発行:凱風社
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四六判 272ページ 上製
定価:1,600円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7736-2501-1(4-7736-2501-5) C0021
在庫あり
奥付の初版発行年月:2000年10月
書店発売日:2000年10月25日
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紹介
沖縄戦の最中、読谷村で起こった集団自決事件は「神の国」「皇国日本」が引き起こした悲劇の象徴といえる。21世紀を目前に、政府は新ガイドライン法、国家国旗法などに引き続き、教育基本法の改正を目論むが、それらのもたらすものは、新たな「神の国」の再建ではないだろうか。本書は、生き残った人々の証言を集めて事件の実相を明らかにした衝撃のルポルタージュ。地獄の実態を伝え、反戦平和の意志を改めて問う。
目次
もくじ
パイヌカジ まえがきにかえて
しげる
チビチリガマ
戦争と開拓
取り替えのきかない一人
帰る人と住まう人
チビチリガマへもぐる(第一次)
調査始まる
生命がだんだん軽くなる
肖像画
三十一所帯判明
追いつめられて
四月の三日間
都屋収容所
明と暗
残された者の長い苦しみ
全自決者の確認終わる
もうひとつの隠された集団自決
集 骨
大切なものは生命
中間報告
チビチリガマへもぐる(第二次)
パイヌカジ(南風)の吹く日
チビチリガマへもぐる(第三次)
チビチリガマを劇にした中学生
始まり あとがきにかえて
その後のチビチリガマを歩く
凱風社版のための あとがき
前書きなど
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●パイヌカジ まえがきにかえて
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パイとは、南のこと。
カジとは、風のこと。
パイヌカジとは、あたたかな南の風のこと。沖縄の言葉です。
南の風、パイヌカジ……なんとやわらかく、たおやかなひびきでしょうか。
パイヌカジは沖縄の青い海の上を、わたります。すると海は、息をするように、ゆったりふくらみます。丸い波、丸い腹の中に、ひとつの生命を宿らせたのです。平和の芽です。
……それもつかの間、丸い腹は、きらめきながら、さんご礁にくだけて散ってしまいます。
でもパイヌカジは、吹くことを、やめません。宿った生命が実る日は来る、いつかきっとくる……と吹きつづけるのです。
私は、これまでずっと、このような思いを沖縄にいだき、パイヌカジが本土に向かって吹きよせる日を待っていました。でも一向に、そのような風は吹いては来ません。待ちつづけるうちに、この国、私の住む日本は、平和とは全く反対の方向へテンポを早めて進んでいきます。
「日本はまた戦争をするのではないか……理屈じゃないんだ、肌が〈あぶない〉と教えてくれるのだ。」と、戦争をまともに体験した沖縄の人々はいいます。
もしも戦争が始まったら、今度は私たちがまきこまれる番です。
パイヌカジよ、早く吹け……なおも私は待ちつづけました……。
日本の敗戦を目前にした、一九四五年四月一日のことでした。沖縄の中部にある読谷村(よみたんそん)の海から、アメリカ軍が初めて上陸しました。村の人たちが恐れていた日が、ついに来たのでした。このことは八十二名もの村の人たちが、集団で自決するというできごとを引き起こしました。
なぜ集団自決という異常なことが、起こったのでしょうか……。この事実は、誰に知られることもなく、ひっそりと埋もれたまま、三十九年という長い年月が流れました。あることから集団自決の事実を知った私は、八十二名の肖像画を描きながら、同時に村の人たちと協同で、事実の正確な記録を残さなければならないと、考えました。戦争を知らない者たちが、戦争の記録を残そうというのです。
集団自決から生きのびた人たち、遺族たちは、重い口を少しずつ開き、語り始めました。このことは同時に、記録をする者たちが、戦争を身近に知ることでもありました。それよりもっと重要なことは、今を生きる私たちが、明日へ向かって何をするべきなのかを、知ったことではないかと思います。
平和の風パイヌカジは、待っていれば吹いてくる、というものではなかったのです。
この原稿を書いている時、本書の舞台となった読谷村(よみたんそん)へベトナム戦争の時、「悪魔の部隊」といわれたアメリカ軍の特殊部隊グリーン・ベレーが進駐しました。北の北海道へは、ソビエトへ対抗するために、大量の戦車、砲などを配置する計画を、アメリカ軍は立てました。自衛隊は、シーレーン(海上輸送)防衛という名目で、軍事力を外へ向けようとしています。待っているうちに、このようなことが次つぎと起こり、私たちは、しだいに慣らされ、その危険を感じなくなってさえいるのです。待つという積み重ねの結果、一九四一年に太平洋戦争は起こりました。人々が気づいた時は、もう手遅れだったのでした。
パイヌカジは待っているものではなく、一人ひとりが、吹かせるものだったのです。一人の風はそよ風でも、大勢で吹かせる風は力強く、明日へ向かって吹く、平和の風となるのです。
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凱風社版のための あとがき
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本書は童心社版『南風の吹く日(沖縄読谷村集団自決)』の再刊です。その版が絶版にされていらい、以下の理由から、私は再刊を願ってきました。
チビチリガマで起きた集団自決という悲劇は今、私たち調査者の意志からはるか遠くにいる者たちにより、歪められていると思います。私がなによりも避けたかったもの、そして退けてきた政治の真正面からの介入です。チビチリガマは政治ガマなどという人も出てきました。こうしたことでチビチリガマで死んでいった人たちのこと、生き残った人たちの苦しみは忘れられて、チビチリガマという穴ぼこの存在のみがクローズアップされているのです。穴ぼこは死んでいった人たちの象徴なのです。このもっとも大切なことが忘れられてしまいました。
破壊された像の再建像は私をとまどわせます。どのような角度から眺めても、再建に携わったものたちの心の粗(あら)さがみえてしまうからです。そこに建立された死者の名簿碑も同じ意味においてとまどわせます。死んでいった人たちの年齢をなぜ数え年という粗(あら)い数字で記したのかが分かりません。生後数か月で死んでいった幼児は一歳になり、一歳と数か月で死んでいった幼児は二歳になってしまうのです。数え歳を死んでいった人たちが地上(ここ)に生きた、より正確な時間、満年齢に直せば一歳の幼児はゼロ歳となり地上(ここ)に存在しなかったことになります。死者の人数も私たちが行なった調査とは違っています。そしてどのようにして食い違いが生じたのかその根拠となる調査の内容が、私たち調査をした者たちにはまったく知らされていません。
チビチリガマは平信さんが植えたガジマルの木の時間ののろさに寄り添わねばなりません。急ぐほど、チビチリガマは遠ざかっていくのです。どうか今からでも一人でチビチリガマの前に立ってください。かならずや語りかける声が聞こえるはずです。
チビチリガマが生きている者たちに求めていることは、ほんとうにささやかなことなのだと思います。
「死者の声を聞く。」
語ることのないチビチリガマは、そのためにこそ存在しているのではないでしょうか。
もしかしたらチビチリガマは、長い年月のタブーが解かれていきなり脚光を浴びた、この極端の落ち着くべき位置を捜し求めている、今は揺れる過程にあるのだともいえるかもしれません。
その道標(みちしるべ)としても私はこの作品を絶版状態から復活させたい——、記録の再生を願った理由のひとつです。
調査が終了してからも新たな事実が次つぎ判明しています。調査の結果の食い違いも出てきています。たとえば自決の決行日は四月三日ということに調査ではなっています。本書もそのように記してあります。その後それは四月二日だということがはっきりしました。
このために再刊するについて童心社版を基本から書き直そうという強い気持ちもありました。しかし、ほとんど手を入れないまま再刊することにしたのには理由(わけ)がありました。
〈その日〉を修正することは簡単なことです。しかしそのために証言の辻褄(つじつま)を合わせる必要が生じてきます。調査者の私が体験者でない以上、それはやってはならないことでありましょう。書き直すことよりも、証言者の記憶がなぜずれたかについて深く考えることのほうが重要かと思います。
二日と三日。体験者はこの境界線になぜ記憶のずれを引き起こしたのでしょうか? 察するに完全なる暗闇の中では時の流れは分かりません。外の時は流れていくのですが、光が差し込まない内側の時はあたかも停止したかのように思われます。この停止が日付の境界線をあいまいにしたのではないかと想像します。そうであればいちがいに記憶の間違いとはいえないことになります。あらためて本書証言を読み直してみますと、そのことが理解されてくるのです。
チビチリガマの調査の時、多くの戦争体験者は「今は危険な時代だと肌が教えてくれる」と言いました。それから、自衛隊はとうに海外へ派兵されました。国旗国歌が定まりました。首相の「日本は神の国」との発言がありました。私たちは体験者のいう危険な時代をとうに、無意識のうちに通り過ぎてしまったのです。そして変化はなお急激に進みつつあるのですが、何事もないように日々が過ぎていきます。死者は語らない——聞く心を失った——ことをいいことに、危険を冒す方向へ向かいつつあるのです。
しかし南風(パイヌカジ)は着実に吹いていることも確かなことです。本書が再び世に送り出されることが、わずかでもいい、南風の吹くエナジーの素(もと)になればと再び、心より念じています。
二〇〇〇年六月
「日本は神の国」発言に揺れるさなかの日本で 下嶋哲朗
これは戦争を知らない者たちが、戦争、特に集団自決という異常な体験をした人たちと、ともに考え行動しながら完成させた、明日への記録です。
版元から一言
苛烈な沖縄戦を生き残った人々の証言を集めて事件の実相を明らかにした衝撃のルポルタージュ。地獄の実態を伝え、反戦平和の意志を改めて問う。中・高校の平和教育に最適。
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