説示なしでは裁判員制度は成功しない
五十嵐 二葉
発行:現代人文社
この版元の本一覧
A5判 168ページ 並製
定価:2,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-87798-334-5 C2032
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年04月
書店発売日:2007年04月05日
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紹介

裁判員(市民)が参加する裁判では、事件に則した、刑事手続の原則、証拠の見方、何を判断するかなどに関する、裁判官による説示が不可欠である。その手順・内容を提案する

目次

第1章 裁判員制度は実施できるのか
第2章 裁判員制度は陪審制か参審制か
第3章 英米陪審制度の説示モデル
第4章 裁判員制度の発足を2年半後に控えて
第5章 裁判員制度に備えて、法曹は説示を書いてみてほしい
第6章 説示事例集1:電車内痴漢・公務執行妨害事件
第7章 説示事例集2:コンビニでの万引き事件
第8章 裁判員制度をめぐるあらたな課題——「被害者の訴訟参加」、「メディア規制」

前書きなど

 裁判員法が成立して4年近く、「自分が裁判員に選ばれても参加したくない」人はむしろ増えている。最高裁・法務省の莫大な予算を掛け(本書68頁)、「やらせ」すら伴ったPRにもかかわらず、世論調査の「参加したくない」は裁判員法成立時よりむしろ増加し、国民は「裁判員制度はいらない」が「民意」だ、と言っているようだ。
 しかし、反対論には全く耳を貸すことなく既定路線を「粛々と進める」昨今の政権党のもと、そもそも財界と共同で始めた司法制度改革の中で矢継ぎ早に成立、実施されていった一連の司法の迅速化法の目玉と言われた裁判員法を「いらない」と言えば廃止できるわけではない一方、「消費者である市民がノーと言う制度は全部つぶれる」という脳天気な誤解のもと「とにかく裁判員制度が動いていなければ考えようがない」「将来陪審を選ぶかどうかも将来の市民が決めること」と、自らが制定に関わったこの制度の成り行きを「市民」に責任転嫁することも許されることではない。
 日本弁護士連合会が長年の陪審論を携えて臨んだはずの司法制度改革推進本部裁判員制度・刑事検討会は、陪審制とは基本的に相容れない裁判官と市民との「協働」評議という制度をつくってしまった。
 この国では、少なくともこと刑事手続法については、一たん条文化された制度が、実務の中で、近代化=国際人権水準への方向、つまり(本来の意味で刑事手続の「消費者である市民」の地位にある)被疑者・被告人の権利保護の方向に、解釈・運用されるようになっていった例は、戦前・戦後を問わず、一つもない。
 「このように深刻な対立のある重大な問題については、必要な解決が先送りされ、すべて成り行きに任される。そうすると事態の進展は力関係に任され、力の強いもののリードによって動いて行くことにならざるを得ない。かくして、自力による改革能力、自浄能力は失われ、改革は、大きな政治的変革があるか強い外力が加わったような場合にしか行われないことになる」のが歴史が示す現実だ。
 ときに無理解や退嬰性も含まれる「民意」に、制度に携わる者が常にそのまま従う必要はない。しかし裁判員制度に市民の反対がいっこうに減らないのは、無理解や退嬰性だけが理由なのか。「参加してみる前は嫌だったが、参加してみたら意義のある仕事だった」と言わせることができる制度を、最高裁や法務省は用意しているのか。それを検証し、充分な論議を尽くすことなく成立させられた法律ではあるが、実務化にあたって、できる限り「市民参加」司法と呼べる制度に近づけるべく、なお努力をするのが、法曹界の一端に身を置く者の責任ではないのか。制度の結果を受けるのは「裁判員」と呼ばれ「被告人」と呼ばれる国民なのだ。
 これまでの日本の刑事司法の仕組みは「『犯罪にかかわる世界』と『一般市民の日常生活』に境界を設けることによって」「市民を犯罪にかかわる世界から隔離し」てきたのであり、裁判員制度の導入を機に「知ろうとしない市民」「市民側の未成熟さと統治側の隠蔽体質を同時に正さなければならない」という方向付けは誠に正しい。しかしすでに成立してしまっている裁判員法、そして2年後の実施に向けて裁判所や検察庁で用意されているであろうその具体的手続は、それを実現するものだろうか。各地で行われた模擬裁判では裁判員役の市民が「裁判官意見に『それなら私も』」と従う場面が多発している。市民がきちんとした意見を持って主体的に関わることができない手続に参加させられる体験は、むしろその市民を自ら犯罪者を処罰する「統治側」に組み入れる場となる。
 裁判員法は、立法技術的に見ても、良い法律とは言えない。ある部分(資格制限や罰則)は蟻の這い出るすきもないほど細かく冗長だが、実務を動かす具体的手続は空洞の容器のように簡単だ。特に、市民参加のための特別法であるのに、その市民の意見をどのようにして裁判の中に生かすのか、まさに裁判員制度を動かす中心部分である評議・評決のルールの部分がそうだ。
 筆者は勤務先の学部ゼミ生に裁判員制度での模擬裁判をさせるにあたって、裁判官が裁判員に評議のやり方と判断のルールを説明するための「説示」を作ってみて(裁判員対象事件でもない最も単純な訴因事件にしたのに)最低限必要な作業量に愕然とした。裁判員制度がはじまったとき、対象となる重たい事件の、罰条ごとに違うこういう膨大な作業を、裁判所はどうやってするつもりなのか。今、誰が、それをどう準備しているのか。聞こえてくる「準備作業」は莫大な予算を浪費してのメディアを巻き込んだやらせや、それでいて内容に踏み込まない広告・宣伝だけだ。
 裁判員制度を少しでも市民参加の本旨に沿う制度にするためには、このほかにもさまざまな制度の改正や具体化が必要だ。しかしまず、「裁判員が、裁判官と協働して裁判を形成するために、市民裁判官に必要最低限の情報が与えられるシステム」が最優先課題だ。
 本書はその一点に絞った論考である。
 このアイテムについての異論とともに、市民参加のための手続法である裁判員法に欠けている他の多くの部分の指摘と、それに対する具体策が続々と現れて、2年後に迫っている2009年の実施までに、裁判員法をできる限り「市民参加の司法」として機能しうる法律にすることができるようになることを祈って急ぎ発刊した。

著者プロフィール

五十嵐 二葉(イガラシ フタバ)

弁護士

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