1973〜1977年 自立への試行錯誤世替わりの渦のなかで
新崎 盛暉
発行:凱風社
この版元の本一覧
四六判 240ページ 上製
定価:2,200円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7736-2800-5(4-7736-2800-6) C0331
在庫あり
奥付の初版発行年月:2004年02月
書店発売日:2004年02月25日
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紹介

沖縄戦後史の研究者・新崎盛暉沖縄大学教授の著作集第1巻。
【内容】崩壊する沖縄/八重山における戦後最初のメーデー/問われる真の「革新」/地域運動を担う青年たち/中国で沖縄を考える/皇太子来沖をめぐって/韓国から働きにくる人たち/革新勢力とは何なのか/活字文化にも独自性/八重山開拓と台湾農民/琉球弧の住民運動/沖縄と大学/軍用地をめぐる諸問題/奄美の石油基地問題/苦悩する反戦地主会 ほか

目次



まえがき

[I]一九七三年
崩壊する沖縄

[II]一九七四年
八重山における戦後最初のメーデー
石油基地反対運動の持つ意味

[III]一九七五年
問われる真の「革新」
育ち始めた労農共闘
地域運動を担う青年たち
大正期沖縄青年の軌跡
中国で沖縄を考える
風化の季節のなかで
皇太子来沖をめぐって
潜在化している矛盾が表面化するとき
韓国から働きにくる人たち
革新勢力とは何なのか
活字文化にも独自性
折り返し点の海洋博を見て
八重山開拓と台湾農民

[IV]一九七六年
琉球弧の住民運動
新しい芽
沖縄と大学
沖縄革新最後の切り札
激変する教育環境
復帰四周年の時点で
ある僻村の現代史
多難な平良県政
離島・歴史・文化
軍用地をめぐる諸問題
喜瀬武原と刑特法
問われる振興開発計画
“ロッキード”への違和感

[V]一九七七年
独自文化論への反省
軍票B円をめぐる一つのドラマ
津堅島で考えたこと
基地確保新法案のねらうもの
沖縄と近代——地域社会構想をめぐる問題
自立への遠い道
革新県政とは何か
地籍法で顕在化した沖縄と本土のズレ
「慰霊の日」再考
奄美の石油基地問題
星砂からコーラルまで
ある被告とある原告と
苦悩する反戦地主会
議員定数是正論への違和感
重荷を背負う「がじゅまるの会」
本土と沖縄の架け橋

 ◆年表〈一九四五年〜一九七七年〉
 ◆初出一覧
 ◆事項解説

前書きなど

■まえがき

 一九七二年五月十五日、沖縄は日本になった。戦後二七年にわたる米軍支配の時代に終止符が打たれたのである。沖縄は、アメリカ世(ユー)に別れを告げ、ヤマトの世(ユー)を迎えることになった。

 「平和憲法下への復帰」を求め続けてきた沖縄の民衆が、ヤマトの世に期待したものは、「核も基地もない平和で豊かな沖縄県」であった。しかし、ベトナム戦争の泥沼に足をとられた超大国アメリカと、経済大国から軍事大国への上昇志向をあらわにしつつあった日本が沖縄返還交渉において追求した目標は、沖縄の軍事的有効利用を核とする同盟関係の再編強化であった。復帰後二〇年を経てもなお、県土面積の一一%、沖縄(本)島の二○%を占める米軍用地の存在がこのことを如実に物語っている。簡単な年表を一瞥しただけでも、連続的に生起する基地をめぐるトラブルや軍事的動きが沖縄現代史の大きな特徴をなしていることに、改めて気づかされる。

 核も基地もない平和な沖縄を求める民衆の願望と、日米軍事同盟の再編強化をめざす政策の間に妥協・調和の余地はない。だが、民衆の、というよりも復帰運動を担ってきた革新勢力の豊かな沖縄県構想(あるいは幻想)と政府の振興開発政策は、微妙に交錯し合っていた。米軍の軍事優先政策の下にあって、日本の高度経済成長政策からとり残された沖縄と本土の“格差是正”をめざす沖縄振興開発計画には、多くの期待が寄せられた。しかし、すでに日本復帰の時期には、高度経済成長政策それ自体が環境問題の深刻化をはじめとして多くの欠陥を露呈し始めていた。そうでなくとも、弱肉強食の市場経済の原則や資本の論理が、異民族支配下に沖縄を放置したことへの償いの心と両立するはずはなかった。ここでもまた、CTS(石油備蓄基地)をめぐって、あるいは海洋博をめぐって、さまざまな問題が噴出した。

 こうした事情があったから、復帰前後の数年、民衆の間には、祖国復帰に対する大きな期待への反動もあって反ヤマト的な感情が広汎に広がっていた。とりわけ復帰後数年は、民衆の日常生活のなかでは、復帰がまるで諸悪の根源でもあるかのように語られたことさえあった。世論調査の数字等もこのことを裏づけている。だが、民衆はただいたずらに感情的反発の次元にとどまっていたわけではない。自らの生活実感をよりどころにしながら、新しい沖縄像を求めようとする動きも始まってくるのである。それは果てしない試行錯誤の過程でもあるのだが……。

 一方、沖縄が日本に復帰して以後の数年、世界情勢も大きく変化した。戦後世界政治の枠組みを根底から転換させるような米中接近に付随するかたちで日中国交回復が実現するのは、沖縄返還に後れること約四か月であった。中国が、沖縄の七二年返還を決めた六九年十一月の日米共同声明(佐藤・ニクソン共同声明)を、日本軍国主義の復活と激しく非難していたのを考えると、隔世の感があった。ベトナム戦争停戦からベトナム統一の実現もこの時期である。わたしは、サイゴン解放のニュースを北京で聞いた。

 七三年十月の第四次中東戦争は、いわゆるオイル・ショックを引き起こすが、それは、石油戦略を駆使したアラブ民族主義の復権を示すものであり、天然資源に対する恒久主権を主張するラテンアメリカ諸国の動きなどとも連動し合いながら、世界政治の上に第三世界が大きく浮上してきたことを意味していた。PLOがパレスチナ人民代表として国連総会に招請されたのも、このような状況を背景としていた。

 他方、朝鮮半島では、南北共同管理地区における米兵の死亡事件(板門店事件)などがこの地域における厳しい軍事的緊張を物語っていたし、函館に亡命してきたミグ25の扱いをめぐる日米両政府の硬直した態度は、東西対立を激化させるものであった。また、中国では、いわゆる四人組の逮捕によって文化大革命が終わりを告げ、インドシナ半島ではベトナムとカンボジアの対立が深刻化しつつあった。

 日本では、沖縄返還を実現した、戦後最長不倒記録を持つ佐藤内閣が退陣し、田中内閣、三木内閣、福田内閣とめまぐるしい政権交代が続き、ロッキード汚職に関連して前首相田中角栄が逮捕されるという事件も起きた。

 いずれにせよ、こうした動きを背景にしながら、復帰後数年の沖縄は、「世替わり(ユーガワイ)」の渦のなかにあった。このような時期(一九七四年三月)に、わたしは沖縄に移り住むことになった。その直接的なきっかけについては、このシリーズの「序」や本文中でふれているのでここでは繰り返さないが、直接的なきっかけは何であれ、それまでの約一○年、東京で沖縄戦後史を記録・分析し、実践的課題についてもいくつかの発言をしてきたわたしにとって沖縄に移り住むことは、民衆の生活実感に照らして自らの発言を検証し直すよい機会でもあった。

 この年一月からわたしは『沖縄タイムス』紙上で「試論・沖縄戦後史」というタイトルの下に、米軍支配下の沖縄の歴史を総括する作業をすすめていた。二○ 六回にわたった連載の約三分の二が、後に日本評論社から『戦後沖縄史』(一九七八年)として出版された。それをさらにコンパクトな通史的記述に整理したものが『沖縄戦後史』(中野好夫と共著、岩波新書、一九七六年)である。

 一方、沖縄移住とほとんど同時に巻き込まれたのが、というよりも沖縄に移り住む以前から気がかりだった大きな問題の一つがCTS問題である。わたしたちは、七四年九月「CTS阻止闘争を拡げる会」を結成し、七七年七月からは、季刊の小冊子『琉球弧の住民運動』を刊行し始めた。

 このようにして沖縄での生活を始めたわたしに、当時、毎日新聞社の学芸部にいた今田好彦氏(現東洋大学教授)が、毎月一回定期的に「沖縄からの報告」を送ることをすすめてくれた。こうして七五年一月から七七年十二月まで、『毎日新聞』に掲載された文章を主題別に構成し直し、いくつかの関連する文章を加えた『沖縄・世替わりの渦の中で』(毎日新聞社)が出版されたのは、七八年春のことである。

 本書は、この『沖縄・世替わりの渦の中で』を基礎にしている。前著との違いは、前著が主題別に構成されているのに対し、本書はシリーズの「序」に記載された意図にそって発表順に文章を配列していること、新たに『沖縄タイムス』『琉球新報』や『新沖縄文学』掲載の文章を加えたことである。

 わたしが、『新沖縄文学』三五号(一九七七年五月)に「革新県政とは何か」を書いたとき、沖縄は革新県政の時代であった。その後、革新県政は崩壊し、一二年の保守県政の時代を経て九○年十一月、ふたたび革新県政が復活した。だが、わたしは、当時の文章に手を加える必要性をほとんど感じていない。

 沖縄の状況も世界情勢も、一面では予測不可能なほど急激な変化をとげている(たとえば、わたしは、復帰四周年の状況報告で南米移住希望者の増加について報告している。それから十数年後、多くの沖縄出身者を含む日系南米人出稼者の日本への逆流現象を誰が予知しえただろうか)。にもかかわらず、わたしたちが直面している課題は、意外なほど変化していない面もあるのだと思う。このような本を現在の時点で刊行することの意味の一つは、そうしたところにあるのかもしれない。

一九九二年一月

版元から一言

沖縄戦後史の研究者・新崎盛暉沖縄大学教授の著作集第1巻。「復帰」5年間に何が変わり、何が変わらなかったのか。

関連リンク

凱風社ウェブサイト

著者プロフィール

新崎 盛暉(アラサキ・モリテル)

 1936年東京生まれ。1961年東京大学文学部卒。東京都庁勤務のあいだに、中野好夫主宰の「沖縄資料センター」の主任研究員として沖縄戦後史の研究にたずさわる。中野好夫との共著『沖縄問題二十年』で沖縄戦後史研究の端緒を開き、『戦後沖縄史』においてその基礎を確立した。沖縄の日本復帰に際して、沖縄大学存続闘争に関わり、74年に同大に赴任、83年4月から89年3月まで学長として同大再建に尽力する。2001年4月、再度学長となる。

 沖縄移住当初からCTS(石油備蓄基地)建設に反対する住民運動に関わり、その支援のため「CTS阻止闘争を拡げる会」(のち「琉球弧の住民運動を拡げる会」)を組織し、代表世話人となる。82年には「一坪反戦地主会」を組織、93年からは沖縄発の問題提起と情報交換の場として、季刊誌『けーし風』の刊行にかかわっている。99年8月から「沖縄平和市民連絡会」代表世話人。現在、沖縄大学学長。

◆著作一覧——『沖縄問題二十年』(共著・岩波新書、1965)、『沖縄返還と70年安保』(現代評論社、1968)、『ドキュメント沖縄闘争』(編・亜紀書房、1969)、『沖縄・70年前後』(共著・岩波新書、1970)、『沖縄の歩いた道』(ポプラ社、1973)、『戦後沖縄史』(日本評論社、1976)、『沖縄戦後史』(共著・岩波新書、1976)、『沖縄・世替わりの渦の中で』(毎日新聞社、1978)、『沖縄現代史への証言』(編・沖縄タイムス社、1982)、『沖縄自立への挑戦』(共著・社会思想社、1982)、『観光コースでない沖縄』(共著・高文研、1983)、『沖縄考 琉球弧の視点から』(凱風社、1984)、『沖縄・反戦地主』(高文研、1986)、『日本になった沖縄』(有斐閣新書、1987)、『沖縄・天皇制への逆光』(共編・社会評論社、1988)、『新版 観光コースでない沖縄』(共編・高文研、1989)、『戦後沖縄の社会変動と家族問題』(共編・アテネ書房、1989)、〈沖縄同時代史・第一巻〉『世替わりの渦のなかで 1973〜1977』、〈同・第二巻〉『琉球弧の視点から 1978〜1982』、〈同・第三巻〉『小国主義の立場で 1983〜1987』、〈同・第四巻〉『柔らかい社会を求めて 1988〜1990』(以上、凱風社、1992)、『沖縄修学旅行』(共著・高文研、1992)、〈沖縄同時代史・第五巻〉『「脱北入南」の思想を 1991〜1992』(凱風社、1993)、『新版 沖縄・反戦地主』(高文研、1995)、〈沖縄同時代史・第六巻〉『基地のない世界を 1993〜1995』(凱風社、1996)、『沖縄現代史』(岩波新書、1996)、『沖縄を知る 日本を知る』(解放出版社、1997)、『第三版 観光コースでない沖縄』(共編・高文研、1997)、〈沖縄同時代史・第七巻〉『平和と自立をめざして 1996〜1997.6』(凱風社、1997)、『琉球・沖縄写真絵画集成(全5巻)』(監修・日本図書センター、1998)、『沖縄のこれから』(ポプラ社、1999)、〈沖縄同時代史・第八巻〉『政治を民衆の手に 1997.7〜1998』(凱風社、1999)、『本当に戦争がしたいの!?——新ガイドラインの向こうに見えるもの』(共著・凱風社、1999)、『〈和英両文〉沖縄の素顔』(編・テクノ、2000)、『現代日本と沖縄』(山川出版社、2001)、〈沖縄同時代史・第九巻〉『公正・平等な共生社会を 1999〜2000』(凱風社、2001)

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