発行:凱風社
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四六判 248ページ 上製
定価:2,200円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7736-2804-3(4-7736-2804-9) C0331
在庫あり
奥付の初版発行年月:2004年02月
書店発売日:2004年02月25日
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紹介
新崎盛暉沖縄大学教授の著作集第5巻。
【内容】 1章—湾岸戦争からPKOへ 2章—復帰20周年と基地問題 3章—独自文化の復権◆戦争とジャーナリズム/問われる沖縄の歴史的体験/湾岸戦争とは何であったか/PKOの欺瞞/軍縮時代の米軍用地強制使用/沖縄ブームにひそむ政治性/アイヌと先住少数民族問題/「北の文化」と「南の文化」の復権 ほか
目次
序
まえがき
[I]湾岸戦争からPKOへ
1 湾岸戦争——わたしたちの立場
2 戦争とジャーナリズム
3 問われる沖縄の歴史的体験
4 湾岸戦争とは何であったか
5 〈対談〉激動する世界と沖縄(対談者=高橋実)
6 日米開戦五〇周年を前に
7 PKOの欺瞞
[II]復帰二〇周年と基地問題
◆米軍用地強制使用の歴史——本章を読むに当たって
◆米軍用地強制使用の手続き
◆軍用地主に対する強制使用の歴史
1 軍縮時代の米軍用地強制使用
2 米軍用地強制使用・その後——こうして公開審理は打ち切られた
3 米軍用地契約拒否地主の実態調査
4 沖縄の異質性がもてはやされる背後で
5 沖縄ブームにひそむ政治性
6 なぜ基地がみえないのか
[III]独自文化の復権——民族と国境を考える
1 アイヌと先住少数民族問題
2 中国・新疆ウイグル自治区を訪ねて
3 「北の文化」と「南の文化」の復権
沖縄から見た日本国憲法——あとがきにかえて
前書きなど
■まえがき
一九九一年は、湾岸戦争の衝撃とともに始まった。国連安保理決議にいうタイムリミットの一月十五日を前にしながら、まさか戦争は起こるまいというはかない願いと、もしかして、というおそれに、世界中が息をひそめていたともいえるだろう。こうした緊張状態のなかで起きたリトアニアにおけるソ連軍の軍事行動(一月十三日)は、わたしたちに、ハンガリア動乱を煙幕に利用して惹きおこされた第二次中東戦争の悪夢をよみがえらせるに十分であった。はたして、一月十七日、多国籍軍は、精密冷酷な計画のもとに、イラク一国を破壊し尽くすほどの軍事行動を開始した。アメリカは、国連決議を利用しながら、国連決議の制約を無視して、徹底的に自らの政治的・経済的利益を追求した。いまやアメリカは、一時期は中小諸国が超大国を追及する大衆団交の場になった観さえあった国連の主導権を完全に取り戻した。国連は、アメリカとその同盟国の世界秩序維持機関という本来の姿に逆戻りした。第二次中東戦争に介入し、イスラエルや英仏に手を引かせた力は、もはや存在しなかった。
ゴルバチョフの特使として和平工作のために奔走したE・M・プリマコフの『誰が湾岸戦争を望んだか』(原題「起こらなかったはずの戦争」日本放送出版協会、一九九一年七月)を読むと、いわゆる“新思考”外交の真髄がよくわかる。同時に、その新思考外交が、力の政治を信奉する帝国主義者たちによって、どのようにあしらわれ、利用されたか、ということも。そしてそのことが、ソ連邦崩壊に拍車をかける要因の一つとなったことは間違いあるまい。
ともあれ、戦争が始まると、『沖縄タイムス』や『琉球新報』にも、たれ流される戦況報道が洪水のようにあふれた。そのようななかで、「しまった」という悔悟の念にさいなまれながら書いたのが、第一章の第一節と第二節の文章である。
わたしは、イラクのいわゆる人質解放の頃から、戦争の危機が一挙に高まるのを感じていた。そして、ベトナム反戦運動は、ベトナム戦争の激化とともに始まったが、予告された中東戦争(当時は湾岸戦争ということば自体、少なくとも一般的ではなかった)反対の運動は、開戦阻止のために行われなければならないと考えていた。にもかかわらずわたしは、日常生活の繁雑さに追われ、「まさか」という惰性的思考に陥っていたこともあって、反戦運動を呼びかける文章一つ書くことなく開戦を迎えてしまったのである。
もちろん、わたしたちが反戦を呼びかける文章を書こうが、反戦運動を組織しようが、結果としては戦争を阻止することはできなかっただろう。だが、そうすることがわたしたちの社会的責務であったし、それだからこそわたしたちは、遅ればせながらでも湾岸戦争反対の行動を起こしたのである。
そして湾岸戦争は、「日本で唯一の地上戦」や軍事支配という沖縄独自の歴史的体験を検証するリトマス試験紙でもあった。わたしたちは、この独自の歴史的体験の継承の上に、反戦闘争を構築しようとした。第一章第三節は、その渦中で書いた走り書きの報告だが、そこに全文引用した「湾岸戦争に反対する市民・住民連絡会」のハンスト突入宣言は、わたし自身が起草したものである。
だがこの行動を通して痛感したことは、繰り返し語り継がれたかにみえる独自の歴史的体験も、現実と切り結びうる思想としてとぎすまされていたわけではないという現実であった。巧みな情報操作をともなった湾岸戦争が見事に暴露してみせたものは、わたしたちが自明のものと思い込んできた戦後的価値観の脆弱さであった。平和憲法感覚も「命どぅ宝(命こそ宝)」の思想も、眼前に展開する戦争に対しては無力であった。それどころか、廃案に追い込まれた国連平和協力法案を、PKO協力法としてよみがえらせたのは湾岸戦争そのものであった。
PKO法案反対闘争のさなかに、沖縄は復帰二〇周年を迎えた。それはまた米軍用地強制使用の節目でもあった。だが、この問題に対する社会的関心は著しく後退していた。米軍用地問題といえば、それはもっぱら冷戦構造崩壊の結果、返還可能性が高まった(?)返還軍用地跡地利用の問題であった。こうした社会的雰囲気のなかで、復帰二〇周年を飾る一大イベントとしてクローズアップされてきたのが、首里城復元とそれに続くNHK大河ドラマ「琉球の風」の話題である。首里城が、琉球の繁栄の歴史を象徴するものか、前近代社会における搾取や収奪を象徴するものか、といった短絡化された議論はさておき、古琉球の琉球人たちが自力で建設した首里城の復元が、日本国家まる抱えでしか実現しえなかったことの意味を考えてみる必要はあるだろう。
こうした状況のなかであらためて、復帰とは何であったのか、を考えてみたとき、わたしは、ふと、「脱南入北」ということばを思い浮かべた。いうまでもなく、「脱亜入欧」のもじりである。
米軍支配下において、権利の剥奪という点においても、物質的貧しさという点においても、南社会に位置していた沖縄は、復帰によって豊かな北社会に包摂され、南との連帯感や南的感性を失ってしまったのではないか。
だが、ここで突き当たる疑問は、はたして米軍支配下にあった沖縄は南社会との連帯観を持ち、南社会独自の視点から、日本という国家の枠組にとらわれることなく世界を認識しえていただろうかという問題である。南社会に位置してはいても、日本復帰という形で「脱南入北」を希求し続けていた沖縄は、日本人としての十全な地位の回復や格差是正を第一義的に追求するあまり、日本を通してしか世界を認識することもできなかったのではあるまいか。もしそうだとするならば、北社会の南端となるべきか、南社会の北端になるべきかは、「脱南入北」の現実を明確に自覚化するところから、将来に向けての主体的選択の課題として提起されなければならないだろう。すなわち、あらためて「脱北入南」の視点を確立することの必要性が痛感させられてくるのである。
この場合の“南”とは、もちろん地理的位置を指すわけではない。たとえば、単一民族国家を自認する日本社会において、アイヌは“南”に位置している。日本においては、日本の先住民族としてのアイヌの存在は、アメリカ大陸における先住民族の存在ほどにも認識されていない。
一九九二年夏、わたしはアイヌ民族代表萱野茂さんを国会に送る運動の末端に連なっていた。選挙運動それ自体が、アイヌ問題をアピールするキャンペーンであると考えたからである。それを一九九三年の国際先住民年につなげれば、アイヌ新法制定運動にも一定の成果は期待できよう。さらにまた、アイヌの立場に引き寄せてたとえば「北方領土」を眺めるとき、そこには、主権国家日本の既成概念にとらわれない問題解決の糸口がみえてくる。それはおそらく、日本復帰という歴史的体験をもう一度とらえ直そうとする思想的営為とも結びつくように思われる。そこからあるべき沖縄の位置もみえてくるのかもしれない。
一九九二年十二月末
版元から一言
新崎盛暉沖縄大学教授の著作集第5巻。【内容】湾岸戦争からPKOへ/復帰20周年と基地問題/戦争とジャーナリズム/湾岸戦争とは何であったか/PKOの欺瞞 ほか
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著者プロフィール
新崎 盛暉(アラサキ・モリテル)
1936年東京生まれ。1961年東京大学文学部卒。東京都庁勤務のあいだに、中野好夫主宰の「沖縄資料センター」の主任研究員として沖縄戦後史の研究にたずさわる。中野好夫との共著『沖縄問題二十年』で沖縄戦後史研究の端緒を開き、『戦後沖縄史』においてその基礎を確立した。沖縄の日本復帰に際して、沖縄大学存続闘争に関わり、74年に同大に赴任、83年4月から89年3月まで学長として同大再建に尽力する。2001年4月、再度学長となる。
沖縄移住当初からCTS(石油備蓄基地)建設に反対する住民運動に関わり、その支援のため「CTS阻止闘争を拡げる会」(のち「琉球弧の住民運動を拡げる会」)を組織し、代表世話人となる。82年には「一坪反戦地主会」を組織、93年からは沖縄発の問題提起と情報交換の場として、季刊誌『けーし風』の刊行にかかわっている。99年8月から「沖縄平和市民連絡会」代表世話人。現在、沖縄大学学長。
◆著作一覧——『沖縄問題二十年』(共著・岩波新書、1965)、『沖縄返還と70年安保』(現代評論社、1968)、『ドキュメント沖縄闘争』(編・亜紀書房、1969)、『沖縄・70年前後』(共著・岩波新書、1970)、『沖縄の歩いた道』(ポプラ社、1973)、『戦後沖縄史』(日本評論社、1976)、『沖縄戦後史』(共著・岩波新書、1976)、『沖縄・世替わりの渦の中で』(毎日新聞社、1978)、『沖縄現代史への証言』(編・沖縄タイムス社、1982)、『沖縄自立への挑戦』(共著・社会思想社、1982)、『観光コースでない沖縄』(共著・高文研、1983)、『沖縄考 琉球弧の視点から』(凱風社、1984)、『沖縄・反戦地主』(高文研、1986)、『日本になった沖縄』(有斐閣新書、1987)、『沖縄・天皇制への逆光』(共編・社会評論社、1988)、『新版 観光コースでない沖縄』(共編・高文研、1989)、『戦後沖縄の社会変動と家族問題』(共編・アテネ書房、1989)、〈沖縄同時代史・第一巻〉『世替わりの渦のなかで 1973〜1977』、〈同・第二巻〉『琉球弧の視点から 1978〜1982』、〈同・第三巻〉『小国主義の立場で 1983〜1987』、〈同・第四巻〉『柔らかい社会を求めて 1988〜1990』(以上、凱風社、1992)、『沖縄修学旅行』(共著・高文研、1992)、〈沖縄同時代史・第五巻〉『「脱北入南」の思想を 1991〜1992』(凱風社、1993)、『新版 沖縄・反戦地主』(高文研、1995)、〈沖縄同時代史・第六巻〉『基地のない世界を 1993〜1995』(凱風社、1996)、『沖縄現代史』(岩波新書、1996)、『沖縄を知る 日本を知る』(解放出版社、1997)、『第三版 観光コースでない沖縄』(共編・高文研、1997)、〈沖縄同時代史・第七巻〉『平和と自立をめざして 1996〜1997.6』(凱風社、1997)、『琉球・沖縄写真絵画集成(全5巻)』(監修・日本図書センター、1998)、『沖縄のこれから』(ポプラ社、1999)、〈沖縄同時代史・第八巻〉『政治を民衆の手に 1997.7〜1998』(凱風社、1999)、『本当に戦争がしたいの!?——新ガイドラインの向こうに見えるもの』(共著・凱風社、1999)、『〈和英両文〉沖縄の素顔』(編・テクノ、2000)、『現代日本と沖縄』(山川出版社、2001)、〈沖縄同時代史・第九巻〉『公正・平等な共生社会を 1999〜2000』(凱風社、2001)
※版元より営業日2~5日でお届けします
※お支払いは郵便振替(到着後後払い)・クレジットカード(VISA、MasterCard、DC、JCB、AMEX、Diners、Nicos、UFJ)がご利用になれます
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