事なのは、住民一人ひとりが、どんな行政を望んでいるか、地域の将来をどう描いていくかを考えることができる意識改革をすることだろう。そして、その頭で投票する政治家を選んでいかなければ、合併をしたところで大きな違いはないだろう。
 岡山県でも県内全域にわたって市町村合併が検討されている。どことどこがくっついて、どこが離れたなどと、男と女のような話が地方紙をにぎわせている。


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貧しさと自由—躁鬱病的・逆説的・ソフィスト的考察

2003-1-15 水曜日

青灯社 野崎保志 :http://www.seitosha-p.co.jp

○月×日 雨、鬱の日
『カンダハール』(モフセン・マフマルバフ監督)を見る。同時に『闇の子供たち』(梁石日著・解放出版社)を読了する。両者に共通するテーマ、「貧困」あるいは「貧困と自由」について考えさせられる。
 貧困と犯罪が結びつくのは場所、時代を問わないが、それは貧困が良心を麻痺させる結果であろうか。いや、良心そのものの在りようが問われているのではないのかと、この二作品を見て思った。すなわち良心とはそもそも相対的なものであって、その人間の置かれた状況に規定されるのではないか。あくまで「許される限りの」それでしかないはずである。
 人が他者の生存を犯したり、他者の所有物をかすめ取るという行為はモーゼの時代からタブーである。それは人がおのれの防御策の延長線上に社会の秩序を描いてきたことを意味する。そして防御とは究極的には力である。法もまたその本質は力である。
 当然のことながら法と良心は無縁である。法が人間に対して制約を課すのはその契約性(報復性と解してもいい)に起因する。また宗教や道徳律は限られた場での規範として一定の「社会的良心」を要求する。しかし、こうしたものが犯罪に対して有効な力を発揮するには、その人間の行動空間のなかで絶対的秩序を獲得している必要がある。
 作品の舞台であるアフガニスタンやミャンマー(ビルマ)のように、法さえもが相対的存在でしかない世界では、生きるための闘争の前に法も道徳も無力であり、「良心」もまた枯渇せざるを得ない。ここでは大人も子供も「殺すな・盗るな」という不文律から自由なのである。パラドクサルな言い方になるが、「貧困を前にして人は自由である」。もちろん、そこには殺されない、盗られない自由を持てない弱者も多数いるのではあるが。
 古人曰く、「自由とは必然性の洞察である」。ここに言う「自由」とはほど遠い「自由」ではあるが、おのれの生存権のために他者の生存権を奪う「自由」がここにある。「貧困を前にして人は自由である」—うーん、やっぱ詭弁かなあ。
 さて、『闇の子供たち』について少し語ろう。梁石日が切り取ったミャンマーの現実はあまりに厳しくすさまじい(これこそ読まないとわからない)。21世紀の奴隷制がそこにある。労働力を得るための人身売買ではなく、人の命そのものが商品化される社会なのである。
 梁石日も現にあるこの生き地獄を前にして、対する主人公として、まるでジジフォスのごとき博愛主義者の像しか結び得ていない。読み終えて、「これで終わるのカヨ!」と呟いてしまったが、わたしにも作者以上の光は見つけられない。それにしても、この本も『カンダハール』も終わり方がいまいち気に入らないなあ。

○月×日 晴、躁の日
サンサン』(曹文軒著・てらいんく)読了後、岩波ホールにて『草ぶきの学校』(徐耿監督・原作『サンサン』)を見る。思わず「貧乏はいいなあ」とため息。人が人に対してまっすぐな愛情を貫くには、物質的な豊かさが充満している社会では不可能ではないかと思ってしまう。現代社会(日本だけではないだろうが)に生きる人々は、どうして他者の思いや息づかい、眼差しに注意しなくなったのだろう。どうしてこんなに時間が速くなったのだろう。そんな思いにとらわれたのはわたしだけだろうか。
 中国革命(1949年)から10年後ぐらいか、水郷地帯の小さな村を舞台にしたこの物語には、確かにわたしたちが忘れ去った何か、いや忘れてはならない何かが込められている。人が人を愛するということの意味を、子供同士の友情に、親と子の絆に、そして恋する若者のひたむきさに、見事に描ききっている。ここには作り物ではない、自然のままの人間の実像がある。
 これは全ての人が貧しいからこそ作りうる人間関係なのか。物質的欲望に(無縁とは言わないが)ほど遠いところにいる人間の連帯感や愛情表現は無条件に美しい。特に主人公・サンサンは伸び伸びとしていい子であり、時として悪い子である。1950年代の日本にもこういう自然児はたくさんいた。自分を取り巻くモノや人にストレートに反応し、恐れを知らず、かつすぐに他者の気持ちに同化できる子供は、それを眺めるだけで、一時の癒しである。是非とも味わって欲しい作品である。
 さてテーマに戻ろう。『サンサン』の世界の貧しさと、『闇の子供たち』における、他者を犯すことに何のためらいもなくなる「貧困」と何が違うのだろうか。貧乏はそれ自体相対的な概念である。経済的水位が等しく低い空間では誰しも自分のことを貧しいとは思わない。物質生活の格差がほとんどない社会では、人は勤勉になろうとも思わないし、がんばろうともしない。現代的な物欲の緊縛から自由なのである。精神的抑圧から解放されたこの「自由」は何ものにもかえ難い豊かな「自由」なのだ。したがって、『サンサン』の登場人物たちは等しく「貧乏」ではあっても「貧困」ではないのである。
 またしてもパラドクサルな表現になるが、モノのないことはある意味で豊かであり、その精神的な自由さはいまとなっては貴重である。これこそ、前出古人の言う「自由」に近い。「貧乏を前にして人は自由である」これは詭弁ではない。


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なしくずし

2003-1-8 水曜日

明石書店 大江道雅 :http://www.akashi.co.jp/

 何年か前になるが、あるテレビのクイズ番組で「なしくずし」ということばの意味を尋ねるものがあった。
 数人ではあるが、正解者がいた。
 「借りた金を少しずつ返済していくこと」、これが正解だった。知らなかった、というより、時々使うことばだっただけにむしろ意想外。
 「済(な)す」は「支払うべきものを支払う」、「崩す」が「片端から少しずつする」(いずれも大辞林第二版、三省堂)と、その意味をたどれば、まぁなるほどとはおもう。

 しかし、この語を「正解」の意味で使用する例が一体どのぐらいあるのだろうか。
 日本国語大辞典には、「ぢみちに稼ぎ稼ぎ借金をなし崩し、凡そ五年ばかりで身脱をした」(泉鏡花『湯島詣』)とあるがちょと古くぴんとこない。
 もっとも、借金を少しずつ返済する以外「物事を少しずつ片付けていくこと」という意味もあるが、どちらも「堅実」「着実」でなにやら「信頼」がちらつく。
 むしろ自分には、「権益がなしくずしに拡大」「なしくずし的に空文化」「なしくずし規制緩和」といった例文のほうがしっくりくる。勝手な解釈で恐縮だが、どちらかといえばこのことばは合法、合意、公正などと相反する意を含み、少しずつ崩れる、というかむしろ崩されるといった意味で使われ、権力や体制的なるものへの批判的な文脈においてよりなじむ。
 なんといってもこの語には角度がついている。前後の文章を読まずとも文意がどの方向に向いているのか大筋わかるというもの。ディテールは語らず、あるいは語れなくても気持ちは伝わる。少なくても自分の立ち位置ぐらいは示すことができる。
 決して誤用をすすめるわけではないが、このことばには新たな意味を獲得してほしいとおもう。

 昨年末のことになるが、アメリカのイラク攻撃反対を呼び掛けるオンライン署名がまわってきた。何名かに転送したところある人から辛口のメールがきた。
 「イラクにおける人道的悲劇は抑圧的指導者のもとで行われている抑圧的政策であることを忘れてはいけない」、そして「経済制裁、抑止策の限界が明確な以上、軍事的封じ込めを強化する選択肢は現実的」などと続いた。
 確かに湾岸戦争終結後、経済制裁、査察団派遣、さらには「飛行禁止区域」内での空爆と武力的制裁も含めイラク封じ込めは行われてきた。そして、9.11 テロ後、支援国家として関与を疑われ、今や大量破壊兵器開発疑惑を理由に、とにかく攻撃目標として定められた照準は動かず、あとはタイミングの問題だけ、むしろ焦点はフセイン崩壊後のイラクをどう舵取りするか、といった状況だ。

 しかし、なぜ?
 アメリカの安全にとって最大の脅威であるサダム・フセイン自体の排除、またアフガン空爆で中央アジア、そしてイラク侵攻で中東と、石油利権でつなぐ見方、さらにはアメリカの新保守主義派とイスラエルとの結びつきが強く双方の国益を守るためとの論などなど、なぜイラクをフセインを叩かねばならないのかについての分析は進む。

 しかし、たとえ明解な理由を提示されようと、納得には至らない。
 今やアメリカの大統領一人の権限で他人の命を簡単に奪うことができる状況にある。ひとたび戦争となれば必ずや犠牲者がでる。民間人、女性、子どもと犠牲になるたびニュースになるが、個人の命と考えればそれは兵士とて同じであろう。一人一人の人生を、日常を奪い奪われることにおいてはなんら違いはない。戦争という政策は常に個人の現実を巻き込み、そして個人の命を犠牲にして成り立っているのではないか。
 しかし個人の現実は理想と片付けられ、国家の現実は政策として位置付けられる。
 政治、政策的な分析を無意味と考えているわけでは、決してない。が今回の「侵攻」が「戦争」である限り、個人の現実への認識を欠いた議論は、その一箇所が埋まらないゆえ永遠にすれ違う。そこに至るプロセスやシナリオがいくら解明されようと、その現実への視点を欠いて得られる合意などないのだから。むしろ、この「戦争」のハードルの低さを無意識のうちに内面化させられる危険性すら感じる。

 なしくずし的に進められるイラク侵攻。その現実の一側面はやりたくもない殺し合いへの強要である。そして、そのアメリカ型支配によってもたらされる現実は、同盟国日本にとってなにも対岸の火事ではない。
 チョムスキーのことばを少し引用しよう。
 「一般に、ある社会を見るとき最初にやらなくてはならないのは、権力はどのように配分されているか? と問いかけることです。主な決定を下すのは誰か? これから何が生産され、消費され、配分されるかを決めるのは誰か? 政治の世界に行こうとしているのは誰か? 人々の暮らしに影響を与える決定をするのは誰か? たいていのところではかなり簡単に見つけ出せます。」(『グローバリズムは世界を破壊する—プロパガンダと民意』1月15日、小社刊)
 たとえその配分をかせぎだすことに無関心、無自覚だとしても、「暮らし」への「影響」という殺し合いの現実に直面してまでそれを保てる人が一体いるだろうか?
 だから「戦争」は繰り返される。その連鎖を断ち切るためにも引いておかねばならない一線は、やはりある。


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