発行:明石書店
この版元の本一覧
A5判 228ページ 上製
定価:3,500円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2617-7 C0336
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年08月
書店発売日:2007年09月06日
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紹介
戦後の台湾と大陸中国という枠組みの中で、光復(日本の植民地支配からの解放)後の台湾における「脱植民地化」と「祖国化」との関係を、二・二八事件前後の文学作品および新聞の文芸欄を手掛かりに、当時の台湾の知識人・文学者の動向を通じて明らかにする。
目次
まえがき
序 章 一九四〇年代後半台湾への注目
1 脱冷戦化とグローバル化の現在
2 アジア冷戦の起源としてのポスト植民地状況
3 四〇年代後半における台湾の文化概況
4 記憶の取り戻しとその磁場
5 各章の構成と先行研究の整理
第一章 光復後の文化空間——楊逵を中心として
はじめに
1 光復直後の台湾の文化状況
2 二・二八事件までの楊逵の活動
3 楊逵と副刊《橋》、そして四・六事件(「和平宣言」)
4 まとめ
第二章 光復後の脱植民地化と「省籍」問題——文学作品の表象分析を中心にして
はじめに
1 光復初期の祖国イメージとその変遷
2 日本統治時代の整理とその作品化
3 「日本」というトラウマの転移
4 諷刺、あるいは「日本」という尺度
5 ポスト植民地期における「女性」の表象
6 呂赫若における「女性」のポジション
7 まとめ
第三章 二・二八事件以後の「沈黙」の意味——『国声報』副刊《南光》を中心に
はじめに
1 「沈黙」の意味の広がり
2 『国声報』副刊《南光》について
3 副刊《南光》の持つ両義性
4 抗戦文化と台湾
5 まとめ
第四章 二・二八事件後の新文学論争——『台湾新生報』副刊《橋》の論争が示したもの
はじめに
1 『台湾新生報』副刊《橋》の位置
2 言語の切り替え、および「方言」をめぐって
3 台湾における脱植民地化の特色
4 副刊《橋》の小説作品(黄昆彬「雨傘」をめぐる議論を中心に)
5 雷石楡「女人」をめぐる論争
6 まとめ
終 章 結論および今後の展望
あとがき
参考文献
前書きなど
まえがき
この仕事が仕上がるまで一貫して筆者の中で反芻され続けていたある数日間の出来事を書き留め、「まえがき」の代わりとしたい。筆者は、二〇〇〇年夏、中国作家協会の主催で行われたシンポジウム「台湾新文学思潮(一九四七—一九四九)シンポジウム」(蘇州大学で開催)に出席し、そこで拙い報告を行った。そこでの報告は、本書の第二章の下敷きになるものであった。
シンポジウムは、台湾と大陸中国それぞれの研究者が、戦後台湾において白色テロが発動される前の一時期の文化状況について討論するもので、当時の大陸から台湾にやって来た進歩派知識人(国民党政権への批判派)の活動の証言や、あるいは台湾の日本植民地世代の戦後の自己克服の経緯などを議論する場であった。ところで、私にとって一生忘れられないのは、二・二八事件を経験し、さらに白色テロの初期段階として発動された一九四九年の四・六事件(文化人・学生への弾圧事件)を受けて台湾を脱出した上海在住の朱実氏に、そのシンポジウムでお会いしたことだった。朱実氏は、私も含めた日本の研究者にいろいろな話をしてくださった。戦後、魯迅の台湾への紹介に心を躍らせながら文学に精進しつつも、台湾を脱出せざるをえなかった経緯や、大陸に渡ったのち、いわば新中国の立場から台湾の「解放」に尽力されようとしつつも、朝鮮戦争(一九五〇年)の勃発とともに台湾海峡が封鎖されその夢が破れるまでの経緯など、実に生々しい歴史を語ってくださった。特に、四・六事件の最中、偶然にも台中駅構内で楊逵(ようき)が官憲によって拘束・護送される場面を目撃した記憶は、いまも鮮明だそうである。実は本書でも朱実氏の名前は登場するのだが、戦後、まだ大陸に脱出される前の朱実氏は、来台していた許寿裳(きょじゅしょう)(魯迅の盟友)と親しみ、また台湾新文学の生みの親とも言うべき楊逵にも直接の薫陶を受けていたことなど、まさに将来を嘱望された文学者予備軍の一人であった。明らかに朱実氏の半生は、九〇年代まで台湾への帰還を許されないなど、国共の内戦体制(冷戦構造)によって翻弄された歴史をそのまま反映している。また留守の間、台湾にいる家族も、九〇年代までずっと「特務」によって監視されていたそうである。
ところで朱実氏は、日本語によって教育された世代でもあり、晩年には日本の地で中国語を教える機会もあって、日中友好にも心を砕かれており、なかでも日中間で「台湾」が翻弄されることについてご心配なさっていた。朱実氏の台湾への思いは、まさに心打たれるばかりであった。朱実氏とはその後、何度か日本の地で、また上海でお話を聞く機会を得たのだが、考えてみれば、朱実氏は、そのような複雑な歴史を、植民地時代に習得した日本語で、日本人である筆者に語りかけてくれたわけである。このような複雑な出会いそのものが、日本の植民地統治とその後の東アジアの地図を決定する冷戦体制に規定された東アジアの歴史そのものであることに思いを馳せながら、筆者は自身の研究をどのように進めていくべきか、悩む日々が続いた。
いずれにせよ朱実氏との出会い、また朱実氏と似た境遇を持った大陸中国在住の台湾の老人たちを通じて筆者が学んだのは、台湾の文学や歴史を見る場合に、とかく日本人は、日本植民地統治期のあとの台湾への反映だけを強く見がちであるのだが、実は台湾という磁場は潜在的に大陸中国の動向にも強く規定されているということであった。そこから私の台湾の文学や歴史への問題意識は、戦後台湾における脱植民地化と祖国化が絡み合う領域から、さらに国共の内戦体制に規定された影の歴史をいかに処理するか、という方向に展開することになっていった。七〇年代頃から日本で台湾研究をなさってきた年上の世代の研究者が歩んできたコースを、むしろ遡るようにして私の研究は進展することになったと言えるかもしれない。
近年、筆者は、台湾の日本語教育世代に対する聴き取りを、一橋大学の松永正義教授等とともに進めてきた。もちろん、第二次大戦に日本の立場で参加され台湾に戻られた方々のインタビューからは、驚くべきさまざまな事実が浮かび上がってくるとともに、また戦後台湾で生きる生きにくさというものもひしひしと感じられた。また私は同時に、戦後大陸に脱出した朱実氏のような台湾の老人たちとも出会う機会をも逃さず、聴き取りを始めている。どのような言い方が適切であるか迷うところだが、この両者の歴史は政治的環境として大きく隔たってはいるものの、否応なく大本では台湾が生み出した歴史であることに間違いない、ということである。しかし、まだまだ台湾海峡の両岸に住む人々の間には多くの誤解や行き違いが横たわっているようにも感じられる。たとえば、先の蘇州でのシンポジウムに朱実氏と同様の立場で参加されていた周青氏の扱いは、その最たる例である。周氏が大陸中国での統一戦線関係の部署で働かれていたことは、台湾側でも知られていたことであり、そのため周氏が台湾に帰郷できないでいることも仕方がないことだとは思われる。しかし二・二八事件前後、台湾の『人民導報』の記者として活躍されていた周青氏が、台北の二・二八平和記念館のパネルで「外省人記者」と記されていたことには、戸惑わざるをえなかった。
いずれにせよ、台湾海峡の両岸は歴史の溝を埋めることができないまま、さまざまな誤解が鬱積し、固定化されているかの感も否めないところがある。確かなことは、一つ一つの歴史の検証の努力とともに、この大陸に脱出して行った人々と、戦後の台湾を生き続けた人々——この同世代の台湾人の「生」を一挙に一つの視野に収める歴史叙述の枠組みを模索することの必要性であり、しかしいまだその枠組みは発明されていないということである。
本書は、拙いながらも、このような枠組みを模索するために始められた模索の跡である。
著者プロフィール
丸川 哲史(マルカワ テツシ)
1963年、和歌山県生まれ。一橋大学大学院言語社会研究科博士課程単位取得退学。明治大学政治経済学部准教授。
[主な著書]
『台湾、ポストコロニアルの身体』青土社、2000年。
『リージョナリズム』(シリーズ思考のフロンティア2)岩波書店、2003年。
『帝国の亡霊 日本文学の精神地図』青土社、2004年。
『冷戦文化論 忘れられた曖昧な戦争の現在性』双風舎、2005年。
『日中一〇〇年史 二つの近代を問い直す』光文社、2006年。
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