発行:明石書店
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四六判 256ページ 上製
定価:2,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2553-8 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年05月
書店発売日:2007年05月28日
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紹介
「血のメーデー」から新建設者同盟結成。砂川闘争,安保闘争。反戦青年委員会の結成から69・70闘争。更に71年参議院選の闘い。反戦・平和運動の高揚のただ中に生きた著者の誇れる青春の軌跡。現在直下の憲法改悪阻止の闘いにとっても貴重な刺激に。
目次
はじめに
第1部 記 憶
1 私の「軍国少年」時代
2 早稲田大学時代
3 社会党専従に
4 六〇年安保闘争
5 浅沼委員長暗殺と中国訪問
6 六〇年安保後の五年間
7 反戦青年委員会の結成
8 反戦青年委員会運動の高揚と分岐
9 『根拠地』発刊と六九・七〇の闘い
10 社会党による反戦派パージ
11 七〇年安保以降
第2部 闘 志
1 T氏からの手紙
2 イラク反戦闘争
3 社会党の歴史的没落
4 「社民党がんばれ!」
5 いくつかの会合にて
6 「運転者ネット」の闘い
第3部 資 料
「民主主義」をたたかいとり「協同社会」へ
憲法9条改悪阻止! 政治連合戦線を提唱する
あとがき
前書きなど
はじめに
二度目の遊就館を訪ねて
今年(二〇〇七年)の三月一三日、私はひとりで靖国神社の敷地内にある戦争博物館「遊就館」を訪れた。最近の憲法改悪の動きに危機感をもち、“祖国日本”のために命をおとした人々と対話したいと思い立ったからである。一五年前、「スペース90」(現「スペース21」)の仲間一〇人ほどと共に訪ねてから二度目であった。
一五年前には、展示を見て涙を流し、友人たちに笑われるなどのこともあったが、その時の見学を終えての帰り道、神社の砂利道で高齢の男性が署名を求めたのに対して、私は声をあげて拒否したのであった。靖国神社に来た人はすべて“祖国日本”のために死んだ“英霊”を尊崇していると決めてかかっている態度に我慢ならなかったのだ。その時の私の心情は、戦争にたおれたすべての人々(日本人だけではなくすべての戦争犠牲者)に対する同情と哀しみのそれであり、決して“愛国”などというものではなかったのである。
私は敗戦のとき、中学二年(一三歳)であった。あと数年もたてば、私も軍人として死んでいたかもしれないのである。あの当時、新聞紙上では写真付きで一七歳の少年兵の戦死が報じられていた。当時、心の中では「日本は“神風”によって必ず勝つ」と自分に言い聞かせる一方、数年先の“死”の予感に戦慄していたのだ。
安倍晋三首相は著書『美しい国へ』の中で次のように述べている。
「(特攻隊員は)死を目前にした瞬間、……日本という国の悠久の歴史が続くことを願ったのである」「(戦後生まれの世代にとって)たしかに自分のいのちは大切なものである。しかし、ときにはそれをなげうっても守るべき価値が存在するのだ、ということを考えたことがあるだろうか」。
敗戦当時生まれてもいなかった安倍が戦前の国家主義者のような言動を弄するのは、祖父・岸信介元首相と、それに連なる人々の保守思想の教えによるものなのだろうか。岸内閣打倒六〇年安保反対闘争を闘った私は、岸と同じような国家主義思想が再び台頭するのを許すわけにはいかない。
今年二月二六日の『朝日新聞』「命をかけた祖国とは」という記事には、安倍の主張とは異質な特攻隊員たちの心情が述べられていた。
旧制一高出身の鷲尾克己少尉(二三歳)の日記には、「気高く死ぬる必要なし」「美しく死ぬる必要もなし」「冗談じゃねえ」と書き殴られている。
二二歳の上原良司さんが出撃前夜に書いた「自由の勝利は明白な事だと思います」という所感は、戦没学徒兵の遺書集『きけ、わだつみのこえ』に掲載され、彼の生誕の地、長野県池田町には「明日ハ自由主義者が一人この世から去っていきます」という碑が建てられた。自らを「自由主義者」と呼ぶ上原良司さんは、ファシズム批判を続けたイタリアの哲学者ベネデット・クローチェの愛読者であったという。
その鷲尾さん、上原さんも靖国神社の遺影の中にいる。彼らは決して「悠久の歴史のために」死ぬことを望んでいなかったにもかかわらず。
私は、安倍ら今日の国家主義者たちが、若者たちを死地に追い込んだ戦争遂行者——その頂点は天皇——の犯罪を美化しようと企んでいることを許さない。「強制連行」「従軍慰安婦」など暴虐きわまる国家犯罪をなかったこととして歴史を捏造する彼らを許さない。
遊就館の案内文は、次のように述べる。
「近代国家成立のため、我が国の自存自衛のため……自由で平等な世界を達成するため、避け得なかった多くの戦いがありました。それらの戦いに尊い命を捧げられたのが英霊であり、その英霊の武勲、御遺徳を顕彰し、英霊が歩まれた近代史の真実を明らかにするのが遊就館の持つ使命であります」。
遊就館ではまた、ドキュメント映画『私たちは忘れない』(企画・制作=日本会議、英霊にこたえる会)を上映している。この中では、日本の国家犯罪は消し去られ、アジア太平洋戦争での戦没者の過半数が餓死であったことも隠している。未だ南洋諸島に幾万の兵士の遺骨が風雨にさらされていることをこのドキュメントは伝えるが、白骨となった兵士たちは、無謀な戦争によって“無駄死”を強制され、戦争指導者を恨んで死んでいったことまでは伝えようとはしない。
日本帝国主義の侵略と国家犯罪を「自存自衛のため」と正当化し、虐殺・放火・略奪・レイプなど筆舌に尽くしがたい国家の蛮行を隠蔽する。これが、靖国神社と遊就館のもつ「使命」なのである。
安倍もまた、旧日本軍の「慰安婦」について「官憲が家に押し入って連れて行くという強制はなかった」と居直っている。過去の重大な人権侵害の隠蔽に躍起になる一方、北朝鮮による拉致を人権侵害として批判する。そうした言動が国際社会に対する説得力をもつはずもなく、「日本国家」の孤立は深まるばかりだ。
平和的生存権とコミューンの思想
私は「平和的生存権」の思想をもって、今日の戦争国家化と脱福祉国家化の暗雲を払いのけ、闘い抜きたいと思う。
すでに日本国憲法の中に「平和的生存権」の思想は貫かれている、と私は理解する。
日本国憲法の諸条項の中で「平和」は、前文と第9条2項によって表現されている。
生存権の核心は、第25条(「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」)である。そして、この生存権の保障を中心として、第3章の「国民の権利及び義務」の各条項こそは、すぐれた権利宣言なのである。
第9条と、第25条を中心とする人権は、相互に結びつけられて「平和的生存権」として把握されるべきものである。このようにとらえられる現日本国憲法は、世界に向かって誇るべき思想に貫かれていると考えてよい。「憲法9条を守れ」だけでは単なる護憲運動となり、現実的な力をもちえない。生存権(第25条)と第9条が結合して統一的にとらえられてこそ、深く広く人間存在の根源からの力を発揮できるだろう。
私が人生の中でつかみとった確信は“コミューン”の思想である。
マルクスは、『フランスの内乱』の中で次のように書いた。「それは、本質上労働者階級の所産であり、横領者の階級にたいする生産者の階級の闘争の所産であり、労働の経済的解放をなしとげるための、ついに発見された政治形態であった」。
パリ・コミューンは、充実した人権保障を示していた。言論・出版・集会・結社の自由をはじめ、「人民主権」原理による参政権の保障、資本・賃労働関係の否定を前提とする「賃金制度や悲惨な貧困と永遠に決別」「権力と財産を万人のものとする」という内容は、まさしく「協同組合的社会編成」を目ざすものであった。さらに常備軍が人権にとって、また経済にとって二重の危険性の故に、その廃止が宣言された。
これら人権の諸原則は、長い闘いの歴史を経て築かれ鍛えられた民主主義の根幹をなす。そしてこの原則は、今日の日本国憲法の人権諸条項に活かされており、「常備軍の廃止」もまた、第9条に活かされている。かくて、パリ・コミューンの精神と諸原則は現実に活きているのだ。
パリ・コミューンの精神は私のなかで、不断に生き続け鍛えられている。今後とも、深め、鍛えあげてゆくべきものと思い定めている。そして、「NO!9条改憲・人権破壊」の闘いを全生涯の総括をかけて闘い抜きたいと考えている。
著者プロフィール
高見 圭司(タカミ ケイシ)
1932年 熊本県球磨郡多良木町に生まれる
1950年 熊本県立人吉高校卒業
1955年 早稲田大学第一政経学部卒業
1957年 日本社会党中央本部青年部副部長
1960年 安保改定阻止国民会議訪中団の一員として第11回国慶節に参加
1962年 第8回青年学生平和友好祭(ヘルシンキ)に日本代表団の団長として参加
1965年 全国反戦青年委員会設立を担う
1970年 社会党中央本部青年対策部長を解任される
同時に、同志12人とともに「反戦パージ」で社会党を除名される
1971年 参院選挙全国区に立候補
13万5000票余りを獲得するも落選
1972年 新産別運転者労働組合に加盟
日々雇用の労働者として今日まで働く
その間、反戦、人権擁護の諸闘争を担い続ける
主な編著書
『反戦青年委員会』(1968年、三一新書)
『われ一人のリープクネヒトにあらず』(1970年、高見出版)
『国民総背番号体制』(玉川洋次共著、1973年、三一新書)
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