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日本人とショパン
洋楽導入期のピアノ音楽
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2014年3月
- 書店発売日
- 2014年3月28日
- 登録日
- 2014年3月4日
- 最終更新日
- 2014年3月24日
紹介
わが国ではじめてショパンが演奏されてから約150年。
ショパンの音楽が明治期の音楽家、音楽愛好家たちのあいだで受容され、普及していく様子を、東京音楽学校や各地のミッション・スクールなどでの楽譜受け入れ、演奏会批評、図書出版、さまざまなエディションの出版などの実態から跡づける。
巻末に掲載された《エチュード》op.10(全12曲)のさまざまな異稿を集約したパラダイム楽譜は、この作品のさまざまな解釈の可能性を一望にできる貴重なもので、現代の演奏家にとっても有用である。
目次
はじめに
序 論
I.明治期におけるショパンの楽譜
第1章 音楽取調掛および東京音楽学校に受け入れられた楽譜
第2章 ミッション・スクールとショパンの楽譜
第3章 ショパンの楽譜受容の背景
II.明治期におけるショパン受容
第1章 日本におけるショパン演奏
第2章 明治期における演奏会の批評と雑誌記事に見るショパン
第3章 大正期に出版された図書とレコード
III.明治期に受容された楽譜の比較考察
第1章 ショパン作品のエディション研究
第2章 エディション研究の方法
第3章 《エチュード》op.10 No.1のエディション比較
第4章 《エチュード》op.10 No.3のエディション比較
第5章 《エチュード》op.10 No.12のエディション比較
日本人とショパン
謝 辞
資料・情報提供者
引用・参考文献
巻末資料
巻末楽譜資料 ショパン作曲《エチュード》op.10 のパラダイム化した楽譜
前書きなど
はじめに
本書は、日本におけるフリデリク・フランチシェク・ショパンFryderyk Franciszek(フランス語表記ではフレデリク・フランソワFrédéric François)Chopin(1810–1849)の音楽が、明治期の日本人社会にどのように受け入れられたのか、ということを考察するものである。
日本でショパンの作品が演奏された記録は、慶応2(1867)年に第一次フランス軍事顧問団として来日したオーギュスタン・デシャルム(1834–1916)による演奏である。アルジャーノン・バートラム・ミットフォード(1837–1916)は、「私の古い友人のデシャルム将軍は、当時大尉で、騎兵将校であったが、着任のとき、グランド・ピアノを持ち込み、ベートーヴェン、モーツァルト、ショパンなどのあらゆる曲を弾きこなした」と証言している。この証言について、中村洪介は「もし日本人の誰かが聞いたとしても、モーツァルトに対する日本人の心情に触れた記録は、まだ1つも発見されていない。結局、江戸時代の日本人は、たとえモーツァルトを聞く機会があっても、それをモーツァルトの音楽とは認識していなかったと考えてよかろう」と述べているように、ショパン作品も同様にショパンの音楽とは認識されていなかったと思われる。
いっぽうで、確実にショパンの作品が彼の作品として受容された記録は、明治12(1879)年の音楽取調掛設置から6年後に見られる。それは、明治18(1885)年7月20日におこなわれた「第1回音楽取調所生徒卒業演習会」の記録であり、その第1部第1番に「洋琴独奏曲 遠山甲子女 ポロネーズ ショパン氏作」と書かれている。現在から約130年も前の演奏記録にショパンという作曲家の名前を見ることができるが、この記録は第二次口頭性ができる前のことである。ここで演奏されたショパンの音楽は、日本にどのように伝えられたのであろうか。この問題を考えるために、伝承の方法をここで概観してみる必要がある。
一般に音楽を伝承する方法は二種あり、それは、書記伝承と口頭伝承に大別される。レコードやラジオといった近代技術が発達する以前には、楽譜という書記伝承が大きな役割を果たした。ウォルター・J・オングと徳丸吉彦によると、第一次口頭性とは、人と人とが同一の場所と時間を共有する「イマ・ココデ」に特徴づけられるものであり、第二次口頭性とは「イツデモ・ドコデモ」を可能にする近代技術のことである。
「イツデモ・ドコデモ」ショパンの音楽を享受することができる現在、世界中でもとくに日本人はショパン作品を好んでいることはよく知られるとおりである。2010年2月25日から3月1日にかけておこなわれた第3回ショパン国際会議において「ポーランド社会におけるショパンと彼の音楽の受容」を発表したバルバラ・パブヤンは「ショパンはポーランド人の優れた作曲家であると見なされているにもかかわらず、彼の音楽は彼の故郷において、例えば比較的よく好まれている日本社会に相反してポピュラーではない」と述べている。実際、5年に一度おこなわれるショパン国際ピアノコンクールには多くの日本人が参加し、鑑賞するためのツアーも組まれる。コンクール以外でも数えられないほどの演奏会においてショパン作品はプログラムに含まれ、CDやDVDも数多く発売されている。日本では多くの場所においてショパン作品が演奏され、聴取されており、その享受の仕方は、明治18(1885)年の記録から約130年の時を経て、はるかに豊かなものとなった。
現在、もっとも新しい第二次口頭性はモノとしての形ではなく、デジタル化されたデータとして存在し、インターネット等を通じて幅広く使用されている。「イツデモ・ドコデモ」音楽聴取するだけでなく、リアルタイムでレッスンをおこなうことさえ可能である。しかし、レコードもラジオもない時代に、人々は、楽譜という書記伝承、そして「イマ・ココデ」おこなわれるレッスンとわずかな演奏会といった第一次口頭性からしかショパンの音楽を知り得なかった。この時期に西洋音楽を学んだ先人達は、どのようなショパン像を楽譜から読みとったのだろうか。なくてはならない書記伝承であった楽譜は、どのような特徴を持ち、どのような演奏様式が日本に伝わり、影響を与えたのかを示す有益な情報源である。本書では、過去の歴史を過去史的にとらえ、楽譜を通じて過去史を明らかにしていく。
上記内容は本書刊行時のものです。