手話による教育をめざして世界最初のろう学校創設者ド・レペ
中野 善達:著, 赤津 政之:著
シリーズ・叢書「明石ライブラリー77」の本一覧
発行:明石書店 この版元の本一覧
四六判 208ページ 上製
定価:2,400円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-7503-2127-1 (4-7503-2127-3) C0336
品切・重版未定 へ復刊希望を出す
奥付の初版発行年月:2005年06月 書店発売日:2005年05月31日
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紹介

世界最初のろう学校を創設し,ろう教育に生涯を捧げたド・レペ。手話によるろう教育を考案・実践し,公教育化への道を切り開いた,その数々の業績を伝える。さらに彼以前のろう教育,そして現在にいたる欧米,日本のろう教育とその歴史的経緯についても詳述。

目次

はじめに
第一部 ろう教育とその歴史的経緯
1 言語観、ろうあ者観
2 ろう教育の揺籃期——スペインとフランスを中心に
第二部 ド・レペとその時代
1 生い立ち
2 聖職者として
3 ろう教育への道
4 手話法による教育の試み
5 ろう教育の展開
6 ろう教育をめぐって
7 死と再生
第三部 ド・レペ以後のろう教育
1 欧米のろう教育
2 日本のろう教育とド・レペ
あとがき
主な資料・参考文献
年表
人名索引

前書きなど

はじめに
 ド・レペはフランスの神父で、世界で最初にろう学校を開き、手話を使った教育を始めた人物である。正式な名は、シャルル=ミシェル・ド・レペで、一般には、ド・レペ神父(アベ・ド・レペ)として尊敬され、彼の名を冠した通りがパリやヴェルサイユにみられる。日本では、明治初期に紹介されて以来、ド・レペー、ド・レペイ、レペなど、いろいろな呼び方がされてきた。
 ド・レペが生まれたのは一七一二年で、フランスではルイ一四世が栄華を誇っていた時代である。しかし、彼が歳を重ねるのにしたがい、一八世紀の社会はきしみ始め、やがて、一七八九年七月フランス大革命が起こって、世界は近代へと大きく歩を踏み出した。この年ド・レペは、革命の喧噪をよそに病床にあり、バスティーユ攻撃から半年後に世を去った。革命後生まれた新政府は彼の死を惜しみ、自由、平等、博愛という革命の精神をいち早く実践したとして、彼の業績を高く評価した。
 耳が聞こえない、目が見えないといった障害に対して、日本では、仏教とりわけ法華信仰によって、前世の悪業の現れとする見方が古くから強かった。しかし、キリスト教では必ずしもそうではなく、身体の障害は神の意思の現れで、障害者もまた当然救いの対象であるという考えが普通であった。とはいっても、聞こえない、話せないというろうあ者の場合、日常生活でのコミニュケーションがむずかしく、教会でも神の教えを伝えることはできなかった。結局、多くの場合、社会から切り離され放置されていたというのが実情であった。
 そうしたなかで、ド・レペは、キリスト教の原点に立ち返って神の教えを説き、一人でも多くのろうあの子どもを救おうと考えた。彼は、まず、手話をろう者の自然言語と位置づけ、それを家のなかから公の場に引き出した。ド・レペ以前に、思想家のモンテーニュやデカルトはろうあ者が身振りや手振りで意思を伝える可能性を示していた。しかし、交通が未発達で外部との行き来もほとんどなかった三世紀以上前の社会では、村や町を異にするろうあ者が出会う機会は日常的には無に等しかった。したがって、手話は、ろうあの親子や兄弟の間で使われていたにすぎず、外部の人が実際に目にすることはなかったであろう。自然手話を変質させたという批判はあるものの、手話がろうあ者の第一言語になり得るとして、その存在を社会に認知させたド・レペの功績は高く評価される。
 ド・レペはまた、教育にあたっては個人教授でなく、貧富に関係なく多くのろうあの子どもを一カ所に集めて集団教育を始めた。この集団教育は、現代の学校教育(公教育)に通ずるものであり、障害をもった子どもに対し、それにあわせて行う教育は特殊教育(障害児教育)の先駆けをなすものであった。彼は、後に「世界最初のろう学校創設者」と呼ばれるようになったが、まさにその通りであろう。
 しかし、その後の歴史は、ド・レペが望んだようには進まなかった。逆に一九世紀半ばからは、ろうあ者も、手話ではなく、まず音声語の習得が要求されるようになり、一八八〇年のミラノ国際会議以降、発語(発音、発声)、読話(相手の口の動きから言葉を読みとること)を基本とする口話教育が主流になった。
 二〇世紀に入ってもこの傾向は続き、日本でも明治末から大正初めには、ほとんどのろう学校で口話法が採用された。このため手話は教室の片隅に追いやられてしまったが、二一世紀が近づくにしたがって、手話はろうあ者の第一言語(母語)であるという認識が強まり、手話の使用が世界的に広まり始めた。この背景には、一九六〇年代のアフリカ系アメリカ人(黒人)や先住アメリカ人(インディアン)の公民権運動、それに触発された世界各地でのマイノリティ(少数民族)の権利の回復や文化の尊重を求める運動があった。
 二一世紀を迎え、障害者の権利や福祉という面でかなりの前進がみられるが、一方ではなお、心のバリアや社会的バリアは大きく、ろうあ者に対しても、聴者と同じように話し、振る舞い、思考すること(「聴者社会への同化=聴者化」)が求められることも少なくない。そんななかでろうあ者がアイデンティティ(人格としての同一性、独自性)を確立し、マイノリティとして社会に生き、文化を創造していくためには何が必要なのか。ろう教育はどうあるべきなのか。二〇〇年以上も前に、ろうあ者の権利を擁護し、教育を通して社会参加させようとしたド・レペの教育とその思想はわれわれに大きな示唆を与えてくれるであろう。(後略)

著者プロフィール

中野 善達(ナカノ ヨシタツ)

1959年東京教育大学大学院教育学研究科修士課程修了。広島大学教授、大阪教育大学教授を経て1989年より筑波大学教授。1998年筑波大学を定年退官。現在、佐野短期大学特任教授。全日本聾唖連盟顧問。
主な著書に、『聴覚障害児の教育』(共編著、福村出版、1996年)、『国際連合と障害者問題』(エンパワメント研究所、1997年)、『聴覚障害の心理』(共編著、田研出版、1999年)、『講座 障害をもつ人の人権 第2巻』(共編著、有斐閣、1999年)ほか。
訳書にデル・オルト/マリネリ編『障害とリハビリテーション大事典』(監訳、湘南出版、2000年)、ターキントン/サスマン著『聾・聴覚障害百科事典』(監訳、明石書店、2002年)、『聾の人びとの歴史』(共訳、明石書店、2003年)、キム・E・ニールセン著『ヘレン・ケラーの急進的な生活——「奇跡の人」神話と社会主義運動』(明石書店、2005年)など。

上記内容は本書刊行時のものです。

赤津 政之(アカツ マサユキ)

東京教育大学理学部、明治大学法学部卒業。出版社編集部勤務を経て現在フリーで執筆・翻訳・編集活動。聴覚障害者協会賛助会員。
訳書にベザギュ=ドゥリュイ著『ド・レペの生涯』(近代出版、1994年)など。

上記内容は本書刊行時のものです。


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