1993〜1995年 戦後50年と日米安保基地のない世界を
新崎 盛暉
発行:凱風社
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四六判 264ページ 上製
定価:2,200円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7736-2805-0(4-7736-2805-7) C0331
在庫あり
奥付の初版発行年月:2004年02月
書店発売日:2004年02月25日
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紹介

95年の秋に起こった米兵暴行事件を契機として、米軍用地強制使用問題は総理大臣が県知事を裁判で訴える事態に進展した。沖縄が戦後一貫して唱えてきた平和・自立の思想から得るものは何か。本書で日本政治の軟弱さを徹底解明。 【内容】 Ⅰ 混迷する沖縄—反戦反基地の視点から/Ⅱ 沖縄から見た日本の民主主義/Ⅲ 〈核〉問題と日米安保/Ⅳ 琉球弧とマイノリティ/Ⅴ…転換期の沖縄(1995年9月〜12月)—安保も基地もいらない

目次



はじめに

[I]混迷する沖縄——反戦反基地の視点から
1 「静かな夜を返せ!」——嘉手納基地爆音訴訟
2 基地が見えなくなってきた
3 いまなお、軍事基地の島なのだ
4 宝珠山発言から見た基地問題
5 「反省と謝罪の国会決議」と戦争体験
6 沖縄の憲法三〇年
7 固定化に向かう沖縄の基地

[II]沖縄から見た日本の民主主義
1 「日の丸焼却事件」判決を考える
 ◆【知花昌一さんへのインタビュー】土地が支える思想——読谷波平への愛着
2 フィクションに挑む者の主体的立場——『ひめゆり忠臣蔵』を読んで
3 兵庫県南部地震と有事立法
4 オウムの憂鬱
5 「平和の礎」問題を考える
6 「平和の礎」とは何か
7 仲宗根政善と反戦地主
 ◆一坪反戦地主会顧問・仲宗根政善

[III]〈核〉問題と日米安保
1 日本復帰と核密約——若泉証言をめぐって
2 核拡散防止条約の不平等性
3 原爆投下と沖縄戦

[IV]琉球弧とマイノリティ
1 北方領土とアイヌモシリ——私的なかかわりを通して
 ◆南と北から見た日本——「北方領土」・アイヌ新法・沖縄
2 ホロコーストとパレスチナ問題
3 ホロコースト展とモネムさんの講演会
4 『けーし風』の“こころざし”

[V]転換期の沖縄(1995年9月〜12月)——安保も基地もいらない
1 基地ある故の米兵犯罪
 ◆政治に哲学を!——「全体の利益」とは何か
2 基地と人権——米兵暴行事件の背景
3 「沖縄の怒り」と大田知事の代理署名拒否
 ◆米軍用地強制使用と代理署名——その歴史と実態
4 日米安保見直しと沖縄の願い
5 クリントン訪日中止と首相の代理署名
6 反戦地主の静かな闘い
 ◆【座談会】反戦地主大いに語る
7 日米安保は百害あって一利なし
8 日米安保と日本政府の意図
9 戦後50年を平和元年に

前書きなど

■はじめに

 一九九三年八月の非自民連立政権の誕生は、東西冷戦体制の国内的反映としての五五年体制の終焉ともいわれたが、それは自民党一党支配の崩壊によって特徴づけられるという以上に、日本社会党に代表される戦後日本の平和運動の解体を意味した。そしてそれは、翌九四年六月の村山自社さ連立政権の成立によって、決定的なものとなった。社会党委員長であった村山首相は、何らの大衆的討議を踏まえることなく、トップ・ダウン方式で、安保反対から安保堅持へ、自衛隊違憲から自衛隊合憲へと一八〇度の転換を行った。それは方針転換の結果もさることながら、その手法について、そこに至る過程の非民主制について強く批判されるべきだろう。皮肉なことに、このわずかひと月足らず前、自民党沖縄県連は、これまでの安保堅持・基地容認の方針を見直すことを決めていたのである。

 一方、合従連衡(がっしょうれんこう)による政権維持、政党勢力の弱体化は、政策決定過程への官僚グループの発言力強化を表面化させたが、九四年九月の、沖縄は基地と共生・共存してほしいといういわゆる宝珠山(ほうしゅやま)発言は、そうしたものの一環といえた。当然この発言は、沖縄の島ぐるみの反発を招き、社会党中央と沖縄県本部の関係凍結をも生むが、それだからといって、沖縄が、日本全体の保守化の流れに抗してその独自性を貫けたわけではない。それは、一一万票余という過去最大の票差で大田知事が再選された知事選挙についてもいえた。このときわたしは、『琉球新報』(一九九四年十一月二十二日)の求めに応じて、次のようなコメントを寄稿した。当時の状況を理解していただくためにその全文を引用しておきたい(注以外は原文のまま)。

 今回の県知事選挙の最大の特徴は、やはり投票率の低さ(注・知事選史上最低の62・54%)にあらわれているといっていいだろう。その原因は、よくいわれているように、争点のあいまいさである。

 争点があいまいになった大きな要因は、革新側の保守化にある。それは、革新側の選挙公約を前回の選挙と比べてみれば、明らかである。

 だがそれは、必ずしも中央政界における革新の保守化と同じではない。明瞭な革新色を求める社大党や共産党が、大田陣営の有力な構成メンバーであり、社会党県本もまた社会党中央とは一線を画しているからである。

 だが、日本新党を支持団体に加え、自主投票の新生党や民社にまで配慮しなければならないとなれば、その主張が玉虫色にならざるをえないのは、当然である。

 革新の保守化以上に特徴的なことは、保守の革新化(?)である。「基地の計画的返還」といった政策が、それを端的に示している。そしてこれは、決して選挙目当ての場当たり的政策ではない。

 すでに自民党県連は、六月十日の定期党大会で、「基地の“整理縮小”論から大きく踏み込む論議を展開し県益優先を貫く」として、従来の安保堅持・基地容認論の見直しを明らかにしていた。また、政府が宝珠山発言の部分的撤回によって問題の幕引をはかろうとしたときの自民党県連談話も注目された。それは、「発言の内容は、防衛関係者の中に紛れもなく存在することを、この際県民はしかと認識すべきと考える。わが県の生き方は百三十万県民自らが選択すべきことを確認する機会にしたい」というものであった。

 しかし、自民党県連は、自らが歩み出したこの路線を貫くことはできなかった。ここでもまた、かつての盟友、民社や新生党に色目を使わざるをえなかったために、「安保堅持」と「基地の計画的返還」という、それ自体矛盾する政策(自民党中央や宝珠山はそのことを力説して止まない)を抱き合わせることになったからである。

 争点があいまいだということは、有権者の側からみれば、選択の幅がきわめて狭いということである。であってみれば、あえて投票所に足を運ぶ必要はないと感じる人が多くなっても不思議ではないし、まだ一期しか県政を担当していない現職を変える必然性もまるでない。

 では、本当に問われなければならなかったのは何だったのだろうか。

 中央政界へのスタンスのとり方、あるいは地方分権のあり方、ことばを変えていえば、国と沖縄の関係をどうするか、ということである。

 今年一年をふりかえっただけでも、嘉手納基地爆音訴訟判決、米軍機連続墜落事故、核密約問題、宝珠山発言と、多少おおげさにいうなら、沖縄中を揺り動かした問題がいくつもあった。これらはいずれも、国の沖縄に対する姿勢が問われる問題である。だが、これを主体的にとらえ返せば、それらはいずれも、沖縄側の国に対する姿勢を問う問題でもある。

 県益重視とか、沖縄の自立ということばは、(基地問題にかぎらず)こうした具体的問題を通してその内実が問われる。そこに政策の焦点を定めれば、選挙も活性化したのではあるまいか。

 安保を実感し得ない人びとの間では、安保「堅持」も「反対」も、たいして差のないことばの遊びに過ぎないが、安保を基地として実感せざるを得ない社会にあっては、それは切実な現実問題である。政界液状化現象は、国と地域社会の間の矛盾を深刻化することにはなっても、それを解消することはありえないだろう。

 この文章を書いていたとき、わたしは一年後の激動を予感していたわけではない。それどころか、知事が地元利害調整役としてコミットするかたちでの基地三事案、骨抜きにされて成立した軍転法、基地の現実と結びつくことなく戦争責任の問題さえ曖昧にしかねない「平和の礎(いしじ)」建立といった状況の陰で、米軍用地強制使用反対の闘いは、これまで以上に厳しい局面に立たされることを覚悟していた。

 しかし、一九九五年九月にまき起こった民衆運動の大きなうねりは、決して偶発的なものではない。その引き金になったのが忌まわしい事件であったとすれば、不幸なことであり、残念なことだが、それが静かだが力強い民衆運動のうねりになっていったのは、それなりの条件があったからである。その意味で、歴史的転換点は、偶然と必然の接点でつくり出されるといっていいだろう。

 この運動は、戦後沖縄における民衆運動の第三の波といえる。この運動には、まだ市民権を得た名まえはないが、わたしは、人権・平和・自立を求める民衆運動とよんでおきたい。

 第一の波は、一九五六年六月から五八年にかけての島ぐるみの土地闘争であり、第二の波は、いわゆる七〇年安保・沖縄闘争である。

 それぞれのよび名の違いは、それぞれの運動の性格の違いを表現しているのだが、そのいずれも根底に基地問題=安保問題がある点だけは共通している。その意味では、五〇年間一貫して、沖縄問題の核心は基地問題であり続けているのである。

 しかし、この五〇年、こうした闘いの背景にある民衆の意識は大きく変化してきている。島ぐるみの土地闘争の背景には、民衆の熱烈な日本復帰願望があった。七〇年安保・沖縄闘争の段階では、日本に対する懐疑や失望があった。それは、沖縄問題をアメリカとの取り引き材料にしようとする日本政府に向けられていただけではなく、「沖縄に学べ」とか、「沖縄との連帯」とかいったことばに隠れて、自らの勢力拡張を意図する革新勢力へも向けられていた。

 第三の波の場合は、日本は、より相対化され、客観化されているようにみえる。そこでは、日本とかアメリカとかいった国家の枠組みをはるかにこえて、より普遍的価値が追求されているように思える。それが人権であり、平和であり、自立である。もう一つ、「民主」を付け加えてもいいかもしれない。

 それはより根源的な直接民主主義の追求である。すでに直接請求権の行使としての住民投票条例制定のための署名運動がすすめられているのもそのことを物語っている。

 さて、沖縄の民衆運動は、沖縄が「本土並み」ではない、ということを明白にした。沖縄を「本土並み」にすれば、日米安保は崩れる。日本政府は、安保を堅持して、沖縄を「本土並み」にするという決して両立しえない課題の前で右往左往している。復帰後二三年は、振興開発計画から軍用地料大幅引き上げまで、金の力でその矛盾を覆い隠してきた。だが、民衆運動の力がそのベールをはぎ取り、日米安保体制の構造を白日の下にさらしてしまった。時代は大きく変わろうとしているのである。

 だからといって、運動の前途が楽観視できるわけではない。沖縄の運動体のほとんどすべては、本土中央組織に系列化されており、常に、地域共闘と中央系列化の綱引きのバランスの上にある。その意味からすれば、運動の成功は、中央系列化を断ち切るほどに地域共闘が強まる(各組織レベルで自立化がすすむ)か、解体状態の本土の平和運動が草の根から再生しうるかのいずれかにかかっているともいえるのである。

一九九六年三月

版元から一言

95年の秋に起こった米兵暴行事件を契機として、沖縄では反基地運動が盛り上がった。沖縄が戦後一貫して唱えてきた平和・自立の思想から得るものは何か。「沖縄同時代史」第6巻。

関連リンク

凱風社ウェブサイト

著者プロフィール

新崎 盛暉(アラサキ・モリテル)

 1936年東京生まれ。1961年東京大学文学部卒。東京都庁勤務のあいだに、中野好夫主宰の「沖縄資料センター」の主任研究員として沖縄戦後史の研究にたずさわる。中野好夫との共著『沖縄問題二十年』で沖縄戦後史研究の端緒を開き、『戦後沖縄史』においてその基礎を確立した。沖縄の日本復帰に際して、沖縄大学存続闘争に関わり、74年に同大に赴任、83年4月から89年3月まで学長として同大再建に尽力する。2001年4月、再度学長となる。

 沖縄移住当初からCTS(石油備蓄基地)建設に反対する住民運動に関わり、その支援のため「CTS阻止闘争を拡げる会」(のち「琉球弧の住民運動を拡げる会」)を組織し、代表世話人となる。82年には「一坪反戦地主会」を組織、93年からは沖縄発の問題提起と情報交換の場として、季刊誌『けーし風』の刊行にかかわっている。99年8月から「沖縄平和市民連絡会」代表世話人。現在、沖縄大学学長。

◆著作一覧——『沖縄問題二十年』(共著・岩波新書、1965)、『沖縄返還と70年安保』(現代評論社、1968)、『ドキュメント沖縄闘争』(編・亜紀書房、1969)、『沖縄・70年前後』(共著・岩波新書、1970)、『沖縄の歩いた道』(ポプラ社、1973)、『戦後沖縄史』(日本評論社、1976)、『沖縄戦後史』(共著・岩波新書、1976)、『沖縄・世替わりの渦の中で』(毎日新聞社、1978)、『沖縄現代史への証言』(編・沖縄タイムス社、1982)、『沖縄自立への挑戦』(共著・社会思想社、1982)、『観光コースでない沖縄』(共著・高文研、1983)、『沖縄考 琉球弧の視点から』(凱風社、1984)、『沖縄・反戦地主』(高文研、1986)、『日本になった沖縄』(有斐閣新書、1987)、『沖縄・天皇制への逆光』(共編・社会評論社、1988)、『新版 観光コースでない沖縄』(共編・高文研、1989)、『戦後沖縄の社会変動と家族問題』(共編・アテネ書房、1989)、〈沖縄同時代史・第一巻〉『世替わりの渦のなかで 1973〜1977』、〈同・第二巻〉『琉球弧の視点から 1978〜1982』、〈同・第三巻〉『小国主義の立場で 1983〜1987』、〈同・第四巻〉『柔らかい社会を求めて 1988〜1990』(以上、凱風社、1992)、『沖縄修学旅行』(共著・高文研、1992)、〈沖縄同時代史・第五巻〉『「脱北入南」の思想を 1991〜1992』(凱風社、1993)、『新版 沖縄・反戦地主』(高文研、1995)、〈沖縄同時代史・第六巻〉『基地のない世界を 1993〜1995』(凱風社、1996)、『沖縄現代史』(岩波新書、1996)、『沖縄を知る 日本を知る』(解放出版社、1997)、『第三版 観光コースでない沖縄』(共編・高文研、1997)、〈沖縄同時代史・第七巻〉『平和と自立をめざして 1996〜1997.6』(凱風社、1997)、『琉球・沖縄写真絵画集成(全5巻)』(監修・日本図書センター、1998)、『沖縄のこれから』(ポプラ社、1999)、〈沖縄同時代史・第八巻〉『政治を民衆の手に 1997.7〜1998』(凱風社、1999)、『本当に戦争がしたいの!?——新ガイドラインの向こうに見えるもの』(共著・凱風社、1999)、『〈和英両文〉沖縄の素顔』(編・テクノ、2000)、『現代日本と沖縄』(山川出版社、2001)、〈沖縄同時代史・第九巻〉『公正・平等な共生社会を 1999〜2000』(凱風社、2001)

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