発行:批評社
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A5判 184ページ 上製
定価:2,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-8265-0379-2(4-8265-0379-2) C1039
在庫あり
奥付の初版発行年月:2003年10月
書店発売日:2003年10月10日
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「サンカ」とは、日本に存在していた〈漂泊民〉です。「サンカ」につきまとうイメージは、ある時は古代からの伝承を伝え独特の「サンカ文字(神代文字)」を使う一群の人々であり、ある時は山野を疾駆する漂泊の民であり、また、ある時は警察を出し抜く犯罪者集団……、など様々です。しかし、近代以前からの「制外の民」としての「サンカ」像には、さまざまな疑念がつきまとっています。柳田国男、鷹野弥三郎、荒井貢次郎、宮本常一から三角寛といった人々にいたる「サンカ」研究を網羅、解説しました。「サンカ」という言葉を初めて聞いた人から、「サンカって、どうもよく分からない…」という人まで、恰好の入門書です。
目次
まえがき
【序章】なぜ今「サンカ」なのか
◯1 サンカブームの原点
◯2 ブームの背景
◯3 あくまで現実的に
【第一章】サンカとは何か
◯1 サンカの定義
◯2 サンカと山窩
◯3 サンカの語源
◯4 浜田県の「サンカモノ」
◯4 浜田県の「サンカモノ」
◯5 安芸国竹内家文書の「サンカ」
◯6 喜田貞吉のサンカ語源考
◯7 サンカは自称にあらず
【第二章】サンカと犯罪
◯1 警察用語としての「山窩」
◯2 山窩の女王・雷神のお玉
◯3 「山窩ノ犯罪」
◯4 山窩の犯罪手口
◯5 サンカの「歴史民俗学」
【第三章】サンカ研究者としての柳田國男
◯1 初期柳田のモチーフ
◯2 「イタカ」及び「サンカ」
◯3 「所謂特殊部落ノ種類」
【第四章】柳田國男と鷹野弥三郎
◯1 鷹野弥三郎と『山窩の生活』
◯2 柳田國男と鷹野弥三郎
◯3 柳田のサンカ観の変容
【第五章】サンカと下層民
◯1 サンカの源流
◯2 荒井貢次郎氏のサンカ像
◯3 「一所不在の者」
【第六章】サンカの漂泊性と被差別性
◯1 宮本常一のサンカ観
◯2 サンカと山中の住民
◯3 サンカとその被差別性
◯4 番非人とサンカの関わり
◯5 番非人とサンカの共通性
◯6 喜田貞吉の「旧非人」差別解消説
【第七章】サンカ近代発生説
◯1 沖浦和光氏のサンカ近世末発生説
◯2 礫川のサンカ近代発生説
◯3 「閼伽出甕」のサンカ近代発生説
◯4 山本崇史氏の視点
【第八章】三角サンカ学について
◯1 新聞記者から小説家へ
◯2 山窩小説の意味
◯3 サンカの学問的研究へ
◯4 三角サンカ学の特徴
◯5 三角寛の再評価をめぐって
◯6 最後のサンカ集団
【第九章】沖浦サンカ論を読む
◯1 『竹の民俗誌』とサンカ
◯2 『サンカ社会の研究』解題
◯3 中国地方でサンカ古老に取材
◯4 「漂泊に生きた人々」
◯5 「サンカ」という呼称をめぐる問題
◯6 まぎれもなく「サンカ」
◯7 「サンとしてのカミングアウト」(!?)
◯8 沖浦氏に対する苦言
【終章】再びサンカとは何か
【補章一】説教強盗と三角寛
◯1 三角寛、説教強盗を捉える
◯2 妻木松吉、捕縛さる
◯3 説教強盗事件という謀略
◯4 「真相」を封印した三角寛
のサンカ五部作を読む
◯0 八切止夫の再評価と「サンカ五部作」
◯1 『サンカせぶり物語』
◯2 『サンカの歴史』
◯3 『サンカ民俗学』
◯4 『サンカいろはコトツ唄』
◯5 『サンカサイド 姓で相手を選ぶ方法』
【付録一】サンカに関する文献123
【付録二】インターネット「サンカ」案内
◯1 活気あふれる熊野ライフ
◯2 伝統の閼伽出甕
◯3 在野精神を誇る野史研究会
◯4 目森一喜氏のサンカ論
◯5 毎日新聞「記者の目」に見る「最後のサンカ」
◯6 説教強盗異聞
◯7 その他、サンカに関する情報
あとがき
前書きなど
サンカとは何か。
ある時は古代からの伝承を伝える一群の人々であり、ある時は山野を疾駆する超人的パワーの持ち主である。またある時は警察を出し抜く特異な犯罪集団である。
しかし、結局の所、これらサンカ像は、現実に押しつぶされた現代人がサンカに仮託した「虚像」に過ぎないのではないか。
人々は自らの渇望に基づいて、勝手なサンカ像を創り出しているに過ぎないのではないか。サンカが既に過去の存在であることを十分知りながら。
* * *
右は、十年以上前、『サンカと説教強盗』(一九九二)の冒頭に記した言葉である。二十一世紀に入った今日、「サンカ」に対する人々の関心が高まっている。しかし私は、右の言葉をもう一度繰り返すしかない。「サンカ」の実像を追う以外に、「サンカ」の研究というものは、ありえないと思うからである。
一九九四年に今井照容氏は、「サンカ」について次のように述べていた(雑誌『マージナル』終刊号)。
〈サンカという「対象」〉は何故にこうも不明瞭なのか……。/私たちなりに仮説を提起することができるだろう。〈サンカという「対象」〉が不明瞭なのは、固定した場所を舞台に繰り広げられる制度の歴史に収斂されない“非・場所”の歴史や民俗と無縁な問題ではないからである、と。この“非・場所”性において、サンカ集団の包容的性格を考えるのであれば、当然、そこに近世身分制を超える。という契機も内在していた可能性も読み取れなくはないだろう。
ここにも私は、サンカに対する「思い入れ」を感じとる。今井氏のいう「“非・場所”性」が何かはハッキリしないが、サンカという存在に既成の歴史・民俗に収斂されないものを見出したり、近世身分制を超える契機を読みとったりすることは無理だろうと私は思う。少なくとも本書では、そういった発想に立つことなく、あくまで現実的に、また「歴史民俗学」的な手法によって、サンカの実像に迫ろうとした。
しかし人々は、これからも「サンカ」に何らかの「虚像」を求め続けることであろう。それは、現代という時代が、あるいは現代に生きる私たちが、何らかの「虚像」を求めているからである。今後は、サンカをめぐる「虚像」を通して、「現代の病理」や「現代人の心象」を照射する作業が必要になってくるであろうし、それこそが「サンカ学」の主要な研究テーマになるかもしれない。
さて、今回、この『サンカ学入門』を書くにあたって、柳田國男のサンカ論を通覧すると同時に、吉本隆明氏の『共同幻想論』(一九六八)も再読してみた。そして、今ごろになってではあるが、一つ重要なことに気づいた。それは同書が、柳田國男の『遠野物語』と三角寛の『サンカの社会』とを比較対照しているということである。
〈サンカ〉のように耕作しないで、移動手業につき、野生物や天然物に依存することのおおい生活民を想定すれば、まったく別個の時間認識が得られる。三角寛のすぐれた研究『サンカの社会』によれば、〈サンカ〉の共同体では、現在の夫婦を一として、五代前の高祖父母は〈テガカリカミ〉と称する生神様とかんがえられ、生きていればその子孫はもちろん、所属の共同体のものは当番で三日目毎に献食をはこばなければならないと記されている。ここでは〈他界〉は、個体の〈死〉の延長にえがかれる時間性である。また、したがって一定の年齢をこえた老人たちが捨てられてゆくこともないかわりに、老人たちは婚姻してから死ぬまで自営して〈他界〉に自然に移行するとされている。この特異な共同体の内部では、〈死〉はたんに個体の心的な時間性の度合の変化として了解される。そのもっとも根源的な理由は、かれらの対幻想の基盤である〈家〉が土地の所有と無関係であり、また共同幻想が土地の占有の概念と無関係に成立したということによっている。ここでは、対幻想は共同幻想にたいしても自己幻想に対してもはじめから特異な位相をもたないのだ。 〈「他界論」、原著一二一〜一二二ページ〉
何とも形容しがたい独特の文体と発想であるが、それはさておき、ここで氏は『遠野物語』一一一、『遠野物語拾遺』二六六に出てくる〈姥捨〉をめぐっての議論に、『サンカの社会』から得た知見をからめている。氏の〈共同幻想〉論にとって、『サンカの社会』という研究は、一定の意味を持っていたと考えられる。
しかし、私が強調したいのは、氏が『サンカの社会』を「すぐれた研究」と評価し、それを立論の材料にしているという事実ではない。むしろ、もう一方の『遠野物語』に問題があったのではないかということなのである。
氏は『遠野物語』を「根本資料としての充分な条件をもっている」(四〇ページ)と評価するが、本当にそうだろうか。『遠野物語』は、柳田によって恣意的に切り取られ、不当に変形された「現代の民話」に過ぎないのではないか。それが言い過ぎだとしても、柳田が手を加えた『遠野物語』はあくまで「物語」であって、「根本資料」とは呼びがたいのではないか。いずれにせよ、その『遠野物語』と、評価の定まらない『サンカの社会』を材料にして語られる〈共同幻想〉論は、思想的ワク組みとして、本当に有効だったのか。
一九七〇年前後において、この本が当時の若者に与えた影響力は絶大なものがあった。その後の柳田ブーム・遠野ブーム・民俗学ブーム・サンカブームは、この本の影響力なしには考えられない。先の今井氏の「“非・場所”性」という言葉にも、私は、『共同幻想論』の臭いを嗅ぎとる。
一九九二年に『サンカと説教強盗』を書いた時、私としては柳田の呪縛や三角の呪縛からは脱したつもりでいたが、今回『共同幻想論』を読んでみて、『遠野物語』の呪縛や『共同幻想論』の呪縛に対しては無自覚だったことに気づき、愕然とした。この『サンカ学入門』を書くことで、ようやくそうした呪縛から逃れられたように思うが、決して解放感はない。むしろ、不快感にも似た気持ちを拭いされない。それは、これほど長く〈それ〉に呪縛されていた自己にたいする嫌悪なのか。それとも、おそらくは今なお自己を呪縛している〈何か〉の存在を認めることのツラサなのか。
版元から一言
●前代未聞の「サンカ学叢書」全5巻、いよいよ刊行開始!
*ブックデザイン=臼井新太郎
*組版=字打屋/批評Design
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著者プロフィール
礫川 全次(コイシカワ ゼンジ)
一九四九年生まれ。ノンフィクションライター。歴史民俗学研究会代表。
[著書]『サンカと説教強盗』、『史疑 幻の家康論』、『大津事件と明治天皇』、『戦後ニッポン犯罪史』。[編著書]歴史民俗学資料叢書(第一期・全五巻)。[覆刻版解題]尾佐竹猛『下等百科辞典』、『法窓秘聞』、『明治秘史 疑獄難獄』、小泉輝三朗『明治黎明期の犯罪と刑罰』、菊池山哉『蝦夷とアイヌ』、『先住民族と賤民族の研究』、ほか多数(以上、批評社刊)。
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