フィンランド前大統領アハティサーリとアチェ和平交渉平和構築の仕事
カトゥリ・メリカリオ, 脇阪 紀行:訳
発行:明石書店
この版元の本一覧
四六判 320ページ 上製
定価:2,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2674-0 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年11月
書店発売日:2007年11月30日
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紹介

30年紛争が続いたインドネシアのアチェ。2005年、この地を襲った大地震を機に、歴史を大きく変えた人物がいた。フィンランド元大統領アハティサーリ。誰もがなし得なかったアチェ和平を彼はどのように実現させたのか。

目次

 訳者まえがき
 主な登場人物
 略語

平和を創る

第一部
 津波 二〇〇四年一二月二六日
 序曲 第一回交渉——二〇〇五年一月二七日〜二九日
 暫定予備交渉
 危機 第二回交渉——二〇〇五年二月二一日〜二三日
 なぜ、COHAは破綻したのか
 アヤトラ・アハティサーリ
 「もうこりごり。こんな紛争は」
 突破 第三回交渉——二〇〇五年四月一二日〜一六日
 ブリュッセルの関与
 GAM、独立を断念
 アハティサーリ、ジャカルタに行く
 集中協議 第四回交渉——二〇〇五年五月二六日〜三一日
 最終合意を書き上げる
 最後の一押し 第五回交渉——二〇〇五年七月一二日〜一七日
 ジャングルへ 二〇〇五年七月二六日〜八月二日 アチェ
 署名寸前のパニック
 迎賓館での署名 二〇〇五年八月一五日

第二部
 マルティ・アハティサーリ「調停者は自分の望みは何であるかを知らなければならない」
 なぜ、アハティサーリか

第三部
 待ちわびた恩赦
 武器を手渡す
 第一ラウンド イルワンディのショー
 第二ラウンド もっと多くの武器を
 第三ラウンド わずかな回収
 第四ラウンド 樽の底の最後の一滴
 仕事は続く
 市民生活に戻る元兵士
 人権を尊重する
 アチェ新法
 終わりに

 訳者解説

前書きなど

訳者まえがき
 本書の底本は、フィンランドのジャーナリスト、カトゥリ・メリカリオ(Katri Merikallio、以下敬称略)著、デイヴィット・ミッチェル(David Mitchell)訳、Making Peace: Ahtisaari and Aceh(WSOY, 2006)である。
 インドネシアのスマトラ島西北端、ナングロ・アチェ・ダルサラム州(以下、アチェとする)の分離独立をめぐる紛争は、二〇〇五年に終結した。武装ゲリラの自由アチェ運動(GAM)と、インドネシア政府・国軍との約三〇年にわたる武力衝突による犠牲者は一万人を上回り、五万人に達するとの見方もある。
 この紛争解決に大きな役割を果たしたのが、旧ユーゴやイラクなど数々の国際紛争の調停を経験したフィンランドの前大統領マルティ・アハティサーリだった。二〇〇五年一月から始まった和平交渉は劇的な進展を見せ、同年八月、双方は和平合意書に署名した。これを受けて欧州連合(EU)主導の監視団がアチェに派遣され、GAMの武装解除、さらには駐留するインドネシア国軍の撤退が実現した。それまで幾度となく破綻した和平交渉のことを考えれば、歴史的な偉業だといっていいだろう。
 著者のカトゥリ・メリカリオはニュース週刊誌『スオメン・クバレティ』の記者として、フィンランドの首都ヘルシンキを舞台に行われた和平交渉を追い、和平合意の調印後も、アチェの現地に入って取材を続けた。本書は、この間の関係者の表情を描き、和平交渉や武装解除の舞台裏に迫った貴重な記録である。生々しい交渉のエピソードや、交渉当事者たちの表情から読者は、このアチェ和平合意の歴史的意義とともに、フィンランドの前大統領を中心にどのように和平合意が練り上げられ、ついには武装解除を成し遂げたのか。そのドラマの面白さを感じ取ることだろう。
 本書は、五回にわたる交渉の経緯を描いた第一部、アハティサーリの回想を記した第二部、GAMの武装解除や国軍の撤退実現までの関係者の苦闘を描いた第三部で構成されている。
 インドネシアの地域紛争の仲介を、なぜ、はるか遠く離れた北欧の小国フィンランドの前大統領が取り組んだのか。第一部に描かれた経緯は実に興味深い。一九八〇年代、スラウェシ島の言語研究をきっかけにインドネシアへの興味を強めたフィンランド人ユハ・クリステンセンがその後、和平仲介の支援をしたいと思い立ち、手弁当でスウェーデンに飛んでは亡命中のGAM幹部との接触を重ね、一方で、スラウェシ人脈をたどってインドネシア政府高官と知り合い、つてを頼ってこの高官を自国の前大統領に引き合わせる。一市民の情熱が人を動かし、和平交渉をスタートさせたのだ。
 和平交渉のスタイルは以前とは大きく異なった。双方の代表団員は、携帯電話を手に交渉に臨み、論議が難所に差しかかると、政府側は首都ジャカルタの政権指導者、GAM側はアチェの現地司令官にそれぞれ連絡し、意見を交換した。最新情報は電子メールによって即座に世界各地に散らばる関係者に伝えられた。「交渉が成功したのは携帯電話とメールのおかげ」との関係者の言葉は、グローバル化時代の新しい和平交渉のあり方を示している。
 交渉開始直前の二〇〇四年一二月にアチェを襲った大津波が、和平交渉を後押ししたのは間違いない。スマトラ島沖で起きた大地震と津波による犠牲者は約二〇万人に達した。刑務所に収監中のGAMの地元幹部イルワンディ・ユスフが、津波の中を命からがら脱出する情景から本書の叙述が始まっているのは、その意味で象徴的である。イルワンディは二〇〇六年末に行われた選挙でアチェ州知事に当選し、地域で最も影響力のある政治指導者として活躍している。
 フィンランド政府は和平交渉に直接関与せず、交渉のかじ取りはアハティサーリの手に委ねられた。GAMに独立の夢を断念するよう迫りつつ、和平と安定、さらにアチェでの人権保護を実現させるために、どのような態度を取ったのか。第二部で彼は自らの心境を語っている。
 忘れてならないのは、和平合意の実施を引き受けたEUの外交安保政策である。和平交渉の進展を見守ったEUは、アハティサーリから和平合意のバトンを受け取るやいなや、非武装のアチェ監視団(AMM)を結成し、東南アジア諸国連合(ASEAN)に協力を呼びかけて、GAMの武装解除や駐留国軍の撤退を実現させた。紛争後支援において、兵士の武装解除や社会復帰の重要性はよく語られるが、その具体的なありようを描いた第三部は、この分野に興味を持つ人々の知的関心にこたえることだろう。
 二〇〇四年一〇月に発足したユドヨノ政権が果たした役割も軽視できない。それまでの歴代政権は、住民への人権侵害を繰り返す国軍を統制できなかったが、国軍改革を進めたユドヨノ政権はアチェ和平の大きな障害を取り除いた。
 インドネシアと関係の深い日本が、どうして、アチェ和平に登場しなかったのか。こんな素朴な疑問を持つ読者も多いことだろう。日本政府は、二〇〇二年秋から翌年にかけて東京やジュネーブを舞台とする和平交渉を後押しした。だが、この試みは失敗に帰し、直後にはアチェ全域に事実上の戒厳令が敷かれた。日本政府はヘルシンキでの和平交渉に参加できず、和平合意後の支援も、GAMの元兵士を対象にした社会復帰支援にとどまっている。その間の経緯や訳者の考えを最後にまとめたので、一読していただければ幸いである。
 訳者は、二〇〇五年四月、ヘルシンキを訪問した際、この著作の筆者と知り合い、アチェ和平交渉に関心を持った。その後、ジャーナリストとして、アハティサーリやユハ・クリステンセン、さらにはイルワンディ知事などGAM関係者から直接、話を聞く機会があり、和平交渉の経緯を記録したこの著作を翻訳する意義を確信した。

著者プロフィール

カトゥリ・メリカリオ(メリカリオ,カトゥリ)

961年生まれ。フィンランドの週刊ニュース誌『スオメン・クバレティ』記者。
1990年代初めからアジアを中心に国際的な事件やニュースを追いかけ、2000年には、そのジャーナリズムの業績が公共的な情報提供に貢献したとして国家から栄誉の賞を与えられた。現在はインドに拠点を移し、取材活動を続けている。4人の子どもの母親でもある。国際関係論の修士号取得。

脇阪 紀行(ワキサカ ノリユキ)

1954年生まれ。京都大学法学部卒業、1979年朝日新聞入社。松山支局、和歌山支局、経済部などを経て、1990年よりアジア総局(バンコク)勤務。米国ワシントンへ研修留学後、1997年から東南アジア担当の論説委員。その後、ベルギーのブリュッセル支局長、外報部次長を務めた後、2005年から論説委員。
著書に『大欧州の時代——ブリュッセルからの報告』(岩波新書、2006年)

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