
発行:明石書店 この版元の本一覧
四六判 320ページ 並製
定価:2,500円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-7503-2247-6 (4-7503-2247-4) C0037
品切・重版未定
奥付の初版発行年月:2005年12月 書店発売日:2005年12月28日
あらかじめご了承下さい。
紹介
「教育の危機」が問われている。その原因が複合的で社会や文化総体に関わって出現していることに注目し,人間形成と文化の相関関係において教育を捉え直す「教育文化学」の構築を目指した気鋭の書。
目次
序 章
第1部 文化交流と教育
第1章 文化交流と教育——人と文化の交わり
第2章 日本の近代教育と西洋教育思想
第3章 日本人移民の文化変容と教育——アメリカ日本人移民の集団間関係と教育ストラテジーの史的展開
第4章 バイリンガルの言語習得と生活文化
第5章 シルクロードへのノスタルジア——教育への応用
第2部 生涯学習の中の文化交流
第1章 学校教育における異文化理解教育
第2章 社会教育における文化交流——地域における子どもの体験と交流
第3章 大学における異文化間教育——多文化主義の挑戦に応えるカリキュラム構築にむけて
第4章 図書館の国際文化交流
第5章 図書館における多文化サービス
第6章 スポーツのグローバリゼーション
前書きなど
序章
教育というものを人間の誕生から臨終にいたるまでの、まさしく生の営みと捉えるならば、それらを構成している諸々の要因は教育学研究の対象となる。私たちはこうした人間の生の営みの集積を文化と呼んでいる。それは言語であったり、子育ての方法や成人の観念、親子の関係やさらには何をどのように食べるのかという生命を繋ぐ食事であったり、挨拶や身ぶり手ぶり等の身体動作であったりする。また、共同生活における他者理解の方法やその社会が持つさまざまな制度や法律それに知識の伝達の手段もそうした文化を特徴づけるものであろう。私たちが教育の歪みを問題とするとき、往々にして「学校」という限られた空間の制度と内容に関する議論に偏りがちである。そこで語られる「教育問題」はかつては社会問題として取り上げられることが多かったが、近年は子どもの心の問題に還元される傾向が強い。そこから何らかの対症療法が導き出される。「心のケア」や「心の教育」という言葉で語られるこれらの対症療法が一定の有効性を持っていることは否定できない。しかし、現在問われている「教育の危機」はもっと根深くかつ深刻である。その原因も複合的で社会や文化総体に関わって出現していることに注目しなければならない。こうした諸現象を解析するために、私たちは人間形成と文化との相関関係において教育を研究する教育文化学を提唱している。
教育文化という用語に関して宮澤康人は「学問的市民権を認められていない概念」(『教育文化論—発達の環境と教育関係』)と述べているように、明確な方法と概念を持った学問体系ではない。宮澤は「教育文化」を「ある集団によって歴史的に形成され共有された、次世代育成に関わる生活の仕方」と定義している。私たちは、これにほぼ近い意味合いで理解している。しかし、文化形成を一国の国民国家の枠組み内で捉えるのではなく、国境を越境して交わる、文化交流の視点で捉えなおす必要があると私たちは考えている。私たちの生活はさまざまな文化要因から構成されている。日本固有の伝統的なものと考えられているものの中にも、東アジアの文化交流の痕跡が発見できる場合も少なくない。近代以降になると、文化の交流を無視しては一国の文化を語ることが出来なくなる。文化の交流はあるときには友好関係を象徴するものとして、平和裡に意識的に展開されることもあるが、歴史的に省みれば戦争に端的にみられるように、支配と被支配といった関係の中で強制される場合も多い。今日のようにボーダレス社会における人間形成と教育の課題を考える際に、文化交流の視点はきわめて重要な意味を持っている。異質な文化を持った人々と共生し相互に理解しあうことが求められている今日の国際社会において、私たちが文化交流にこだわる点はここにある。
本書は2部構成からなっている。第1部の「文化交流と教育」では主として、文化交流の実態とそこから生じてくる諸課題に焦点を当てながら、教育文化学の思想と理論の構築を目指した論考を中心に構成した。第1章においては日本固有と考えられてきた伝統的な教育文化が実は東アジアとの文化交流の中で形成され、そこから日本人の人間形成に関する理想が生み出されてきたことを明らかにしている。第2章では日本の近代教育の形成期において受容された欧米の教育学理論や制度が単なる模倣に終始したのではなく、主体的な受容と批判的な検証を経て確立されてきたことを論証している。第3章はアメリカに渡った日本人移民が、ホスト社会をはじめ、多様な移民集団とどのような関係性を構築し、それは移民集団そのものに、いかなる変容をもたらしたかを明らかにしている。民族や国民が越境して交わるグローバリゼーションが進行する現代社会の重要な教育問題と通底する。第4章ではバイリンガルの言語習得における文化の役割と意味を言語連想から単語の記憶構造まで踏み込んで考察している。二言語習得に必要な文化的環境をどのように考えるのかという重要な示唆を提示している。第5章ではシルクロードを主題とした10の講座の事例の分析を通して、文化のグローバル化とアジア地域へのアイデンティティに関する問題を考察するとともに、仮想のグローバル共同体の持つ可能性について言及している。
第2部の「生涯学習の中の文化交流」では、学校教育や社会教育または大学教育などの教育実践の場や、さらにはそれらを支援する図書館と広く国民の健康に関わるスポーツの立場からグローバリゼーションおよび文化交流の実際とその課題を取り扱っている。
第1章では異文化理解教育を多文化共生社会という国際社会の動向を踏まえて再検討しながら、グローバルをローカルの視点で捉える「グローカル」教育の必要性とその具体的な方法を提示している。第2章では、戦後の社会教育が国際的な課題と取り組みながら新たな法整備を進めていった課程を明らかにするとともに、学校と社会の連携交流や日常的に体験する地域間や世代間の文化交流の「場」とその実際について論じている。第3章では多文化主義が大学教育にもたらした歴史的課題といったものを検証しながら、大学における異文化間教育の課題を論じている。とくにジェンダー学を多文化主義教育の文脈で捉えなおしたカリキュラム構成の実際を提示している。第4章では、公共図書館の新しい課題として、国際的な情報の流通とその共有化を支える「国際交流の場」としての機能と「文化の使徒」としての図書館専門職の国際交流及び国際貢献の実際を提示している。第5章では多文化・多民族共生社会における図書館の役割について考察している。国民の知る権利や学習権などの諸権利を保障するとともに、マイノリティとマジョリティの住民相互理解を促進させる図書館の機能に言及している。第6章は人間の身体的機能がもつ普遍性を前提としたスポーツ指導またはスポーツ教育のグローバリゼーションは多様な言語を媒介として伝達する際に、言語の背景にある文化風土が大きく作用することを明らかにしたうえで、そうした障壁を克服する方向を提示している。
本書は教育文化学という明確な共通の概念のもとに執筆したわけではないので、一見して個々の論文の寄せ集めという印象をもたれることは否めない。しかし、あえて制約を設けず、執筆者各自の教育文化に関する独自のイメージに基づいて書かれた論考をこうして並べることによって、相違点や共通点を新たに発見してゆく作業も必要と考えている。教育をさらに広いパースペクティブのもとで捉えなおし、現実に生起する教育の諸問題に豊かな光を与えることが出来る教育文化学の構築に向けての第一歩とご理解していただき、読者の方々からのご叱正、ご教示をいただければ有り難い。
沖田行司
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