『書店はなぜくも消えて行くのか』続篇

2001-7-25 水曜日

青灯社 野崎保志 :http://www.seitosha-p.co.jp

 北海道のある地方都市に、(当然札幌ではない)地場老舗で5店舗を展開している書店がある。総体として売上が落ち込んでいて、取次から3店ほど整理しなさいと迫られているという。確かにどの店舗も活気がなく、客入りも悪く、とても経費をペイできているとは思いがたい。この地方都市の経済力そのもののレベルダウンを反映している結果と考えれば、それもいたしかたないかとも思う。
 5店舗のうち黒字のところが1店だけあるという話を聞き、郊外のかなり遠いところではあったが足を運んでみた。平日の午後3時頃である。結構入っている。30人強の客が狭い通路にひしめいている。雑誌・書籍の売り場が40坪ほどだから、りっぱなものである。しかも肝心のレジも休みなく音を立てている。ほかの店との違いはなんだろうと、棚を見て驚いた。

 さほど広くない書籍スペースに、文芸、人文、芸術を問わず現在の売れ筋や根強い人気のロングセラーものがしっかりと並び、積んである。一見して既刊本に詳しく、最新の情報を正確に捉えている棚作りである。地方都市ということもあり、芸術分野の最新売れ筋は薄めだったが、都内や全国の同規模店と比較しても、その密度の濃さで記憶に残る書店となった。趣味・実用・ビジネス系はわたしの守備範囲外なのでそもそも見ていない。
 担当者に会った。30歳前後の書店歴10年ほどの女性である。多くを語らない。ただわたしの矢継ぎ早の質問に臆することなく私見を言う。そのすべての答えが理にかなっている。場当たり的な棚作りでないことがこれでよくわかった。そうなのだ。こうした読者に対する「攻め」の姿勢がいま失われつつあるのだ。
「自分の考え、自分の理想を棚にこめて表現する」とは、もうなんども繰り返されてきた言葉だが、いまだに生きている。本の需要の乏しいこういう地方都市の郊外店でも(失礼)なにかを語っている棚、アピールする棚は強い。蟻が甘味にたどりつくように(これまた失礼な例えだが)、読者もどこをどう探すのか、いい棚をしっかり嗅ぎ分けて集まってくる。換言すれば、こうした読者が担当者をして棚を作らしめているのだ。

 いま全国の書店をまわっていて、もっとも情けないことはこの書店人のように、棚を通して読者と切々と会話をしてきたベテランの書店人が、ことごとく消えていきつつあることだ。店の方針と合わずにやめていく人、高給料が災いしてやめさせられる人と、そのほとんどが意図せざる退社であった。そしてそのなかで書店業界に残ったのはわずかである。多くの力ある書店人が去り、その数だけ棚は荒廃していった。
 前稿で書店廃業の外的要因をみた。今回はその内的要因に焦点をあてている。それは表面に出にくい「書店の自滅現象」である。地方書店のいまの危機的状況は、その多くが内部崩壊によるものではないかと思える。事業が順調なときは問題ないのだが、経営的に八方塞がりの状況で、社長を支え、事態を乗り切るために手足となって動く人材がいなくなっているのだ。「こいつらと一緒になんとかしよう」という、最後のひとふんばりとなるはずの土俵際の「徳俵」がもうないのだ。だからいとも簡単に諦めてしまうのである。

 一説に(いや、すでに常識か)、地方の書店では年収が500万を越えると肩たたきにあうと言われている。そういう人はほとんどが40から50歳代で、その社の中心的な役割を果たしてきた人たちである。確かに替わりに若い社員を抜擢しても、その給料の差ほど利益が下がるわけではない。当面を乗り切れればいいのだし、なにより「店を潰さないため」という自らを慰める方便もある。しかし、そうした近視眼的対応がすこしずつ自社の体力を奪っていることに気づいていないのか。
 いや気づいているんだろう。気づいていてどうしようもないのだろうと思う。まさに、蟻地獄にはまったようなもので、打つ手がすべて悪い方向にしか結果を出さないということもあろう。しかしと思う。見かけの売上を立てるために、よく市場調査もせずに新規出店をするとか、ノウハウもないのに本以外の商品に手を出すとか、また前述したように、出費を抑えるために社員をやめさせるなどの安易な打開策に走ることはなかったかと。

 わたしにはやめていった(やめさせられた)たくさんの人たちの言葉がいまも残っている。「給料は半分ぐらいになるけど、一緒に建て直そうと言ってくれれば、残るつもりだった」「自分の身を切る覚悟のない社長にはついていけなかった」「毎週ゴルフに行く金があるのなら、店や仕入に使ってほしかった」など。彼らの本にかける情熱は、危機的状況であればあるほど発揮されたのではないかと、口惜しい気がしないでもない。
 書店の人件費の問題が出ると必ず正味問題(書店の仕入値率のこと、高すぎると書店側が業界に要求している)が出てくる。この問題はわたしも出版界全体が早急に取り組まなければならない、最重要課題だと思っている。しかし絵に描いた餅のうまさをいくら語っても腹はふくれない。いまできることを考えるなら、とにかく本を売る原点に立つことではないかと思う。そこで冒頭の北海道にある書店の話に戻る。この書店の棚が語るのは「読者に買わせる」商売から「読者に棚を作らせる」商売への転換である。商空間が売り手のものだった時代は過ぎ去った。それは顧客の作り出す空間であるべきだし、それを実践している小売店は、他業種でもほとんどが成功しているのである。


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「青写真」としてのシステム開発

2001-7-18 水曜日

ポット出版 日高崇 :http://www.pot.co.jp/

 去る6月29日、サイトを移転した。
 使う側からすると、大した変化には見えないかも知れない。が、実は今までとは、サーバを置いてある場所も回線もOSもアプリも、すべて入れ替わっている。

 現在のシステムは、構成からして相当変則的だ。まず、回線にはADSLを使っている。これは、圧倒的にコストが安いからだ。回線料+プロバイダ使用料=2 万円弱そこそこで、最大512Kbpsというのは、一昔前では考えられないスピードである。ADSLは、上り回線と下り回線のスピードに差があり、今回契約した回線の場合、上りは1.5Mbps、下りの512Kbpsの3倍のスピードだ。主にサーバとして使うので、アクセスしてくるお客さんから見れば、版元ドットコムからインターネットへの道はほとんどの場合「下り」となる。つまり、純粋に回線としての選択として見れば、ものすごいムダである。しかし、トータルに見た場合、OCNのISDNによる疑似専用線などよりもはるかに低コスト、高パフォーマンスなのだ。

 サーバの選択にいたっては、おそらく専門家に言わせれば「狂っている」としかいいようがないだろう。メインのデータベースにはMacintoshのG4上で動く、ファイルメーカーProを使っている。これを核に、ファイルメーカーのプラグイン機能でファイル書き出し機能を強化し、そこから出てきたファイルをアップルスクリプトで処理し、メールやftpに振り分けたりしている。転送先にはFAXもあるので、FAXゲートウェイも使っている。また、処理を途中で perlのcgiに渡したり、もうなんでもあり、といった感じだ。
 なぜファイルメーカーか、というと、最大の理由は開発スピードの問題だ。ファイルメーカーの強みは、スクリプトにしろなんにしろ、マウスでコマンドや部品を選んでいけばだいたいのことは済んでしまう部分が結構あるところだ。私はプロのプログラマではない(というか、アマチュアプログラマですらない。なんとか操れるのはHTMLとかAppleScriptとかTeXとか、その程度のものだ。最近忘れられがちだが、一応本業ではデザインをやっている)ので、 CはおろかPerlもほとんど使えない。だが、ファイルメーカーを使ってのWeb公開ならば今までにいくつかサイトを作ってきた経験がたまたまあった。
 いまどきのWebデータベースに関する本や雑誌をひもとけば、やれLinuxでPostgreSQLでPHPでWebアプリだこれぞオープンソースだ、と謳ってあるのが定番だ。それらがファイルメーカーよりもコスト的にも、また潜在的な性能的にも優れていることは言うまでもない。実は、以前のシステムはこれらのOS、アプリを使って作られていた。だがしかし、最後に決め手となったのは、開発スピードと開発に携わる人間のスキルだった。どんなに優秀な材料があっても、それを使いこなす人間がいなければ何にもならない。

 そこで、システム開発の専門家でもなんでもない私に白羽の矢が立ったわけだが、最初に指令が下ったのは、単に「本のデータを登録する部分だけを使いやすいカタチにする」ということだった。それがたまたまうまくいってしまった、ということと、最初に開発してもらったシステムについて、これ以上メンテしてもらえそうもない、という事実が徐々に明らかになり、「ならば自前で」という機運が高まってきた。その機運にうまく乗じて、なんとかここまでやってこれた。現在のシステムのもとになっているのは、サイトからもダウンロードできる、
「書籍登録フォーム」(http://www.hanmoto.com/hanmoto-renraku/tourokuform.html
というやつだ。インターフェース自体がシステムになってしまった、まるでLinuxにおけるGnome(http://www.gnome.org/)のような存在、といったら言い過ぎだろうか。多分言い過ぎだろう。

 また、後になってわかったことだが、ファイルメーカーの処理スピードは決して遅くない。むしろ、以前よりも検索の速度などは明らかに向上している(これは、PostgreSQLが悪い、というよりは、純粋にシステムの組み方であるとか、プログラムの仕方によるものと思われる)。以前の業者が使っていたマシンと、現在のマシンはスペック的にはほぼ大差がなく、むしろ現在の方がCPUのクロック数としてはかなり低い。こういった情報は、絶対に本や雑誌には載っていない。そもそも開発している人間が期待していなかったくらいなのだから。(笑)

 ファイルメーカーの柔軟さにも改めて驚かされた。ファイルメーカーをWebで公開するためには、CDMLという特別な言語をWebページのファイルに埋め込んでいく。この言語の仕様はいたって貧弱で、しかも1999年にver.4(日本語版)が登場してから、その語彙(機能)はほとんど向上していない。こんなもので、本当にモノが作れるのだろうか、すぐ壁にぶつかってしまうのではないだろうか、という危惧を当初抱いていた。メーリングリストなどで情報を集めても「セキュリティがガタガタ」「仕事で使うなんて無謀」といった論調が多く、着手した当初は本人でさえもファイルメーカーにはあまり期待を抱いていなかった。そのうち「コレとコレがダメなのでもう限界です」というレポートを出して終わりになるんじゃないか、という予想図を密かに描いていたりもした。
 しかし、シンプルなのは同時に強みでもある。置き換えタグ、アクションタグという概念がわかってくるにつれ、最終的にHTMLの置き換えに持ち込んでしまえば、ここから先は「業界標準」のインターネットの世界だ、ということがわかってきた。CDMLがどんなに独特な仕様でも、見る側に渡されるのは単なる HTMLとなる。特殊なものが一般化される、この部分に焦点をあてて開発していけばいい、と気づいてからは、かなり開発のスピードが上がったように思う。

 この他にも、DNSだメールだWeb(データベースと連動しない、通常のWebページを表示させる)だ、といった普通のサーバも置かなければならない。こちらは素直にLinuxを使っている。こちらに求めるのは「再起動不要」「フリーズ知らず」といった鉄壁の安定性だ。ディストリビューションは完成度に定評のある(あくまでも、ホビーユースレベルの話であるが)Vine Linuxを使っている。おかげで、こちらはシステムに手を加えたりしない限り、まったくノートラブルで運用できている。やることが決まり切っているので、そういう場合は運営側のスキル面に不安があっても、安定している方がいい。事実、こちらのサーバの構築には1週間もかけていない。その後もほとんど手が掛からない、なかなかいい子である。

 とはいえ、現在のLinux+ファイルメーカーを動かしているMac一台ずつ、というサーバ構成が完成形とは思っていない。むしろ、いきあたりばったりに開発してきたシステムを、いつかはもう少し「キレイな」システムに作り替えたいというのが偽らざる本音だ。それに、将来的には、やはりもっともっとミッションクリティカルなシステム構成にしていかなければいけないと思っている。そのためには、結局Linux(UNIX)ベースのシステムを選択する日がいつか来るだろう。ADSL回線も、いつかは光ファイバにとって代わる日が来るだろう。だが、システム開発は本来、常に「仮の姿」として存在している、という風に思うことにしている。現在のシステムは将来のシステムのための青写真なのだ。


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出会い

2001-7-11 水曜日

径書房 岡部友春 :http://www.komichi.co.jp/

 いまの会社にアルバイトで入ってからもうすぐ丸7年を迎えようとしている。3年目から正社員となったはいいが、営業とは名ばかりの仕事をしてきた私が、最初で最後(?)の出張に行くことになった。
東京から異動になった書店員さんや大学時代の友人などから「遊びに来なよ」と以前からずっと言われつづけいたこともあり、新刊がまあまあ好調だし、書店の方には挨拶してポップを渡してくればいいっか、という安易な気持ちでいざ名古屋へ。

 事前に他社の営業担当者数人から、行ったほうがいい書店さんとそこの担当者さん、書店のある場所、営業しやすいルートなどを聞いていたため、お店を探すことやお店に入って担当者さんを捜すことに大した問題はなかったが、「今日は休みです」と軽くあしらわれること数軒。

 このとき、今更ながらに学んだことは《営業するならば事前にアポイントメントを取ってから》である。本来は都内の書店さんでも、担当者さんがいる日時を確認し、アポを取ってから営業に行くべきなのだろうが、都内すらろくに回れていないのにそんなことが身につくはずもなく…。
 しかし、今どきアポもなしに営業するのは出版業界と押し売り(いまは訪問販売っていうのかな)ぐらいじゃないですかねえ。

「私、○善のIさんとは仲がいいんだ」と交流のあるB社のMさんから聞いており、Mさんの話で盛り上がればいいや、という軽い気持ちで、Iさんが仕事をしていると思われる売り場に乗り込んでいった。
 早速、恒例の自社本チェックをすると、その店の棚には小社の売行良好書が! 平積みだ!! しかも3点も!!! もうウキウキ気分で挨拶に向かう。
「Iさんはこちらの担当だとお聞きしたのですが、Iさんは…」
「Iは担当場所が変わりました」
「エッ?!」
「だから、ここはいま私が担当しているんですッ!!」
「じゃあIさんは…」
「別の担当をしています」
「そ、そうなんですか…。あ、あの本、ひ、平積みしてくださってありがとうございます」
「いえいえ…」
 ウキウキ気分はどこへやら、重い気分で軽く挨拶をした後、Iさんの元へ(棚の担当者さんを大事にせず、知り合いの人のほうを大事にする悪しき習慣)。

 緊張しながらもIさんに挨拶すると、「あの本は売れてますよ。刊行してからだから、かれこれ7〜8年は平積みしてるんじゃないですかねぇ。あれだけ長い間平積みしている本ってもうないんじゃないですか。ずっと平積みして売っていきますよ。新しい担当者にも念を押しておきますから」と涙がこぼれ落ちそうなくらいありがたい言葉を頂戴した。これで気分も元に戻り、B社のMさんネタで盛り上がり、ついでに近刊の話でも盛り上がった。
 Iさんとお会いできただけで、出張した甲斐があったなあ。

 後日談。Iさんが、とある会に来賓として呼ばれ、上京された。小社はその会の会員社ではないので、参加する方に「Iさんによろしく伝えておいて」とお願いしておいたら、「7年以上も(径書房の本を)売り続けていて、初めて営業の方が出張に来てくれて本当に嬉しかった」と仰っていたとのこと。またもや涙が…。

 さらに後日談。そんなIさんも○善を辞めることになった。辞める前に、出版社の方に挨拶をするために上京してきた。というより、いろいろな出版社の方が労いの会を開くために呼ばれたそうだ。人徳というか人望というか…。
 そんな忙しい折にも「一日空けましたから飲みましょう」と。まだ一度しかお会いしていない人間に対して、この心遣い。三度涙が…。いまではちょっとしたメル友。近況を報告しあうような仲になった。Iさんは現在、アルバイトをしながら就職活動中。個人的にも書店員を続けてほしいが…。
 いつかまた、何処かでこんな出会いがあることを願いつつ、日々精進していこうと意を決したのである。

 上に出てくる売行良好書3点とは『自分を好きになる本』『おとなになる本』『夢をかなえる本』です。

 最後に、径書房は「こみちしょぼう」と読みます。決して「怪」しくもなく「みち」でも「けい」でもありません。「こみち」です。これを機にみなさん覚えてください。
 よろしくお願いします。


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つまらない本屋

2001-7-4 水曜日

 先日発売になったインターネット白書(インプレス)によると日本のインターネット利用者は3000万人を突破したそうだ。
 私がインターネットを始めた頃(94年ごろ)は非常に遅い回線でInternet ExplorerはもちろんNetscape Navigaterもない時代だったことを考えると、ここ7年での進化のスピードは驚きだ。当時は接続したらお風呂に入ってお茶を一服飲んだら、丁度ページが表示されるぐらい遅かった。それから回線やパソコンの発達もあり、利便性が増したので、ここまでの利用者になったのだろう。
 しかし否応無しにンターネットを利用せざるを得ない状況を作り出しているのも事実である。

 最近の世の中の傾向として皆同じ流れに乗る傾向がある。
 前回文化ファシズムの話があったが、最近の世の中はいつのまにかファシズムが浸透しているように思える。
 例えば小泉純一郎首相は私の好きな政治家ではあるが、彼や田中真紀子氏を攻撃すると抗議が殺到するというのでは真の民主主義国家とはいえない。
 民主主義には「あなたの言うことに100%反対だが、あなたがその発言をする権利は命をかけて守る」と言う本質があるのだから、議論を封じ込める風潮や異端を排する傾向は心配である。首相の支持率もそうだが、ドラマなどの視聴率にも偏りが見られる。皆同じことを同じようにやるのが当然という風潮があり、良い傾向だとは思わない。一時期流行ったルーズソックスや厚底ブーツも同様である。
 もっと自主性をもって行動する必要があるのではないか?

 この傾向は出版業界にも存在する。
 私はこの版元ドットコムに会友として参加しているが、出版業界とはゆかりのない人間である。
 私は小学校から高校までを名古屋で過ごしたのだが、その当時はかなり本を読んだ。最近はあまり読まないのだが、自分ではそれを本屋のせいにしてしまっている。
 本屋がないのである。もちろんコンビニのような本屋はいっぱいある。入ったところにはどこにでも売っているような売れ筋と称する本が並び、なんら代わり映えがしない。欲しい本を買いに行ってもない場合も多い。5冊シリーズで2冊欠けている場合、店員さんにいえば本棚の下から出てくるのだろうと思っていると、棚にない本はないという。
 本屋さんも不況で大変のようだが、それなりに著名な本でもこのようなことはよく最近ある。
 しかしこの大変な時代に前述のような「右にならえ」の戦法では苦しむのは当然である。あの本屋にいけばこういう本があるだろうという個性をださねば消滅するのは時間の問題だ。味のある本屋はもう復活しないのだろうか?
 インターネットの普及で情報はほとんど手に入る。ネットの中で本の購入も可能だ。しかし本屋にいってたまたまいい本を見つけた感動を久々に味わってみたい。コンビニのような本屋だけでは探す楽しみも失せてしまう。

 さて、ここまでインターネットが普及したということでホームページを開設する個人・会社も多い。3年ほど前から就職活動にインターネットは必須である。携帯電話のメールも当たり前のように利用されている。
 しかし有効に活用していない人も多い。流行に流されて始めてしまったからだろう。これも本屋と同じで自主性に欠けているのである。
 その原因に自分(自社)のウェブサイトがどのように利用されているのか、どんな人が利用しているかなどを想定して運営していないことや分析をしていないことがあげられる。
 当社は2月にアクセス刑事を採用した。
 彼はお客の依頼に応え、ウェブサイトへのアクセス状況やリンク元などを解決することを任務としているが、今や数百の顧客を抱えるほどである。
 アクセス状況などを計測したい方は是非アクセス刑事をご指名していただきたい。
http://www.kan-net.com/

 つい自社の宣伝をしてしまいましたが、私は版元ドットコムに会友として参加しweb編集のお手伝いなどをしています。

 今後web制作やシステム構築だけでなく、インターネット広告市場やASP事業への参入を検討・準備中です。
 是非御用命ください。


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