化学汚染と次世代へのリスク
日本弁護士連合会
発行:七つ森書館
この版元の本一覧
A5判 288ページ 並製
定価:3,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-8228-0485-5(4-8228-0485-2) C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2004年09月
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紹介

日弁連の人権擁護大会で承認された基調報告書をもとに,一般向けに書き直したので,わかりやすいレポート。日本の公害被害の解決法を弁護士の立場から詳細に検討し,真の問題解決のために“予防原則”を基本とした「化学物質政策基本法」を提言します。

目次

第1部 化学物質汚染の現状
 第1章 化学物質による人体被害
  1 水俣病
  2 カネミ油症の現状
  3 イタイイタイ病
  4 土呂久鉱害事件
  5 ダイオキシン類による人体被害
  6 神栖町ヒ素中毒問題
  茨城県神栖町における有機ヒ素化合物に係る環境汚染
  及び健康被害に係る緊急措置事業要綱(仮称)— 案 —
  7 大気中の化学物質による汚染


 第2章 新たな化学物質汚染と被害
  1 杉並病と救済の困難さ
  2 化学物質過敏症およびシックハウス症候群

 第3章 生物多様性と化学物質
  1 化学物質の生態系への影響
  2 生態系・生物多様性保護はなぜ必要か
  3 生態系・生物多様性の保護と化学物質の規制——その不十分性
  4 環境ホルモン物質——あらたな毒性発現のメカニズム
  5 諸外国における化学物質の生態系への影響評価

第2部 現行法制度の問題点
 第1章 化学物質の法制度
  1 化学物質の毒性概念について
  2 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律
  3 農薬取締法
  4 毒物及び劇物取締法
  5 有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律
  6 PRTR法
  7 ダイオキシン類対策特別措置法
  8 PCB廃棄物適正処理推進特別措置法
  9 土壌汚染対策法
  10 廃棄物処理法

 第2章 司法的救済の現状と問題点
  1 司法的救済の現状と問題点
  2 故意・過失について
  3 権利侵害
  4 損害の発生
  5 因果関係
  6 時効および除斥期間
  7 共同不法行為
  8 差止請求

第3部 国際的動向
 第1章 国際的な規制の動き
  1 はじめに
  2 バーゼル条約
  3 ロッテルダム条約
  4 ストックホルム条約
  5 「化学汚染のない環境において生活する権利」の確立へ

 第2章 スウェーデンの化学物質政策
  1 スウェーデン環境法の概略
  2 スウェーデンの化学物質政策目標
  3 スウェーデンの求める「有害性のない商品」政策
  4 スウェーデンの農業政策
  5 スウェーデン環境法とEU法との関連

 第3章 EUのシステム
  1 現行の化学品管理政策のレビューの開始
  2 白書「今後の化学品管理政策のための戦略」の提案
  3 REACH規則案の提案
  4 考察

 第4章 アメリカにおける化学物質管理の動向
  1 基本的な事前規制システム
  2 予防原則についてのアメリカの対応
  サンフランシスコ市予防原則(一部抜粋)

第4部 リスクと予防原則
 第1章 リスクアセスメント,リスクマネジメント,リスクコミュニケーション
  1 化学物質のリスクアセスメント,リスクマネジメント
  2 リスクコミュニケーション

 第2章 予防原則
  1 定義・歴史
  2 基本的な内容
  3 予防原則とリスク論との関係
  予防原則に関する欧州司法裁判所の裁判例

第5部 提   言
  1 まとめにかえて
  2 「化学物質政策基本法」(仮称)の提言
  3 救済制度について
  4 おわりに

資  料
  予防原則に関する委員会からのコミュニケーション(欧州共同体委員会)
  新たな化学物質政策の策定を求める決議(日本弁護士連合会)

前書きなど

はじめに

 20世紀,化学工業は未曾有の発展を遂げた。1930年代に100万tであった化学物質の世界の生産量は,現在は4億tにまで増加した。医薬品・農薬から,衣料品,洗剤,防虫剤,消臭芳香剤,住宅資材,食品添加物,容器包装に至るまで,今やわれわれの周囲には人工の化学物質が溢れている。
 化学物質は,われわれの生活に利便性・快適性をもたらしてきた。しかし,その一方で,水俣病,カネミ油症をはじめとする悲惨な公害・薬害事件を引き起こしてきた。化学物質の中には,人の健康や生態系に悪影響を及ぼすものも少なくない。中にはフロンのように,オゾン層破壊という地球生態系に重大な影響を及ぼすものもある。
 近年,アトピー・喘息などのアレルギー性疾患が急増しており,その発症には直接的・間接的な化学物質の関与が疑われている。また,シックハウス症候群,化学物質過敏症など化学物質による新たな疾病も増大している。さらに,「内分泌撹乱作用」という新しい毒性概念(いわゆる「環境ホルモン」)が指摘されるようになり,次世代へのリスクが懸念されている。
 こうした現代型汚染の特徴は,微量・低濃度の物質による長期的・複合的汚染であること,及び,それが地球規模に,しかも世代を超えて広がっているということである。こうした状況を指して「化学物質の反乱」と呼ぶものもある。
 こうした現代型汚染に対処するには,現行の化学物質管理制度はきわめて不十分であると言わざるをえない。その理由の第1は,データの圧倒的不足である。今,わが国の市場に出回っている約5万種の化学物質のうち,人の健康や生態系に対する毒性等のデータが整備されているものはごくわずかにすぎない。われわれは,いわば「正体不明」のまま,化学物質を大量に使用し,環境中に放出しているのである。第2に,現行の規制が,たとえば医薬品・農薬・一般化学品といった用途別の縦割りとなっていることである。このため,しばしば規制の間隙を生じかねない。第3に,規制を実施するには原則として科学的因果関係の証明が必要とされるが,因果関係の解明には多大な時間や費用を要するのみならず,微量の物質による長期的・複合的影響という現代型汚染を考えると,そもそも因果関係の証明はほとんど不可能に近いということである。その間にも,取り返しのつかない事態が発生してしまうかもしれない。
 言うまでもないが,因果関係が解明されないということは,決して「無害」であることを意味するものではない。単にわれわれの「無知」を示しているにすぎないのである。振り返ってみると,化学物質に対して人間は何と無知であったことだろう。例えば,DDTは,「奇跡の物質」と称賛され,発明者にはノーベル賞が授与された。フロンも,発明当時「夢の物質」ともてはやされ,発明者にプリーストーリー賞が贈られたのであった。それが,ずっと後になって,人や野生生物に重大な悪影響を与えたり,地球生態系を脅かす,とんでもない物質であることが判明したのであった。われわれは,今一度,この無知を深く自覚しなければならない。そして,化学物質とのかかわり方を抜本的に見直す必要がある。21世紀の人類に求められているのは,ソクラテスのいう「無知の知」ではないだろうか。
 こうした反省に立って,今,国際社会においては,新たな取組みが始められようとしている。2001年4月,国連人権委員会は,「化学汚染のない環境で生活する権利」は基本的人権のひとつであるとの見解を表明した。スウェーデンでは,すでに「毒物のない環境」を将来世代に手渡すという目標を掲げ,1世代25年をかけて,それを実現しようとしている。さらにEUでは,持続可能な化学産業・化学技術の発展のための新たな化学物質戦略が策定され,昨年10月には,約3万種の既存物質の毒性データ等の届出を3年〜11年内に生産者に義務づけるとともに,発がん性・変異原性・生殖毒性物質や,難分解性・高蓄積性物質などの一定の化学物質(高懸念物質)については,用途・期間を限定した認可制度を導入するという新規則案が公表されている。
 わが国においても,次世代へのリスクを回避し,持続可能な社会を構築するために,化学物質管理のあり方を抜本的に見直すべき時である。日本弁護士連合会では,2003年10月,第46回人権擁護大会(於松山市)において「蓄積する化学汚染と見えない人権侵害」と題するシンポジウムを開催し,あるべき化学物質政策の方向性について議論を深めるとともに,「新たな化学物質政策の策定を求める決議」を全会一致で採択した。
 これに先立ち,シンポジウムの実行委員会では,過去の公害事件の再調査,被害者の方々からのヒアリング,国内外の法制度の調査を行い,さらにはスウェーデン・EUを訪問し,化学物質対策をめぐる政府・産業界・NGOの取組みの調査を行った。この本は,それらの成果を取りまとめたシンポジウム基調報告書が土台となっている。
 本書の出版を強く勧めて下さった七つ森書館の中里英章氏にはこの場を借りて心から感謝の意を申し上げたい。同氏のお蔭で,本書が日の目を見ることができたといっても過言ではない。
 本書が,化学汚染のない環境を次世代に手渡すために,人間と化学物質とのかかわり方を考え直すきっかけとなることができれば,著者一同,望外の喜びである。

2004年8月
著者を代表して
中下裕子
(日本弁護士連合会第46回人権擁護大会
シンポジウム第2分科会実行委員会委員長)

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