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戦中と戦後の責任
徳富蘇峰と加藤完治の場合
- 初版年月日
- 2014年8月
- 書店発売日
- 2014年8月31日
- 登録日
- 2014年8月13日
- 最終更新日
- 2015年1月29日
紹介
1931年に始まる15年間のアジア・太平洋戦争。いったい誰がその責任をとったのか。
著者は、「積極的に戦争に賛同し国民の戦争推進への協力を鼓舞した」知識人のなかから、時代を代表するジャーナリスト・徳富蘇峰(1863-1957)と満州開拓の推進者・加藤完治(1884-1967)の2人に焦点を絞る。戦中に彼らがどんな主張を展開し、敗戦後、自らの責任についてどんな思いでいたのかを描き出す。
―現在も、日本の支配層は構造的な無責任を続けているのではないのか? と問いかける。
目次
プロローグ
第一部 徳富蘇峰
第一章 戦中篇――『必勝國民讀本』
第1節 本書の構成
第2節 皇国史観――序説
第3節 これまでの歴史的考察──第一篇
第4節 戦争目的と勝敗の三要素──第二篇
第5節 勝利への方策──第三篇
第6節 精神的戦争──結語
第7節 考察
第二章 戦後篇──『勝利者の悲哀』 91
第1節 本書の構成
第2節 幼稚な外交力と自衛戦争
第3節 戦争放棄について
第4節 戦争の反省
第5節 侵略
第6節 追放者を登用すべき
第7節 半生の記(「讀賣新聞」)
第二部 加藤完治
第三章 戦中篇──『日本農村教育』
第1節 本書の構成
第2節 農業の意義――第一篇
第3節 農業体験と筧克彦から得たもの──第二篇
第4節 日本精神の過大評価と国際協調の否定──第三篇
第5節 農民魂・鍛錬の方法──第四篇
第6節 人命軽視と満州への植民──第五篇
第7節 日本国民高等学校(友部)の使命──第六篇
第8節 考察
第四章 戦後篇──「公道」
第1節 「公道」と「御詔書を拝して」の構成
第2節 御詔書を拝して──一億総懺悔論
エピローグ
参考文献
あとがき
前書きなど
あとがき
以上、二者を取り上げましたが、私は彼らに対し、個人的に否定的感情は毛頭ありません。前者は清沢洌の日記に強く共感しているため、後者は、今なお存在している中国残留日本人への想いから選びました。
残留日本人となったのは、ほとんど開拓団員の子どもと妻たちであり、日本軍関係者や政府関係者、さらに満鉄関係者はいないといいます。彼らはわれ先にと列車で南下、帰国していったからです。(飯田市歴史研究所編『満州移民―飯田下伊那からのメッセージ〔改訂版〕』現代史料出版、二〇〇九、二〇五頁)
二人の著作からの引用によって、彼らの思想・敗戦後の想いを語ってもらう手法をとりましたが、著書をわずか見ただけで彼らの思想すべてはわかりません。それでも、二人の思いの一端だけでもかいま見たようには感じています。
東日本大震災報告書の「人災」からの企画でしたが、思いのほか時間がかかってしまいました。また、私の力不足から、目的を十分果たせたかどうか危惧しています。
なお、本書作成にあたり、七つ森書館の中里英章さん、上原昌弘さんに多大のご指導・ご助力をいただきました。厚く御礼申し上げます。
二〇一四年六月二十三日
沖縄慰霊の日に
上記内容は本書刊行時のものです。