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清沢満之と日本近現代思想
自力の呪縛から他力思想へ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2014年10月
- 書店発売日
- 2014年10月30日
- 登録日
- 2014年10月22日
- 最終更新日
- 2014年10月22日
紹介
近代化を迎え、西洋の文物が大量に流入した時代に宗教を哲学として語ろうとした清沢満之。西田幾多郎ら京都学派に影響を与えるほどであったが、仏教界の国家主義への追従などを背景に急速に忘れられた存在となった。夏目漱石や正岡子規らの文人や、日本思想史に清沢が与えた影響と彼が到達した他力思想の可能性を探る。
目次
はしがき
序章 清沢満之――「神話」の形成とその解体
一 忘れられた宗教人
二 宗門内のウルトラ有名人
三 第一次「復権」の試み
四 「讃仰論」の形成とその批判
五 第二次「復権」の試みと蹉跌
六 清沢の使命
七 第三次「復権」を目指して
第一章 人物と思想
一 徳永満之時代
二 哲学者の相貌
三 自力の迷情を転ず
四 再び東京へ
五 他力に乗じて生きる
六 何もかも壊れた年
第二章 東京大学哲学科
一 近代の諸課題
二 清沢の試み
三 哲学界最大のホープ
四 政治と学問
五 「井の哲」の評判
六 停年制度導入をめぐって
七 国家主義の思想
第三章 清沢満之のインパクト
一 京都帝大文科大学
二 二人の先達
三 西田の思い入れ
四 正岡子規との接点
五 子規にとっての救い
六 夏目漱石との接点
七 小説『こころ』をめぐって
八 漱石の宗教観
第四章 『異抄』の再発見
一 煩悶の時代
二 清沢満之と『異抄』
三 『異抄』と京都学派
四 近角常観と求道学舎
五 論理の宗教から情緒の宗教へ
六 文学者対教学者
七 「親鸞主義」からファシズムへ
八 『異抄』の親鸞と右翼思想
九 「悪人正機」「絶対他力」という発想
注
参考文献
おわりに
前書きなど
はしがき
清沢満之という名前を聞いただけで、いつの時代にどんな事業をなした人物であるか、すぐさま思い浮かぶ人は、一般の人は言うに及ばず、思想史に詳しいはずの諸学者の中にも、さほど多くはないのではないか。実際、清沢満之の知名度は、近代日本の思想史の中にあって、いまだ知る人ぞ知る哲学者・思想家としての位置づけを脱したとは言い難いレベルにあるというのが現実であろう。
その後の歴史的展開を方向づけるような大きな仕事をなした人物のうち、歴史の表舞台に登場するのは、おそらく、ごく一握りにすぎない。しかも、それら一握りの有名人にしても、実像に見合わない評価を受けてきたりしたケースも少なくないであろう。つまり、社会動勢の変化や研究の進捗にともなって、一人の人物のなした仕事の歴史的意味づけが、さまざまに変化するということは、まったくもって不可思議な現象ではないということである。
わけても、時代の転換期に出現した人物の業績というのは、良い意味でも悪い意味でも、後世に与えた影響を鑑みた場合、社会が安定的に推移した他の時代に比べ、より慎重に精査される必要がある。一五〇年前にこの国が経験した「御一新」と、それ以降の急速な近代化の進展は、世界史上、稀にみる激動の時代、転換の時代であった。清沢満之は、まさにそうした時代のさなかに生を受け、諸矛盾の露呈した社会の中に投げ込まれた状態で、生きていく寄る辺を模索することを多くの人びとが余儀なくされた時代を代表する知性として、激動の人生を駆け抜けた最初の人物だったと言って過言ではない。
古い時代の価値観や諸制度を批判して、それらを否定したり、それまで誰にも馴染みのなかった新思想や諸価値を外から持ち込んできて称揚したりするのは、それほど難しいことではない。同様に、時代の変化に抗い、時計の針を逆に回すことで、古き良き時代の価値に活路を見い出そうとすることも、さして難しいことではないであろう。私は、そうした営みが無意味だとまでは言わないまでも、哲学者や思想家と呼ばれる人間の仕事には値しないと考えている。真に哲学者・思想家の名に値する仕事というのは、従来の諸価値が根柢から揺るがされた時代に、人びとがそれに寄り添って生きていける思想を提示し、新たな価値を創造することであろう。そうした思想を提示することの難しさは、たんに目新しいだけではだめで、表面上の新しさのうちに、古い諸価値との連続性がしっかりと担保されていなくてはならないという点にある。いくら新しい時代状況に投げ出されたとは言え、人びとは、依然、目には見えない旧来の諸価値が張りめぐらされた社会の中で生きているわけで、新時代の到来とともに、すべてのものがまるっきり刷新されるということなどあり得ないからである。
時代の大きな転換期の中にある社会では、前例が通用しないことに加え、新たな価値観や社会的合意もいまだ形づくられていない。そのようなところから、何かを創造していくということが、いかに困難な仕事であるか――。その意味で、真の先駆者というのは、前途に広がる荒野の中に、人びとが再び安心して歩んでいける道を切り拓いた人のことを言うのでなければならないのだが、私に言わせれば、そうした極めて重要な仕事をなした、知られざる重要人物の一人が、清沢満之であることは、一念の疑問の余地もないほど明らかなのである。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。