見つからない……

2002-3-27 水曜日

 世の中、どんどん便利になっている。そのせいだろうか。自分がどんどんちょっとした不便にもイラだつようになってしまったような。

 平日の夜、帰宅したところでFAXが送られてきた。1枚目が出てきたところで止まる。インクリボン切れのようだ。送信相手にコールバックして、用件を確認する。
 これで用は済んだのに、FAX電話機は「メモリージュシン3マイ」と「インクリボン テンケン」の表示を明るく交互に点滅させている。でもインクリボンの買い置きはない。

 機械に急かされるのは嫌いだ。夕食を食べながら、電話機の説明書をイライラとめくる。しかし、「インクリボンを交換してください」という指示があるだけで、メモリー受信の内容をプリントせずに消去したり、FAX機能を殺したりする方法は見つからない。
 どうやらこのピカピカ表示は、インクリボンを買ってくるまで処置なしのようだ。

 住んでいる町のなかでは普通紙FAX用のインクリボンは売っていそうにない。職場の近くで買おうかともおもうが、きっと日中はそんな用事は忘れてしまうだろう。それで連日帰宅するたびに電話機を見て、自分のまぬけさに悲しくなる羽目に陥るのだ。
 機種名をメモしていくのも手間だし、ネット通販で買うことにした。

 まずはメーカーである「三洋電機」にアクセス。メーカーからの直販はなかったが、純正リボンの品番はわかった。
 つぎにその品番をgoogleで検索にかける。機種対応表ばかりで売っているところはひっかからない。
 yahoo!から文具通販の「アスクル」をたどる。しかしインクリボンは対応のあわない一種類しかない。
 会社で使っているコクヨ系文具通販「カウネット」にアクセス。購入はIDを郵送で発行してからという。そんな悠長なことはやってられない。

「FAX」「インクリボン」でyahoo!を検索。企業間取引のサイトしか出てこない。それではとgoogleへ行くと2000件ほど出たが、FAX電話の機能概要ばかり。「楽天市場」でもダメ。
 googleに戻って2000件をつらつら見直してみる。事務機・文具系のサイトが多いが、カタログばかりでショッピングバスケットのあるところがない。
 それでもカタログからFAX用のインクリボンはメーカー問わず、だいたいCタイプとSタイプの2種類で、ウチのはCタイプということはわかった。そんな一般的なものが、なぜ見つからない!?

 すでにネットに向かって40分が経過。こうなると意地でも探しだしてやるという気になってくる。
 それなら電器屋系を、と「ビックカメラ」へ行くとFAXはあっても消耗品はない。「ヨドバシカメラ」でついに発見! しかしショッピングバスケットがビジーで止まっている。
 とりあえず〈あった〉という事実に希望を抱きつつ「ソフマップ」「さくらや」「コジマ」と探す。みんなFAXの消耗品は感熱紙、トナーばかり。家庭用普通紙FAXに使うインクリボンはない。イラだちがつのり乱暴になる操作に堪えかねたように、iCab(ブラウザ)が何度もフリーズする。

「ラオックス」「オノデン」「サトームセン」「石丸電気」……どこにもない。本体は売ってるのに、消耗品はない。単価が安くて利幅がないからか? こんな売りっぱなしはリアルショップじゃ許されないんじゃないか? 「インターネットはからっぽの……」なんて言葉が浮かんでくる。

 FAX電話機は「家電→通信機器」というカテゴリにはいることがわかってきた。もっと大きなカテゴリで探せばいいのでは、と「家電 消耗品」を yahoo!で検索。あっけなく、電化消耗品専門サイト「ウェビー・ショップ」が出てきた。そのトップページに「今 売れてます! 普通紙ファクス用インクリボン」という記事がある。ああ、みんな探してるんだなあ。ほかの人はもっと賢くたどり着いているんだろうか……。

 購入申し込みをした翌日、メールが届いた。翌営業日に出荷するとのことだった。

追記……「売ってない」と書いたショップですが、探し方が悪い or サイトレイアウトが悪い という理由で見つからなかっただけ、という可能性もあります。
追記2……会社のビジネスホンを買い替えようとしたら、意外に高価でビックリしました。工事と機械が安い業者を探して、似たような苦労をしています。よい業者やよい探し方を知ってる方、メール(suda@tarojiro.co.jp)にお知らせください。


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携帯歴6年目にして・・・

2002-3-20 水曜日

 携帯電話を持ちはじめて6年になる。先月最寄りの駅内にあるショップでバーゲンがあった。妻の勧めもあってまんまとこの戦略的バーゲンにのって機種変更で購入した。あたりまえではあるがiモード契約をした。実は、メールができる携帯を持ったのは初めてで、それまでは携帯でメールなんて自分はしないだろう、いや絶対やらないと思っていた。

 買ったその日、私はあの分厚い解説書を読み始めた。読んでも読んでも読み終えず、’若者はこんなの読まずにスイスイいじっているうちに覚えちゃうんだろうな’と思いながらもさらに読み続けた。次の日もヒマに任せてまた読んでいた。幾分年の離れた妻がしびれを切らして”貸してごらん”と言って何やら入力を始めた。またたく間にあらかじめ自分が決めていたアドレスや着信音・画面設定がされた。この時、私は思った。”オレはメールはやらないだろうな”と。

 しかし、幸か不幸か私の通勤時間は片道約2時間。往復では当たり前だがなんと4時間。練習をするにはもってこいの時間であった。あこがれ?の電車内での携帯とにらめっこがこの日から始まった。ここでまたも思った。”若者のようには指が動かないもんだな”と、

そういえば、子供たちとTVゲームをしている時も同じ事を思ったことに気がついた。

 数日が過ぎて、会社でデスクに向かって仕事をしていると突然メールが入った。妻からだ。
まるで携帯でのメールの腕前を試しているようである。”よーし、それなら”と返信メールを打ち始めた。しかし、どうも入力モードの切り替えが面倒で結局デスクの上にあるキーボードで入力しデスクトップから送信をしてしまう。そんな日が続き、今では・・・。
 
 実に便利なもんだ。そういえば、今月の当社の新刊は、『お出かけニッポン』キャッチは、’ネットでラクラク、堅く国内旅行&レジャーのプランを立てる本 ‘で下旬発売である。レジャーの好きな私、今年はひとつ出先で携帯片手にリアルタイムのレジャー情報で家族の尊敬の眼差しを浴びてみるか。


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リンクサイトがない理由

2002-3-13 水曜日

(株)日本林業調査会の土屋と申します。
 最近、小社ごときにクレジットカード決済のご注文を頂戴するようになりまして、版元ドットコム首脳をはじめ、スタッフのみなさまのご尽力にたいへん感謝しております。

 ご存じの方は少ないと思いますが、小社にも一応、WEBがあります。
 http://www.j-fic.com/

 と申しましても、私を含め従業員ふたりの零細企業ですので、コンテンツやデザイン(?)は行き当たりばったりで、システムもその筋の方ならすぐに出所のわかるフリーウェアやシェアウェアで構築しています。
 商用ホームページ無料のブロバイダー・サービスを利用して、ほとんど経費をかけずに運営しております。

 WEBの中身は、大きく分けて、小社の報道業務で飛び込んでいくる情報コーナーと、発行書籍の紹介コーナーです。書籍については、いずれ販売システムを導入するつもりです。遅々として、進んでおります。。。。

 リンクサイトがなぜないの?と、よくお問い合わせをいただきます。
 なんせ片手間でやっているものですから、リンク先の変更等に対応できそうにないのが本音ですが、一応報道の端くれとして、①当方でセレクトした情報を、 ②日々流れてくる雑報についてはエッセンスだけを——お伝えしたいと考えているもので、よくあるリンクサイト=リンクURLの羅列は、ちょっと気が引けるのです。

 リンクサイトからジャンプしたサイトに、くだらない情報しかみつからなくて、がっかりさせられたこと、ありませんか?
 私、結構短気!なものですから、そういうありがた迷惑のリンクサイトの方に腹が立ってしまいます。

 リンクサイトの効果はそれ相応にあるのでしょうが、小社レベルでは、出版、報道いずれにしてもデパートやスーパーマーケットにはなりえないので、中途半端なものでしたら、かえってない方がよいと割り切っています。

 そんなわけで、いわゆる“相互リンク”のお申し出をいただいても、丁重にお断りしています(当方のトップページへのリンクはご自由ですが)。
 むしろ、検索エンジンのヒット率がどんどん高まっていますし、とりあえずの情報はそちらでお探しいただく方が、お客様のためにもなるのではないかと思っています。

 これだけ情報が氾濫すると、誰も知らない情報というのはほとんどなくて(あっても役にたたない)、一方、情報に潜んでいる価値に気づかず、見逃してしまいがちです。
 背景が複雑すぎて本当のところがよくわからない、という情報もあります。
 そこら辺りをバッチリ指摘して、わかりやすく提供していくのが理想ですし、小社に残された生き残りの道かなと思っているのですが、これがなかなか難しいですね。


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自由だ 自由だ 自由だ ホイ

2002-3-6 水曜日

 夜景には哀愁がつきまといます。新宿南口、ビルの19階を占めるホテル、小田急センチュリーサザンタワーのトイレ、東側の壁は全面ガラス張りで、ここからの眺望はJRの線路をはさんで正面に高島屋と紀伊国屋、中空からパノラマをみるようなスリリングな絶景です。無料で非日常感覚を楽しめます。ただあまり長いこと哀愁に浸ってははいられませんが。

 イギリス・ヴィクトリア朝の詩人で音楽家でかなり風変わりな画家にエドワード・リアがいます。21人兄弟の20番目だそうです。リアが生まれたときには両親には子どもに注ぐ愛情はもう出し尽くしていたようです。だからリアは愛情の井戸を自分でほらなければならなかったのでしょう。ふくろう2羽、めんどり1羽、ひばりが4羽、ミソサザイ1羽が男のひげに住みついているまさに非日常で愉快なあの絵には、あふれるほどの愛情を感じます。
 そのリアのジャンブリーという詩はこんな風に始まります。
  
  ふるいに乗って 船出をしたよ
  ふるいで船出だ
  みんながとめたが ききいれもせず
  冬の朝 嵐吹く日
  ふるいに乗って 船出をしたよ!

 この詩は、年長の友人、内藤里永子さんの著書で、わたしの大好きな本、『イギリス童謡の星座』(大日本図書)に入っているものです。詩の翻訳は内藤さんの友人で故人となられた吉田映子さんによります。

 この詩を「わたしのことだ」とうけとめた方もいらっしゃいますよね。わたしも、リアが時空を超えてやってきて、隣に座ったような親近感を感じます。
 ジャンブリーは、はるかはるかのちょぼちょぼ島にゆきついて、暮らしているようです。たぶんゆったりと、暮らしを楽しんでいるのでしょう。

 指あみの本をつくりました。『指ねじりあみ*ぐん手編』(40頁 フルカラー 定価780円+税)。自分で何かをつくりあげることは心ときめくことです。
 わたしたちの暮らしから、便利さと引き換えにつくることが消えてゆき、昔の遊びも消えてゆき生活は空虚になりました。

 著者の山本紀久子さんは、30年前から小学校で指あみを子どもたちに教えています。それは達成感をこどもたちに味わってほしいからと著者は言います。一つのことができたということが、どんなに子どもの自信につながり、喜びにつながることか。

 大人だって同じです。吉祥寺の「ゆざわや」に走って毛足の長いモヘアでわたしもマフラーをつくってみました。ささやかなワクワク、を味わいました。あこがれていた指あみを自分でできたという達成感にわたしも浸りました。

 病んだ大人の世界の話に戻ります。昨年秋にだした『DVあなた自身を抱きしめて—アメリカの被害者・加害者プログラムから』の著者山口のり子さんが開設した「JABIP—やさしい関係づくり舎」(名称はまだ仮ということ)の加害者プログラムのことがNHKテレビの夕方6時半の首都圏ネットワークでとりあげられます。3月上旬ですが、日にちは未定です。

 この本がだしているメッセージは、DVという関係におちこんでしまった人だけにではありません。わたし自身に示唆となりました。
 「あなたのあるがままの気持ちを大切にしていくこと」、そして「I=アイ(わたしであり、愛であり)メッセージ」を発信していくことが関係性を育てていくということ。相手を悪いと責めるのではなく、善悪のことではなく、わたしの気持ちを相手に伝えていくことが、とてもたいせつなことでした。

 さて、ふるいの船もきわまってきました。シリーズ・教科書に書かれなかった戦争・パート37を昨年暮れに出しました。『ぼくたちは10歳から大人だった— オランダ人少年抑留と日本文化』(ハンス・ラウレンツ・ズヴィッツァー著 定価5000円+税)です。第2次世界大戦時、インドネシアを占領した日本のオランダ人抑留の問題です。いつの時代も弱いものに過酷な仕打ちが加えられるのはわたしたちが見てきたとおりです。そして弱者に加えられた仕打ちは、埋もれたまま歴史の狭間に消されていきます。

 それでも、こんなふうに問題を投げかける人もいるでしょう。—じゃー、オランダは自国のインドネシア支配についてはどう清算してきたの? 世界植民地主義の問題についてわたしはまだ片がついてはいないとおもいます。彼らは戦勝国として、清算のチャンスを奪われたまま戦後世界に君臨しつづけているということです。
 そしてまた当時の少年たちが、オランダの植民地支配をどう考えるか、責任をどうとれるか。それは、日本でわたしたち戦後世代が抱えている問題と同質の問題です。世界が戦争による傷を負いながら、その暴力のトラウマをいまだにひきずって生きていて、しかもまた新しい暴力=ブッシュの戦争に突入している。そして小泉さんは日本国民を人身御供としてブッシュにさしだそうとしているようです。3月には、「有事立法」が国会に提出されようとしています。

 この「有事立法」という名の「戦時立法」は、なけなしのわたしたちの自由をどうやら根こそぎさらっていくもののようです。
 
 なによりも大切な自由。
 冒頭に紹介させていただいた本の中にはもちろんシェイクスピアもでてきます。大文豪の最後の戯曲といわれるテンペストのなかで悪魔のキャリバンの歌う歌は、ねじくれた歓喜の歌ですが、麻薬のように(多分そうだろうと想像です)身も心も解き放してくれます。囚われているわたしを感じたとき、ふと思い出して口にすると、溶けるような甘美さがみちてきて、こころが宙に染み出していくようになるのはなぜでしょう。
 冒頭に紹介した本の中からとらせていただいて最後の2行を、シェイクスピアがなんと言うかしりませんが、内藤里永子さんと吉田映子さんには許しをお願いして、あなたにもプレゼントします。      
 「 生まれ変わって まきなおし 
 自由だ ホイホイ 自由だ 自由だ 自由だ ホイホイ」


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