本の直販残酷物語

2001-5-16 水曜日

批評社 佐藤英之 :http://hihyosya.co.jp/

 5月17日から日本精神神経学会が大阪で行われるので、関西の書店営業を兼ねて本の販売に出掛ける予定である。一年間に出掛ける学会や集会は、それほど多くはない。岩田書院の岩田博さんは、春と秋は連日学会まわりで超多忙だと「新刊ニュースの裏だより」に書いていたが、私のところはせいぜい3回か4回でたいしたことはない。けれども記録にとどめておいたほど、無残と言えばあまりにも無残な集会の模様を日記に認めておいたのでお伝えしたいと思う。それは今年の1月に東京で行われた日教組の全国教育研究集会のことである。

 1月26日(木)
 午後2時から日教組の教育研究集会の準備のため、現代書館の金岩さんを隊長に、社会評論社の松田副隊長、緑風出版の高須副隊長と私、平均年齢57歳、兵隊が一人もいない老人部隊は、荷物を全体会場の有明コロシアムに運び込む。各社のダンボール箱は体力に合わせて中くらいの大きさのものだが結構重い。30 数個のダンボール箱を会場裏の販売所に運ぶ。
 4時、日教組の大会担当者・丹野さんが業者との打ち合わせに来る。
 打ち合わせ終了後帰社。帰りは電車でりんかい線に乗る。新木場で有楽町線に乗り換え、市ヶ谷で総武線に乗り換え、水道橋駅へと。ところが結団式をしなければ明日からの志気にかかわるということになり急遽、市ヶ谷で下車。一杯飲み屋で明日からの健闘を誓い合う。

 1月27日(土)
 日教組の教育研究集会は、今日が初日の全体会。朝から雪が舞う寒い日。
 朝6時起床の予定が、6時30分を過ぎていた。顔を洗い歯を磨き、シャワーを浴びてひげを剃る。食事もそこそこに雪の中を走って西荻窪駅に向かう。土曜日は快速電車は走っていない。各駅停車の中央総武線に乗って市ヶ谷駅へ、有楽町線に乗り換え、新木場駅へ。そこから、りんかい線に乗り換え、国際展示場前駅へ。市ヶ谷駅からここまで電車賃が420円とは高い。8時00分到着の予定が、10分近く遅れて到着。
 駅の前には、日教組の人達が右翼の妨害を恐れて警察機動隊と一緒に入場者の点検に目を光らせている。右翼の街宣車が勇ましい音楽をバックに「日教組粉砕!」とがなり立てながら走り去る。中核派や革マル派とおぼしき左翼の活動家達が、吹雪きの中で両脇からビラを配る。
 階段を上りながら目指す有明コロシアムを見ると、すでに日教組の人達が準備に大童になっているのが見える。大あわてで会場に入り、昨日準備した場所へと急ぐ。すでに、現代書館の金岩部隊長は、先陣を切って緑風出版の高須副隊長とともに本をならべて準備しているではないか。これこれは急がなければと、さっそく準備に入る。社会評論社の松田副隊長の姿が見えない。もしかしたら小田急線が止まって来れないのかも…。心配しながら準備していると、猛吹雪でずぶ濡れになりながら、大きなお腹を抱えてやって来た。これで全員集まったことになる。やれやれ。
 雪はますます吹雪いてきた。会場の周りにはだんだん雪が積もってきて、大雪なりそうだ。この雪の中を教師の連中はちゃんと来るだろうか。いささか不安になる。教師になる人は真面目な人が多い。真面目な教師ほど言われたことは必ずそれなりにやるが、それ以上のことは決してやろうとしない。教研集会には必ず来るが、本を買ってまで勉強しようという教師はあまりいない。ちょっと偏屈な教師の方が親しみがあり魅力もあって、本も買っていくような気がする。彼らは学校という異空間の中で、一種独特の人格を形成しているように思える。

 受付が始まり先生達が入場してきたが、本の販売所の方には誰も来ない、準備万端整えてお客を待っているが、寒いせいか誰も寄り付かない。金岩隊長の朗々たる呼び込みの声も、むなしく会場に響き渡るだけだ。身体を動かしていないと寒くて歯が噛み合わない。大会本部からホカロンが支給され、靴の底とズボンに入れるが寒さを凌ぐほどではない。開会式が始まったが、全体会場の中も寒いので座ったままで誰も動こうとしない。昼近くになってやっと人の出入りが出てくるがなかなか本を買おうとはしない。一人が買い、すると連られて二人めが買う。それを見ていた三人めが買うといった調子で、何とか昼の休憩で多少の売り上げが期待できそうだとひと安心。せっかくこの大会のために重版したのに一冊も売れなかったらどうしようと、内心冷や汗ものだった。
 それにしても寒いのと売れないのとでダブルパンチだ。本を片手に持ち上げてテキヤのように声を嗄らしても客は寄ってこない。トイレに来たり煙草を吸ったりしてもすぐ引き返してしまう。遠くの方から何か珍しい物でも見るように眺めているだけだ。これほど大衆的に支持されない本をどうして作ったのかと、自負と悔恨の念で千々に乱れ複雑な想いに囚われる。
 大雪でりんかい線が止まったという情報が入る。金岩隊長が何処で仕入れてきたのか「祝50年」と書かれた昼の弁当を支給してくれる。隊長はこうでなければ勤まらないなどと言いながら、さっそくパクツク。……冷たい。実に冷たい弁当。更に冷たいお茶を飲みながら弁当を食べ終わる。身体の中が冷え切って、いてもたってもいられない。高須副隊長が「おい、暖かい所があるぜ」と手招きするのでついて行く。
 会場内に入ると人いきれで多少暖かい。左側に鉄製の重たい扉がある。その閉じられた扉を開けると、その部屋だけ暖房が入っていて何とそこには大勢の先生が上着を脱いでシャツ一枚になって寝転がったり煙草を吸ったりしているではないか。中には半袖の肌着で寝ている先生もいる。極楽、極楽。やっと生きた心地がする。暫し休憩の後、再び吹雪きの舞い込む販売所へ。順番に交替する。こんな部屋がこの建物の中にあったのだ。何でここを業者の販売所にしてくれなかったのか。日教組の幹部もこの場所を案外知らなかったのかも知れない。

 大会は午後4時半ぴったりに終わった。盗賊のように荷物を片づけ、金岩隊長が猛吹雪の中を配車してきたワゴン車に返品を入れ終えて車の後部座席に座ったときは、何とも言えないほどほっとした。大雪の中を全国動員された右翼の悠然たる大型街宣車に前後を挟まれながら、借りものの我が部隊のワゴン車がゆっくりゆっくりと走る。暖房が効いてきて寒さと疲労が和らぎ、睡魔が襲う。
 勝鬨橋を渡り銀座通りを過ぎて江戸城の雪景色を右手に見ながら、千鳥が縁・和田倉門を経て毎日新聞社の脇を左折して駿河台下から御茶ノ水を経て本郷へ。冷え切った社内で一休みする間もなく、臼井君へ明日の連絡事項を記す。荷物を整理していると電話が入る。一刻も早く熱燗を飲みたい。はやる気持ちは抑え難くすぐさま場所を指定、直行する。水道橋・串八珍。高須副隊長と途中で落ち合う。金岩隊長に慰労をと思ったが、隊長は来れないと言う。松田副隊長はまだ来ない。すぐさま大徳利の熱燗を注文する。若い兄ちゃんが無愛想に注文を受ける。早く早く。何をぐずぐずしているのだ。やっと大徳利が来た。さあさあ飲もう。
 ……良く飲んだ。10時半だ。明日も早い。早く帰ろう。

*結局、全体会と分科会の3日間の売り上げが18万円だった。何とも無残な結末である。
*当初、今回の日誌は宮崎学『突破者 戦後史の陰を駆け抜けた50年』とその周辺について触れてみたいと思ったが、大分前のことなのでいくら探しても本が見当たらない。どうしてこうだらしないのだろうか、とつくづく嫌になる。


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上毛かるたをご存じですか?

2001-5-9 水曜日

大村書店 田端広英 :http://www.comk3.co.jp/ohmura/

 先日、あるテレビ番組の取材を受けた。残念ながら、弊社の出版物が大ベストセラーになっている、などという景気のいい話ではない。極めて私的なことで恐縮だが、「上毛かるた」についての思い出を語ってくれ、という内容だった。

 上毛かるたとは、私の郷里・群馬県の「郷土かるた」のこと。「あ 浅間のいたずら 鬼の押出し」、「に 日本で最初の 富岡製紙」、「ほ 誇る文豪 田山花袋」……といった調子で、名所・旧跡・偉人を詠みこんでいる。

 今回、取材を受けたからといって、私が特別な愛好家というわけではない。県民の誰もが小学生時代に遊んだことがあるポピュラーな遊具で、私でなくとも思い出のひとつやふたつは軽く語れる代物だ。町内対抗から県大会まで開催される競技でもある。群馬県の小学生にとって、かるたの「い」は「犬も歩けば 棒に当たる」ではなく、「伊香保温泉 日本の名湯」なのである。

 この上毛かるたの初版発行は昭和22年のこと。以後、版を重ねて、現在までに約160万部が普及している「超ロングセラー」商品である。1000や2000の部数決定で頭を悩ませている私などからすれば、想像を絶する世界だ。ちなみに群馬県の人口は、上毛かるたの中にも「ち 力あわせる 200万」と詠まれているように、約200万人。まさに「県民のかるた」といえる普及率である。いくつかの県でも同じような郷土かるたがつくられているが、いずれも累計20万から30万部程度の規模だという。

 普及率の高さだけでなく、その成り立ちも「県民のかるた」らしい。お題は一般の県民から公募し、県内の識者が選定(候補には国定忠治や小栗上野介なども上がったが、GHQから不適当との指導を受けて除外された)。県人の歌人が歌を詠み、同じく県人の画家が絵札を描いた。発行当初は、自転車の荷台につけて村々を売り歩く姿も見られたという。

 上毛かるたが考案されたのは、「日本の将来をになう小さい方が、郷土群馬県をよく知り、そして郷土を愛するようになっていただきたい」という願いからだった。昭和22年という時代を考えれば、そこに郷土の復興と「新生日本」の建設という思いがこめられていたことは想像にかたくない。

 時代が下って、今、しきりに「地方の時代」ということが言われている。このところのいくつかの県知事選を見ると、そんな風が吹きはじめていることを感じる。その一方で「財源移譲なき地方分権」という、大きな問題もある。弊社でも昨年末に『地方行政を変える。』を発行し、5月に『自治体財政を再建する』を予定しているが、いずれにしろ「新しい地方の創生」という課題と向き合わざるをえない時代になっているのは確かだろう。そうした中、郷土の復興を願ってつくられた上毛かるたの可能性は再び膨らんできているように思う。今からでもいいから、他県でも県民の知恵を集めて郷土かるたをつくってみたらどうだろうか。

 ちょうど上毛かるたで遊ぶ世代、小学校の教育現場でも「総合的な学習の時間」が導入された。その柱のひとつに「地域の歴史・文化を学ぶ」ということがあげられているが、郷土かるたはその絶好の教材になる。札の一枚一枚について子どもたちに調べさせれば、教科にとらわれず「自ら考え、自ら学ぶ」という「総合的な学習」の狙いにかなった授業が行えると思うのだが。 近代の学校教育は「国民」をつくることを目的にしている。しかし出版業に携わるものとしては、同時に「よき読者」を育てて欲しいと思う。「歴史観」を教えこむことが大事と考える人もいるようだが、そんなことよりも「自ら考え、自ら学ぶ」力を育む「総合的な学習の時間」に期待したい。自ら学ぶ気持ちがなければ、本なんて手に取るわけがないからだ。

 ちなみに上毛かるたは神保町の奥野かるた店で入手できます。興味のある方は、ぜひ手にとってみて下さい。


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五月雑感

2001-5-9 水曜日

凱風社 新田準 :http://www.gaifu.co.jp/

書店からの電話注文も減ってきたので会社で現在使用中の電話4回線のうち1回線を閉鎖した。とたんに、パソコンのモデムが外線につながらなくなった。営業代表と編集代表とファクス専用回線は残したのだが、どうやら直接モデムにつながっている回線を閉鎖してしまったらしい。
 凱風社の場合、電話はNTTだがPBX(構内電話機)はNEC製だ(大塚商会から買った)。そのため、問題が起きたときにその故障が誰の責任だか、いつもはっきりしない。
 昨年、隣の事務所の水道管破裂で事務所が冠水し、しばらくして電話の調子がおかしくなったことがある。そのときも、事務所の壁の外まではNTTだが事務所内は凱風社(つまり、大塚商会+NEC)の責任だという。回線がダウンしていることはNTTでも確認できた。でも、それがどこなのかは分からないという。そんなこと言ったって、電話線はつながっているんだから責任関係はそちらで解決してくれ——とクレームしたが、どちらに電話してもラチがあかない。結局、NTTが壁の外までを確認し、大塚商会が事務所内の回線をチェックし、最終的には、事務所内の中継器が水濡れで絶縁不良になっていることがわかった。
 NTTから二人、大塚商会から一人が来て、ああだこうだとチェックした。でも、そんな大事だったのだろうか。
 今回は、経済的理由から電話を1回線単純に閉鎖したかったのだが、電話回線の閉鎖は即座にできたもののメールもインターネットも使えないというありさまだ。
 このままいくと、コンピュータや構内回線に問題が起こっても誰に責任があるのかわからず対応が遅れるというケースが頻発しそうだ。こういうトラブルって、凱風社だけの特殊なケースなのでしょうかね。

 さて、この連休中は事情があって本を読む時間がなかった。しかし新聞やテレビでは小泉純一郎・新総理の誕生や、教科書問題など、話題に事欠かない。小泉純一郎の言動たるや「フライ級右翼」といった感じでなんとも危なっかしい。
 それでも80パーセント以上もの日本人(「国民」という言葉は使いたくないので)が小泉政権を支持しているという。
 「自衛隊容認」「靖国神社参拝」「憲法改定」を主張する首相。しかもそれをバックアップする政権党の幹事長は元・防衛庁長官の名うての改憲論者だ。いったいいつの間にこんなことになっちゃたんだろう。
 唯一はっきりしてきたのは、自衛隊が軍隊だという共通認識だ。軍隊は憲法上認められていないから、漸次廃止とするのか、それとも改憲して「普通 の国」になるのか——おそらくこの1〜2年で決着がつくのではなかろうか。クラウゼヴィッツの言うように、戦争は政治の一手段にすぎないのだから、「普通 の国」は普通に戦争をする。
20世紀の実例を見ても、戦争は常に「防衛」の名目で始まっている。「侵略」を掲げて戦争する国などない。
 パソコンの前に座っている若者諸君、これでほんとにいいの? 戦争に行くのは君たちだよ。


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最後の一冊

2001-4-25 水曜日

青弓社 矢野恵二 :http://www.seikyusha.co.jp/

 当社の図書目録を大幅に改訂した。とはいっても、なにもなんの前触れもなしに定価を値上げしたわけでもなく、ジャンルの分類項目を増やして、その書籍の内容によりふさわしい項目にいくつかを移したのである。

 図書目録には、ほかの社でもおおむねそうだが、巻末には「品切/増刷未定書」の一覧をもうけてある。新刊が少しずつ増えていくにつれて各分類項目でページが増えるものもあるが、反面、この「品切/増刷未定書」項目にも何点かが毎年収まっていく。「長い間ご苦労さんでした。申し訳ないけど、増刷できません」という感じで、これじゃまるで定年退職みたいだが、もし、たとえば300部を(3000部ではありません)増刷したとしても、完売できるまでにたぶん十年以上はかかるだろう、という見込みがたつからである。あるいは、先駆的な役割を終えた、という書籍もある。「初刷を刊行したときの反応ったら、そりゃーすごいものだった」とその社の“長老”が若手に語ってきかせる商品がどこにも必ずあるはずだ。書店に華々しく(いや、しずしずと)登場してから十年あるいは二十年たって、十二分に役割を果たした、あとは後進に道を譲ってそろそろステージからお引き取りいただこう、とでもいうことだろう。

 どのように言葉を重ねたとしても、まるでかつての花形選手に引退を告げるかのように、ことさらに力強く明るく、社内にアナウンスする。「『驚くほど売れた本』は品切です」。まるで自分で自分に宣告するように、である。

 で、ここからが出版業界の不思議な現象である。十数年前の初刷書籍だし、ここ何年も返品はなかった、読者からの注文も年に数冊で在庫をお届けしてきたこの商品が、どこに隠れていたのだろうか、品切に入れたあとにもひょっこりと、そう、まるで忘れたころに葛飾・柴又に帰ってきたとらさんのように、返ってくることがあるのだ。

 その貴重な一冊は、金の無心に立ち寄った放蕩娘か帰国を家族じゅうで待ちわびていたかわいい息子かわからないが、残部僅少棚に鎮座ましますことになる。そして、どこでお知りになりましたか?とききたくなるような読者からの電話注文が飛び込んでくる。「…… はありませんか?」

 先日、そんな電話を受けた。誠意を込めたつもりの返事をした。「もしかしたら数年後にまた一冊くらいは返ってくるかもしれませんが、ここ数年で最後の一冊です」。が、そのかたはたぶん、売らんかなの応対だと思ったのだろう、「あ、考えてみてまた電話します」。

 誓って、「最後の一冊だよー」と声をからしたあとで「おーい、裏から商品を持ってきて!」と叫んでいるのではない。誓って!


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何でも屋、編書房の日記

2001-4-25 水曜日

編書房 國岡克知子 :http://www.amushobo.com/

編(あむ)書房の日常は忙しい、余裕ない、お金もあまりない。毎日どうしてこのように時間がないのであろうか?小さな小さな版元(一人出版社です。新卒採用予定は永久にゼロ)だから、さぞかし暇だろうと創業のとき(3年前)には考えていました。たっぷり本を読む時間もできるであろうと。しかし夢と現実は違うのでした。
本は大急ぎで読むしかないのです。その理由は以下の通りです。

1. 午前中、編書房の本来の仕事をする。注文品を倉庫に取りに行ったり、荷作りしたり、愛読者カードに返事を書いたり、メールに返信を出したりする(やたらと長いメールをくれる人がいるので、それなりにこちらも誠意をもって長く書く)。書く仕事がものすごく多い。
2. 午後からはオンライン書店に出稼ぎに行く。有難いことに文庫新書のエディターとして棚をまかされているので、好きな本をウエブ上に並べる。サラリーマンではないが組織に従属する苦痛をチョッピリ味わう。
3. 午後8時ごろ帰宅して、『図書館の学校』(図書館流通センター発行)で連載中の永江朗さんと斎藤美奈子さんの対談、「甘い本、辛い本」で使う対談本を読んだり、原稿を書いたり、新聞を読んだり、ビールを飲みながらご飯を作ったりする。
4. 編集プロダクションとして企画している本の原稿を読んだり、夜中に電話やFAXで著者と打ち合わせをしたり、見積書を書いたりする。
5.これらの仕事を終えてやっと読みたい本に飛びついて自分を取り戻す。時間が足りないのでいつも不満。先週読んだ本は『「教養」とは何か』『教養論ノート』『新教養主義宣言』 『バカのための読書術』『光の教会』『俳句殺人事件』『東方見便録』。買ったが積んだままの本は『君の中の見知らぬ女』『職業としての翻訳』『迷いの体』など10冊余り。毎週かなりの本を買う。いつ読むんだろう?

これだけ休みなく働き頑張ってもサラリーマン時代の給料には及びもつきません。最近出したばかりの『古本屋サバイバル』(小田光雄、河野高孝、田村和典著・ 2001年3月刊・本体1700円)も、満を持しての出版だった(部数も随分刷ってしまった)にもかかわらず、売れんのですわ。著者の小田光雄さんと「なぜ、売れないんだろうね」と電話で愚痴大会に。「こんないいい本なのに、なぜ無視されるのか、悲しいね」。ふたりの愚痴はいつまでも続きます。こういう部数決定の間違いと大量返品が、お金のたまらない理由でしょうか。


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最近、版元ドットコムが取り組んでいること

2001-4-18 水曜日

ポット出版 沢辺均 :http://www.pot.co.jp/

5月25日(金)●版元ドットコム集会が近いもんで

 5月25日(金)の17時から、神楽坂の出版クラブ3Fで版元ドットコム集会を開くことにしました。会員・会友はもちろん、出版業界の方々、読者の方も参加していただけます。

  そこで、そのときに報告し、実際にみてもらう予定のシステムと今後の計画について、いくつか報告することにしました。
 最初にことわってしまいますが、いま取り組んでいるシステムは、お客さんに喜んでもらうためというよりも、版元と会員がさらに版元ドットコムを便利に使ってもらえるためのものが中心だと、僕は思ってます。
 それは、このウェブサイトを、より多くの本の情報を持ったデータベースにすることが、お客さんに喜んで使ってもらえるものになり、そのためには会員版元が、より便利に使ってくれる環境を提供すること、そしてその結果、いち早く多くの本の情報がこのサイトのデータベースに集まるようにすることが近道だと思うからです。

  版元ドットコムは、3月から本のデータベースに対する考え方の基本を大きく修正しました。「会員版元は、まずすべての既刊本の情報をデータベースにいれてもらう」という考え方を変えて、「新しく発行した本の情報から、データベースにいれてもう」ことにしたのです。
そのために、新刊データ登録のインターフェイスを全面的に見直して改善しました。
同時に「あと○○日で発行しますよ」という発行前の情報を、版元ドットコムサイトのデータベースに登録すると同時に、取次各社(出版業界の問屋)・bk1 などのネット書店・書協(出版社の業界団体で本の検索サイト・書籍データベースを運営)へも、チェックボックスをクリックで選択するだけで自動的に転送するようにしました。
また、在庫の有無を大阪屋(取次)などに自動転送する機能もつくりました。
さらに、こうした情報の転送は箇条書きのように記録されるので、あとあと、どんな情報を、どこへ、いつ送ったのかまとめて管理することができます。
 こうした便利さを提供することで、会員版元のいち早いデータ登録を実現しようとしています。 また、ボタン一つで会員版元が登録している本のデータすべてをダウンロードできるシステムも現在準備中です。これが実現すれば、出版目録をつくる際に、ボタン一つで原稿の準備ができることになります。
これにプラスして、メールマガジン『版元ドットコムNEWS』を創刊しました。
これは、データの自動転送機能を使って、かなり自動的に制作・発行(送信)できるようにしています。

 

 さて、次に、いま実際に取り組んでいることです。
 第一に、いよいよ5月〜6月を目途にカード決済に取り組んでいます。
ネットでの決済方法としては、まだまだ少数の方にしか使われていないようですが、選択肢を広げるという意味からも、取り組んでいるのです。
 第二に、カード決済と同時期に、書店に[買い切り・80%・版元から直送・版元と直接決済]で仕入れてもらえるシステムを作ります。
これらに伴って、サーバ・通信回線・の改良も進めています。

 さて、読者のみなさんにこんな「内輪話」はつまらないかもしれません。どうも、ゴメンナサイ。で、こうしたシステムが出来上がったら、いよいよお客さん・読者のみなさんに楽しんでもらえるサイトづくり、サイトの改良へと取り組みを始めるつもりです。
いろいろと夢見ていることがあるんですが、今はまだ「オオボラ」にしかすぎないので、もう少し現実化したらまた、書かせてもらいます。


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人生にインパクトを与えるメディアを目指す

2001-4-18 水曜日

亜紀書房 小林英貴 :http://www.akishobo.com/

毛須具呈念(もうすぐ・ていねん)(57)は休日の午後をぶらぶらと書店で時間を過ごしていた。郊外にある大型書店、レンタルビデオとCDの店も併設されていたその書店で、呈念はいつの頃からか車でわざわざここまで来て、書物の林の中を彷徨するのが休みの日の過ごし方となっていた。本を買う事もあり、買わずに帰る事もあった呈念を店員は読書好きなおじさんとして見ていた。
仕事に明け暮れ、何の趣味も持たずにこの年になってしまった事を、呈念は後悔しなかったと言えば嘘になる。周りからは無感動のオヤジとしか見られてはいない事を呈念は知っている。しかし、その中に情熱の種火がほのかにともっている事を未だ呈念は知らない。それでも、どうにかしなければならないとは感じていた。なにかはしたいのだ。なにかが。そのなにかを求めて、呈念は林の中をさまよっていたのかもしれない。今日はそのなにかと出会えるかもしれない、そんな希望を求めて…。

いつの間にか呈念は趣味.実用の棚に来ていた。
「なにか…なにか…なにか…」呈念はそう思いながら、なにかを探していた。
「こ…これかなあ…いや、違うな…」「イヤ、待てよ…」独り言を言う老人を好もしく思ってはいなかった呈念だったが、いつの間にかそんな年代になっていた事に気づいたのはつい最近のことであった。それ以来、「なにか」を見つけたい欲求がひときわ大きくなってきたのだった。
ふと、平台にあった本に目をやった呈念は、その本を手に取った。
『定年後は夫婦で「こだわり」の海外旅行をしよう』
その表紙には風景の中、並んで睦まじそうな、熟年カップルがいた。
「しばらく、カミさんと旅行にも行ってないなあ…」呈念はため息をついた。
妻との老後の関係は、『今はもう 飯食うだけの 夫婦なり』そんな戯れ川柳の境地なのかなあ、呈念はそう思ってはいたが、週刊誌やテレビなどで『熟年離婚』などと言うコトバが踊っているのを見て、そういう甘い老後像を考えていた自分を恥じ、焦り始めていた。何とかしなければならない、と。
口幅ったいし、何より気恥ずかしいので呈念は口には出さないが、一生妻と暮らしたい、妻と何かを作り上げて行きたい、そんな気持があった。あったけれども、…仕事にかまけて、妻との関係作りなど、ほとんどしていなかったのだった。
平台には、『海外旅行』の本の他に5点、『シニアブックシリーズ』と銘打たれた本が並んでいた。
『定年後は心なごむ「レストラン」を始めよう』
定年後は「ゴルフ」でシングルの腕前をめざそう
『定年後は「写真」に凝って仲間を作ろう』
『定年後は「庭師」になって自然相手の仕事をしよう』
定年後は「般若心経」で悔いなく生きよう
その中の一冊に呈念は手を伸ばした。
『定年後は心なごむ「レストラン」を始めよう』と題されたその本は、表紙にそのレストランの店長と従業員がその店のご自慢のメニューであろう、弁当を手に笑った写真があった。
「レストラン、か…昔、二人で言ってたなあ、オレが会社を辞めたら、…二人でお店を持ちましょう、とか…もう、何十年も前だったが…今から料理の勉強をしてみようか…?」
呈念はそんな事を考えながら本をめくる。
「この人の息子さんは障がい者だったのか…若くして亡くなって、…障がい者でも入れるレストランを作ろうって、約束してたのか…ははあ、レストランえりかの人気レシピ、か…作れるかなあ、このオレでも…」
「『定年後は「ゴルフ」でシングルの腕前をめざそう』かあ…オレもこの人と同じ、ブービー常連、もっと上手くなりたいと思いはしたけれど、…今からでも、上手くなれるのかなあ…?うーむ、USGAのハンデが7か…うーむ」
「『定年後は「写真」に凝って仲間を作ろう』そういえば前に買ったミノルタがあったっけ…ちょっと使ってそれっきりの…折角のオートフォーカス、高かったのにってカミさんに怒られて…うーん、仲間、かあ…」
「こっちは…『定年後は「庭師」になって自然相手の仕事をしよう』この年になっても、手に職を付ける事ができるんだ…」
「『定年後は「般若心経」で悔いなく生きよう』ああ、『執らわれない心』か…志すのに遅すぎると言う事はない…そうか…」

「こんな本が、あったんだ…」
呈念は目からウロコが落ちた思いだった。
ふと、どこから出ているのか確かめて見ると、『亜紀書房』とあった。
ああ、亜紀書房…若い時読んだ記憶がある…昔、学生運動をしていた頃、先輩に本を貰って…なんだったっけ…ああ、そうだ、『砦の上にわれらの世界を』だった。…あの頃はまだ情熱があったなあ…そうそう、公害問題とかでも本があったっけ…『公害原論』とか…まだそういう本を出してるんだろうか…。
呈念は人文書の並んでいる棚に来た。
「ああ、あるある…『公害原論』だ…『泣くものか』…ああ、『凍土の共和国』…最近の本は、…へえ、『韓国両班騒動記』こっちは…『アメリカ大統領の中東.アジア政策』『挑戦するアメリカ高齢者パワー』ははあ、こんなのも出してるのか…うーん、亜紀書房も今でもこういう本を出して頑張ってるんだなあ。」
いつの間にか呈念は、先ほどとは打って変わった目の輝きを有していた。
「オレは若い頃の力はないけれど、もっと定年後の人生をポジティブに過ごしたい!妻と、残りの人生を楽しく、心豊かに生きて行きたい!」呈念は心からそう思っていた。
夢物語と言われるかもしれないけど、レストランを作ってみたい!
今度こそ、ゴルフが上手くなりたい!
押し入れのカメラで腕を上げて、そうしたらカミさんと二人、海外旅行をしよう!
庭師になる、ってのもいいな。手に職をつけたいな!
呈念はしっかりとした足取りで趣味.実用の棚に行き、シニアブックシリーズ6冊すべてを買って行った。

それからしばらくして、呈念宅の近所の人たちは、家を改造した『ビストロもうすぐ』の店のカウンターで、呈念の妻からヨーロッパ旅行の土産を貰い、旅行の写真を見て、ころころと笑っていた。
カウンターの中には、すっかり血色が良くなり、口髭をたくわえた呈念の姿があった。
(つづく・…かもしれない)


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書店はなぜかくも消えていくのか

2001-4-11 水曜日

青灯社 野崎保志 :http://www.seitosha-p.co.jp

 「書店は対取次との取引において、赤字はありえない」という神話がある。したがって、店舗が自社所有の書店は潰れないと。それはほとんどの商品が売れなければ返品可能で、売れた分だけのマージンがプラスとして手元に残るし、他業種のように売れ残った商品を廃棄するようなリスクを負わなくてもいいからだという。確かに仕入の見込み違いほど小売にとって致命的なことはない。それがないだけほかの小売より恵まれているという考えはわからぬでもない。もちろん、低すぎるマージンを考慮に入れても。

  しかし、ここ数年毎年1000を越す書店が廃業している。しかもその大半は自社所有の店舗をもつ地場の書店である。なぜ永遠のプラス構造と思われている書店がかくも大量に潰れなければならないのか。書店の今日的苦境を考えてみたい。

 書店の場合、(売上+返品)—(仕入)=(利益)という計算式で測れない要素が多分にある。東書商・東京青年部という書店の団体がある。ほとんどが地場で自社所有店舗でやっている。彼らの話によると、実際は計算どおりにいかず、利益ゼロやマイナスがしばしば発生するらしい。

 なぜ赤字が生じるのか。基本的に書店は代金前払いである。新刊委託品も注文品も取次の請求は翌月払いである。支払いの時点ではほとんどの商品がまだ売れていないことが多い。しかも注文もしてない商品が勝手に入荷してくる。まだ金になってない商品の代金を払わなければならないというわけだ。

 それだけではない。実際には返せない商品もある。返品拒否版元は名高いI社やM社だけではない。版元側が受け入れようとしても、その前に取次が逆送するケースもある。また流通上の汚損、店内での汚損、そして万引きと自店でカバーしなければならない商品は相当数ある。1冊そうした商品が発生すると、そのマイナスを埋めるために、同額商品を4冊売らなければならない(書店のマージンは20%強だから)。先に書店はロスが少ないと言ったが、マージンが少ない分生じたときのカバーはかなりきつい。前出の書店の言によれば、通常月10冊程度はそうしたロスが出るという。

 こうした状態を念頭に書店の経営を考えると、薄いマージンからあらゆる経費を捻出するためには、量を売っていくしかない。しかし、この戦後最大の不況下、衣食住に関係しない書籍がそう大量に売れるわけがない。光熱費、人件費、生活費そして店を借りてるとすればその家賃と、利益をオーバーした支出は当然、本来は取次に支払われるべき商品代を食っていく。書店倒産のスタートラインである。

 小田光雄氏の『出版社と書店はいかにして消えていくか』(ぱる出版)によれば、取次に対する負債より店の在庫のほうがはるかに少ない書店が全国いたるところにあると。そんなばかなことがと言いたいところだが、事実である。書店の在庫をすべて取次に返しても足りないのである。(つづく)


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「再販原理主義」のゆくえ

2001-4-6 金曜日

第三書館 北川明 :http://www.hanmoto.com/bd/d3skan/1/

 三月二十三日に公取委から一応の結論が出て、とりあえず再販維持が決まった。ご同慶の至りである。

 しかし、これからどうするのかと言う点では出版界の合意がとれているわけではない。むしろこれからのほうがかえって各論続出なのではないか。

 まずなすべきは現状把握である。新古書店の増加、ポイント制の導入など変化は激しい。私が驚いたのは生協へのバックペイがかなり一般化していると言う事実。さる業界団体では生協書店でフェアをやったら、最初から5%とか10%あるいはそれ以上のバックペイはジョーシキだという。(私がこれまで属していたところではまったくそんなことはなかった。)生協は普段の生協価格よりそのぶんだけさらに割引して読者に販売するという。

 ことが生協だから、そんなことはアタリマエだと言う人も多いかもしれない。でも、私にはどうも腑に落ちない。生協がそのタテマエとしてきた生活防衛の意義はとっくに崩壊しているのは当事者がはっきり認めている。あとは法律があるから、それが例外的に認められているから、ということになる。

 しかし、法律論議をするなら、再販制は独禁法で原則禁止であって、出版物の再販制はその例外として認められたもの。生協がまたその例外ならば、例外の例外で、今の生協のやりかたが本来のものということになってしまわないか。

 「再販原理主義」を貫こうと言うなら、ポイント制を導入している書店には出荷しない、生協へのバックペイは拒否する、私がこの前この欄で提案した時限歩安納品(=歩安返品)も拒否ということになる。

 果たしてそれを貫徹できるのだろうか。これも結構大変だ。

 結局のところ、口では「再販原理主義」、行動としては何もしない、ということに終わってしまうのではないか。

 版元ドットコムに誘ったさる版元いわく「送料無料で読者に本を送るなんて、再販制の原則に反するから参加拒否です」と。


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春の憂鬱

2001-3-29 木曜日

太郎次郎社エディタス 須田正晴 :http://www.tarojiro.co.jp/

 3月はわが社の本の常備入換月だ。先々週に怒濤のごとく出ていった本が書店に到着すると、前年度分の常備品の返品が濁流となって戻ってくる。常備の本は年間を通 じて売れれば補充されるのが原則だから、たくさん戻ってくるのは問題ない。問題なのは、戻ってくる本の状態だ。

「返品の濁流」と書いたのはダテではない。カバー・オビの破れは良いとしても、並装の表紙は折れ、上製のボールはへこみ、本文にまで深く瑕がはいって戻ってくる。こういった本は、いくら改装したところで再商品化することはできず、断截せざるをえない。ウチでは返品は業務委託している倉庫にされるから、伝票の流れだけでは返品の状態はわからない。5月の決算棚卸しのさいに変わり果てた自社本の姿に暗然とさせられるが、それがどこから返ってきたものかは間接的な証拠でしかわからないのが常である。乱暴な結束・梱包によって傷んだ姿は、出荷時の面 影もない。

 返品の状態のヒドさは常備品にかぎらない。そして入帳条件についての取り決めもなしくずしにされ、注文品はずっと昔の担当者の「返品了解」がついて戻ってくるし、委託品は期限が切れたあとものべつ幕なしに返される。そのなかにはおそろしく古い、ボロボロになった本もある。それらが公然と入り正味や分高正味の書かれた伝票で送られてくる。

 日販の橋昌利常務は3月15日付の「新文化」インタビュー記事で、注文などの買切り品が実質的に「ほとんど返品条件付き」で「委託と同様」だと指摘している。たしかに現実そうなりつつあるが、これはけっして版元が了承している「商習慣」などではない。

 書店の経営が、現在の取引条件を額面通りに守っていては立ち行かないという問題は、入り正味の引き下げなどの抜本的な解決がなされるべきであって、「売れない本は随時返品すればいい、しかも仕入れ時と同正味で」などというのは商行為の本道にもとる。そうやって出版物の贋金化が加速して「書名と定価さえ読めればどんな状態でも返品できる」となっていることが、流通 段階での本の扱いのモラルハザードにつながっている。

 いまのように既刊本の注文流通にまで「返品・改装・断截」のリスクがつきまとう状況では、かつかつの利益で重版している本は順次絶版にせざるをえなくなってしまう。私にとって、春は、その当落ライン上にある本を重版するか否かの決断をせまられる、憂鬱な季節だ。


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