迷走するグローバリゼーション現代モンゴル
モリス・ロッサビ:著, 小長谷 有紀:監訳, 小林 志歩:訳
シリーズ・叢書「明石ライブラリー112」の本一覧
発行:明石書店 この版元の本一覧
四六判 320ページ 上製
定価:3,300円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-7503-2597-2
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年07月
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紹介

チンギス・ハーン,草原,朝青龍…,そんな日本人のモンゴルイメージを根底から問い直し,社会主義放棄から市場経済移行,さらにグローバル化の大波に曝され,迷走を続ける「現代」のモンゴル国の実状を伝える。いまのモンゴルを知る入門書として格好の書。

前書きなど

訳者あとがき(小林志歩)
 モンゴルに行けば、現実に起こっていることは目に入る。でも、その全体像は見えにくく、なぜそのようなことが起こったのか、またどのようにして引き起こされたのかを見極めるのは難しい。本書を翻訳したいと思ったのは、そのような「見えているようで、見えない」世界について考える手がかりになる、と感じたからだ。
 二十一世紀に入り、モンゴルに行く度に銀行や企業が外国資本の手に渡ったと耳にし、中国語表記の看板が増えるのを目にした。地下資源が外国企業の手で開発され、遊牧民や首都に住む知人が、ふるさとや自宅を遠く離れた土地で鉱山労働に従事するようになった。首都の郊外に立ち並ぶ豪邸に住み、新車のRVに乗る金持ちを目にするようになったが、新卒者や働き盛りの世代が専門職を捨てて国外での不法就労を選んでいた。草原では、遊牧民のゲルで太陽光発電のテレビが見られるようになったが、医師不在の中、持病の薬さえ買えないと遊牧民が嘆くのを聞いた。モンゴルという国がどこに向かっているのか、その背後に誰の、どのような思惑が動いているのか。それが知りたくて、首都や地方でモンゴル人に聞いてみたが、答えは得られなかった。
 著者のモリス・ロッサビ氏は、中国やモンゴルを中心にアジア史を研究するニューヨーク在住の歴史学者だ。原著の副題『From Khans to Commissars to Capitalists』は、直訳すれば「ハーンからコミッサール(人民委員)へ、資本主義者へ」。まさにモンゴル社会を牛耳る者は誰か、という視点がそこにある。ソ連型の社会主義から一転、世界で最も自由度が高いと評される市場主義経済へ移行して以降十五年間のモンゴル政界、経済界の動きと、その立役者の言動を具体的に記述している。多くの欧米人経済学者や外国人コンサルタントがモンゴルに何を提案し、外圧の中でモンゴルの政治家は実際にどう動いたか。欧米を中心とした「国際社会」から見た、ポスト社会主義モンゴルの検証と言い換えてもよいだろう。繰り返し指摘されているのは、経済成長実現のための資金を供給する国際金融機関と援助国が、モンゴルの政策決定に強い影響力を発揮してきたことだ。
 著者は、主に欧米人によって発信された文献資料に依拠しつつ、モンゴルの政治家らとの対話を多数重ねることで、つとめてモンゴル人の目に映る世界を紹介しようと試みている。特に第五章は、ポスト社会主義において国会議員となった遊牧民の故ナムハイニャムボー氏の声を紹介し、社会主義と資本主義というモンゴルに外から持ち込まれた経済を、遊牧民がどう真摯に生き抜いたかを伝える貴重な記録となっている。二〇〇七年二月、国際会議出席のため来日した著者にお会いしたが、非常に聞き上手な方で、じっくり相手の話に耳を傾けつつ、適切なタイミングで質問を重ねる姿勢が本書の記述と重なった。
 「民営化」「格差」「小さな政府」……。本書に繰り返し登場するキーワードは、私たちにとっても耳慣れたものとなった。政治家やメディアによって繰り返されるうちに、いつしか日々の暮らしの中にまで入り込んでいる。グローバル経済という圧倒的な流れに翻弄されるモンゴルの現実は、私たちの社会を操る力と決して無縁ではないことに改めて気付かされる。
 ただし、同時代を生きる実感がある一方で、最大の援助国としての日本がモンゴルの市場経済化を促す勢力の一翼も担ってきたのも事実だ。外務省のモンゴルに対する国別援助計画を見ると、重点分野の第一番目に「市場経済を担う制度整備・人材育成に対する支援」が上がっている。モンゴルに投入された援助金の少なくない部分がODA(政府開発援助)として私たちの税金でまかなわれ、今後も長期にわたる援助事業が約束されている。気になるのは、その結果、モンゴル人の暮らしがどれだけ豊かになったか、ということだ。外国援助の功罪を客観的に見つめようとする本書の記述を読んでいると、大多数のモンゴル人が日々の暮らしに追われ、少しでも豊かになりたい、と必死の努力を続けていた時期に、誰のポケットが札束でふくらんで行ったのかを考えずにいられない。
 そして、外国人である著者と私たちの視線の先にあるモンゴルは、今なおとどまることを知らないかのような変化の渦中にある。原著が刊行された二〇〇五年以降も、事態は大きく動き続けている。援助側と政府の念願がかなって、近年モンゴルのGDPは六〜八パーセントの伸びを維持している。二〇〇〇年以降、外国投資も鉱物資源開発などを中心にめざましい伸びを示した。
 本書に登場する代表的なモンゴル人政治家で、民主改革派のサンジャースレン・オヨン氏は近年の経済状況をこう見る。「朗報であるのは間違いない。しかし経済指標の伸び以上に重要なのは、この好機をいかに生かすか、ということ。鉱物から現在もたらされている利益を、将来にわたってモンゴル社会を牽引する他の産業を発展させる礎としなければ、過去の失敗を繰り返してみすみす好機を逃すことになる」。
 モンゴルの一般市民は、成長を実感できているのだろうか。首都で教員をしている友人に尋ねてみると、「景気が良くなったと言われるけれど、街で聞いてみればほとんどの人が首を横に振るはず」と言い切った。友人夫婦は共働きで、よちよち歩きの息子を祖父母に預けて朝六時に家を出て、帰宅は夜九時を過ぎる。「それだけ働いても、二人分の給料から食費と通勤のバス代を引くと全く何も残らない」と言う。
 オヨン氏の見方も同じだ。「一九九六年からの各政権の間、そして今日に至っても人口の三〇〜四〇パーセントが貧困という状態から抜け出せずにいる。国民の生活向上や国としての発展が伴わないままに、経済の良い数字だけが一人歩きしている。今のところ、モンゴル経済の成長が生み出す利益は、モンゴルでビジネスを展開する外国人、彼らと結託した少数の権力者、官僚にしか届いていない」と言い、本書で指摘されている課題は相変わらずであるようだ。
 「流入する外国資本を活かして国の経済と社会を豊かにする知見と術を、政治家が発揮していない。最も多く資本を投下しているのは、わが国の南の隣人。モンゴルのリーダーが実効性ある政策を打ち出せるかが問われている」。オヨン氏の、自身に言い聞かせるような言葉が印象的だった。
 これまで日本のメディアが伝えるモンゴルについての情報の多くは、緑の草原と昔ながらの遊牧民の暮らし、あるいは悲惨な雪害やマンホールで暮らす人々などに偏りがちだった。一般的に、モンゴル社会の現在についての情報となると、草原の旅の印象をつづったエッセイや遊牧生活の断片を切り取ったテレビ番組などが多くなる。日本に住むモンゴル人はよく、型にはまったモンゴルのイメージが繰り返し流されることに不満を述べる。そうは言うものの、「モンゴルの話を」と依頼されると、草原の暮らしや伝統文化の話をすることになる、という。なぜか? それは、日本人が聞きたがっている話だから。ある留学生は流暢な日本語でそう言った。
 地方に住む遊牧民の暮らしをどう改善するのか、と質問すると、オヨン氏は「モンゴルに親しみを持って下さる外国の友人たちの関心が遊牧民にあるのは理解できる。でも現実には、遊牧民はすでに人口の多数を占める存在ではない。また、貧困層の圧倒的多数は遊牧民ではない」と答えた。もちろん牧畜の生産性向上や放牧地管理は大きな課題であり、二〇〇七年には過去十年分の予算措置に匹敵する約三千億トゥグルグを投じて各ソムへの電力供給改善や道路改修を実現し、また外国機関の支援事業によって地方の医療や教育改善、小規模ビジネス育成を行う計画という。流れ込む資金を最大限に活用するバランス感覚に期待したい。
 二〇〇五年の統計を見ると、モンゴルの総人口に占める牧畜民の割合は二八パーセント、六十三万四千人程である。また、家畜を所有しない世帯の牧畜民も十七万七五二〇人いる。私たちはそろそろ、「自分の見たい」草原の国モンゴルだけでなく、全体像をしっかり見つめるべき時に来ている。同時に、気前のよい「援助」の見返りに地下資源を求める私たちの国が長い目で見て現地に何をもたらすのか、という「あまり見たくない」自国の姿にも目を向ける必要があると考える。NGOにも、現地の自助努力にはずみを付けるようなかたちで善意を結果につなげる工夫と客観性が要求されている。モンゴル国とその人々のパートナーの名に恥じず、「国際社会」において経済力以外でも評価され、信頼関係と友情を築けるように。モンゴルという国、その人々に関心を寄せる人々にとって、また国際協力や異文化理解を考えるにあたって、本書が議論のきっかけとなることを願っている。
 最後になったが、原著では三八二頁のほぼ三分の一にあたる一三〇頁が、注と参考文献の紹介にあてられている。残念ながら本訳書では頁数の都合上、収録することができなかったが、非常に充実したものであり、ぜひ原著をあわせてご参照いただくことをお勧めする。また、翻訳にあたっては、原著刊行以降の動き、日本関連の情報を補足することを目指して訳注を〔 〕として付けた。
 翻訳を学んで日の浅い私にとって、翻訳という作業のおもしろさと難しさを日々実感しながら原文と向き合う、かけがえのない学びの機会となった。原著のメッセージを十分に伝えられたかについては見識ある読者のご批判を賜れれば幸いである。

版元から一言

 昨今、横綱朝青龍の問題がテレビ・新聞をはじめとするマスコミをにぎわせておりますが、そもそも朝青龍の故郷・モンゴルがどういう国で、いま人々がどのように暮らしているのか情報が十分に日本に伝えられているようには思えません。相変わらず、モンゴルと言えば、大草原をはじめとする手付かずの自然、チンギスハーン、馬頭琴など、またストリート・チルドレンなどの問題も報道されて久しくなりますが、それぞれが断片的で、「いまのモンゴル」がいったいどういう国なのか、イメージできるのに十分な情報は提供されているとは言い難い状況です。
 今回、刊行された『現代モンゴル』の原著者・モリス・ロッサビ氏は、ニューヨーク市立大学特待教授で中国史・中央アジア史、特に幻元朝時代に詳しい歴史研究者ですが、現代史にも目配りができ、ここ数年は1990年以降、社会主義崩壊から市場経済に移行したモンゴルに関して広範なモンゴル人や現地在住の外国人にインタービューを行い、その推移を丹念に記述した一書です。
 「なぜモンゴルが人口あたり世界第5位の外国援助を受けながら貧困率・失業率が高く、公共サービスが低下しているのか」。また近年、鉱山開発によってGDPが6〜8%ののびを維持しながらも、「モンゴル経済の成長が生み出す利益は、モンゴルでビジネスを展開する外国人と彼らと結託した少数の権力者、官僚にしか届いていない」という指摘があるモンゴル人政治家から成されているのか。
 そのような、現在モンゴルに現れている現象を読み解く上で、本書は総合的かつ体系的な情報を提供するでしょう。朝青龍はなぜ巡業をすっぽかしてモンゴルに行ったのか、また、それは単に休養するためでなく、ビジネスのために行ったという報道もあります。さらに、旭鷲山への恐喝事件も、いまのモンゴルの経済活動が背景となっているということを理解しなければならないでしょう。

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