NHK番組改変と政治介入事件消された裁き
VAWW-NETジャパン:編, 西野 瑠美子:責任編集, 金 富子:責任編集, 申 ヘボン, 池田 恵理子, 大沼 和子, 坂上 香, 米山 リサ, 林 博史, 横田 雄一, 川口 和子, 服部 孝章, 板垣 竜太
発行:凱風社
この版元の本一覧
四六判 320ページ 並製
定価:2,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7736-3003-9(4-7736-3003-5) C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2005年10月
書店発売日:2005年10月10日
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紹介

「女性国際戦犯法廷」を題材にしたETV特番「問われる戦時性暴力」が放送されたのは2001年1月30日。番組は旧日本軍の性暴力を告発する法廷を報道する番組なのに、「天皇有罪」判決や「被害者・加害者証言」「コメンテーターの発言」を消し去った奇妙なものだった。はたして誰がどうやって何を改ざんしたのか。日本の国家責任を歪曲・捏造する歴史修正主義に追随して言論統制を目論む政治権力の介入問題を検証・糾明し、自壊するメディアの危機を訴える。

目次

まえがき 西野瑠美子・金富子

【第1章】女性国際戦犯法廷とその後

1 女性国際戦犯法廷とは何だったのか 一九九〇年代から振り返る——金富子
 「公平性・公共性」を放棄するメディアの自殺行為/「慰安婦」問題を一九九〇年代から振り返る/新たな展開 責任者処罰/女性国際戦犯法廷とは何だったのか/女性国際戦犯法廷の歴史的な意義/「北朝鮮工作」説のウソ/女性国際戦犯法廷とその後/ねつ造されていく歴史認識

2 女性国際戦犯法廷の意義 国際法への貢献 申ヘボン
 歴史に刻まれる画期的な判決/裁判の背景/事実の認定/法的判断/女性国際戦犯法廷の理論的貢献

【第2章】当事者が語るNHK番組改変問題

1 なぜ、NHKを提訴したのか——西野瑠美子
 損害賠償請求の提訴/表現の自由と知る権利/外部圧力の正体/政治家の関与/改変クライマックス/NHKの主張/〝沈黙〟は「言論・表現の自由」の放棄

2 歪められた「改編」の真実——坂上香
 自問自答の末に/企画はNEP21から/一五分で通った四夜の企画/苛酷で厳粛な証言の場に/天皇「有罪」どう伝える?/性暴力の昔と今とを/NHK主導の編集方針/右翼の圧力にも淡々と……/異例の部長試写で再編集へ/「このまま出したらお別れだ」/制作者の手を離れて/消された「法廷」との繋がり/たった一人のたたかい/私自身も改ざんに加担した/メッセージが消された番組に/責任逃れに乱れ飛ぶ怪情報/もう一つの「改編」問題/「回復と進展のための法廷」/「ありのままを見てほしい」/部長のダブルスタンダード/二つの「改編」で見えたもの/「個人」としての説明責任を

3 メディアの公共性と表象の暴力 「問われる戦時性暴力」改変をめぐって——米山リサ
 放送直前の大改変/一・二四「完成納品版」と段階的に削除された法廷・主催者・裁き/メディア表象と権力の問題点

【第3章】歴史認識とジェンダーの観点から読み解く

1 日本の排外的ナショナリズムはなぜ台頭したのか——林博史
 排外的ナショナリストが中枢を占める小泉内閣/二〇〇一年教科書問題とその後の政治動向/保守勢力の変化 保守本流の解体と日本政治/日本社会の変化 排外主義の基盤

2 番組改ざんと「記憶」を巡る闘い 政治介入の背景と歴史認識——西野瑠美子
 狙われた記憶/「慰安婦」問題を巡る一五年/隣国の信頼を断ち切る政治家の言動/過去から自由になること

3 「天皇有罪」判決を巡って——横田雄一
 性暴力被害者の尊厳回復は焦眉の課題/戦後の神話 天皇に戦争責任なし/「天皇訴追」準備と「菊のタブー」/「女性法廷」が新しく切り開いたもの/沖縄における天皇の責任の追及 『遅すぎた聖断』/性奴隷制で天皇を有罪とした最終判決の理由/「天皇有罪」判決と戦後責任/沖縄分断・差別と「米日」安保同盟への天皇の関与/天皇・安保複合体制の構造的脆弱性/象徴天皇制と民主主義・国際主義/無責任体系としての〈「仕事」天皇制〉

4 NHK番組改ざんによって周縁化されようとしたもの——川口 和子
日本軍性奴隷制問題との関わり 中国山西省の被害女性のこと/番組「問われる戦時性暴力」から消し去られたもの その1/番組「問われる戦時性暴力」から消し去られたもの その2/周縁化の試みは成功しな
い 秦郁彦氏の論難について

【第4章】政治とメディア

1 検閲・改ざん・ねつ造 問われなかった戦時性暴力——米山 リサ
 「改変」再考 放送から四年たって/検閲/改ざん・ねつ造 BRCへの申立て/誤った知の公共化/フェミニズム思想の脈絡でみる法定評価

2 番組改変事件にみる政治介入問題——服部孝章
 「公共放送」とは/政治との緊張関係 ジャーナリズムの本質/受信料制度と公共放送

3 〈メディアの危機〉に抗して メキキネットの歩みから考えること——板垣竜太
 署名運動からの出発/「メキキネット」の立ち上げ/BRC申立て/「政治介入」発覚後/「メディアの危機」をめぐって


【コラム】

●開館したアクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」——池田恵理子

●裁判の経緯と争点——大沼和子

【あとがき】——西野瑠美子・金富子

前書きなど

まえがき

 二〇〇〇年一二月に開かれた「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」(以下「法廷」)は、半世紀にわたる沈黙を破って声を上げた日本軍性奴隷制被害女性たちの勇気に応えて、国際社会の市民の手で開かれた民衆法廷だった。「法廷」は、ジェンダー偏向により沈黙を強いられ、過去から解き放たれないまま歴史の襞に追いやられてきた被害者たちの声に耳を傾け、彼女たちは「恥」の存在ではなく、当時の国際法において戦争犯罪であった日本軍「慰安婦」制度の被害者であることを明らかにしたのである。「法廷」に参加された被害者は八カ国六四名に上ったが、被害女性たちの証言はそのどれもが「慰安婦」制度の暴力性・犯罪性を浮き彫りにするものであり、戦後、半世紀を経ても癒されない傷の深さを人々に知らしめた。

 ところが、二〇〇一年一月三〇日に放送されたNHK・ETV番組「問われる戦時性暴力」には、放送の二日前に急遽撮影したという「法廷」に批判的立場の秦郁彦氏のコメントが長々と挿入され、番組の中で秦氏は被害者の証言について「どれを見ても一人も彼女たちの証言に証人に立っている人がいない」「私が調べた範囲で一番多いのは、韓国の場合で言えば韓国人の女衒によって慰安所に連れて行かれるということで、そういう意味では商行為だ」と、被害者と証言を貶めるコメントを述べ立てたのである。

 町永アナウンサーは秦氏を「法廷を傍聴した歴史家」と紹介しているが、秦氏は三日間の審理を傍聴してはいない。「法廷」では、「商行為」を裏付ける証言は一つも無かった。まして、性暴力を受けた被害者に目撃証言がないから証言に信憑性がないというのは、オーラルヒストリーの軽視ばかりでなく被害者に対する冒とくである。

 それではNHKはなぜ、このようなコメントを番組に挿入したのか。彼の発言内容を見れば、それが「反対の立場の意見も入れる」という「中立性」論で片付けられる問題でないことは誰の目にも明らかである。一つのことに対する議論という形ではなく、一方的に事実に反するコメントが垂れ流されているのだから。

 秦氏のコメント挿入は、番組改変が「法廷」を伝えなかったということだけではなく、「法廷」と「慰安婦」問題を歪曲して伝えた「改ざん」であったことを示している。もし、秦氏が本当に審理を傍聴し、被害者証言を聞いていれば、このようなコメントはできなかっただろう。

 その日、証言台に立ったある女性は「奴隷のように連れて行かれ、言うことを聞かないと焼きゴテを体中に押しつけられた」と語った。またある女性は「言葉もそこがどこかも分らない土地に連れて行かれ、逃げたくても逃げることもできなかった」「逃げるなら自殺するしかなかったが、死ぬことさえ失敗した」と語った。「慰安婦」問題を否定する人々は、しばしば「嫌なら逃げればよかったのだ。そこにいたのは自由意志であったからに他ならない」として「商行為」論を裏付けようとするが、「抵抗したら日本兵は生きたいか、それとも死にたいかと脅した。私は生きたかったので諦めるほかなかった。まるで刑務所に入れられた囚人のような生活だった」「自殺することもできず、生きていくために仕方なく彼らの命令に従った」という証言には、生きる自由も死ぬ自由も無かった過酷な監禁の現実が見えてくる。

 去る(二〇〇五年)七月二〇日、NHK裁判の控訴審が開かれたその日、NHKは六九ページにわたる準備書面と番組改変に関わった渦中の人物、野島直樹氏(当時、国会対策担当局長)、松尾武氏(当時、放送総局長)、伊東律子氏(当時、番組制作担当局長)、吉岡民夫氏(当時、教養番組部長)、永田浩三氏(当時、チーフ・プロデューサー)の陳述書を提出した。そこには放送当日に消し去られた東ティモールと中国の被害者証言がなぜ消されたのかについて、「元慰安婦とされる女性の証言シーンについても、証言者が泣いたり、失神したりする部分については印象が強すぎるのではないかと考えるに至った」(準備書面二六頁)と、驚くべき理由が書き記されていた。

 印象が強すぎるから消したというのは何を意味しているのか。放送当日に消された場面は中国の被害者万愛花さんと東ティモールの被害者の証言場面、そして元日本兵の加害体験の証言場面だった。万さんは残虐な暴行の数々を語り、その時に受けた拷問による傷を裁判官たちに見せようと舞台の真ん中に歩み出た。しかし、傷を見せようとした途端、万さんは気を失い、担架に乗せられ病院に運ばれていった。NHKはそれが「印象が強すぎるから消した」というのだ。

 万愛花さんの姿は、過去の想起、過去との対面それさえも被害者にとっては恐怖体験であることを、私たちに知らしめた。万さんに限らず、思い出すことさえも拒絶してきた被害者にとって、証言が本人の意思であったとしても、それは過去の強烈な悲しみと絶望・恐怖に直面することだ。

 消し去った理由が「印象が強いから」というのであれば、それは視聴者・市民に生々しい被害の現実は伝えないということを意味しており、削除は被害の隠蔽だったということになる。被害の隠蔽とは、すなわち加害の隠蔽でもあるのだ。番組改変は、被害と加害を見えにくくし、国際社会が「天皇有罪」の判決を下したことを隠すものだった。それが改変の本質である。

 VAWW‐NETジャパンがNHKらを提訴してから、すでに四年の歳月が流れた。この間、NHKは編集過程に起こったことを審理の対象にすることさえ拒み続けてきた。関係者は沈黙を決め込み、証言台に立った被告側の証人たちにも、真実を明らかにする勇気は見られなかった。その姿は、目に見えない巨大な軋轢に意思をからめとられている抜け殻のように、私たちの目に映った。裁判闘争は、彼らの口を封じている「軋轢」との闘いであったように思う。しかし今年(二〇〇五年)一月、NHKチーフ・プロデューサー長井暁さんの告発、そして『朝日新聞』のスクープで、事態は一変した。不動かと思われた山を動かしたのは「真実」の持つ力だった。

 政治介入の一片が明らかになった今もNHKは依然として政治圧力は受けていないという主張を続けているが、しかしこの半年、NHKの中では確かに何かが起こっている。頑なに沈黙を続けてきたNHKの職員たちが動き出したのもその一つだ。今年六月、約四〇名の職員が勉強会を重ね、関係者から事情を聞いてまとめたという「提言」が、NHKに設置された改革新生委員会(委員長橋本元一会長)に提出された。提言には「番組変更の最大の原因は、政治への過剰反応だった」という指摘がなされていたという。真実は明らかになるか。いや、明らかにしなければ、NHKもまた、先に進むことはできないのだ。

 NHK番組改変は一体何だったのか。それを考えるため、本著では第一章「女性国際戦犯法廷とその後」で女性国際戦犯法廷とは何であったのかを歴史の流れと国際法への貢献の視点から振り返り、第二章「当事者が語るNHK番組改変問題」でVAWW‐NETジャパン、番組制作現場の関係者、スタジオコメンテーターの三者の立場から改変を検証する。それを踏まえて第三章「歴史認識とジェンダーの観点から読み解く」では番組改変の背景に注目し、日本の排外的ナショナリズムの台頭や政治介入の問題、また、介入のポイントであった「天皇有罪」判決を巡り、天皇免責がもたらした戦後のタブーの正体を明らかにし、番組改ざんに浮かび出る女性の周縁化の問題を検証する。更に第四章「政治とメディア」ではNHKが政治家との近すぎる関係を清算し、放送の自律を取り戻すため、番組改変をメディアの視点から明らかにする。

 本書を通じて、NHKという日本を代表する巨大なメディアへの政治介入事件がなぜ起こったのかを、力がこもった上記論文から検証していただければ幸いである。

  二〇〇五年八月三〇日 責任編集者 西野瑠美子・金 富子 

版元から一言

加害の「記憶」を抹殺し、言論統制を目論む権力に抗って真実の扉を開いたジャーナリストたちを孤立させてはならない。

関連リンク

凱風社ホームページ

著者プロフィール

西野 瑠美子(ニシノ・ルミコ)

VAWW‐NETジャパン共同代表。松井やよりの死後、原告である松井の訴訟を承継。著書に『戦場の慰安婦』(明石書店)、『従軍慰安婦と十五年戦争』(明石書店)など多数。

金 富子(キム・プジャ)

青森県生まれの在日朝鮮人二世。現在、韓神大学校教員(韓国)。単著に『植民地期朝鮮の教育とジェンダー』(世織書房)、共著に『裁かれた戦時性暴力』(白澤社)、『継続する植民地主義』(青弓社)などがある。

申 ヘボン(シン・ヘボン)

 一九六六年生まれ。国際法・国際人権法専攻。現在、青山学院大学助教授。一九九五年東京大学法学政治学研究科博士課程修了、法学博士。著書に『人権条約上の国家の義務』(日本評論社)。

池田 恵理子(イケダ・エリコ)

 一九五〇年生まれ。テレビ・プロデューサー。VAWW‐NETジャパン運営委員。「女たちの戦争と平和資料館」運営委員長。関連編著書に、〈日本軍性奴隷制を裁く——2000年女性国際戦犯法廷の記録 第2巻〉『加害の精神構造と戦後責任』(緑風出版)など。

大沼 和子(オオヌマ・カズコ)

 一九八七年四月に弁護士登録。NHK裁判の弁護団。報道被害の事件を手がけ、著書に『少年事件報道と子どもの成長発達権』(現代人文社)、論文に「イギリスにおける少年事件報道——バルジャー事件を素材として」(日本評論社『法律時報』二〇〇一年一一月号)等がある。

坂上 香(サカガミ・カオリ)

 一九六五年生まれ。映像ジャーナリスト/京都文教大学教員。ETV問題を機にTV界を離れ、映像の自主制作・上映活動を行う。ドキュメンタリー映画「ライファーズ 終身刑を超えて」の監督・プロデューサー。

米山 リサ(ヨネヤマ・リサ)

 カリフォルニア大学サンディエゴ校文学部準教授。著書に『暴力・戦争・リドレス——多文化主義のポリティクス』(岩波書店)、『広島 記憶のポリティクス』(岩波書店)など。

林 博史(ハヤシ・ヒロフミ)

 関東学院大学教授。日本の戦争責任資料センター研究事務局長。主な著書に『BC級戦犯裁判』(岩波新書)、『沖縄戦と民衆』(大月書店)、『裁かれた戦争犯罪』(岩波書店)など。

横田 雄一(ヨコ・タユウイチ)

 関東学院大学教授。日本の戦争責任資料センター研究事務局長。主な著書に『BC級戦犯裁判』(岩波新書)、『沖縄戦と民衆』(大月書店)、『裁かれた戦争犯罪』(岩波書店)など。

川口 和子(カワグチ・カズコ)

 一九六四年生まれ。弁護士。主な担当事件として、山西省性暴力被害者損害賠償等請求訴訟、フィリピン「従軍慰安婦」謝罪損害賠償請求訴訟、鹿島花岡中国人強制連行損害賠償請求訴訟、米国によるいわゆる「遺伝子スパイ」身柄引渡請求審査事件。責任編集を担当した書籍に、『女性国際戦犯法廷の全記録I』『同II』(緑風出版)。二〇〇〇年女性国際戦犯法廷では、日本検事団長を務めた。

服部 孝章(ハットリ・タカアキ)

 立教大学社会学部教授(専攻メディア法、情報社会論)。一九五〇年生まれ。上智大学法学部卒業、同大大学院文学研究科博士課程新聞学専攻修了。編著「21世紀のマスコミ〔第二巻〕放送」(大月書店)、共編著「現代メディアと法」(三省堂)など。

板垣 竜太(イタガキ・リュウタ)

 メディアの危機を訴える市民ネットワーク(メキキネット)事務局。同志社大学社会学部専任講師。共編著として『番組はなぜ改ざんされたか』(一葉社)、『世界のプライバシー権運動と監視社会』(明石書店)他。

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