自律と連帯の緊張関係感情の起源
ジョナサン・H・ターナー, 正岡 寛司(寛は儿に点がつく):訳
発行:明石書店
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四六判 320ページ 上製
定価:3,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2482-1 C0336
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年02月
書店発売日:2007年02月06日
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紹介

元来,孤独を好む類人猿であったヒトが,数百万年前に絶滅の危機に瀕し,互いに助けあう必要に直面した。そのとき手に入れたのが感情という能力である。人間の本質たる社会性の起源を,社会学,先史人類学,神経学の最新成果を縦横に駆使して解明した問題作。

目次

日本語版への序文
謝 辞
はじめに
第1章 遠い祖先の感情コミュニケーション
 1 進化した類人猿
 2 霊長類の進化
 3 霊長類の社会構造
 4 アフリカの林地とサヴァンナへの類人猿の適応
 5 ヒト科における感情進化
 6 霊長類の遺産と人間相互作用
 7 人間相互作用の解剖学的特徴——とりあえずの結び
第2章 選択力と感情の進化
 1 間接的な選択力
 2 直接的な選択力
 3 むすび
第3章 人間の感情レパートリー
 1 どの感情が原基的であるか
 2 人間の感情喚起
第4章 人間感情の神経学
 1 いくつかの限定と重要事項
 2 感情の進化途上における神経学的変化
 3 人間の感情システム
 4 思考と考えること
 5 対人過程を研究することの意義
 6 むすび
第5章 どのような種類の感情動物であるか
 1 ここまでの概要
 2 推論によって導かれるいくつかの含意
 3 むすび
原 注
訳者あとがき
参考文献
人名索引
事項索引

前書きなど

日本語版への序文
 本書ができたのは、いくつかの出来事との出会いの僥倖のおかげである。かつて同僚であったランドル・コリンズは感情喚起の「儀礼理論」を開発し、わたしの関心をひきつけたが、しかし同時にわたしは、感情はコリンズの理論が概念化したよりもはるかに強固であるという考えにたどりついた。かつて同僚であった彼と会話を交わしていくなかで、わたしはますます人間の感情に強い関心を抱くようになった。人間のもっとも独自な特徴の一つが、広範で、しかもさまざまな強度の感情反応を作りだせる能力にあるのだとわたしには思われた。だからわたしは、この能力がどのようにして作られたのかについて考えるようになった。その後数年間、わたしは、妻のアレキサンドラ・マリアンスキーと共同して、生物学と社会構造の接点に関する研究を継続した。そしてわれわれは、人間が属しているヒト科のはるか遠い祖先の鏡像として調べることのできる高等霊長類のデータを用いて、人間行動と社会組織の生物的基礎を説明するために実施した多くの協同研究の成果を書物にしてきた。
 感情と高等霊長類へのわたしの関心をどうしてこれまで結びつけようとしなかったのか、今ふり返ってみるとまことに不思議に思われる。それまでのわたしは、両者をまったく別々の分野であるとみなして研究を継続した。ある日、文字どおり突然に——そんなことはわたしにとってはまことに稀なことなのだが——、一つの考えに到達した。人間を特徴づけている感情能力は、人間感情の範囲、変異、そして強度を促進した自然選択——ヒト科の脳に働いた選択、そして次に、人間の脳の神経構造に作用した選択——の結果ではないかという考えである。人間の感情と人間の進化史とを研究することは、人びとのみならず、社会と文化を理解するうえで決定的に重要である。こうした突然の思いつきの一部が次にもう一つの疑問を生みだした。すなわち、

自然選択はなぜ、ヒト科の解剖学的構造に働きかけて、以前にも増して彼らをいっそう感情的にさせたのか、

という疑問である。
 われわれヒト科の祖先は、おそらく、現生しているチンパンジーに近似していたに違いない。というのもわれわれの遺伝子はチンパンジーの遺伝子と九九パーセントも重複しており、したがってチンパンジーは、ほぼ五〇〇万年前におけるわれわれの遠いヒト科の祖先をたどるための最高の光明になりうるはずだからである。一つの大きな疑問——なぜヒト科を、ついで人間をいっそう感情的にさせたのか——に対する答えは、アレキサンドラ・マリアンスキーとわたしの共著『社会の檻——人間性と社会の進化』(Maryanski and Turner 1992)に起源をもつ。この書物のなかでわれわれは、類人猿が緊密な社会結合をもっていないことを検証した。事実、高度に社会的である猿と比べて、類人猿は明らかに緊密な社会結合のための紐帯を欠いている。
 社会結合を作るための紐帯をもっていないことは、われわれヒト科の祖先の生存にとって難問であったに違いない。彼らは彼らを狙う捕食者たちがあふれていたアフリカの乾燥サヴァンナに適応しなければならない類人猿であった。ほとんどすべての類人猿は一六〇〇万年のあいだに絶滅してしまった。というのも彼らは自らを守り、食料を採集するために協同できるほど十分に組織されていなかったからである。いったいどのようにしてわれわれの祖先はこの難問を解決し、生き延びることができたのであろうか。
 すべての類人猿に共通している先天的に弱い結合傾向は、感情と関係する脳の諸領野を強化することに向かった自然選択によって克服されたというのが、その答えである。そして、感情によってヒト科、最終的には、その子孫である人間は、屈強かつ柔軟で、しかも継続性のある社会結合を形成することに成功を収めた。自然選択は、低い社会性しかもたない類人猿がどうすれば適応できるかという難問の解決策を模索した。類人猿は強く結束した社会組織を欠いていたため、サヴァンナではいとも簡単に捕食者の攻撃にさらされた。その結果、ほとんどすべての類人猿は死に絶えたが、しかし自然選択はわれわれの祖先のために一つの解決策をみいだした。そして今日、人間は乾燥し広く開けたサヴァンナの状況において生きることのできる唯一の類人猿(基本的に、今われわれがあるような存在)になりえたのである。
 一九九〇年代半ば、感情に関心をもつようになったとき、わたしは関連する社会学の文献を渉猟しただけでなく、感情を理解するために、神経学の基本文献を読む必要のあることを確信するにいたった。だから、コリンズやマリアンスキーの研究における成果を本書において総合するに先立って、わたしは医学の教科書や神経生物学の文献を読み込むためにかなりの時間を費やした。本書を執筆したとき、わたしは次のような考えをもっていた。すなわち、自然選択を受けた脳の構造が少なくとも一般的な用語で明細に記述されなければ、自然選択が人間の感情性を強化したと単純に主張することはできないという認識である。
 幸いにも、わたしは関連する参考文献や、人間、類人猿、猿の脳の構造の相対的な規模の正確な測定について報告した研究成果を活用することができた。したがって高度に推論的な議論——社会学、人類学、霊長類学、進化生物学からの思考——を、人間がなぜこうも感情的であるかの説明を試みるための一貫し、しかも説得力のある議論にまとめあげることに成功を収めえたかどうかの判定は、本書の読者に委ねられることになる。

(中略)

 本書のもっとも大きな特徴の一つは多様な分野の考察を統合する努力にある。わたしの考えによれば、社会学は社会学的考察に貢献できる他の専門科学に対してあまりに狭量であり、またそれらから孤立してきた。とくにわれわれは、明白であるにもかかわらず、しばしば無視してきた事実を認識しなければならない。つまり、人間は他のすべての動物と同じく進化した動物である。この単純な事実は、社会学者たちがどのように人間の行動、社会構造や文化を説明してきたかという点に対して、とても大きな意味のあることをしめしている。社会的現実の多くが人間によって構築され、文化によって調整されているのはまちがいのない事実である。しかしこの言説は、われわれが数百万年にわたり自然選択によって精巧にされたわれわれ類人猿の生物学的構造によってもたらされた特定の行動能力や傾向を表す動物であることを否定するものではない。本書は、素朴な生物学決定論を押しつけるのではなく、むしろ社会学者たちがこれまで人間生物学に注意を傾けてこなかった偏向を是正しようとする試みなのである。文化と生物学とはとても興味深く、しかも複雑な方法で相互作用している。だからこそ社会学者はこの相互作用の力学を発見しなければならないのである。
 本書のもう一つのテーマは、わたしが社会科学者による脳の皮質下領野の相対的な見落しと新皮質領野の過剰な強調と呼んでいるものに関わる、わたしの間接的な批判である。人間の新皮質領野は、ほとんどの社会学者が注目を集中している部分である。なぜなら人間が行動を調整し、そして社会構造を構築するために言語や文化を使用することを可能にしているのは、この大きな新皮質領野だからである。しかし脳にはもっと古く、しかも非常に重要な部分、すなわち、皮質下領野があり、そこで感情が生成されるのだ。だからこそ、われわれはここに注目している。人間の合理性というものは、認知に感情を貼りつける能力を抜きにして考えることはできない。そして個人が新皮質領野と皮質下領野の連結を切断するような損傷あるいは疾病を経験すると、損傷者は意思決定を行うことがきわめて困難であり、また意思決定を行うとしても、その決定をほとんどいつもうまく軌道に乗せることができない。
 よりいっそう基本的に、われわれのヒト科の祖先は、アフリカのサヴァンナの過酷な状況において、まず文化を発達させることによって生き延びたのではない。なぜなら初期ヒト科の脳はチンパンジーの脳の大きさを上回ってはいなかったからである。むしろ、脳の重要な再配線は感情を司る領野である皮質下領野において行われた。われわれの遠い祖先が生き延びることができたのは、感情性の発達の恩恵によっている。ヒト科あるいは人間が自らを組織するために文化を活用できるようになるはるか以前に、彼らはもっと屈強な結合を作りだすために感情中枢を活用していたのである。
 ヒト科の最初の言語がボディ・ランゲージであったと論じるところまでわたしは議論を推し進めている。この言語は身体と顔面を通して読解できる。ところが、伝統的に、ボディ・ランゲージは発話言語に付加されたものとみなされがちであった。事実はまったく逆である。ボディ・ランゲージこそが根源的で、しかも原初的である。少し考えてみるだけでこの事実は明白である。相手の感情を完全に読みたいと思うとき、しばしば語りを無視して、相手の顔と身体だけに注意を向ける傾向がわれわれにはある。さらに、乳児は言語を理解するずっと以前に感情を読み取ることができる。継起する発達の局面はしばしば種における発達の進化段階を反映しているので、わたしの主張には十分な根拠がある。次に、感情は文化能力と同じく重要であるが、しかしとくにそれが重要であるのは過去の進化過程においてであった。人間の感情能力はわれわれの文化能力と同じ程度に独自である。こうした結論は、社会学者が行動や社会関係をどのように研究するかに対してきわめて重要な含意である。
 本書におけるいくつかのテーマが、まったく新たな研究の最前線を、社会学者や社会科学者に意識させることになればわたしにとって幸いである。感情の神経学と進化、ならびに人間の思考、行為、社会組織に対する感情の影響についての研究がひさしく待望されてきた。本書はおおむね推論的であり、またおそらくそのことが読者の気持ちをいささか苛立たせるであろう。たとえデータによって完全に支持されていない推論が大きな危険をもたらすとしても、それにもかかわらず、社会科学者としてのわれわれの考察が新たな領域へ拡張されることは有用である。われわれが想像力によってこうした跳躍をなしえないとすれば、新たな発想が生れる望みはほとんど絶たれてしまう。わたしが本書を日本の読者に提示しているのは、こうした精神の賜物である。すなわち、推論を行い、そしてできる限り、これらの推論に関連する妥当なデータを収集しようとする精神である。

リヴァーサイド、カリフォルニア、アメリカ合衆国
ジョナサン・H・ターナー

著者プロフィール

ジョナサン・H・ターナー(ターナー,ジョナサン・H)

カリフォルニア大学リヴァーサイド校教授。1968年、コーネル大学で博士号(Ph.D)取得。元太平洋社会学会会長。 Patterns of Social Organization (1972), A Theory of Social Interaction (1988), The Structure of Sociological Theory (1998), Face-to-Face (2002), Incest: Origins of the Taboo (2005), The Sociology of Emotions (with Jan E. Stets, 2006)など多数の著書・論文を著わしているアメリカを代表する理論社会学者の一人であり、近年、人間感情の進化論的な社会学理論の構築に努めている。

正岡 寛司(寛は儿に点がつく)(マサオカ カンジ)

1935年、広島市生。早稲田大学名誉教授。元日本家族社会学会会長。主な著書・翻訳書として、『「家」と親族組織』(共編著、早稲田大学社会科学研究所、1975)、『家族——その社会史的変遷と将来』(学文社、1981)、『家族過程論』(放送大学教育振興会、1995)、『近代社会と人生経験』(共著、放送大学教育振興会、1999)、ハレーヴン『家族時間と産業時間』(監訳、早稲田大学出版部、1990)、エルダー、ジール編『ライフコース研究の方法』(監訳、明石書店、2003)、リッツア『マクドナルド化する社会』(監訳、早稲田大学出版部、1999)、リッツア『無のグローバル化』(監訳、明石書店、2005)など。

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