成長する心
老松 克博
発行:トランスビュー
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A5判 204ページ 並製
定価:2,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-901510-22-6(4-901510-22-3) C3011
在庫あり
奥付の初版発行年月:2004年07月
書店発売日:2004年07月05日
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紹介

ユング派精神分析技法の真髄、アクティヴ・イマジネーションの実際を丹念に追い、個人的レベルから元型的レベルへ深まる際につまずきやすい問題点を取り上げる。セラピストからの介入の方法を考える中級編。

目次

はじめに
〈初級編〉の概要/〈中級編〉の概要

第一章 イマジネーション以前の諸問題
事例の概要と見立て/初期のイマジネーション/初期のマテリアルの全般的解釈/連続した三つのヴィジョンをめぐって/光明の階梯/転移と行動化

第二章 沈没船の底へ−転移の深まり
夢を端緒とするイマジネーション/古くて新しい課題への再挑戦/分析家もアクティヴな態度で臨む/個人的は病理との対決/袋小路からの脱出

第三章 導きの道−新しい視点に慣れる
個人的アニムスとの出会い/自問自答に注意する/聖域にまつわる死と狂気に備える

第四章 館への招待−共時性への経験
共時的現象の準備段階/共時的現象の発生/共時的現象からさらなる個性化へ/パッシヴな自我に無意識が好意的に反応する場合

第五章 紡ぎ女の秘密−被害者と加害者のパラドックス
女の仕事/リハーサルを生かす/被害者と加害者/抑うつ状態でのアクティヴ・イマジネーション

第六章 対決と変容−個人的問題の最終局面
夢に助けてもらう/自我の仕事/転移のなかの意識の種/儀式化を促す/扉の向こう側

第七章 扉を開く−元型的な世界へ
変容のブラックボックス/拡充の可能性を再確認して/扉の向こうへ/三世代が登場することの意味/特別な賓客の方がよい

第八章 結合の神秘−螺旋のプロセスをたどる
視点の分裂/宿題を出す/描画の効用/螺旋のプロセスとイニシャル・ビジョン

おわりに

あとがき

前書きなど

はじめに

〈初級編〉の概要 このシリーズは、アクティヴ・イマジネーションの実際を、臨床家、一般読者を問わず広く知っていただくためのもので、①「無意識と出会う」(初級編)、②「成長する心」(中級編)、③「元型的イメージとの対話」(上級編)の三巻構成になっている。これだけの紙幅を費やすのは、アクティヴ・イマジネーションが、その細部まで徹底的に知っていただくだけの価値と魅力を持っているからである。

 アクティヴ・イマジネーションは、乖離なき一つの全体としての心を実現しようとする、ユング派の分析技法である。〈初級編〉では、その理論的背景と方法を述べ、実践開始直後に遭遇しやすい諸問題について検討した。とくに、自我の「アクティヴ」な態度とは何かということに焦点を当て、そのような態度の養成と維持を目標として論じたつもりである。〈中級編〉に進むに先立ち、〈初級編〉の要点を以下、簡単にまとめておこう。

 私たちの意識と無意識の間には多かれ少なかれ乖離が生じており、過度になれば、神経症をはじめとするさまざまな問題が起こってくる。そこで、この乖離を癒す治療が必要となるのだが、これは非常に難しい作業である。分化した両者を混〓としたプレパーソナルな(個の確立以前の)全体へと戻そうというのなら、話は早い。しかし、いたずらに意識や自我の働きを抑制しても、今の時代の複雑きわまりない現実のなかでは、新たな諸問題が作り出されるだけである。私たちが人間として持って生まれた可能性にも背くことになるだろう。

 意識と無意識は、たしかに対立し合っている。そして、両者の乖離は、意識の中心たる自我の独裁によるところが大きい。しかし、だからといって、自我や意識を消し去っても解決にはなるまい。たいせつなのは、自我の機能を保ちながら、かつ自我にあらざる部分からの声、無意識的な部分からの声をも充分に尊重すること、すなわちトランスパーソナルな全体性の実現を目指すことである。アクティヴ・イマジネーションは、自我と無意識との直接的な「折衝(1)」を通して心の全体性を実現していく。

 自我には自我の立場と主張があり、無意識には無意識の立場と主張がある。一方が君臨して他方を抑圧する、あるいは一方が他方を呑み込むというのではなく、両者がそれぞれ主張すべき点は主張し、譲れる点は譲って、互いと折り合いをつけていく。このプロセスをユングは折衝と呼んだ。折衝の場となるのはイメージの世界。自我は無意識(正確には無意識由来のイメージ)を相手にして、イマジネーションの世界で何らかのやりとりを行なう。このやりとりを通して折衝がなされるのである。

 自我が折衝に臨むとき、いちばん重要になるのが「アクティヴ」な態度である。アクティヴな自我とは、自我としての機能を充分に発揮している自我のことをいう。具体的には、意識の四つの機能、すなわち思考、感情、感覚、直観を可能なかぎり駆使して、イマジネーションの世界の諸状況や相手のふるまいの意味を理解し、こちらから返す反応をしっかりと意識的に選択して実行する。これが「アクティヴ」と呼びうる自我の態度である。

 この選択された自我のふるまいに対して、今度は相手が、つまり無意識の側が何らかの反応を示すだろう。イメージが動くのだ。自我はまたその反応の意味をよく考えて、みずからの次なるふるまいを意識的に選択、実行する。折衝はこのようなやりとりのくりかえしのなかでなされていく。両者が主張し合い、譲り合って、イマジネーションが先へと展開するのである。このとき自我がアクティヴならば、無意識はたいてい好意的な反応を返してくるが、パッシヴな態度に対しては否定的な反応を見せる。そうした否定的な展開が積み重なれば、イマジネーションは袋小路に入っていってしまう。

 自我が意識の中心である以上、自我が充分な機能を発揮するということは、意識的であることに等しい。自我のアクティヴな態度とは、つまり、意識的にふるまおうとする姿勢のことである。そして、意識的にふるまうのであれば、自我にはそれ相応の責任が発生する。この点を肝に銘じておかなければならない。たとえ、きちんと意識して選択したふるまいであっても、理解がまちがっていたならば、無意識からは否定的な反応が返ってくる。そういう場合、自我にはその選択をした責任がある。

 この責任をまっとうすることこそがアクティヴな自我の最大の課題である、と言ってよい。自身の失敗を無視せず、否認せず、真摯に見直してみれば、それまで見落としていた何か、もしくは避けていた何かがあることに気づくだろう。失敗の原因はそこにあったのだ。こうした洞察によって、死角となっていた領域にはじめて光が差し込む。新たな意識の拡大が生じる。「責任をまっとうする」とはそういうことである。

 無意識は少しでも多く理解されたいと願っているので、自我によるこうした意識化の努力を高く評価してくれる。自我がつねにアクティヴであろうと努めているのなら、袋小路に入って行きづまってしまっても、無意識は何らかの助け舟を出してくれるだろう。結果的に、両者は互いに歩み寄ることになる。自我と無意識との深い乖離は、これによって多少とも癒されるのである。・・・・

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著者プロフィール

老松 克博(オイマツ カツヒロ)

1959年鳥取県生まれ。1984年鳥取大学医学部卒業。1992〜95年チューリッヒ・ユング研究所に留学。ユング派分析家。日本ユング心理学研究所シニア・アナリスト。臨床心理士。精神科医。医学博士。現在、大阪大学大学院人間科学研究科教授。著書に『サトル・ボディのユング心理学』(トランスビュー、2001年)、『無意識と出会う』(トランスビュー、2004年)『アクティヴ・イマジネーション』(誠信書房、2000年)ほか。

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