極端な行動力を持つ人間たち

2001-5-30 水曜日

雲母書房 渡辺弘一郎 :http://www.kirara-s.co.jp/

 このところ、といってもここ2年位だが、夜な夜な誰彼と呑んだくれる日々が続いている。元来下戸であったからこの調子で行くといつ肝臓が壊れるのだろうかと時折不安がよぎるが、酒好きになってしまったんだからまあ仕方ないと相も変わらず呑み続けている。
 本郷村の零細出版社に潜り込んだのが5年前、それはそれで極めて楽しいことでもあったが、夕方も6時を過ぎるとどこからともなく客が現れて何となく「さつま白波」を汚いコップに注ぎ始めるのがそこいらの流儀であった。それでもなお仕事をしていると「おい、仕事やめろ!呑め!」と怒鳴られたこともある。アルコールに全く免疫がなかったわたしが隠れた酒好きになるのにそうは時間はかからなかった。
 その後不義理を重ねて随分転職を繰り返してきたが、酒を呑む習慣だけは身体に染みついてしまっている。酒のみになってしまったことで「本郷村のオッサンたちが悪い」などど毒づいてみても呑むのは自分のことだし、これ以上言うとお世話になっている皆様から苛められそうだからやめておく。

 生きることにこれだけ選択の幅がひろがっているにもかかわらず、こぢんまりと自らを限定して楽に生きようとする人が多くなってきた。情報があってもそれを身体には取り込まない。ただ茫洋と見ているだけの流れゆく情報。選択するのは自分自身であるにもかかわらず。自らの足で行動し、自らの意志で生きることをやめた現代人たち。

 関西大学探検部とここ2年ほどつき合っている。現代において、探検部という活動或いは探検という言葉そのものの意味が崩れかけている。人類はその飽くなき探求心と行動力でこの地球上を制覇してしまった。未知なる土地、地図上の空白はもう存在しないのである。
 関大探検部は未知なる土地がないのなら、誰もやったことがない未知なる行動をすれば良いだろうと、樹上を歩くというテーマを考えた。それもなるべくなら人があまり入っていないところを。
 調べていくうちに彼らは熱帯雨林の樹上で生活するというアイデアにたどり着く。これが実は人類に残された数少ない未踏の部分なのである。熱帯雨林の葉で覆われた樹上部分を「林冠」あるいは「天蓋」と呼ぶ。そこには数多くの動植物が存在し、生態学者たちにとってもまだ多くの謎が残されている。何故研究が遅れているかというと、熱帯雨林の林冠部は地上から20〜30メートルの部分に当たり、アプローチすることが極めて難しいからである。「だったらオレたちがやってやろうじゃないか」と彼らは行動をおこした。

 2 度の調査を経て、遠征地をマダガスカルに決定した彼らは、木の上にテントを張り、地上に降りることなく木から木へ1000メートル移動するという目標を設定する。しかも、どうせやるならただ移動するだけでなく、そこに生息する動植物のサンプリングや、林冠研究の方法論までつくってしまおうじゃないかと準備に入った。結果的に彼らは目標を達成したのだが、実際の遠征よりも遙かに苦労が多かったのが準備段階である。
 それぞれ文系学部に籍を置く学生である彼らが、いきなり生態学分野の研究ができるわけがない。まずは図書館に潜り込み、参考となる文献を読みまくったというが、あくまでそれは本の中での話である。マダガスカルで彼らが研究対象としたのは探検の技術そのものは別として、蘭、着生植物、昆虫、海産物といった生態学の部分で、それぞれどのようなやり方をすれば良いか、日本にいる専門家に指導を仰いだ。中にはその学会の人間でもそうおいそれとは近づけないような世界的権威にも彼らは遠慮なく近づいていった。概ねは暖かく応援してくれたという。結果、ある程度の目標と学者たちの支援を取り付けることに成功した。

 次はカネの問題である。方々で値切ってかなり安く済んだとはいうが、それでも一人頭の遠征費は100万円かかる。しかも資材は別である。身近なところでは親を騙すことからはじめ、準備の合間を縫ってアルバイトをし、様々な企業から資金、機材、薬品、食料、通信等の援助を取り付けた。さらに、自分たちの行動を身内だけで分かち合っていてもつまらないと、新聞、雑誌、テレビ局にも働きかけ、遠征記を発表するメディアにまで自分たちで渡りをつけた。
 現地からの遠征許可も受け、カウンターパートと通訳の人選も終わり、さあいよいよ出発というときに突然「矢張り許可できない」という知らせが届いたときも、彼らはマダガスカル政府や欧米の研究者、NGO団体を敵にしたり味方にしたりしながらねばり強く交渉を重ね、結局自分たちの意志を通してしまった。この行動力!

 わたし自身の行動範囲は今のところ狭いかも知れない。しかし、極端な行動力を持つ人間はいつの世にも必ずいるものである。そうした人たちの行動を読者に伝えていきたいと思う。刺激を与えたいと思う。書籍というものは極めて少ないロットでありながら、表面をなぞるだけの新聞や、情報を凝縮しすぎてしまうテレビなどと違って、コアな部分に訴えかける力を持つ数少ないメディアである。
 今ある読者はいずれ死にゆくものである。刺激を与えきっかけを作り、新たな読者を掘り起こすことをしなければ、書籍というメディアは衰退する一方ではないか。著者を喜ばせるのではなく読者を喜ばせ、自らの狭い生活環境を脱却して、ささやかながらも「伝える」という行動をしなければならない。版元にある役割はきっとそこにあるのだと信じている。


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『オイラーの無限解析』邦訳出版!

2001-5-23 水曜日

海鳴社 辻 信行 :http://www.kaimeisha.com/

「オイラーを読め、オイラーを読め、オイラーこそ我らすべての師だ」、とラプラスが推奨して以来、数学ファンにはオイラーの著作はある種のあこがれの的でした。しかし、ラテン語の壁は厚く、訳出しようという勇気のある人はいなかったようです。ところが小社からまもなく『オイラーの無限解析』が出版されるのです!

 邦訳は原書の「無限解析序説」(全2巻)の第1巻目にあたりますが、B5判で370ページにのぼる大作であり、訳出に5年の歳月を要しました。訳者は九州大学の高瀬正仁先生で、緻密で忍耐を必要とするこの仕事を見事完遂され、6月に刊行いたします。みなさん、拍手喝采をお願いいたします。

 定価(本体)は5000円ですが、「これが売れたら」高瀬先生の力作『紀見峠を越えて』を出版することを約束しました。これはわが国が誇る数学者・岡潔の伝記ですが、『オイラーの無限解析』が皮算用以下であっても、高瀬先生の努力に報いるべく、多分出版することになるでしょう。

 わが国が誇る数学者といえば、和算家・関孝和を忘れることはできません。彼は1708年に没していますが(ちなみにオイラーが生まれたのは1707年)、いまでいう「線形代数」を発見しています。これは現代の量子力学でさかんに活用されているものです。

 じつは海鳴社はこのところ村上雅人著の『なるほど虚数』(1800円)、『なるほど微積分』(2800円)が好評のため、「なるほど」シリーズを村上先生に頼んでいて、6月には『なるほど線形代数』(2200円)も出します。村上先生はアメリカで教育を受けた経験があるためか、解説が丁寧で日本のものとは一味違ったわかりやすいものとなっています。そこが好感を受けているのでしょう。

 というわけで、海鳴社は地味ながら、しばらくは数学書を中心にぼつぼつやってまいりますので、よろしくお引き立てのほどを……。


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いつも元気をありがとう!の書店さん達

2001-5-16 水曜日

オフィスエム 丸山慎二 :http://www.avis.ne.jp/~emu/

全国で書店がどんどん潰れている状況はここ信州も同じです。長野県の場合は、地元の大型チェーンと中小規模店が何とかうまく同居していた。そこへ数年前から、隣県の大型書店(というか貸しビデオ+CDの複合店)チェーンが入りこみ、そのバランスが一気に崩れてしまった感じがあります。
 県内都市部の郊外に行けば「え、ここもなの?」というほど、様々な量販店に混じって、1kmと離れていないところに同規模の大型複合店がどおんどおんと建っている。並んでいる、と言ってもいいところもある。いくらなんでも、神田や池袋じゃないんです。これだけ近いと、お客は何を根拠に店を選ぶのでしょう。店の差別化だって限界があるし(田中康夫知事コーナーはどこも定番になっている)……。激しい出店競争の裏には、「ここままじゃやられる」という意地みたいなものが見えるようで、ちょっと心配になってきます。その一方で、昔からある街の書店が一軒また一軒と閉じていくという現実に、やりきれない気持ちがします。
 版元も書店も、みんな困って焦っています。でもそんな中、毎日がんばっている書店員さんがいます。

[A 書店]営業で行く時、「今度はどの版元をゲットしましたか?」が挨拶になってます。店長がこれは、と目をつけた商品(群)を版元と直に交渉して仕入れ、自作ポップでオリジナルフェアを次から次へ展開しています。青果市場で旬の野菜に目を光らせている八百屋のオヤジに会っているようです。彼にとって一冊の新刊はきっかけにすぎず、そこから埋もれていた既刊本を縦横無尽に組み合わせていくのです。「こんな本があったの」と客をビシビシ刺激している店です。がんじがらめに見える本の流通なのに、こんなに奔放に(見える)やれるなんて、本屋は面白い!って思うのです。ノーテンキな私などいつもこの八百屋オヤジに怒られているんですが、必ず元気をもらってきます。

[B書店]近くにどおんと大形複合店が建ち、本のみで勝負するこの店にも影響が……最近の店長さんの顔色からもうかがえます。ただ、若い店員ががんばっています。まだ若輩者の不肖営業マンが見ても丁寧な棚づくりだと感じます。忙しい中、彼女は私ら版元の話をじっくりと、根掘り葉掘り聞いてくるのです。なぜこの本が作られたか、誰に読ませたいのか。そこから「この店でどう売るか」を探っていく。話している内にこちらサイドの販売方法を発見することもある、小社にとって強い味方です。

[C書店]商店街にある老舗書店。商店街でモノが売れないご時勢だが、昔からの外商をこつこつとやっている。私なんぞが生意気に言ってはいけないのですが、社長さんは試行錯誤の末、本を一冊一冊手渡ししているお客さん=この店の原点、に戻っているように見えます。同じ市内の外商専門店が高齢化で店を閉じることになり、顧客をすべてあなたに引き継いでほしい、と依頼されたそうです。お客は世代が変わっても「この本屋に」と引き継がれている。「本は無駄にしない」と、古書の資格も取るという社長さん。この人の話を聞いていると、昔ながらの「本のぬくもり」が伝わってくるのです。


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本の直販残酷物語

2001-5-16 水曜日

批評社 佐藤英之 :http://hihyosya.co.jp/

 5月17日から日本精神神経学会が大阪で行われるので、関西の書店営業を兼ねて本の販売に出掛ける予定である。一年間に出掛ける学会や集会は、それほど多くはない。岩田書院の岩田博さんは、春と秋は連日学会まわりで超多忙だと「新刊ニュースの裏だより」に書いていたが、私のところはせいぜい3回か4回でたいしたことはない。けれども記録にとどめておいたほど、無残と言えばあまりにも無残な集会の模様を日記に認めておいたのでお伝えしたいと思う。それは今年の1月に東京で行われた日教組の全国教育研究集会のことである。

 1月26日(木)
 午後2時から日教組の教育研究集会の準備のため、現代書館の金岩さんを隊長に、社会評論社の松田副隊長、緑風出版の高須副隊長と私、平均年齢57歳、兵隊が一人もいない老人部隊は、荷物を全体会場の有明コロシアムに運び込む。各社のダンボール箱は体力に合わせて中くらいの大きさのものだが結構重い。30 数個のダンボール箱を会場裏の販売所に運ぶ。
 4時、日教組の大会担当者・丹野さんが業者との打ち合わせに来る。
 打ち合わせ終了後帰社。帰りは電車でりんかい線に乗る。新木場で有楽町線に乗り換え、市ヶ谷で総武線に乗り換え、水道橋駅へと。ところが結団式をしなければ明日からの志気にかかわるということになり急遽、市ヶ谷で下車。一杯飲み屋で明日からの健闘を誓い合う。

 1月27日(土)
 日教組の教育研究集会は、今日が初日の全体会。朝から雪が舞う寒い日。
 朝6時起床の予定が、6時30分を過ぎていた。顔を洗い歯を磨き、シャワーを浴びてひげを剃る。食事もそこそこに雪の中を走って西荻窪駅に向かう。土曜日は快速電車は走っていない。各駅停車の中央総武線に乗って市ヶ谷駅へ、有楽町線に乗り換え、新木場駅へ。そこから、りんかい線に乗り換え、国際展示場前駅へ。市ヶ谷駅からここまで電車賃が420円とは高い。8時00分到着の予定が、10分近く遅れて到着。
 駅の前には、日教組の人達が右翼の妨害を恐れて警察機動隊と一緒に入場者の点検に目を光らせている。右翼の街宣車が勇ましい音楽をバックに「日教組粉砕!」とがなり立てながら走り去る。中核派や革マル派とおぼしき左翼の活動家達が、吹雪きの中で両脇からビラを配る。
 階段を上りながら目指す有明コロシアムを見ると、すでに日教組の人達が準備に大童になっているのが見える。大あわてで会場に入り、昨日準備した場所へと急ぐ。すでに、現代書館の金岩部隊長は、先陣を切って緑風出版の高須副隊長とともに本をならべて準備しているではないか。これこれは急がなければと、さっそく準備に入る。社会評論社の松田副隊長の姿が見えない。もしかしたら小田急線が止まって来れないのかも…。心配しながら準備していると、猛吹雪でずぶ濡れになりながら、大きなお腹を抱えてやって来た。これで全員集まったことになる。やれやれ。
 雪はますます吹雪いてきた。会場の周りにはだんだん雪が積もってきて、大雪なりそうだ。この雪の中を教師の連中はちゃんと来るだろうか。いささか不安になる。教師になる人は真面目な人が多い。真面目な教師ほど言われたことは必ずそれなりにやるが、それ以上のことは決してやろうとしない。教研集会には必ず来るが、本を買ってまで勉強しようという教師はあまりいない。ちょっと偏屈な教師の方が親しみがあり魅力もあって、本も買っていくような気がする。彼らは学校という異空間の中で、一種独特の人格を形成しているように思える。

 受付が始まり先生達が入場してきたが、本の販売所の方には誰も来ない、準備万端整えてお客を待っているが、寒いせいか誰も寄り付かない。金岩隊長の朗々たる呼び込みの声も、むなしく会場に響き渡るだけだ。身体を動かしていないと寒くて歯が噛み合わない。大会本部からホカロンが支給され、靴の底とズボンに入れるが寒さを凌ぐほどではない。開会式が始まったが、全体会場の中も寒いので座ったままで誰も動こうとしない。昼近くになってやっと人の出入りが出てくるがなかなか本を買おうとはしない。一人が買い、すると連られて二人めが買う。それを見ていた三人めが買うといった調子で、何とか昼の休憩で多少の売り上げが期待できそうだとひと安心。せっかくこの大会のために重版したのに一冊も売れなかったらどうしようと、内心冷や汗ものだった。
 それにしても寒いのと売れないのとでダブルパンチだ。本を片手に持ち上げてテキヤのように声を嗄らしても客は寄ってこない。トイレに来たり煙草を吸ったりしてもすぐ引き返してしまう。遠くの方から何か珍しい物でも見るように眺めているだけだ。これほど大衆的に支持されない本をどうして作ったのかと、自負と悔恨の念で千々に乱れ複雑な想いに囚われる。
 大雪でりんかい線が止まったという情報が入る。金岩隊長が何処で仕入れてきたのか「祝50年」と書かれた昼の弁当を支給してくれる。隊長はこうでなければ勤まらないなどと言いながら、さっそくパクツク。……冷たい。実に冷たい弁当。更に冷たいお茶を飲みながら弁当を食べ終わる。身体の中が冷え切って、いてもたってもいられない。高須副隊長が「おい、暖かい所があるぜ」と手招きするのでついて行く。
 会場内に入ると人いきれで多少暖かい。左側に鉄製の重たい扉がある。その閉じられた扉を開けると、その部屋だけ暖房が入っていて何とそこには大勢の先生が上着を脱いでシャツ一枚になって寝転がったり煙草を吸ったりしているではないか。中には半袖の肌着で寝ている先生もいる。極楽、極楽。やっと生きた心地がする。暫し休憩の後、再び吹雪きの舞い込む販売所へ。順番に交替する。こんな部屋がこの建物の中にあったのだ。何でここを業者の販売所にしてくれなかったのか。日教組の幹部もこの場所を案外知らなかったのかも知れない。

 大会は午後4時半ぴったりに終わった。盗賊のように荷物を片づけ、金岩隊長が猛吹雪の中を配車してきたワゴン車に返品を入れ終えて車の後部座席に座ったときは、何とも言えないほどほっとした。大雪の中を全国動員された右翼の悠然たる大型街宣車に前後を挟まれながら、借りものの我が部隊のワゴン車がゆっくりゆっくりと走る。暖房が効いてきて寒さと疲労が和らぎ、睡魔が襲う。
 勝鬨橋を渡り銀座通りを過ぎて江戸城の雪景色を右手に見ながら、千鳥が縁・和田倉門を経て毎日新聞社の脇を左折して駿河台下から御茶ノ水を経て本郷へ。冷え切った社内で一休みする間もなく、臼井君へ明日の連絡事項を記す。荷物を整理していると電話が入る。一刻も早く熱燗を飲みたい。はやる気持ちは抑え難くすぐさま場所を指定、直行する。水道橋・串八珍。高須副隊長と途中で落ち合う。金岩隊長に慰労をと思ったが、隊長は来れないと言う。松田副隊長はまだ来ない。すぐさま大徳利の熱燗を注文する。若い兄ちゃんが無愛想に注文を受ける。早く早く。何をぐずぐずしているのだ。やっと大徳利が来た。さあさあ飲もう。
 ……良く飲んだ。10時半だ。明日も早い。早く帰ろう。

*結局、全体会と分科会の3日間の売り上げが18万円だった。何とも無残な結末である。
*当初、今回の日誌は宮崎学『突破者 戦後史の陰を駆け抜けた50年』とその周辺について触れてみたいと思ったが、大分前のことなのでいくら探しても本が見当たらない。どうしてこうだらしないのだろうか、とつくづく嫌になる。


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上毛かるたをご存じですか?

2001-5-9 水曜日

大村書店 田端広英 :http://www.comk3.co.jp/ohmura/

 先日、あるテレビ番組の取材を受けた。残念ながら、弊社の出版物が大ベストセラーになっている、などという景気のいい話ではない。極めて私的なことで恐縮だが、「上毛かるた」についての思い出を語ってくれ、という内容だった。

 上毛かるたとは、私の郷里・群馬県の「郷土かるた」のこと。「あ 浅間のいたずら 鬼の押出し」、「に 日本で最初の 富岡製紙」、「ほ 誇る文豪 田山花袋」……といった調子で、名所・旧跡・偉人を詠みこんでいる。

 今回、取材を受けたからといって、私が特別な愛好家というわけではない。県民の誰もが小学生時代に遊んだことがあるポピュラーな遊具で、私でなくとも思い出のひとつやふたつは軽く語れる代物だ。町内対抗から県大会まで開催される競技でもある。群馬県の小学生にとって、かるたの「い」は「犬も歩けば 棒に当たる」ではなく、「伊香保温泉 日本の名湯」なのである。

 この上毛かるたの初版発行は昭和22年のこと。以後、版を重ねて、現在までに約160万部が普及している「超ロングセラー」商品である。1000や2000の部数決定で頭を悩ませている私などからすれば、想像を絶する世界だ。ちなみに群馬県の人口は、上毛かるたの中にも「ち 力あわせる 200万」と詠まれているように、約200万人。まさに「県民のかるた」といえる普及率である。いくつかの県でも同じような郷土かるたがつくられているが、いずれも累計20万から30万部程度の規模だという。

 普及率の高さだけでなく、その成り立ちも「県民のかるた」らしい。お題は一般の県民から公募し、県内の識者が選定(候補には国定忠治や小栗上野介なども上がったが、GHQから不適当との指導を受けて除外された)。県人の歌人が歌を詠み、同じく県人の画家が絵札を描いた。発行当初は、自転車の荷台につけて村々を売り歩く姿も見られたという。

 上毛かるたが考案されたのは、「日本の将来をになう小さい方が、郷土群馬県をよく知り、そして郷土を愛するようになっていただきたい」という願いからだった。昭和22年という時代を考えれば、そこに郷土の復興と「新生日本」の建設という思いがこめられていたことは想像にかたくない。

 時代が下って、今、しきりに「地方の時代」ということが言われている。このところのいくつかの県知事選を見ると、そんな風が吹きはじめていることを感じる。その一方で「財源移譲なき地方分権」という、大きな問題もある。弊社でも昨年末に『地方行政を変える。』を発行し、5月に『自治体財政を再建する』を予定しているが、いずれにしろ「新しい地方の創生」という課題と向き合わざるをえない時代になっているのは確かだろう。そうした中、郷土の復興を願ってつくられた上毛かるたの可能性は再び膨らんできているように思う。今からでもいいから、他県でも県民の知恵を集めて郷土かるたをつくってみたらどうだろうか。

 ちょうど上毛かるたで遊ぶ世代、小学校の教育現場でも「総合的な学習の時間」が導入された。その柱のひとつに「地域の歴史・文化を学ぶ」ということがあげられているが、郷土かるたはその絶好の教材になる。札の一枚一枚について子どもたちに調べさせれば、教科にとらわれず「自ら考え、自ら学ぶ」という「総合的な学習」の狙いにかなった授業が行えると思うのだが。 近代の学校教育は「国民」をつくることを目的にしている。しかし出版業に携わるものとしては、同時に「よき読者」を育てて欲しいと思う。「歴史観」を教えこむことが大事と考える人もいるようだが、そんなことよりも「自ら考え、自ら学ぶ」力を育む「総合的な学習の時間」に期待したい。自ら学ぶ気持ちがなければ、本なんて手に取るわけがないからだ。

 ちなみに上毛かるたは神保町の奥野かるた店で入手できます。興味のある方は、ぜひ手にとってみて下さい。


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五月雑感

2001-5-9 水曜日

凱風社 新田準 :http://www.gaifu.co.jp/

書店からの電話注文も減ってきたので会社で現在使用中の電話4回線のうち1回線を閉鎖した。とたんに、パソコンのモデムが外線につながらなくなった。営業代表と編集代表とファクス専用回線は残したのだが、どうやら直接モデムにつながっている回線を閉鎖してしまったらしい。
 凱風社の場合、電話はNTTだがPBX(構内電話機)はNEC製だ(大塚商会から買った)。そのため、問題が起きたときにその故障が誰の責任だか、いつもはっきりしない。
 昨年、隣の事務所の水道管破裂で事務所が冠水し、しばらくして電話の調子がおかしくなったことがある。そのときも、事務所の壁の外まではNTTだが事務所内は凱風社(つまり、大塚商会+NEC)の責任だという。回線がダウンしていることはNTTでも確認できた。でも、それがどこなのかは分からないという。そんなこと言ったって、電話線はつながっているんだから責任関係はそちらで解決してくれ——とクレームしたが、どちらに電話してもラチがあかない。結局、NTTが壁の外までを確認し、大塚商会が事務所内の回線をチェックし、最終的には、事務所内の中継器が水濡れで絶縁不良になっていることがわかった。
 NTTから二人、大塚商会から一人が来て、ああだこうだとチェックした。でも、そんな大事だったのだろうか。
 今回は、経済的理由から電話を1回線単純に閉鎖したかったのだが、電話回線の閉鎖は即座にできたもののメールもインターネットも使えないというありさまだ。
 このままいくと、コンピュータや構内回線に問題が起こっても誰に責任があるのかわからず対応が遅れるというケースが頻発しそうだ。こういうトラブルって、凱風社だけの特殊なケースなのでしょうかね。

 さて、この連休中は事情があって本を読む時間がなかった。しかし新聞やテレビでは小泉純一郎・新総理の誕生や、教科書問題など、話題に事欠かない。小泉純一郎の言動たるや「フライ級右翼」といった感じでなんとも危なっかしい。
 それでも80パーセント以上もの日本人(「国民」という言葉は使いたくないので)が小泉政権を支持しているという。
 「自衛隊容認」「靖国神社参拝」「憲法改定」を主張する首相。しかもそれをバックアップする政権党の幹事長は元・防衛庁長官の名うての改憲論者だ。いったいいつの間にこんなことになっちゃたんだろう。
 唯一はっきりしてきたのは、自衛隊が軍隊だという共通認識だ。軍隊は憲法上認められていないから、漸次廃止とするのか、それとも改憲して「普通 の国」になるのか——おそらくこの1〜2年で決着がつくのではなかろうか。クラウゼヴィッツの言うように、戦争は政治の一手段にすぎないのだから、「普通 の国」は普通に戦争をする。
20世紀の実例を見ても、戦争は常に「防衛」の名目で始まっている。「侵略」を掲げて戦争する国などない。
 パソコンの前に座っている若者諸君、これでほんとにいいの? 戦争に行くのは君たちだよ。


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