発行:凱風社
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四六判 272ページ 並製
定価:1,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7736-2814-2(4-7736-2814-6) C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2004年05月
書店発売日:2004年05月31日
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紹介
チベットに源を発し、ベトナム南部で南シナ海に注ぐ国際河川メコン。この流域の国々の歴史や文化はメコン川を抜きには語れないし、人々の生活は常にメコン川と共にあった。著者は、タイ、ラオス、ベトナム、カンボジアなどの「昨日・今日・明日」を長年取材してきた新聞社特派員。メコン川に寄り添う形で流域諸国の実情を簡潔に綴った本書によって、読者は観光旅行だけでは見えてこない歴史的・社会的ポイントがぐっと身近になるはず。ビジネスマンや市民教養講座のテキストにも最適。
目次
●もくじ
まえがき 国をつくったメコン
◆歴史回廊メコン流域の旅
1 民族と文化の交差点《タイ北部》
国共内戦——ミャンマー国境に近いメーサロン地区
悲劇の民族・モン——最北部の人工の村、センサイ
モン族の子供たち——自立精神に富んだ寮生たち
ベトナム・タウン——ビエンチャンをのぞむ町、スィー・チェンマイ
2 ゴールデン・トライアングル《タイ最北部》
黄金の「四角地帯」——「三角地帯」の心臓部、ソップ・ルアック村
タイの象——ビルマ文化の色濃い町、ランパーン
モタラ——地雷の悲劇
チェンマイの「天使」——孤児施設「バーンロムサイ」
陶芸家——チェンライ郊外の「芸術家村」
ゲリラ——ナーン県の大洞くつ
元学生運動家が「いま」を語る——タイ人の日本観
ワインの里——高原の町、ルーイ
恐竜の里——コーンケン県「プー・ウィアン国立公園」
3 不思議な国の新時代《ラオス》
ミニ・フランス——植民地時代の名残り
ラオスの仏教——ボーペニアン精神
新思考——「ランド・リンク・カントリー」への道
英語教育——国づくりと若者
不発弾——ベトナム戦争やラオス内戦の後遺症
後遺症——タイに飲み込まれるラオス文化
豊かな文化——バイラーン保存活動
4 「イサン」は語る《タイ東北部》
ホー・チ・ミンの家——ナコン・パノム近郊の村、ナチョック
モン族の帰還——バン・ナポ難民キャンプ訪問
アジア・ハイウェー——第二メコン国際橋の建設予定地、ムクダハン
メコンに沿って思う——ノンカイからウボン・ラチャタニーまで
緑の友好——スリンの村々での植林事業
5 チャンパ王国《南ラオス、ベトナム中部》
ワット・プー——古代ヒンドゥー遺跡、仏教の聖地
幻のチャンパ王国——ベトナムの港町ダナン
日本人町の面影——ホイアンの町並みとキンボン村の宮大工
海のシルクロード——ホイアンを巡る
アジアのナイアガラ——分断の滝、コーン・パペーン
6 復興と開発《カンボジア》
川イルカ——東部クラチエのイルカ保護区
ピリカの死——銃器のはんらん
魔法の機械——民主化に役立つ日本の謄写版印刷機
プノンペンの青春——タイ大衆文化の影響
財界人——フンセン政権と影の「勝ち組」
改革派の星——チア・ソパラ氏に聞く
ポル・ポトの町——特別法廷設置の行方
シアヌーク国王——カンボジアのシンボル
7 「アプサラ」は踊る《カンボジア》
「アプサラ」との出会い——ヒンドゥー文化の象徴
遺跡を守って——カンボジア人の誇り
遺跡群を守る若き考古学者——イム・ソクリティさんに聞く
観光の現在——進む「プノンペン離れ」
8 メコン・デルタ《ベトナム》
トンネル——クチの戦争遺跡
ミステリーの町——海外投資の窓口、チョロン
メコン・クルーズ——ベトナム革命のふるさと
枯れ葉剤——「ハノイ平和村」の子供たち
トンキン湾事件——「大義名分」という名の嘘
南北和解への道——ハノイとホーチミン市
ドイモイの先駆者——エコノミスト、オアイン氏の人生
和平演変——「社会主義離れ」の進行
集団指導体制——官僚国家の壁
ドイモイと北朝鮮——日朝正常化を急ぐ理由
台湾の「影」——経済の全方位外交
チューノム——ある、日越友好物語
北紀行——中越国境地帯とドイモイ
ぜいたくな歴史の旅——ハロン湾とホンガイ
9 戦争の記憶《タイ》
老兵は語った——坂井勇さんの人生
白骨街道——ある残留日本兵の戦後史
戦場にかける橋——カンチャナブリのクワイ川鉄橋
◆インドシナを見る基礎知識
1 アジアの心
ピー(精霊)と仏教/死生観/長幼の序/タイ式問題解決法/視線の差/寛容の心/アジアに学ぶ
2 アジアを「見る」
拉致問題とインドシナ/アジアの酒/イスラムと東南アジア/インドの「影」/ルック・イースト/辺境外交/情緒国家と情報国家/内閣制と権力
3 アセアン(ASEAN)はいま
反共/ほころび/母屋とひさし/ASEANとメコン
おわりに
前書きなど
◆まえがき 国をつくったメコン
メコン川は、中国のチベット高原に源を発し、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムを経て南シナ海に注いでいる。全長約四千五百キロ。東南アジア随一の国際河川である。
わたしは、新聞社の特派員として四年間、メコン川と流域国をつぶさに見てきた。中国・雲南省以南のメコン川流域には、稲作地帯と仏教文化圏が広がる。そこを舞台に多くの民族、国家が栄えては滅んでいった。この川は、民族・文化の十字路でもある。訪ねた先々で、それを実感できた。
タイを例にあげよう。東南アジアの地域大国として栄えているタイも、実はメコン川に沿い南下移動してきたタイ族が形づくった国である。
雲南省に「シーサーパンナタイ族自治州」という自治州がある。人口約八十万人、うちタイ族が三分の一を占める。千年以上も前からタイ族が住んでおり「民族の原点」といわれているところだ。
中国南部の一民族だったタイ族が、インドシナの歴史の表舞台に登場してくるのが、十三世紀である。それまで、現在のタイ、ラオス、カンボジア周辺は、クメール族のアンコール王朝が支配していた。その後、南下したタイ族が、チェンマイを中心にランナータイ王朝、中部には最初の本格的な王朝であるスコタイ王朝を建国していく。さらにアユタヤ、トンブリ王朝を経て、現王朝へとつながっていく。
タイ族は、南下しながらエネルギーを蓄え、クメール族らを圧迫し、領土や地域を広げていったといえる。メコン川が、タイ族を南下移動させる「第一回廊」の役目を果たしたわけである。ラオスのラオ族も、同じような建国プロセスをたどった。これにより「民族版図」が塗り変わり、現在のインドシナの骨格が形成されていく。
その一方で、タイ族、ラオ族と同じように南下した民族の多くは、メコン川周辺の山岳部に次々と途中下車した形となった。平野部を突き進んだタイ族やラオ族と棲み分けするように、山岳地帯のあちこちに定着していった。各民族は、そこで自分たちの習慣や文化を守り抜いてきた。タイ周辺の山間部には多くの少数山岳民族が散在しているが、そのことが「民族学の宝庫」といわれる所以である。
一度、地図を広げて、上流の雲南省からメコン川の流れをたどって欲しい。それに沿った民族南下の旅に思いをはせれば、これまでと違った東南アジア像が浮かんでくると思う。
興味深いのは、民族大移動を促した一要因が、鎌倉時代に日本にも押し寄せた「元の来襲」だったことである。元のクビライは、最大の制圧目標である南宋を背後から攻撃するため、雲南へ遠征軍を送った。この雲南進攻が、タイ族などの南下に拍車をかけることになった。ユーラシア大陸を勢力圏にした巨大帝国の元は、雲南だけではなく、東南アジアの奥深くにも侵攻した。艦隊を使った海上侵攻では、現在のインドネシア・ジャワ島へ、陸路では、北部ビルマ(ミャンマー)に向かった。
この元時代以外にも、東南アジアは、つねに中国からの膨脹エネルギーを感じてきた。いま、東南アジア諸国には、中国に対する親近感、憧憬と警戒心、不信感が複雑に入り交じっているが、これはかつて各民族の遺伝子に刻印された「歴史の記憶」が呼び起こされた結果かもしれない。
もう一つの大きな民族南下は、ベトナムとラオス、カンボジア国境沿いに走るチュオンソン山脈(アンナン山脈ともいう)の東側で起きた。ベトナムを含めインドシナの歴史は、このチュオンソン山脈抜きでは考えられない。
ベトナムは、十世紀に中国からの独立を果たした。当時の領域は、紅河(ホン川)の流域周辺しかなかった。その後、ベトナムの勢力は、中部地域を経て、十八世紀末には南部のメコンデルタまで浸透、領土を広げていった。ここから「ベトナムは南に進み続けた運動体である」との指摘もなされる。
ベトナムの膨脹、南下エネルギーも、他民族への圧迫・侵略につながった。チャム族のチャンパ王国は、二世紀から中部のダナン付近を中心に繁栄したが、十五世紀以降、ベトナムの圧迫を受け、チャム族はインドシナ各地に四散する。
カンボジアのクメール族も同じ被害を受けた。ベトナムに浸食され続け、豊饒なメコンデルタや南部諸州を奪われた。カンボジア人に根強い「反ベトナム感情」は、これが原点である。ポル・ポト政権が「反ベトナム」を旗印に、勢力を伸ばしたのも、この歴史と無縁ではない。
こうしたベトナムの南下は、だいたい東側の海岸線沿いに限られていた。チュオンソン山脈には千メートル以上の高山が連なり、そこを横切り、西側への浸透は難しかったのだろう。かくして、チュオンソン山脈は、インドシナにおける文化の分水嶺になり、東側のベトナムには中国・儒教文化が、西側のラオス、カンボジア、タイには、ヒンドゥー教、南方上座仏教が定着した。これは、インドシナの歴史理解には、必要な基礎知識である。
ベトナムには「王朝の勢力も村の垣根まで」という伝説が残っている。村落の独立、家族のきずなの深さ、固さを表現したもので、いかに権力を持った王朝でも、村の中までは立ち入ることはできないという意味である。ベトナム社会の共同体の堅固さを示し、ベトナムが「金属社会」といわれてきた所以だ。
これに対し、メコン川流域のタイ、カンボジア、ラオスには、湿潤な気候の中で、ソフトでルーズな、開放的でおおらかな社会が形成された。村からの離脱は比較的自由で、集団化が得意ではない。そこには、タイ語でいう「マイペンライ(どうにかなるさ)」の精神が潜んでいるように思う。ベトナムが「金属社会」ならば、こちらは、ゆらゆらする「豆腐社会」である。
インドシナを舞台に繰り広げられてきた各民族の覇権争いや確執は、概観すれば、この「金属社会」と「豆腐社会」との摩擦、ぶつかり合いを中心に繰り広げられてきたと思う。ベトナム戦争がその典型である。統制がとれ、集団的行動が得意とする北ベトナム。かつてカンボジア領だったメコン・デルタの豊かな恵みを受け、「豆腐社会」のイメージが強い南ベトナム。双方が、ひとたび戦争となれば、統制がとれた軍隊、組織化された兵力を持つ方に軍配があがるのは当然である。
しかし、「豆腐社会」「金属社会」とも、その原点は、雲南省など中国南部にあることに違いはない。そこから南下し、平地に定着したのが主要民族となり、それぞれの地域で覇権を握った。キン族(ベトナム)、タイ族、ラオ族、ビルマ族(ミャンマー)だ。わたしは、覇権を握った主要民族と少数民族の間の文化の軋轢をしばしば見てきた。今後も、少数民族の伝統的価値観をいかに尊重し、近代社会の中で調整していくか、焼畑農業や国境の往来など少数民族の「行動の自由」をどこまで認めるか、規制するかは、メコン川流域国の共通した課題である。
「メコン河はただ、〝そこにある〟というその一事をもって、人々に、何かしら未知の期待感を抱かせてくれる。メコンは、人々の精神を高揚させ、これを鼓舞・激励する、不可思議な力を持っているかのようだ」(世界の国シリーズ14・「東南アジア」講談社)
インドシナに詳しい学者、森幹男氏は、メコン川をこう表現した。メコン川のほとりにたたずむと、それがよく分かる。この川の「実像」を表している。
そうした不可思議な力に魅せられた人間は、早くも九世紀にメコン川流域開発に乗り出した。カンボジアのクメール王朝がアンコールワット付近に広大な灌漑施設を作ったのが、その始まりといわれている。十九世紀には、インドシナを植民地にしたフランスが、メコン・デルタの運河網の整備などを手掛けた。
第二次大戦後は、さまざまな大規模開発計画が示されたが、二回にわたるインドシナ戦争により、計画は頓挫した。メコン川は「血に染まった川」となり、開発の手の届かない闇の底に眠っていた。そして、インドシナに平和が戻ったいま、再び、メコン川に注目が集まっている。
民族移動を促し、文化や産業を育くんできたメコン。「巨大な力」を保持してきたメコン。ゆったりと流れ下るこの川を前にすると「メコンとその流域は、一つの『生き物』のごとく動き続けている」と感じる。
では、これからメコン川の流域で起きたこと、起きていることを紹介していきたい。
版元から一言
あと僅かで戦後60年、苦難を乗り越え自信を深めてきたメコン流域国。心はもはやルックワールド。その根っこにぐっと接近。
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著者プロフィール
薄木 秀夫(ウスキ・ヒデオ)
1950年、東京都生まれ。74年、早稲田大学第一政治経済学部経済学科を卒業後、毎日新聞社入社。広島支局、大阪社会部、サンデー毎日編集部を経て90年ソウル特派員、98年バンコク支局長、2000年アジア総局長。02年から編集委員。著書に『韓国人の本心』『反日と親日のはざま』(いずれも東洋経済新報社)。
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