旅する人生に〈沖縄〉という季節があった 『沖縄への短い帰還』池澤夏樹著を刊行します!
沖縄にはいろんな作家、ライター、研究者の方がやってくる。旅行で来て気に入ってプライベートで通うようになったり、雑誌の取材で二泊三日の旅とか、はたまた沖縄をテーマに据えて長期取材を行ったりと、様々である。その中で、沖縄に居を構える方もいる。昔だったら、灰谷健次郎さんが渡嘉敷島に住んでいたし、現在は、元「噂の真相」編集長だった岡留安則さんが有名だろう。「沖縄移住」という言葉は定着している。
作家・池澤夏樹さんが沖縄に住んでいたのは1994年から2004年までの10年間で、それ以前から頻繁に沖縄に来ていたし、その後もしばしば沖縄に来ている。沖縄に住んでいる後半は、那覇から少し離れた知念村(現南城市知念)の、海を見下ろす高台に家を新築し村民として暮らしていた。
僕は池澤さんが沖縄に通いはじめた頃に知り合って、引っ越してからもいろいろ一緒に遊んでもらった。「遊ぶ」という言い方はちょっと妙だが、まあ親しくさせてもらった、というところか。何かの集まりの時に飲んだり、家におじゃましたり、沖縄に関する質問に答えたり……。1990年代の前半は、いわゆる「沖縄ブーム」が起こり沖縄の生活文化が注目され、90年後半は、沖縄米兵少女暴行事件を契機としておこった全県民的な米軍基地への抗議行動から普天間基地返還問題へと、今に続く政治問題が注目された。
沖縄に住んでいるからといって、沖縄に関する仕事をするかどうかはまた別の話である。
ましてや地元の出版社からなにかをまとめて出す、というのは、なかなかない。これは当然であろう。池澤さんは積極的に沖縄に関するエッセイを書いて、いくつかの本にまとめてある。90年代の沖縄社会にコミットして、沖縄の生活文化・自然の魅力の発信や、当時の大田昌秀知事との対談本などの社会問題・政治に関する発言も積極的であった。池澤さんは自分のことを「半分特派員」という立場だと言っていた。沖縄のことを意識的にヤマト/全国に発信する、ということだ。
その頃、一冊だけボーダーインクから池澤さんの本を刊行したことがある。『沖縄式風力発言』(1997)というタイトルで、沖縄の島々に渡って講演したものをまとめたものだ。沖縄の版元から出した純然たる「沖縄県産本」である。
2004年、池澤さん一家が沖縄からフランスに引っ越しする時に、当時編集していたWanderという雑誌で、その時の様々な心境についてインタビューし、「ぼくは「帰りそびれた観光客」だから」というタイトルをつけて掲載した。沖縄を舞台とした長編小説『カデナ』が刊行されたのは、2009年のこと。沖縄を離れたからこそ書けた作品だ。
「沖縄への短い帰還」と題されたエッセイが雑誌「Coyote」で発表されたのは、2010年のことで、僕はこの文章を読んでいろいろ思うところがあった。
沖縄にはいろんな人がやってくる。僕も、沖縄に注目して、好きになり、熱中する人たちと、たくさんたくさん出会った。沖縄で出版活動をしてくいうえで、いろいろ教えられることも多かったし、いろんなことも聞かれたり、一緒に仕事もした。沖縄病、沖縄ファン、沖縄フリークなど、いろんな言い方をされているが、ある時ひとつの場所・ことに熱中する。そしていつしかその熱狂から去っていく。これは地元に生まれ育った者にもあることだろうが、その後、つまり「帰りそびれた観光客」が帰った後、どのような思いを抱くのか、「沖縄への短い帰還」を読みながら、興味がわいたのだ。沖縄の人たちよりも、沖縄を好んでいた、熱中していた人たちの、〝沖縄〟という季節が過ぎたあとの心の持ちようを確かめてみたくなった。
その後しばらくて池澤さんと那覇で飲む機会があったので、沖縄に住んでいたころの文章をいろいろ集めて、あらためて本にできないかと話した。文章のセレクトは僕がおおよそ行い、単行本未収録の文章もできるだけ載せる。池澤さんも、沖縄の十年、そしてこの先を考えるにあたって、あらためてまとめることに興味をしめした。結局、沖縄に来る前から去った後まで、およそ25年にわたる期間の中から、エッセイ、書評、インタビュー、講演、掌編小説など、さまざまな沖縄に関する文章を収録した『沖縄への短い帰還』は、話を持ちかけてから2年ほどたち、ようやく刊行することになった。池澤さん、19年ぶりの沖縄県産本である。解説として、同じように、いや僕以上に池澤さんと遊んでいた、地元沖縄のエッセイスト(90年代当時は地方公務員)の宮里千里さんに寄稿してもらった一文を載せた。
沖縄に来た人も、去って行った人も、沖縄に住んでいる人も、それぞれ時間が過ぎ去った。この本を製作しながら、沖縄で生まれ育ち、ずっとこの島にいる僕も、あの〝沖縄〟としか名づけようのない季節にいたのだと、なんだかずいぶん感慨深い一冊になった。
池澤夏樹著『沖縄への短い帰還』は、5月25日刊行予定。6月に池澤さんはまさ
に「沖縄への短い帰還」をしてもらって、講演会や本屋、ブックカフェなどで、
刊行記念イベントをしてもらう予定である。