森田事務局員の夏休み

2001-8-22 水曜日

版元ドットコム事務局 森田華子 :http://www.hanmoto.com/

 毎回、版元日誌は業界にまつわる話がほとんどなので、ここは夏休み気分を盛り上げるためにも、全然関係のない話を書くことにした。
 もともと学生の頃は、夏休みは旅に出ると決めていて、そのためにアルバイトをし、バックパックを磨き(?)、本を沢山読んだりと準備をしていた。就職しても無理やり10日くらいの休みをもらったりして旅をしていた。
 そういうわけで、時間はあるけどお金はない状況を4年間、お金はあるけど時間はないというのを一夏経験して、最後はお金もないけど時間もなくなり、そして今年はお金はとてもないが時間は少しあるという中途半端なことになった。
 25歳ということもあり、そのわりに海の外に出るお金もなくどうしようかと考えていたら降ってわいたように富士登山の話が出てきて、友人6人でツアーに申し込んでしまった。

 このツアーは、8月6日の朝9時に新宿をバスで出発して、お昼に5合目に着き、そこから夕方まで登って、途中の山小屋で夕食・仮眠。再び夜中に登り始めご来光を頂上から見ようというもので、帰りに温泉まで連れていってくれるというおまけがついていて、ツアーなんて大嫌いという私もいいんじゃないかと思ってしまった。(まぁ、一度盛岡の小さな山に父親と叔父と登ったときに、遭難しかけたので、ガイド付きということに魅力を感じたということもありますが。)

 当日は、なかなかに晴れていて、登り始めは快調。途中何度も休憩を入れてくれるので40数名の集団でもけっこうまとまり、チョコレートを食しつつ4時間ちょっとで8合目の山小屋に辿り着く。
 噂通り、頭、足という交互形式で二段ベットに並べられ、少し落ち着く。外は涼しいと言うよりは寒いくらいで、下ズボンを履き、ズボンを履き替え、靴下を厚くしてフリースを着込んだ。眠る。夕食はもちろん全て平らげ(ちなみにこれはカレーという予想に反してハンバーグにご飯、煮豆、みそ汁)、落ち着いてお茶とかを飲んでいた。

 ここで、向こう側の遠いところで食事をしていた友人の所に遊びに行ったら、どうも食欲が全くないようでぐったりしてしまっている。「気持ちが悪い」しか言わなくなってしまい、食べなくなってしまった。
 これがいわゆる高山病で、別の広いところに布団を敷いてもらい、私ともう一人の友人が横で眠り、トイレに通う彼女を見守るということを5時間くらい続けて、結局彼女はそこで朝まで過ごし、下山することになってしまった。これには少し驚いた。

 ここから先、暗くて寒い状況で小雨もちらつき、休憩はすくなくなるしでばたばたとリタイヤ者が出てきた。私は、山小屋休憩の度に甘酒やお汁粉を胃に入れ、途中レーズンクッキーなどを口に入れながら登り続けた。
 リタイヤする人を観察していると、年齢的なものはあまり関係がなくて、どちらかというと自分のペースがつかめなかったり、装備が不足していたり、逆にいろいろとものを持ちすぎたりしている人が多かった。

 最後の山小屋で、「酸素が頭まで回らなくなった」という友人3人が断念。結局酸素も持参していない私ともう一人が頂上まで辿り着いた。もう寒くて最後の 10分は休憩もなくて必死で登って、気が付いたら周りは男の人しかいなかった。11人が先に着いてその中に混じっていましたよ。これはけっこう嬉しかった。
 その後は、山小屋に駆け込み、うどんをすすり、上も下も雲に隠れているご来光を僅かに見てから両親と好きな人にハガキを書き下山したのだが、毎朝走っているおかげで体力がついていて、あまりつらくなかったせいか今ひとつ感動が薄かった。人が沢山いたからか、どうも原因はよくわからないが涙が出るほどではなかった。それでも、何年も前に山登りをしたときよりずっと体力がついていることがわかったし、来年は穂高に行きたいなどと思う位なので楽しかったのだと結論付けることにした。

 山はおもしろい。歩くリズムと達成感、ゆったりとしたところと緊張が交互にくるところも心地よい。あまり話をしなくてよいところが素晴らしい。来年までに植村直己の本を全て読み、トレーニングをしておこうと決意する事務局員でした。
 みなさま、海に山に川に遊ぶ、楽しい夏休みをお過ごし下さい。

 次回は太郎次郎社エディタスの須田さんです。


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