権利としてのキャリア教育
児美川 孝一郎
発行:明石書店
この版元の本一覧
A5判 200ページ 並製
定価:1,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2559-0 C0337
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年05月
書店発売日:2007年04月25日
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紹介

近年,文科省の政策として小学校から大学まで推進されているキャリア教育。その問題点を検証し,子ども・若者に今本当に必要なキャリア教育を考える。各学校のよさを生かし,子どもたちにどんな力をつけるのか,自前のキャリア教育を創りあげるために必携の書。

目次

プロローグ
第1章 子どもと若者の進路をめぐる状況
 1 「学校から仕事への移行」プロセスの変容
 2 学校内における進路展望の閉塞
第2章 なぜキャリア教育が求められるのか
 1 キャリア教育とは
 2 キャリア教育が求められる背景
第3章 日本におけるキャリア教育政策の展開
 1 進路指導改革としてのキャリア教育
 2 若年雇用対策としてのキャリア教育
 補節 「起業家教育」としてのキャリア教育
第4章 「政策としてのキャリア教育」の批判的検討
 1 「若者自立・挑戦プラン」の枠組みの問題点
 2 キャリア教育政策の問題性
第5章 「権利としてのキャリア教育」の創造へ
 1 キャリア教育を子ども・青年の権利に
 2 キャリア教育の内容をどう構想するか
エピローグ

前書きなど

プロローグ
 いま教育現場では、キャリア教育が急速に普及しつつある。
 教育行政関係者のあいだでは、「2004年度は、キャリア教育元年」とささやかれていたように、キャリア教育の推進は、文部科学省がすすめる教育政策の主要な柱のひとつに位置づいている。朝日新聞の記事データベースによれば、タイトルまたは本文に「キャリア教育」という用語を含む記事数は、2002年=2件、2003年=10件、2004年=43件、2005年=68件、2006年=75件と着実に増加してきている。教育界のみならず社会一般にも、キャリア教育についての関心が高まりつつあることがうかがえよう。
 もちろん教育現場に限ってみても、キャリア教育への関心の高さは、地域や学校段階によっても違いがあるし、同じ地域内・学校段階であったとしても、文部科学省や地方教育委員会の研究指定を受けているような学校と、そうでない学校とでは、かなりの“温度差”がある。もっと言えば、同じ学校内であっても、教師によって、キャリア教育への関心や取り組みの姿勢には、大きな開きがあることもたしかであろう。
 こうした状況下において、たとえば小学校現場などでは、行政から「キャリア教育の推進」の号令をかけられても、“実際には、なににどう取り組んだらよいかわからない”といった戸惑いの声があがってきたり、中学校などでは、「職場体験学習」にさえ取り組んでおけば、キャリア教育をしたことになるといった、やや狭すぎる理解が通用していたりするように見える。あるいは、キャリア教育への取り組みが、その必要性を実感する教育現場からの要望や声に基づいて、ボトムアップに組み立てられたものではなく、まさに政策的にトップダウンで現場に下ろされてきたものであるだけに、キャリア教育じたいに対する反発が生まれているということもあるだろう。
 本文で詳しく述べるように、筆者もまた、近年の教育政策として展開されているキャリア教育には、“上からの押しつけ”といった形式面だけではなく、その内容面についても、さまざまな問題点が孕(はら)まれていると考えている。しかし、そのことは、日本の教育現場では、キャリア教育などには取り組まなくてもよい、ということを意味するわけではない。詳細は本文をお読みいただくしかないが、事態は逆である。日本の学校には、現在の子どもたち・若者たちには、キャリア教育が必要である。それは、彼/彼女らの権利として保障されなくてはならない。「政策としてのキャリア教育」への反発や批判は理解できるとしても、そのことは、子どもたち・若者たちに保障されるべき「権利としてのキャリア教育」をないがしろにしてよい、ということを意味するわけではないのである。

本書の構成
 キャリア教育をめぐるこうした状況、そして筆者自身の課題意識をふまえて、本書は、キャリア教育とはなにか、なぜ日本の学校にはキャリア教育が必要なのかを明らかにすると同時に、教育政策として展開されているキャリア教育の問題点を検証することをねらいとしている。さらには、全体を通じて、子どもたち・若者たちに権利として保障されるべきキャリア教育の内実を考えていくことができればと考えている。
 以下が、本書の構成である。
 まず、プロローグの続きでは、そもそもキャリア教育とはなんのことなのか、学校においては、いったいどんな取り組みがなされているのか、といった基本的な点についての理解を共有するために、現在の日本ですすめられているキャリア教育の「現状」について概説しておく。研究的な意味での本格的な現状分析はこれからの課題であるが、本書を読みすすめていくうえでの最低限の前提(事実認識)をつかんでもらうことが目的である。
 第1章では、今日の子どもと若者の「進路」をめぐる状況を概観する。「学校から仕事への移行」プロセスの変容とその“困難化”という問題に焦点をあてつつ、そうした状況が、子どもたち・若者たちの進路展望や生き方の展望にまで影を落としている現状について明らかにしたい。現代日本の学校において、なぜキャリア教育への取り組みが求められるのかを理解する前提となる、いわば状況分析である。
 本書にとってはキーワードとなる「キャリア」や「キャリア教育」の概念については、第2章において、多少は理論的問題にも立ち入りながら、概要を解説することになる。
 次いで第3章では、日本におけるキャリア教育の政策的展開の流れを概観する。戦前期の「職業指導」にまで遡っている余裕はないが、戦後教育において、「職業」という観点がしだいに後景に退いていく経緯について押さえておく。また、当初は進路指導の改革の視点として登場したはずの日本における「キャリア教育」が、近年では、フリーターやニートなどが社会問題化したことを背景に、若年雇用問題への対応という、教育政策の枠を超えたところでの(=「若者就労支援策」という枠内での)含意をもたされているという点に、留意を促すことになろう。
 第4章では、こうして登場した近年の文部科学省によるキャリア教育政策について、その具体的な内容を紹介する。それらの施策が、「若者自立・挑戦プラン」(2003年)に代表される政府の若者就労支援策の一環であることを重視しつつ、その問題点について批判的な検証を試みたい。結論だけを先取りして言ってしまえば、「政策としてのキャリア教育」の問題性は、それが「態度主義」「心理主義」「適応主義」的な性格の強いものであるという点にある。
 最後に、第5章では、「政策としてのキャリア教育」の問題性に対峙しつつ、今日の子どもたち・若者たちにとって必要な、教育現場が取り組むべきキャリア教育の中味について考察する。キャリア教育を、子どもたち・若者たちの「権利」として捉えることを提起するとともに、その具体的な内容について提案してみたい。
 その際には、“あるべきキャリア教育”の内容体系を、理念的にだけ述べることは避けるつもりである。理念の提示はもちろん必要であるが、それだけでは、現在の学校現場のリアリティにきり結んだ提案とはならないだろう。現在の学校システム、教育現場の実情を前提としたうえで、どこから、なにを始めることができるのかという論点についても、可能な限りリアルに迫ってみたいと考えている。
 そうした論点についてのイメージを膨らませてもらうために、エピローグでは、いくつかの学校におけるキャリア教育への取り組みについて、筆者のコメントを加えながら紹介することにした。

(中略)

自前のキャリア教育の創造へ
 以上に見てきたように、日本の学校におけるキャリア教育は、いまようやく“自覚的”取り組みの段階を迎えたところである。もちろん、自覚されつつある課題や取り組みをすすめていくうえでの問題点・困難などは、学校種別によって異なっているし、同じ学校段階であったとしても、地域や学校ごとの事情に応じても違っているだろう。ただし、ある年度から、学校の教育課程を一挙に“理想の”キャリア教育のカリキュラムに変えてしまう——本来、そんな画一的な“理想”モデルなどは成立しないと思うが——などということがありえない以上、いまの学校の現状を出発点として、できるところからの改善や取り組みの創造を試みていく以外には、すすむべき道はない。
 現在、そして今後とも、教育政策を通じては、キャリア教育を推進するための「至上命題」が、次々と降ってくるかもしれない。そして、そうした状況だからこそなのか、書店の教育書のコーナーをのぞけば、“Q&A”や“いますぐ使えるワークシート付き”といったうたい文句を掲げたキャリア教育の「マニュアル本」が登場してきてもいる。
 筆者は、政策として降りてくる施策にただ飛びつくだけであったり、安易に「マニュアル本」に頼るだけでは、本物のキャリア教育を創造していくことはできないと考えている(もちろん、先行事例やモデルを参考にすることは、当然、必要なことではあるが)。
 いまなぜキャリア教育が求められるのか。自分たちの学校の教育には、これまでなにが足りなかったのか。キャリア教育に取り組むことで、自分たちの学校の良さをどう発展させることができるのか。子どもたちにどんな力をつけられるのか。——こうした点について、時流に流されるのではなく、原理的・原則的な視点から考えていくことができなければ、そして教職員集団において、あるいは子ども・保護者・地域住民とともに議論することができなければ、本当にそれぞれの学校にふさわしいキャリア教育を創りあげることにはならないだろう。それぞれの学校が自前のキャリア教育の中味を創りあげていくに際して、「政策としてのキャリア教育」が、それを励ますものになっているのかという点についての批判的な検討も、もちろん必要なことである。
 キャリア教育についてのこうした原理的・原則的な検討をすすめていくにあたって、本書の内容が少しでも参考になり、役に立つことができれば、執筆者としてはこれに勝る喜びはない。

著者プロフィール

児美川 孝一郎(コミカワ コウイチロウ)

1963年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専攻は、教育学(青年期教育、キャリア教育)。
主な著書に『新自由主義と教育改革』(ふきのとう書房、1999年)、『ニート・フリーターと学力』(共著、明石書店、2005年)、『若者とアイデンティティ』(法政大学出版局、2006年)等。近況はhttp://blogs.dion.ne.jp/careerにて。

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