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日本国憲法の初心
山本有三の「竹」を読む
- 初版年月日
- 2013年8月
- 書店発売日
- 2013年8月6日
- 登録日
- 2013年7月10日
- 最終更新日
- 2013年7月30日
書評掲載情報
2013-10-06 |
朝日新聞
評者: 保阪正康(評論家) |
2013-08-11 | 毎日新聞 |
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紹介
著者は東京・荻窪の古書店で、ふと『竹』(山本有三著、細川新書2)を手にします。
昭和23年発行とは思えない洗練されたデザインとていねいな造本──『路傍の石』の著者・山本有三は、日本国憲法の口語化に尽力し、新憲法下の参議院議員の良識を示し、永久平和と戦力の放棄を定めた日本国憲法を「はだかより強いものはない」と断じたのです。
改憲が叫ばれるいま、その理由と背景を読み解きます。
目次
第1章 日本国憲法と山本有三(鈴木琢磨)
『竹』との不思議な出会い
細川新書について
サクラから竹へ
いいものを少し
近衛文麿との友情
憲法の口語化へ
ブラウンソース
ロハス大統領と神保中佐
政治家・山本有三
緑風会と佐藤尚武
いまも青々と生える竹
細川書店と岡本芳雄
日本国憲法の対比
第2章 竹(山本有三)
竹
戦争放棄と日本
ロハス大統領と神保中佐
教育費について
政治と文化
露伴翁の永眠に対して
「銀河」のはじめに
第3章 対論・裸より強いものはない(佐高信・鈴木琢磨)
裸より強いものはない
「別品」の思想
河野謙三と「七三の構え」
長生きも芸のうち
自民党改憲草案が消えた日
自然は急がない
あとがき
前書きなど
あとがき
ずいぶん気恥ずかしい。なんでオマエごときが憲法を? ごもっともである。でも、山本有三の『竹』(細川書店)が65年ぶりに世に出るのがうれしい。2013年の流行語大賞をとるだろう予備校の先生のことばを拝借すれば、『竹』をいつ読むか? 「いまでしょ!」。そんな気がする。憲法改正の動きがあわただしさをますいまこそ、憲法が誕生したあの時代の空気を吸っておくべきではないのか。改憲派も護憲派も、さしたる興味がなくても。そう、白状すれば、この私、新聞記者のくせしてあの時代を知らなかったし。
有三は劇作家として出発している。セリフがうまい。味がある。有三作品の朗読を続けている文学座の俳優、瀬戸口郁さんが書いている。〈彼の小説を読むと、そこには劇作家としての「言葉の流儀」と「方法論」が横溢しているように思えるのだ。登場人物のせりふの巧さ、力強さはもとより、物語の構成力、地の文のリズミカルな運びや場面の凝集力の高さ、これらはすべて劇場で「聞かせること」、すなわち観客の「耳」を意識して言葉を紡いできた身体性から生まれたものではないか〉(「身体で読む山本有三」)
『竹』に収められているいくつかの随筆は有三がラジオでしゃべったものである。どこにも難しいことばはない。耳で聞いてすーっとはいってくる。その「言葉の流儀」は憲法の口語化にも生かされたにちがいない。GHQから押しつけられた憲法に不満は抱いていたとしても、なんとかわかりやすい日本語にしたかったのである。あのとき、憲法が口語化されていなければ、憲法はもっと国民から遠い存在になっていたのではないか。漢字片仮名まじりの文語文だったら、さっさと葬りさられていたかもしれない。憲法を声を出して読んでみると、そこに有三のやさしい息づかいが伝わってくるようである。しみるものがある。心に太陽を持て、唇に歌を持て──。そんな声までも聞こえてきそうで。
有三を追いかけながら、いつしか憲法が血の通ったドラマのように感じていた。永田町での改憲論議からすっぽり抜け落ちた人間ドラマである。たとえ占領下で押しつけられた憲法であっても、有三は戦った。戦時下の検閲とも戦ったからこそ、戦えたのだろう。そして細川書店の岡本芳雄がドラマに厚みを増す。「弱い兵隊」であった彼の壮絶な戦争体験が『竹』を生んだ、といえる。これまでほとんど知られることのなかった岡本芳雄の仕事に光があたれば幸いである。思えば、有三も岡本も竹のようにしなやかで折れない人であった。改憲を声高に叫ぶ政治家諸氏は2人の生き方をかみしめてほしい。そして若い読者は、ぜひ、細かな解説など抜きにして、有三の原文をそのまま味わってもらいたい。
つい先日、沖縄全戦没者追悼式で、与那国島の小学1年生、安里有生君が自作の詩「へいわってすてきだね」を朗読した。
へいわってなにかな。
ぼくは、かんがえたよ。
おともだちとなかよし。
かぞくが、げんき。
えがおであそぶ。
ねこがわらう。
おなかがいっぱい。
やぎがのんびりあるいてる。
けんかしてもすぐなかなおり。
……
有三は「竹」に書いている。〈若いもののほうが、老人よりも、立派なものになってゆくところも、わたくしにはうれしい〉。安里有生君も竹かもしれない。戦争放棄など理想主義と鼻先で笑っている老いた政治家、若くとも理想を失ってしまった政治家こそ、恥じ入らねばならないのではないか。
それにしても、不思議なめぐりあわせを思わずにいられない。荻窪の「ささま書店」でたまたま『竹』と出会わなければ、復刻されることはなかった。この古本屋から歩いてすぐのところに近衛文麿の旧邸「荻外莊」がある。近く公開されると、聞いた。近衛のお化けがいたずらでそっと古本を差し込んでおいたのではないか、と夢想したりしている。でも面倒くさがり屋の私ゆえ、せっかく『竹』を知ったとはいえ、忙しさにかまけて、あの夜がなければ、ほおっておいた気がする。
あれは四谷の赤ちょうちんだった。2月某夜、社民党党首、福島みずほさんとパートナー、海渡雄一さんの共著『脱原発を実現する』の出版記念パーティーがあった。まじめを絵に描いたような集い。社民党が三宅坂のビルにサヨナラする日に重なっていたにもかかわらず、いまひとつ盛り上がらない(当然か)。パーティーが終わって、早野透さん(元朝日新聞コラムニスト)から飲みにいこうや、と誘われた。佐高信さんも一緒だった。
ほろ酔いになってきたところで私はリュックに忍ばせていた『竹』を取り出した。どえらい装丁ですわ、憲法がとてつもなく上等に扱われてる、そんなことをべらべらしゃべった。そして、さっきまでの退屈なパーティーで唯一、気を吐いたアイドル評論家の中森明夫さんのことをにやにや思い出していた。
社民党の脱原発路線は正しいのになぜ広がらないか、とあいさつした村山富市元首相にかみついた。「私が村山富市だったら原発の前で腹でも斬りますよ。私は7年前のAKB48のライブを見ています。売れるとは思わなかった。最初の客は7人。それがいまや国民的アイドル。消滅寸前の社民党のアイドル福島みずほは7年後に国民的アイドルになるかもしれない。脱原発を支持します!」。会場は凍りついた。私はひとり拍手していた。
なんかのはずみで私にひと言求められるかもしれない(『脱原発を実現する』に私の2人へのインタビュー記事がはさまれていたから)と思って、『竹』を仕込んでいたがマイクは回ってこなかった。回ってきたら、しゃべろうとたくらんでいた。中森さんほど過激じゃないけど、みなさん、山本有三、そして岡本芳雄に比べ、脱原発にしても、護憲にしても、響いてこない。相も変わらぬお題目とスローガンでどうにかなるわけない。べろんべろんになってほざいていたら、佐高信さんが、その本、復刻しようと言ってくれた。
それがこれ。本書のエッセンスを毎日新聞の夕刊特集ワイド(2013年5月20日)で紹介したら、いく人かの政治家から反響があった。まだ希望は捨てなくていいのか。
お忙しい中、こころよく取材に応じてくださった山本有三の孫の瀬戸直彦さん、岡本芳雄の長男の岡本斉さん、文芸評論家の曾根博義さん、三鷹市山本有三記念館学芸員の渡辺美知代さんにお礼申し上げる。そして、そもそも本と出会えた「ささま書店」に感謝。出版にあたっては、七つ森書館の中里英章社長、担当編集者の金子なおかさんにお世話になった。費用がかさむであろうに少しでも出版当時の雰囲気を出してもらえたと思う。
2013年7月 朝鮮戦争休戦60周年を前に 鈴木琢磨
版元から一言
『竹』の本文は和紙、装幀はフランス装の凝った造本です。発行元の細川書店に敬意を表して、同じサイズの本とし、「竹」の本文組も同じ体裁にしました。
上記内容は本書刊行時のものです。