発行:草風館
この版元の本一覧
四六判 252ページ 並製
定価:2,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-88323-096-9(4-88323-096-1) C0095
在庫あり
奥付の初版発行年月:1997年06月
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紹介
「アイヌ新法」制定の今──反差別を闘った過激な人生!
アイヌ民族解放運動の先駆者の軌跡——————
苫小牧差別裁判糾弾闘争・登別アイヌ墓地抗議活動・北大経済学部差別講義に対する越冬闘争など、アイヌ民族に対する偏見・差別と闘い、民族尊厳の復権のために全身で運動を続け、志半ばで倒れた無念の記録。
目次
一 アイヌ宣言 はじめに
序章 自然主義者、アイヌの道 差別とアイヌ研究 主体性への変革
二 アイヌ民族と歴史 一章 旧土人と皇民化
二章 原住民と天皇
三章 アイヌモシリ「北方領土論」
四章 アイヌ史探訪—知里真志保を中心に
未発表メモ・弁開凧次郎のこと
イカシパ弁開凧次郎のこと—アイヌの八甲田行軍遭 難救助隊長
三 アイヌ民族と学問 五章 原住民説と御用学
六章 植民地大学「北大」
四 チャランケ 七章 人種差別と「アイヌ研究」
八章 チャランケ
結城庄司年譜
前書きなど
1997.8.24
北海道新聞
著者の結城庄司氏はアイヌ解放同盟の創設や、北大経済学部差別講義糾弾闘争など、差別と偏見への闘いに指導的役割をはたしたアイヌ民族解放運動の先駆者。民族の復権に社会的関心も高まり、今後の役割を期待されるなか、1983年、45歳の若さでこの世を去った。本書には生前の初の著書である「アイヌ宣言」(三一書房刊)に収録された文章を軸に、道内の新聞や雑誌に発表された文章などが収められている。
書名の「チャランケ」とは、本書にもたびたび記されているが、本来はアイヌ語で談判、論争など真剣な議論の意味。アイヌ社会では裁判の役割をはたしていたという。ところが、和人たちがこの言葉を難癖つけるという意味で意識、無意識のうちに使うことは、いまなお見うけられる。アイヌ民族に対する差別と偏見の根深さを示す象徴ともいえるだろう。
そうした理不尽な日本社会に、全身でえ挑み続けてきた結城氏だが、本書では和人たちの抑圧の歴史を問い、アイヌ研究の差別性を厳しく批判する一方、ウタリ(仲間)には民族復権のために、より強い組織と連帯の必要性を訴える。その根底に流れるのは、本来の意味の「チャランケ精神」であることはいうまでもない。
著者プロフィール
結城 庄司(ユウキ ショウジ)
1938年(0歳)釧路市でコタンコロクルの家に生まれる。父は結城庄太郎、母はヨシ。
1954年(16歳)釧路湖陵高校(定時制)入学。
1958年(20歳)同校卒業。道立仙美里農業講習所入所。
1959年(21歳)阿寒湖畔のコタン建設に参加。
1960年(22歳)北海道アイヌ協会再建者会議に参加。
1961年(23歳)北海道アイヌ協会、北海道ウタリ協会に名称を変更。同協会総会議事録では結城が変更提案をしたことになっているが、本人は「反対意見を述べたのだが議事録では提案者となっている、議事録は誤記だ」とのちに語っている。
1968年(30歳)北海道ウタリ協会の理事に就任。
1972年(34歳)アイヌ解放同盟創設、代表となる。
4月頃、釧路より札幌に転居。
8月26日、第26回日本人類学・民族学会連合大会が札幌で開催。その演壇を占拠して、対アイヌ差別研究を弾効。「解剖材料視」を批判する。
9月16日、「差別とアイヌ研究」(執筆『北海道新聞』夕刊・本書収録)。
1973年(35歳)1月21日、「全国アイヌを語る会」(代表・砂沢ビッキ)が差別実態を告発、民族の復権に立ち上がる。約300名参加。
3月4日、「アイヌ解放の夕べ」開催(アイヌ解放同盟主催)、札幌大谷会館。アイヌ解放運動に
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