食指について

2002-8-28 水曜日

雲母書房 松村康貴 :http://www.kirara-s.co.jp/

 ひとの手は美しい。
 老若男女問わず見とれてしまうことがある。ふと入った茶房で(ドトールなんだけどね)しばしの疲れを癒す。すると斜向かいのカウンターなんぞで女性がひとり、街ゆく人を眺め、肘をつきながらコーヒーカップを両手で抱いていますでしょ、それだけでわたくしはその奥方にきゅんとしてしまうのです。
 先日、仕事の合間、上司と休憩がてら喫茶店に入りました。まだ開店したばかりだそうでお客はわたくしたちだけでした。そのお店は旦那さんと奥さんそして娘さん夫婦の4人で経営をなされているそうで、若旦那はご不在でしたけれども若奥さんがこれまたもう御美人でして、そのうえ御美人と若旦那との間にお生まれになった一歳半の女児が御美人に抱っこされていたのですが、この子もまた、子役NO1になれるのではないかと思うほど愛らしく、《目に入れても痛くないほど》とはその通りだろうなぁっと思いつつ、《口の中に入れて飴玉のように転が》したらなんともはや、幸せで良いやなぁ、これからいそいそと通おうと思いつつ帰り際、ひょんなことから女児の手を握る許しを得ました。といっても一緒に来た子煩悩な上司が赤ん坊の手を握りたくて、けれども人見知りしそうな女の子だからまずは無精なおいらを先にさせて、女の子が怯えて御美人の後ろに小さなまあるい顔を半分覗かせぎみに後じさりしたのち、すかさず悪者を退けて自分が優しく女の子に手を伸ばし、一歳半のあどけない尊敬と愛情と友愛とともにかわいらしいお手手を頂戴しようという腹づもり。とは知りつつもウルトラマンいやサラリーマンたるもの上司には逆らってはいけないものであるというほとんどサブミナルおよび飴なし『鞭』の条件反射的に刷り込まれてしまった金科玉条の前では従うしか他ならず、というより情けないことに勝手にからだが動くんです。さらに付け加えるならいつの間にやらわたくしの顔面は心の暗雲とは裏腹に、『ニカッ』っとしているようでああ、わたしは心を真白な月のなだらな斜面に置き去りにしてしまったサイボーグなどと心よりも冷たい脳味噌にあるであろう精神で考えつつもわたくしの最も熱い下半身で謀反をクワダてようとしている魂は

 ああ、できることならあの御美人の手を握りたい・・・。

 とかなうはずもない思いに胸トキめかせつつ、さっ今わたくしに与えられた仕事は1メートル弱先できょとんとしている間抜け面、ゴホンエーッあらためまして1メートル先でまばゆく光る御美人のおみ足・・・ごめんなさい。1メートル先で愛らしく内股ギミに佇んでいる女の子でしたね、それでもってわたくしはその子のかわーゆいお手手を握ろうとすれば良いのですね。ああでもお母さんの背中に隠れてしまうんだろうな、いやはやその前に『ぎゃー』などと破廉恥に泣かれてしまったらどうしよう、そしたらわたくしのカワイイ女の子に差しのべた指先は折れ曲がって鼻くそをほじるしかないではないか。そして女の子があわよくば『げっはっは』もっと淑やかに『おほほ』と笑ってくれたら御の字、途方に暮れてそのままにしていたら年が明けるまで鼻くそをほじくっているであろうわたくしを横目にというより営業スマイル36年、付加価値今年3歳になるご子息とのスキンシップAクラスの肩書きをもつ余裕とともに斜め45度上目遣いの眼差しでわたくしをせせら笑いながらほらみたことかおまえじゃ無理だ俺の出番ださぁおどきっとなんともみじめな気分で『きゅー』っと呻きながら退散せねばならぬのであろうなっと思いつつおなごの手手を握ろうとした瞬間!子役NO1間違いなしの女児が小さな手を心持ち差しのべてくれたではないですかーそしてさらに『パチクリ』としたお目目と『ボヨーン』としたおくちでにっこり微笑みを返してくれああ此処は南国トロピカルハワイアーンと言う気分にひたりながらああわたくしもあと30歳若ければこのおなごと恋に落ちたのであろうなぁと少しセンチになりながらもいやさあと20年後ロマンスグレーと乙女の恋がまだ残されているではないかと気を持ち直したのである。
 とまあ人の手の美しさ、そしてその動きの妖しさ艶めかしさ辛さ悲しさを皆様にお伝えできたかと思います。ともあれ食指と言われる人差し指は指の配置の中でもたいそう優遇された位置にいるようです。わたくしはペンだこをつけた中指が好きなのですがその少し長めの中指に守られるように人差し指ははえていてそして突き指などをするのはいつも小指や薬指です。あまり苦労をしない指なのですが親指とともに物を掴む優先権を持っています。そして封建的な女性像を有したこの指のまさに特権は指さすことにあります。
 命令を下すとき、ひとのからだや物に触れようとするとき、魔女が呪文を唱えながら魔力を放出するとき、なにかを得ようとするとき、リピドーの最初の兆しリピドーの本源的形式、ギュスターヴ・モローの『出現』、腕をしなやかに伸ばしこの指がけだるそうに何ものかを指し示すとき、人の手は最も美しい。


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娘(息子、子ども)と話す−−

2002-8-21 水曜日

現代企画室 太田昌国 :http://www.shohyo.co.jp/gendai/index.html

四六判の左右を10数ミリだけカットした変型判で、新しい翻訳シリーズの刊行を始めた。フランスのスイユ社が数年前から刊行しているのが原書で、『娘(息子、子ども)と話すーー』と題して、専門家である親が、「国家のしくみ」「非暴力」「宗教」「イスラーム」「人道援助」「左翼」「愛」「死」「アウシュビッツ」「神」「レジスタンス」「文化」「先史時代」などについて、問答形式で語るというものである。いずれも、けっこう、世の中の難問と言うべきテーマである。それを、子どもたちが退屈しないように、簡潔に説明することが求められるのだから、翻訳しても、上の判型で100頁から120頁程度の、小さな本である。

このシリーズの「人種差別」については、1998年に青土社が『娘に語る人種差別』と題して出版している。著者がモロッコの作家、タハール・ベン・ジェルーンで、すでに紀伊国屋書店、晶文社、現代企画室、国書刊行会などから主要な小説・エッセイが紹介されてきているから、注目度もある程度は確立している作家だ。青土社にはシリーズとして刊行する意図がないようだし、内容的には、なかなか面白い試みだと思って、それ以外のものをいくつか出すことにしたのである。専門書、思想書、文学書を出版するのは、もちろん楽しいが、いつか子ども向けの本を出したいと考えていた思いに見合うものだった。
自分が子育てをした過程を思い出してもよいし、ラジオの「子ども電話相談室」での子どもたちの発問を思ってもよい。子どもというものは、思いもかけない発想で、事態の本質を衝くことばを発する。親・大人はたじたじとなり、答えに窮する場合もある。それでも答える方法を見つけるために、大人は真剣に試行錯誤する。それが浮かび上がってくる作品ほど、読んでいて、面白い。答え方によっては、異論をもち、反論もしたくなる。著者から結論を押しつけられているというより、読者も、著者と娘(息子、子ども)の対話に参加していけるような感じがある。
すでに『娘と話す国家のしくみってなに?』『娘と話す非暴力ってなに?』『娘と話す宗教ってなに?』を刊行した。最初の本の著者は、レジス・ドブレ。私たちの世代にとっては、カストロやゲバラの武装革命論をまとめた『革命の中の革命?』の著者であり、ゲバラを追ってボリビアまで行って逮捕されたこともあるなど、けっこう数奇な運命をたどった人物だけに、いまどこに行き着いているかを知りたい欲求がある。『娘と話す宗教ってなに?』の著者はロジェ=ポル・ドロワで、版元ドットコムの会員社であるトランスビューが今年5月に出されたばかりの『虚無の信仰:西欧はなぜ仏教を怖れたか』は好評でよく売れているので、並べて展開してみるという書店もある。
いろいろと楽しみなシリーズなのだが、ここで生まれる問題は、定価の安さである。上に触れたような判型と頁数の本だから、定価はせいぜい1000円である。少し頁が多いもので1200円にできるかという程度。初版部数は2500部である。製作経費はもとより著作権料などを加算したら、仮に初版を売り切ったところで何ほどの「利潤」が生まれるかをいまさらのように計算してみて、絶句した。大手が手懸ける新書判や文庫判は初版数万部からスタートすると聞いてきたが、その意味が、あらためて身にしみてわかる。しかし泣き言を言っても仕方がない。世の中の難問と思想的に格闘してみようと考える、いまどき珍しい若者とこれらの本が出会うことができるように、いろいろな試みをしてみようと考えているところである。


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利用者の声を如何にとりいれるか?

2002-8-14 水曜日

商売というのは何でもそうだが、利用者の声をうまく活用することが簡単に儲けることだと思う。
社内の人間だけで考えていいアイディアが出てこなくても、お客さんと話すことで簡単にアイディアが出ることもある。
利用者の声を収集する方法があれば低コストで高収益の商品を産みだすことが出来ると思う。
弊社はウェブサイト・システム構築などを行っている会社なので出版社ではないが、出版業界にも同じことが言えるのではないだろうか?
問題はその収集をどう行うか、どう分析するかの手法を如何にもつかだと思う。
この版元日誌を読まれている方は本好きな方だから「こういう本が欲しい」などの意見を言える場があれば発言したい方は多いのではないでしょうか?
読者・書店の皆様はどのようにして欲しい本・売れる本などの要望を伝えたいとお考えですか?

弊社でも過去には様々な方策を採用しています。少し宣伝がてら紹介を。

・顧客からの評価
現在出店中の「楽天ビジネス」では商談した顧客に評価してもらう仕組みがあり、弊社に対する意見や他社への意見を閲覧することが出来る。弊社の場合以下のように評価がされています。
http://business.rakuten.co.jp/kan/
実際に商談した人の1/3以上の方に評価いただいていますが、商談する際この評価を常に気にしながらになるため要望の収集にも力は入りますし、終わった後の評価も営業活動の参考になっています。
アンケートを実施したこともありました。

・利用者の意見
弊社では「アクセス刑事(デカ)」というアクセスログ解析ASPサービスを提供しています。
このサービスはバージョンアップを何度か繰り返し、利用マニュアル(FAQ)も整備していますが、それも利用者の声に基づくものが多いです。http://www.kan-net.com/tool/deka/deka.html
このサービスに関し以下のように掲示板を設けています。
http://www.kan-net.com/cgi-bin/bbs/list.cgi?bbs_id=00001
この掲示板は利用する際の不明な点などを書いてもらうのが主な目的なのですが、要望もかなり出てきます。
*こういう情報が欲しい!
*無料版のバナーはこういうバナーがいい。
*こういう機能はつけられないか?
というものです。
そして基本的には弊社がレスを返すわけですが、利用者に賛同や反対などの意見、アドバイスがつくことも多く、その内容がアクセス刑事の展開の参考となっています。
利用者の声ですからかなり効果はあるわけです。

*キャンペーン予定!
このように色々取組している中で今度から定期的にキャンペーンを行おうと思います。
まずは「アクセス刑事バナー投票キャンペーン」
これはバナーを募集します。それらをエントリーし、一般の方に投票してもらい、最優秀バナー製作者には賞金をプレゼント!という考えです。アクセス刑事のバナーとして採用した方にも数千円のプレゼントを行います。
それらのキャンペーンと連動しウェブ上でアンケートを展開し、弊社のマーケティング戦略に役立てたいと思います。

こういった利用者の声を拾う工夫は各社ばらばらだと思いますが、共有も結構大事かなと思います。
容易に行うにはシステムがあるほうが便利ですが単独だと開発にコストがかさみます。協力すれば安くなりますよね。
又これらは同業であっても競合はしません。
各社が自社に見合った内容を調査すればいいのでですから。

利用者の声を聞き取りそれを商品に反映する努力は皆様も行っていると思いますが、どういう方法がいいのか私はまだはっきりとはわかっていません。
いいアイディアがありましたら是非よろしくお願い致します。
kosaka@kan-net.comまで!

版元ドットコムも利用者の方の意見をサイト運営に反映させるよう努力はし、いいサイトにしていきたいですよね。


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造本のスタイル

2002-8-7 水曜日

ネクサスインターコム 村松健吉 :http://www.nexus-i.com/

 聞いたことがない版元だなあ、と思われたことでしょう。小社は出版の仕事を始めたばかり。あまり深く聞かないでください。出版業界が大変なことも良く知っています。でも、やりたいんです・・・。とういうわけで、皆様に役立つ話しはできませんので、ご容赦を。

 恐らく私はかなり異なるスタイルの造本をしていると思う。翻訳出版という性格もあるが、レイアウト済みの電子データ(FrameMakerや QuarkXPressと画像データ)を海外の出版社から支給してもらい、特殊なデータベースを併用しコンピュータ上で上書きするというプロセス。出版業を始める前はローカライズという仕事に携わっていた。簡単に言うと、英語のソフトウェアの日本語版を作る作業。つまり、ソフトの機能やレイアウトを変更せずにメニューなどが日本語で表示されるようにする。ちょうど、外国映画の日本語版を作るようなものである。

 コンピュータ業界や映像産業は近年大きく変貌した。私が学生時代に出版された『第三の波』でトフラーが予言している事が既に陳腐化しているほどである。リニア編集からノンリニア編集、そしてDVDなどに代表されるマルチメディア&ポストプロダクション技術の進歩も凄まじい。昔は紙テープ式のテレックスで海外に電報を打っていたが、今ではパソコンでネットミーティングができる。電子メディアタイトルでは、モニタ画面上で犯人の画像上にメニューを表示させて、リモコンから「Enter」を押せば、その犯人の無実が証明される、などとストーリの結末を切り替えることさえ可能だ。インタラクティブ性が高くなって、静的コンテンツがテレビゲームに限りなく近づいている。

 これに対して書籍は未だ映像で言うところのリニア編集の世界である。もちろん、紙であるメリットも大きい。先月、大日本印刷の市ヶ谷工場を見学する機会を得た。活字の部署は電気が消えていて、社員は1人もいなかった。電算写植の部署も作業している人は僅かだった。これに対してMacで作業している部署には活気があった。ほぼすべての編集/製版作業はコンピュータによって進められている。しかし、最終的にはデジタルデータはアナログに戻され、巨大な輪転機にかけられ紙に印刷される。そして、アナログに戻された本をWebというデジタルの世界で販売しようとしている。う〜ん。不思議な世界だ。

 出版業に携わる前、漠然とではあるが、本の流通はカバーに印刷されているバーコードで管理されていると思っていた。インターネットで企業のホームページが登場し始めた頃、FedExが荷物をWebから検索/追跡できるシステムを構築した。元々インターネットにはGopherなどのアカデミックな検索システムがあったが、FedExは趣味的なWeb利用を商業利用にシフトさせる画期的なシステムであったように思う。たとえば「ISBN番号」、「2002年7月」、「東京都」をWeb上で入力すれば、検索結果として指定した版元の販売実績やインベントリが瞬時に表示されたり受発注が簡単に行えるビジネスモデルが近い将来確立されるかもしれない。

 出版の仕事を始めたものの現実は厳しく、取次会社さんや書店さんにも足を運んだが、なかなか難しい。色々と大変な出版業界。しかし、頑張ってやっていきたい。


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