英語
小島 昌世:編著
シリーズ・叢書「授業づくりで変える高校の教室4」の本一覧
発行:明石書店 この版元の本一覧
A5判 120ページ 並製
定価:1,400円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-7503-2244-5 (4-7503-2244-X) C0337
在庫あり
奥付の初版発行年月:2006年01月 書店発売日:2006年01月23日
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紹介

英語嫌いの生徒が大半を占めるクラスで,授業の中で彼らのつまずきをどう回復させるか。本書は学力差が大きいといわれる高校の英語学習に,独自の視点から果敢に取り組んでいる3つの実践例をもとに2つのコラムも交えてわかりやすく解説する。

目次

[巻頭言]教えと学びの交響する教室へ(竹内 常一)
はじめに(小島 昌世)
短期間で自信を持たせる読みの指導(田中 容子)
【コラム】 歌を授業に(米蒸 健一)
英語嫌いの生徒と向き合って(室井 明)
【コラム】 人と人をつなぐ──私の授業開き(室井 美稚子)
あの手この手で言語学習に挑む定時制(絹村 俊明)
[解説]実践に見る外国語教育の困難を超えるてだて(小島 昌世)
あとがき(小島 昌世)

前書きなど

はじめに(小島 昌世)
 生徒たちは、高校入学時にはすでに英語という教科について、たくさんの教科観、イメージ、思い込みをもっています。これらのいくつかは、高校の英語授業成立の壁になります。この壁をとりはらい、新しい教科観をつくりだすことができるかどうかが、高校英語授業成立の鍵となります。
 英語授業を成り立ちにくくしている、生徒たちの思い込みについて考えてみましょう。

「自分は英語はだめ」という思い込み
 新しい言語を身につけるということは大変なことです。言語はさまざまな側面をもっていますが、最も重要なのは「意思伝達の道具」という側面です。道具であれば、使いこなす技能がなくてはなりません。したがって、英語という教科は、各教科の中でもとりわけ技能の修得を必要とする教科なのです。英語の習得には、繰り返しによる練習と記憶の維持が欠かせません。中学での、週あたり3時間程度の学習では無理というべきかもしれません。何らかの方法で授業以外の学習時間を確保できなかった生徒たちが、「英語はわからない」「中学で落ちこぼれた」「わたしには英語はむり」と思いこむことで、学習からひいてしまうのも無理からぬことです。高校の授業の中に、とりもどしの課程を組んで、「わからない」を「ここまではわかる」に変えなければなりません。
 学力補充の実践は、数多くあります。成功の鍵は、中学英語教科書の文法シラバスを、最初から繰り返さないこと。英語という言語を成立させている根幹をとらえ、これさえわかれば、これだけのことができるという達成感をあじわわせることです。「主語・自動詞・補語」「主語・他動詞・目的語」という2種類の語順さえ身につければ、ほとんどの意志は伝達できます。
 成功のもうひとつの鍵は、語彙を豊かにすること。単語帳をAから順に覚えるのではなく、「あなたに必要な語彙は何ですか」と問いかけて、それを教え身につけさせることです。単語テストの問題が、全員同じである必要はないのではないでしょうか。

「英語が話せないからだめ」「英語は話せればよい」という思い込み
 従来の英語教育法の反省から、Communicativeな英語力の重要性がさけばれています。言語による伝達は、文字によるものとは限りません。むしろ音声による伝達こそ本来のものといえましょう。したがって、音声の指導を軽視することはできません。「聞き取るちから」「話すちから」の獲得は特別の訓練を必要としますから、意識的な指導をしなければなりません。けれども、高校生という年齢にいたった者にとっては、文字による理解や確認は、おおいに学習の助けとなります。4領域をバランスよく指導するというスタンスにたつことの方が現実的だといえます。英文の資料を読む、調べたことを英語で発表する、考えを英文のリポートにする、その間にQ and A がおこなわれるなど、ひとつの話題の学習を4領域にわたっておこなう工夫が考えられます。同じ題材を4領域にわたって学習することは、言語というものの全体像をつかむことにもなります。
 実践的な英語力ということで場面シラバスにしたがった指導も導入されています。しかし、場面ごとの会話は、さしせまった必要があるときにこそ良く定着します。自分が、英語でなければ伝え合えないという場面に直面することを想定できない場合には空疎なものと感じられるでしょう。外国人を教室に招くなど、必要をつくりだす工夫もあります。また、学校がある地域の状況を考えて、可能性のある場面を、生徒と想定しあうこともあってもいいでしょう。地域の状況によっては、英語でなくスペイン語や韓国・朝鮮語の会話が必要だという場合もあるかもしれません。場面に応じた会話は、必要があるときにインテンシヴにおこなえばよいという考えもあります。
 生徒が「買い物の会話」を英語で流暢におこなうということと、他者とCommunicateするちからが育っているということは必ずしもイコールではありません。他者とCommunicateするちからを育てることにこそ意を用いるべきです。
 
「英語は現実生活とは別のもの」という思い込み
 英語学習から引いてしまっている生徒たちを授業にひきもどすために、学力を保障することは重要です。けれども、英語のちからをつければ生徒の学習意欲がもどってくるというほど、ことは単純ではありません。多くの先生たちが「あそこは教育困難」といっている学校の先生が「うちは教育困難ではない」といっているのを聞きました。一方は学力を基準にし、他方は学習意欲を基準に教育困難をとらえていました。学習意欲の減退こそ教育困難の根本です。学習の意味がつかめていない生徒たちには、とりもどし学習は苦痛でしかありません。
 英語学習から引いてしまっている生徒たちは、英語は空疎なもの、自分の現実の生活とかけはなれたものと感じています。英語を学習することの意味がわからなくなっています。英語だけでなく、学習することそのものの意味がつかめなくなっているのです。
 原因のひとつは、かれらが受けてきた英語授業が、英語という言語で伝えられている内容を自分とかさねて考える機会になっていなかったということにあります。およそ、伝える内容をふくみもたない言語というものはありません。“Oh!”という一語にしても、それを発するある情感を伝えています。けれども、授業で、ある文法項目を教えるときにとりあげる英文の内容に、どれほどの注意がはらわれているでしょうか。プリントの練習問題には、脈絡のない英文がならんではいないでしょうか。脈絡のない英文の羅列を繰り返し提示された生徒たちは、英文は内容にこだわらなくてもいいものだと感じてしまいます。英語という言語が技能の修得の道具にすぎなくなり、「伝える道具」という本質をつかむことができず、英語で伝えようという意欲からとうざかっていきます。
 世界で起こっている現代社会の問題を学習することは、英語という教科に期待される課題のひとつです。教科書にもそういうレッスンが増えています。けれども、そのレッスンを読むことで、現代社会の問題の学習ができたとはいえません。生徒がすでに知っている事実の域をでないこともあります。また、「外国のできごとであって、自分の問題ではない」あるいは、「日本はそうではなくてよかった」と思って終わるということもあります。レッスンの内容を分析し、不十分な事実をおぎない、外国の問題と見えたことが、実は日本の、自分の生活と密接にかかわっているということを発見させ、自分のスタンスを決めさせることが、そのレッスンを学習させるということです。そして、やがて生徒自身が自分のちからでこれらのことができるようにすることこそ、学習意欲をとりもどさせ、授業を成立させることです。
 こういう授業を成立させるためには、まず、英文に対したときには、何が伝えられているかに注意を集中するという読み方の習慣をつけなければなりません。批判的な読みも必要です。書かれていることの真意を確かめ、新しい事実を調査し、データを読みとり、ひとの話を聞き、調べたことを表現し、討論し、自分の考えを深化させることが必要です。授業は、かぎりなく総合的なものになるはずです。この課程に英語という言語そのものの技能の獲得をからませてゆくのが英語教師のしごとです。
 英語Iの教科書から小説教材が減っています。そこにはある必然性がありますが、思春期の生徒のもつ感情をことばにして提示してみせるという点で、文学作品は重要な意味をもっています。自己と世界との把握をうながす授業を成立させる可能性をもった教材はどのようなものかを探り、さまざまな教材を開発することが、授業拒否をのりこえるひとつのてがかりとなります。

「生徒と先生は対立するもの」という思い込み
 授業拒否と教師不信は一体のものです。生徒は漠然と、英語はたいせつだと思っています。たいせつだと思えばこそ、その力がないと評価する者を、自分に敵対する者と感じるのです。英語の学習をすることが、自分のおかれている状況を把握し、状況を変えていくちからをつけることになると実感できるような授業をすること。学習することで、自分の値打ちを発見させること。そして、教師は、生徒の側にたって共に人の値打ちを探っている者だと、行動と姿勢で示すことが、この壁をのりこえることを可能にします。生徒にとって教師は、非常に身近に存在する他者です。両者のあいだに「共にたつ者」という関係をうちたてることは、他者と共にたつ力をもった人格をうちたてる基礎となります。

 教育困難の壁をのりこえる英語授業について考えてきました。この巻に収録された実践とコラムは、ここに述べたことを具体的に示しています。授業のアイデアとしてのみならず、教師の姿勢として、学ぶべきことが多いと考えます。

著者プロフィール

小島 昌世(コジマ マサヨ)

津田塾大学学芸学部英文学科卒業
1940年生まれ
國學院大学文学部講師
『自分ってなんだろう?──自分をみつめ、ひとをみつめる』(ポプラ社、1995年)
『ヒロシマは世界をむすぶ──核兵器廃絶に挑む』(ポプラ社、1999年)
『中学授業のネタ──授業がおもしろくなる 英語/英語2』(共編著、日本書籍、1996/1998年)
『学び方を学ぶ』(共著、明治図書、2000年)

上記内容は本書刊行時のものです。
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