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われらはチンパンジーにあらず ジェレミー・テイラー(著) - 新曜社
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われらはチンパンジーにあらず ヒト遺伝子の探求

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発行:新曜社
四六判
450ページ
上製
定価 4,200円+税
ISBN
978-4-7885-1326-6   COPY
ISBN 13
9784788513266   COPY
ISBN 10h
4-7885-1326-9   COPY
ISBN 10
4788513269   COPY
出版者記号
7885   COPY
Cコード
C1040  
1:教養 0:単行本 40:自然科学総記
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2010年2月
書店発売日
登録日
2013年2月19日
最終更新日
2013年2月19日
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書評掲載情報

2013-04-07 毎日新聞
評者: 中村桂子(JT生命誌研究館館長)
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紹介

◆チンパンジーとヒトの近くて遠い関係◆
ヒトとチンパンジーは遺伝コードがほんの1・6%違うだけ。だからチンパンジーはほとんどヒトであるとされ、話題になったのは記憶に新しいところです。しかし近年、ゲノム科学の進歩によってさまざまな遺伝メカニズムが深く理解されるようになり、個々の人間も、数年前まで考えられていたほど遺伝的に同一でないこと、ましてやヒトとチンパンジーでは、遺伝的な距離が見かけよりずっと大きいことがわかってきました。本書は、ゲノム科学者たちの研究の足跡をたどりながら、ゲノムという「宝の洞窟」の奥深くへと分け入る探険への誘いです。私たちが霊長類と共有しているものは何か、分け隔てているものは何かを見てゆきます。本書はまた、動物を安易に「人間的に」見がちな私たちへの、警鐘の書でもあります。

目次

われらはチンパンジーにあらず─目次

まえがき
謝 辞

1 いとこから兄弟へ

2 言語遺伝子ではなかった遺伝子

3 脳を作り上げるもの

4 1・6%の謎

5 少ないほうがよい

6 多いほうがよい

7 アラジンの宝の洞窟

8 ポヴィネリの挑戦状

9 賢いカラス

10 脳のなか―秘密は細部に宿る

11 自己家畜化したヒト

12 チンパンジーはヒトにあらず

用語解説

者あとがき
図出典リスト
関連文献
事項索引
人名索引
装幀―虎尾 隆

前書きなど

われらはチンパンジーにあらず―まえがき

 多くの点で、本書は、テレビの科学番組を制作するなかで積もりに積もった欲求不満から生まれた。霊長類の比較認知研究、そしてヒトとその近縁の霊長類との類似性と差異についての考えはずっと私のまわりにあったが、それらを科学ドキュメンタリーとしてうまく料理できずにいた。動物の認知の比較と進化というテーマを四半世紀以上にわたって見続けてきたおかげで、いまやっと橋の下を流れる厖大な水の流れを見つめることができるようになった。流行は来ては去る。ヒトと類人猿の心の類似性あるいは差異の見方については、とくにそれが言える。

 私は、アメリカ式手話を使って種の壁を越えて意思を伝えたチンパンジー、ワシューを撮った『ホライズン』の最初の科学ドキュメンタリーのことを思い出す。そしてその後、ボノボのカンジが単語を示す記号のキーボードを叩いた。彼らは、スー・サヴェージ=ランボーの言うように、「人間の心の片鱗」をのぞかせる類人猿だった。

 1988年、BBCの科学番組『アンテナ』を制作していた頃、アンドリュー・ホワイトゥンとディック・バーンの著書『マキャヴェリ的知性』の見本刷りがオフィスのドアマットの上にドサッと届いた時のことは、はっきり覚えている。その時を境に、霊長類学はとても刺激的なものになった。ほんとうに、霊長類は、とりわけチンパンジーのような大型類人猿は、かの有名なフィレンツェの政治家のように、狡猾で、卑劣で、ずる賢く、そして相手を操るのに長けているのだろうか? 彼らは、相手の心の奥深くまで入り込んで、相手がなにを思い、なにを望んでいるかを知り、その情報を利用して相手をだましたりできるのだろうか?

 若かったダニエル・ポヴィネリと、霊長類の認知能力について議論した時のことは昨日のように覚えている。私たちは、ラファイエットにある、ワニのいる堀に囲まれたレストランの椅子に座って、プラスチックのタッパーの容器からエビオクラと新ジャガを手づかみで食べた。ポヴィネリが昼食を終えて戻るのは、彼にとっての王国、ニューイベリア研究センターだった。ルイジアナ大学は、彼に声をかけて、生まれ故郷の南部の地に彼を呼び戻し、それまで医療研究用のチンパンジー繁殖センターであったものを、米国内の飼育チンパンジーとしては最大規模の集団を有する霊長類認知研究施設に変身させたのだった。彼は、まるでお菓子屋の鍵をもらった子どものようだった。

 当時、ポヴィネリは、ニコラス・ハンフリーとアリソン・ジョリーによって始められ、ホワイトゥンとバーンの研究によって広められた時代精神ツァイトガイストを共有していた。それは、チンパンジーやほかの霊長類にとってもっとも厳しく潜在的に不安定な環境が、物理環境ではなく仲間という社会環境なのだから、彼らはその環境に対処するために、私たちとよく似た形の社会的認知を進化させたという考えである。この考えはその後練り上げられて、ロビン・ダンバーの「社会脳」仮説として結実した。ダンバーは、ヒトを含む霊長類では、脳の新皮質の大きさと社会集団の大きさの間には関係があるとした。ポヴィネリの初期の研究は、類人猿の心的生活についてのこうした楽観論を反映していたが、類人猿に言語を教える研究も、類人猿の認知研究も、1990年代には冷たく厳しい批判を浴び、類人猿の認知を測ったとされる実験の有効性に疑念が投げかけられた。現在は、振り子はまた逆方向に振れており、数多くの研究グループが、類人猿がマキャヴェリ的な権謀術数を用いているという主張を声高にしつつある。とはいえ、反論がないわけではない。ポヴィネリのような気難しげな懐疑論者に言わせると、それらの研究者は自らの心の内容を被験体の類人猿に投影しているにすぎない。ポヴィネリは、これまでに行なわれた実験が、ゼノンの矢標的までの距離はたえず半分になり続けはするものの、標的には永遠にたどり着けないのように欲求不満にさせるものばかりで、実際にチンパンジーの心の内側に踏み込むことができた実験はないし、チンパンジーが他者の心についてや物理世界の作用のしかたについてなにを知っていて、なにを知っていないか、あるいはどの程度のことを知っているかを正確に示すことができた実験もない、と主張する。動物の認知の比較研究において影響力のある陣営は、類人猿の心とヒトの心とが連続していると語り、私たちとチンパンジーの間の認知的距離がほんのわずかだとしている。これに対し、もうひとつの陣営は、ヒトの認知は霊長類のなかでヒトに特有だという流行らない考えに私たちを連れ戻す。

 本書を書き始めた時、とりあえずつけたタイトルは、「私たちをヒトにする1・6%」というものだった。私の目的はつねに、通俗科学というメディアによって広められた印象を精査してみることにあった。その印象とは、ヒトとチンパンジーは遺伝コードがほんの1・6%(あるいはそれ以下)違うだけであり、したがってこのほんのわずかな違いによって生み出される類人猿とヒトの間の認知と行動の違いも同じように小さいはずだというものである。しかし、ここ数年で、ゲノム科学とその技術は、ゲノム解析における威力と解像度を飛躍的にアップさせており、その結果、初期のゲノム研究が生み出した「1・6%の呪文」を拭い去りつつある。

 認知の比較研究もそうだが、ゲノム研究におけるチンパンジーとヒトの差異や類似性についての結論も、どのような見方をするかに決定的に依存する。たとえば高性能の光学顕微鏡を用いて、ヒトの染色体の完全なセットをチンパンジーのそれと並べて観察すると、両者がよく似ていることに圧倒されるはずである。ほかの大型類人猿と私たちがこんなにも近縁なのかという感覚をもつに違いない。チンパンジー、ゴリラやオランウータンは24対の染色体をもつのに対し、ヒトは23対の染色体をもつが、私たちの第2染色体は、チンパンジーの2つの染色体が合体したもので、顕微鏡を用いれば、チンパンジーの2つの染色体が融合してひとつになったのがどこかを見ることができる。これらの染色体を染色すると現われる帯状の縞模様は、驚くほどよく似ている。そしてこうした帯の類似性は、2つのゲノムのほかの染色体の多くにも見られる。しかし、チンパンジーとヒトの染色体について、すべての逆位DNAの大きなかたまりがひっくり返ってつながっているを表示した最新のマップを左右に並べて仔細に見てみると、染色体は、逆位配列を示す赤い線の嵐によってほとんど覆い尽くされる。今度は、2つのゲノムの間にこれほど多くの構造的変化がほんの600万年間に起こったということに圧倒される。もちろん、すべての逆位が遺伝子のはたらきに変化を生じさせるわけではないが、その多くは変化を生じさせている。逆位は、チンパンジーの祖先とヒトの祖先の最初の分岐に重要な役割をはたしたのかもしれない。

 ヒトとチンパンジーのゲノムの違いをどの程度と見積もるかは、どこを見るかと、どれだけ深いところを見るかに依存する。最新のゲノム技術は、ゲノムという鉱床の深くまで入ることを可能にし、驚くほどさまざまな遺伝メカニズムを明らかにしてきたが、その多くにはひとつの共通点がある。それらのメカニズムは、多様性を促進するようにはたらき、種内の個体差を増幅する。現在では、たとえば、個々の人間が、ほんの3年ほど前に考えられていたほどには互いに遺伝的に同一でないということがわかっている。ヒトとチンパンジーのゲノムを比較する場合、これらのメカニズムによって、遺伝的距離がさらに増幅される。本書で私が試みるのは、ゲノムの「アラジンの宝の洞窟」を掘り進んだこれらのゲノム科学者たちの足跡をたどることである。時には、なかなか先に進めぬこともある。探検家と同様、科学者は、新たな見通しに到達するまでに、曲がるところを間違えたり、密林に迷い込んだり、山道が険しすぎて歩けなかったりするのがふつうである。もしあなたが、洞窟探検と聞いて怖じけづくのと同様、遺伝学と聞いて怖じけづいているなら、勇気を出して、私についてきてほしい。私とアラジンの洞窟の行けるところまで行ってみよう。そうすれば、あなたはそこにある宝の山を見つけ、ヒトとチンパンジーの遺伝的差異についての通俗的な解説がいかに歪んだものかがわかり始めるだろう。

 時にはきついこともあるが、これはやるだけの価値のある冒険だ。広い視野と洞察力をもった世界中の数多くの研究者たちが、遺伝学、動物の比較認知科学、神経科学をひとつにまとめ、人間の本性の研究への新たな包括的アプローチを作り上げつつある。本書は、彼らの研究の物語の一部でもある。彼らは、チンパンジーやほかの類人猿とどこがどう違うのかという点から、ヒトの本性を記述しようとする。600万年の間に、私たちヒトはおそらくチンパンジーに似た生き物から進化した(私たちはまだはっきりそうだと確信できずにいるが)。ヒトの進化についての答えは、チンパンジーのゲノムに比べて私たちのゲノムの構造的変化の数がかなり多いということにあり、それが大量の遺伝子の進化をもたらし、私たちの脳を実質的にデザインし直し、ヒトの進化した特殊な認知を生み出したのに違いない。もしそんなことはないと思うのなら、人間に慣れた近くのチンパンジーにこの本を手渡して、どうするかを観察してみるとよい。

上記内容は本書刊行時のものです。