セクシュアリティの障害学
倉本 智明:編著
発行:明石書店 この版元の本一覧
四六判 304ページ 上製
定価:2,800円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-7503-2136-3 (4-7503-2136-2) C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2005年06月 書店発売日:2005年06月17日
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紹介

障害女性,介助,障害当事者運動,家族,専門教育など多角的な視点から「障害とセクシュアリティ」を論じた意欲作。障害者の性という窓を介して現代のセクシュアリティの一断面がみえてくる!

目次

第1章 性的弱者論(倉本智明)<br>1 私は性的弱者か<br>2 性的弱者という言葉が指し示す対象<br>3 リベラリズムの倫理と性的弱者概念の再構成<br>4 性的弱者を生む障壁<br>5 三つの処方箋<br>6 性的弱者論の両義性<br>第2章 戦略、あるいは呪縛としてのロマンチックラブ・イデオロギー——障害女性とセクシュアリティの「間」に何があるのか(松波めぐみ)<br>序 日常のなかの「恋愛・結婚」、戸惑う私<br>1 ロマンチックラブ・イデオロギーという主題<br>2 「障害者の性」の語られ方とジェンダー<br>3 ロマンチックラブ・イデオロギーと障害女性<br>4 セクシュアリティまでの距離——性を隠蔽するロマンチックラブ・イデオロギー<br>5 おわりに<br>第3章 自分のセクシュアリティについて語ってみる(横須賀俊司)<br>1 第三の戦略<br>2 「先生には性的欲求はないと思います」<br>3 オナニーをしないわけ<br>4 なぜ女性障害者に欲情しないのか?<br>5 セックスの作法<br>6 性交の呪縛<br>第4章 障害当事者運動はどのように性を問題化してきたか(瀬山紀子)<br>1 はじめに<br>2 〈性〉が語られてきた場所——車いす市民全国集会<br>3 性について語るとは何について語ることか——一九九三年第一一回車いす市民全国集会報告書から<br>4 社会の規範を問い直すことから——一九九五年第一二回車いす市民全国集会報告書から<br>5 自立生活と結婚と子育てをめぐって——一九九七年第一三回車いす市民全国集会報告書から<br>6 問題の捉え方の違いを認識しながら——一九九九年第一四回車いす市民全国集会<br>7 おわりに——〈性〉について語ること<br>第5章 パンツ一枚の攻防——介助現場における身体距離とセクシュアリティ(前田拓也)<br>1 フラッシュバック!<br>2 「不快」な経験<br>3 介助のリアリティ/セックスのリアリティ<br>4 「最前線」としての入浴介助<br>5 パンツ一枚の攻防<br>6 脱構築のパンツ<br>7 おわりに——オーダーメイドのパンツを履く<br>第6章 介助と秘めごと——マスターベーション介助をめぐる介助者の語り(草山太郎)<br>1 はじめに<br>2 「したくないけどする」矛盾を正当化する「介助者手足論」<br>3 正当化を強化する「本音の関係」<br>4 「裏メニュー」という切り分け<br>5 「サービス」を補完するものとしての「関係」<br>6 「秘めごと」という関係<br>7 メニュー化をはばむ「秘めごと」<br>8 おわりに<br>第7章 「父親の出番」再考——障害をもつ子どもの性をめぐる問題構成(土屋 葉)<br>1 近代家族とセクシュアリティ<br>2 障害者家族とセクシュアリティ<br>3 親がとらえる問題/子どもがとらえる問題<br>4 親への働きかけ<br>5 まとめ<br>第8章 誘いの受け方、断り方——社会福祉実習指導の問題点(三島亜紀子)<br>1 はじめに<br>2 社会福祉士養成のための実習<br>3 教科書のなかに住む「障害者」と性<br>4 分析されるセクシュアリティ<br>5 おわりにかえて——「誘い」が成立する(対話のある)地点<br>あとがき<br>執筆者紹介

前書きなど

あとがき<br> ここ十年余のことだろうか、障害者関連の集まりで性にかかわる問題が主題として取り上げられる機会が増えてきたように思える。しかも、他のテーマを扱った場合に比して盛会であることが多いと聞く。出版物についても、同じような傾向がみてとれる。よきにつけ悪しきにつけ、性についてのあれやこれやを、人びとが競って語る時代としての近代が、障害者のもとにもようやく訪れたということだろうか。<br> とはいえ、性について語ることを、障害者やその周辺の人たちがそれまでしてこなかったというわけではない。少なくとも一九七〇年代以降、障害者コミュニティのなかでは、意識的なものも自然発生的なものも含め、そうした機会がたびたびもたれてきた。第4章で瀬山紀子が取り上げた車いす市民集会におけるセッションは、そうした営みの延長線上に位置するものである。コミュニティは語りを誘発し、語りは人びとをコミュニティにアイデンティファイする。そのようにして、セクシュアリティをめぐっても「障害者」という集団が立ち現れるのである。<br> それにしても、瀬山が取り上げた記録からもみてとれるが、どうして、性的な欲望について語ろうとすると、常に恋愛や結婚の話題がワンセットであるかのようについてくることとなるのだろう。第2章として収めた松波めぐみの論考は、この問いとかかわるものである。恋愛・結婚・生殖のトリニティで性愛を捉えるという近代に支配的な見方は、障害者、とりわけ女性障害者になにをもたらすのか。これまで語られることの少なかった主題である。<br> 語られることが少なかったといえば、第8章で三島亜紀子が取り上げた専門職教育の過程にみられる性の取り扱いも同様だろう。実習生として福祉の現場に赴いた学生は、求愛やハラスメントといったかたちで性的存在としての障害者と遭遇する。ところが、実習指導のなかで獲得が期待されるのは、性的主体としての障害者とむきあうことではないというのだ。<br> 一方、語られる機会それ自体は少なくないものの、不可避であるはずの視点を欠いたまま議論がなされてきたのが、第7章で土屋葉が取り上げた家族という場における性の問題である。近代家族論という視点を導入することで、障害者家族における性の問題は、これまで知られてきたそれとはちがった相貌をみせることとなった。<br> 考えてみると、土屋が扱ったような主題に限らず、障害と性をめぐる議論では、語り手にとっての切実さに由来するのか、対象との距離の確保ということが、これまで充分には考慮されてこなかったように思える。第5章と第6章で前田拓也と草山太郎がそれぞれ言及している介助場面における問題もそうだ。障害者と介助者の双方からそこに考えるべき課題があることは繰り返し指摘されながらも、即時的な対処法の入手が急がれるあまり、いまなにが起こっているのか、という基本的な部分の検討がなおざりにされがちであった。<br> ところで、対象との距離というと、つい観察者の第三者性により担保されるかのように誤解されがちであるが、それはちがう。少なくとも、観察対象が観察者をもその内部に含む社会とかかわる事象である場合、第三者であることは自動的に対象との距離を保障するものではないし、逆に、当事者であることによってそれが確保しえないというわけでもない。確かに、立ち位置のちがいによって得られる写像は異なってくる。が、そもそもひとりの、あるいは有限数の観察者が得ることのできる解には、不可避的に偏りがはらまれている。私たちは、それらさまざまな立ち位置に立つ者がそれぞれの方法で得た知見をつなぎあわせるなかから、おぼろに浮かび上がる世界の像をながめ見るしかないのである。<br> そうした意味では、第3章で横須賀俊司が試みたようなアプローチも重要かと思う。これまでにも、自身のセクシュアリティにリフレクシブに言及した障害者は少なからずいた。しかし、横須賀は、彼ら、彼女らとはまたちがった方法でこれに挑戦した。その手法の妥当性についての判断は読者諸氏にゆだねるが、こうした試みには今後とも期待がよせられる。<br> こういった記述的作業とともに要請されるのが、なにをどのようになすべきかを判断する際に基準とすべき規範についての議論である。この点に関しても、障害と性という主題にかかわって、これまで充分な検討がなされてきたとは言いがたい。性的弱者という存在をめぐる議論についてもそのことはいえ、それが混乱をもたらしてもいる。第1章で私がやりたかったのは、そうした混乱を解消するために、大づかみなものであるにしろ、試みに一つの指標を提示してみることであった。<br> これら八つの論考をとおして本書がめざしたのは、個々の課題と同時に、障害者の性という窓を介して眺望することのできる現代のセクシュアリティの一断面を描き出すことである。問うべきは、障害者の性というよりも、障害者の性に具現されたセクシュアリティそのものである、というのが私たちの問題意識だ。「セクシュアリティの障害学」という書名は、そのことを表現したものである。ごくささやかなものではあるかもしれないが、障害研究というローカルな枠を超えて、セクシュアリティをめぐる議論に本書がなにがしかをつけ加えることになればと願っている。<br><br>二〇〇五年四月<br>倉本智明

著者プロフィール

倉本 智明(クラモト トモアキ)

関西大学社会学部他非常勤講師<br>【主な著書】<br>●『障害学を語る』(編著)エンパワメント研究所、二〇〇〇年<br>●『障害学の主張』(編著)明石書店、二〇〇二年<br>●『だれか、ふつうを教えてくれ!』理論社、近刊

上記内容は本書刊行時のものです。
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