発行:海鳴社
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四六判 228ページ 上製
定価:1,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-87525-226-9(4-87525-226-9) C0021
在庫あり
奥付の初版発行年月:2005年11月
書店発売日:2005年11月08日
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疫学の疫は「流行病」のことであり、疫学とは「流行病学」のことである。
ペスト菌や炭疽菌といった感染力の強い病原体に侵された患者が発生すると、疫学の出番である。感染ルートと患者との接触者をいち早く調べあげ、犠牲者をなるだけ少なくする方策が立てられる。人的隔離はもちろんであるが、大規模な流行には交通の遮断・経済封鎖も考えねばならない。人命救助と社会の安全を目指す医師・研究者の活躍の場である。
しかし、それが戦争やテロとなると、話は逆になる。相手にダメージを与える手段が武器となるのである。それもバイオテロなら、相手に気づかれず密かに遂行することも可能である。
戦前、浜松での食中毒や満州におけるペストなどに、まじめに精密に取り組んでいた研究者たち……その一方で、その実績・経験をさらに推し進め、生物兵器の開発が「防疫研究」の名の下に大規模に画策される。
本書は、「優秀な」研究者たちが総力戦の下で、人体実験を含め細菌兵器の開発・実践に突き進んでいくさまを、資料を丹念に読み込み科学史の立場から明らかにした。著者三十年近くの研究成果。
目次
序章 バイオテロの早期発見には疫学が必要
1章 浜松事件の概要
「細菌中毒」という診断確定まで
学校長から警察(県庁)へ
軍にも発生していた
ゲルトネル菌中毒と餡餅中毒
軍と民、両方での患者発生——情報開示
2章 浜松菌確定後
菌特定後の調査体制
被害の差をどう考えるか——民間人と軍
汚染食品の特定——民間と軍との摂取物の比較対照
汚染時期の特定
汚染経路——どのように汚染されたか
誰がどのようにして汚染したのか——犯人探し
紅白の大福餅を分けるもの——餡でもない、着色料でもない…
浮粉が原因
生物兵器への幻想
ゲルトネル菌その後
3章 新京ペストの概要
発生の確認———情報の確認
首都ペスト汚染に驚愕
新京防衛体制の確立———関東軍の登場
石井四郎の登場
関東軍のペスト対策——家屋焼却と捕鼠作戦
4章 満州のペスト
中国東北部(「満州国」)のペスト
ペスト発生の歴史——中国の研究者
ペストの概要——日本側資料
肺ペスト
ペストの疫学——日本人研究者
ペスト調査所の設置——ワクチンの効果と媒介動物
5章 新京出動
ペスト制圧作戦——731部隊の活動の実態(その意味)
封鎖された新京市
ネズミ作戦———捕獲と絶滅
ペスト指数——ネズミ→ノミ→ヒトの確認
疫学調査の終了——毒ガスの使用へ
疫学的観察
新京ペストの疫学的観察の結論
6章 新京ペスト謀略説
新京ペストの意味
人為的感染
新京ペスト謀略説の検討——中国人研究者
新京ペスト謀略説の検討——米国人研究者
Q報告が示す事実
流行の疫学的比較
数千万円で買い取られた「人体実験」データ
7章 ペストからノミの研究へ
新京ペストからノミの研究へ
楽観的見通しの破綻——人為的感染の困難
ノミの研究
三人の研究者
ノミの保存・運搬
ノミの大量生産
撒布されたノミの生命力
爆弾に詰められたノミ
ノミが生み出した学位論文
終章 もうひとつの疫学
前書きなど
あとがき
二〇〇ページの薄い本だが、その割に原稿の完成までに時間がかかった。それは本書の記述の基となった「陸軍防疫研究報告」2部の論文、約九〇〇本の読み込み、解釈、位置付け、そして意味付けなどに相当の時間が必要だったということだ。これは別の観点からすれば、久しぶりに歴史的文献と向き合い、それを解読する楽しみを味わったということでもある。二〇〇四年六月、筆者は自分のホームページ(http://www.scn-net.ne.jp/~tsunesan/)に次のように書いている。
常石の最初の著作は満州第七三一部隊(石井部隊)についての『消えた細菌戦部隊———関東軍第七三一部隊』(一九八一年、海鳴社、その後、ちくま文庫)でした。
その後このテーマで何冊か著作を発表しましたが、まとまったものとしては『七三一部隊———生物兵器犯罪の真実』(一九九五年、講談社現代新書)以降はありません。
現在一〇年ぶりにこの問題と正面から向き合っています。
七三一部隊については本文でも説明しているが、あえて説明すれば細菌やウイルスなどの兵器化、すなわち生物兵器開発のために人体実験を行い、三千人近くの人を実験の末殺害した旧日本軍の部隊ということになる。
このたびの『戦場の疫学』はその七三一部隊が、細菌をまいて敵にダメージを与える方法を突き止めた経緯を明らかにした。そのブレークスルー達成には疫学が必要であったことも明らかにした。これは疫学が病気の流行学であることからすれば、病気の流行を人為的に作り出す手法をあぶりだすことは当然のことだろう。
他方で疫学的手法を、生物兵器の使用が疑われる歴史的事象に適用し、分析すればその流行が人為的なものか、それとも自然の流行であるかを判断できることを明らかにした。こうした歴史的分析を通じて、疫学的手法はバイオテロによる病気の流行と、自然の流行との峻別に欠かせないツールであることを示しえたと考えている。
本書で明らかにしたもう一点は、人体実験のデータと戦犯免責とを相殺にした、日米間の取引の実態についてである。二〇〇五年八月一五日付けで共同通信は「731部隊に現金供与 GHQ実験データ見返りに」という記事を配信した。多くの地方紙は一面トップで報じた、また「朝日」と「読売」も共同が配信した記事を掲載した。七三一部隊が人体実験を行い、被験者を殺していたことを米軍がつかんだのは一九四七年初めだった。それら人体実験データ入手のために米陸軍省は生物兵器の専門家N・フェルなどを派遣した。共同の記事は、筆者が米国公文書館で発見したGHQの情報責任者C・ウイロビー准将のメモ、「細菌戦に関する報告」に基き、フェルらの情報入手が戦犯免責を与えることにとどまらず、金銭をばらまくことで可能となったことを報じている。以下は、その記事に付けられた常石のコメントである。
フェルなど米本国の生物兵器専門家とGHQ参謀二部による七三一部隊関係者からの人体実験についての情報収集は、戦犯とはしないという飴と、断れば戦犯訴追という二者択一を迫ることで「強圧的に」行われたと考えていた。しかし実態は、金品で歓心を買って情報の入手が行われていたことが明らかとなった。ここには戦勝者と敗戦者という構図はない。むしろ人体実験の事実を見逃した失態を暴露された両者がなりふり構わず、金品で情報収集にはしった前のめりの姿勢が浮かび上がってくる。その結果が最終報告の「二五万円でこれらデータは入手できた。情報の価値からすれば取るに足らない額だ…これら情報を自発的に提供した人々がこのことで面倒に巻き込まれないよう処置されたい」という矛盾した記述だ。「自発的に提供」という言葉で人体実験の情報収集が、金品でデータを買取ることだった実態を覆い隠そうとする一方、二五万円という金額を明示することで参謀二部が望む情報収集のための陸軍省機密費の従来通りの支出の妥当性および必要性を訴えている。米国の軍とは、官僚機構とはこうした矛盾がまかり通るところのようだ。
本書の準備を通じ改めて人体実験に基づく論文を読んで分かったことは、倫理的に許されない人体実験の犠牲者の名前など個人情報は全く残らないということだった。他方治療対象だった人々については、解剖記録に名前、性別、年齢などの個人情報がしっかりと記されている、ということを改めて発見した。こうした個の尊重という観点は医の倫理を考える際の出発点となるのではないか、と感じている。
著者プロフィール
常石 敬一(ツネイシ ケイイチ)
『消えた細菌戦部隊——関東軍第七三一部隊』の著者。神奈川大学教授
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