有害でナニが悪い!

2001-3-8 木曜日

青弓社 矢野恵二 :http://www.seikyusha.co.jp/

 『完全自殺マニュアル』(太田出版)を「不健全」指定にして販売に規制をかける東京都の執拗な動き、その審議機関は自殺ばかりか犯罪一般をあつかった出版物までを も規制しようとする答申案を提出、あるいは記憶に新しい映画『バトルロワイヤル』 を「上映中止にしてほしい」などと平然と公言する政治家、さらには、テレビ・ラジ オ放送を対象に青少年への影響を口実とした規制法案の提案、数年前には「無垢な子 どもたちに悪影響を与えるから」を押し立てたコミック規制……。不況だ、森総理退 陣だ、といっているうちに、いつの間にか「有害」を口実とした法律・条例による規 制が大きく動き始めている。これに対して「憲法で禁じた検閲であり、言論・出版の 自由への抑圧だ」というとすぐに、「そんなこと戦前の話だよ」と反論があるかもし れない。あるいは、「規制は必要だ」という意見もあるかもしれない。しかしそれら は、あまりにも政治の力学に無垢だといわざるをえない。

 自殺者の手元に『完全自殺マニュアル』があった事例はあるし、インターネットには 自殺サイトもある。あるいは、殺人の具体的な方法を明らかにした書籍や雑誌もあ る。放送でいえば、この50年間、規制に継ぐ規制にさらされてきたし、テレビの暴 力シーンなどを突破口に番組全体ににらみをきかせようとしているのは明らかだ。

 だがしかし、そもそも有害ではない表現というものがあるのか。書籍・雑誌、テレビ ・ラジオ、身体表現、歌、演劇、映画……。人の魂を揺さぶり、感情をかき乱し、決 意を迫り、失意に突き落とし、一時的にではあれもう一人の自分を気づかせる表現こ そが「おもしろい」作品ではないのか。自殺にしても、その善悪は措くとして、そも そも自殺を願望していた人にとってはその手段を教えてくれる書籍などは、百万巻の 哲学書よりも有益であったのだ。あるいは、時の政府の失政を自分に代わって斬って くれる番組を支持する、暴力を描くフィクションのカタストロフィーで精神の均衡を 得る。

 こうした精神の高揚を否定することは、人間存在そのものを否定することでしかない のである。

 ただし、一つだけ注意しなければならないのは、「そんな有害で俗悪なものがあるか ら、私たちが作っている有益で社会的なものまでもが規制されるんだよ」という、同 じ陣営からの転倒した批判、いわば後ろから弓を射る行為に対してである。繰り返す が、あらゆる表現は等価である。医学書のようなポルノ写真集が一冊の宗教書よりも 心の平安をもたらしたり、観念的な文学が社会の問題を突く映画などよりも強力に自 分の生き方に影響を与えたり、そんなことは私が言うまでもないことだ。しかし、こ の等価であるという本質が見えない連中は、まわりまわって規制派の隊列に並ぶこと にもなるのである。

 有害で、ナニが悪い!

 私は、「すべての表現は一切の公権力から自由でなければならない」、と確信して いる。


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