戦争と平和の関係ベトナム戦争を考える
遠藤 聡
発行:明石書店
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四六判 292ページ 並製
定価:2,400円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2122-6(4-7503-2122-2) C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2005年05月
書店発売日:2005年05月27日
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紹介

「何」がベトナム戦争を始めさせ,ベトナム戦争によって世界の「何」が変わったか。ベトナム戦争を様々な視点から見つめ直し,ベトナム戦争の今日的意義を問う。ベトナム戦争を研究テーマとする著者の「総括」とも言うべき,渾身の一著。

目次

はじめに—20世紀とベトナム戦争—<br>第1部 現代史のなかのベトナム戦争<br>第1章 短い平和<br>(1) ベトナムの成り立ち<br>(2) 「二つのベトナム」の並存<br>(3) 「二つのベトナム」への分断<br>写真で見るベトナム戦争の記憶1 軍事史博物館<br>第2章 長い戦争<br>(1) 戦争の始まり方<br>(2) 戦争の複雑化<br>(3) 戦争の終わらせ方<br>写真で見るベトナム戦争の記憶2 クチ・トンネル<br>第2部 国際政治からみたベトナム戦争<br>第3章 米ソ冷戦のなかのベトナム戦争<br>(1)朝鮮戦争とベトナム戦争<br>(2)冷戦のなかの熱戦<br>(3)二つの東南アジア<br>写真で見るベトナム戦争の記憶3 空軍博物館・航空博物館<br>第4章 中ソ対立のなかのベトナム戦争<br>(1) アジアの冷戦<br>(2) ベトナムと中国・ソ連<br>(3) 二つのインドシナ<br>写真で見るベトナム戦争の記憶4 統一会堂(旧大統領官邸)<br>第3部 それぞれの戦争<br>第5章 アメリカの戦争<br>(1) ベトナムという「泥沼」<br>(2) 負けた戦争<br>(3) ベトナム症候群<br>写真で見るベトナム戦争の記憶5 ベトナム戦争証跡博物館<br>第6章 ベトナムの戦争<br>(1) 独立と自由ほど尊いものはない<br>(2) 「北」と「南」<br>(3) 勝者の驕り<br>写真で見るベトナム戦争の記憶6 ホーチミン廟・ベトナム建国50周年記念式典<br>第7章 ベトナム戦争と日本<br>(1) 戦火の国と経済大国<br>(2) 日米安保と沖縄<br>(3) 韓国のベトナム派兵と日本<br>写真で見るベトナム戦争の記憶7 B52戦勝博物館<br>第4部 戦争の終わり方<br>第8章 難民問題の背景<br>(1) 失われた「南ベトナム」<br>(2) ベトナム難民とインドシナ難民<br>(3) ベトナム難民のその後<br>写真で見るベトナム戦争の記憶8 リトルサイゴン<br>第9章 カンボジア問題の背景<br>(1) 敵となった兄弟たち<br>(2) ポル・ポトとベトナム<br>(3) カンボジア和平とベトナム<br>写真で見るベトナム戦争の記憶9 ツールスレン監獄跡・カオイダン難民キャンプ<br>第10章 ベトナム戦争の記憶<br>(1) 記憶と忘却<br>(2) 視覚化される記憶<br>(3) 対決から対話へ<br>写真で見るベトナム戦争の記憶10 ベトナム戦争記念碑・空爆慰霊塔ほか<br>おわりに—ベトナム戦争が残したもの—<br>写真で見るベトナム戦争の記憶 おわりに ラオス・カンボジア・ベトナムの子どもたち<br>あとがき<br>年表<br>参考文献

前書きなど

はじめに 20世紀とベトナム戦争 <br> 二一世紀は、「平和な世紀」としては、やってこなかった。二〇〇一年の「9・11」以降、同年一〇月のアフガニスタン戦争、二〇〇三年三月からのイラク戦争にみるように、「テロとの戦い」やアメリカの単独行動主義に象徴される「新しい戦争」の時代に入ったかの感さえある。二〇世紀が「戦争の世紀」であったとすれば、二一世紀は「平和の世紀」にはなり得ないのであろうか。<br> 二〇〇五年四月三〇日、ベトナム戦争が終結して三〇周年を迎えた。この間、ベトナムは、難民問題やカンボジア紛争などで国際的孤立を経験したのち、冷戦の終結と並行する形で「ドイモイ」(刷新)を進め、アメリカとの国交正常化やASEAN(東南アジア諸国連合)への加盟を果たし、国際社会の一員としての位置を占めるようになった。いわばベトナムは、「戦争の国」から「平和な国」へと変貌を遂げたともいえよう。その一方で、今日のベトナム社会の日常においては、「戦争の記憶」について語られることは少なくなったようでもある。ベトナムにとってベトナム戦争は、博物館や本のなかの「歴史」になってしまったのであろうか。しかし、長期にわたった同一民族同士の戦争でもあったベトナム戦争の傷は癒しきれるものではない。ベトナムにとっての戦争の記憶は、「忘れたい記憶」となったのかもしれない。<br> 一方、アメリカは、ベトナム戦争終結後、ベトナム症候群と呼ばれる強迫観念に苛まれた経験をもつ。事実上「負けた戦争」であったベトナム戦争の後遺症は、その反動として、ロナルド・レーガン大統領による「強いアメリカ」の復活という局面はあったものの、アメリカ外交やアメリカ社会の深層に深く刻み込まれたことは確かであろう。一九八〇年代末からの冷戦の終結は、「唯一の超大国」アメリカを生み出し、その行動の試金石となる一九九一年の湾岸戦争での「勝利」は、アメリカにとってベトナム症候群の克服を意味するものとなったとされる。その後、アメリカ的価値観によるグローバル化が進むなか、その反動ともいえる「9・11」が起こったのである。そうしたおり、イラク戦争の泥沼化のなかで、イラク情勢の「ベトナム化」が叫ばれたことは記憶に新しい。<br> それでは、二〇世紀の後半、世界を覆った冷戦とはどのようなものであったのだろうか。アメリカの冷戦史研究家のジョン・ギャディスは、冷戦期の一九八七年、冷戦を「長い平和」と言い切った。それは二つの世界大戦を経験した二〇世紀において、その後半期における核兵器を核とした「力の均衡」状態を、逆説的な安定要因としてみたことからであった。この論理は、冷戦終結後に勃発した湾岸戦争や多発する民族紛争の現実から、さらに注目を集めることにもなった。こうした考え方は、戦域と使用兵器に制約がある戦争を「地域紛争」とし、それを「小さな戦争」ととらえる見方につながる。すなわち西欧的視点から二〇世紀後半の世界史をみた場合、世界大戦という「大きな戦争」がなかったという意味での「平和」であった。しかし、朝鮮戦争、中東戦争、ベトナム戦争など、いわゆる「第三世界」における戦争は、戦域が限定されていたこと、核兵器が使用されなかったことを除けば、決して「小さな戦争」といえるものではない。とりわけベトナム戦争では、第二次世界大戦で使用された爆弾の二倍の量が投下され、アメリカの戦死者五万八〇〇〇人、南北ベトナムの戦死者三〇〇万人、韓国などのアメリカ同盟国軍の戦死者六〇〇〇人にもおよんだ。さらには戦傷者、行方不明者、民間人の犠牲者、ラオスやカンボジアなどの近隣諸国の犠牲者、戦後にも残る枯葉剤の被害者や精神的疾病者、難民たちの数は甚大なものであった。そして、この「小さな戦争」は、そのとき世界を揺るがしたはずであった。<br> また、冷戦終結後、二つの論理がアメリカをはじめ世界で注目された。国際政治学者の二人、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」とサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」である。「歴史の終わり」では、冷戦終結によってイデオロギーの歴史的対決が終焉し、世界に民主主義と市場経済秩序が定着するとし、「文明の衝突」では、グローバル化が進展するなかで文明への帰属意識が強まり、「西欧文明」と「非西欧文明」との対立が巻き起こるとしている。賛否両論があったこれらの考え方は、「9・11」以降の世界の「変化」やアメリカの行動の深層にあることは事実であるかもしれない。しかし、これらの考え方が、「さまざまな歴史」の存在や「文明の共存」の可能性を包み隠す役割を果たしてきたことは事実であろう。ベトナム戦争は、「ベトナムの歴史」と「フランスの歴史」「アメリカの歴史」との衝突でもあり、「異なる文明」間の衝突でもあったはずである。いま、その教訓はどこにいってしまったのであろうか。<br> こうした世界情勢を踏まえ、いま、ふたたび、「ベトナム戦争を考える」ときがやってきたのではないだろうか。ベトナム戦争が、民族解放、冷戦、地域紛争といった二〇世紀の後半、すなわち第二次世界大戦後の世界を象徴とする事象であったとすれば、さらには二一世紀の今日、アメリカや国際社会において「ベトナムの亡霊」がまだ生きているとするならば、わたしたちはベトナム戦争の今日的意義を直視しなければならないであろう。このことは、ベトナム戦争を同時代史として見つめ直し、そのことにより、「いま」の国際社会のあり方を問いただすこととなろう。それは、「冷戦の申し子」でもあったベトナム戦争の教訓を、ポスト冷戦期における新しい国際秩序を模索している今日の問題として考えていくことにもなる。<br> ベトナム戦争は「複雑な戦争」であった。すなわち、それは、「いつ」から「いつ」までの戦争と期間を確定できない、また「どこ」と「どこ」との戦争と当事者を特定できない戦争であった。たとえば、「アメリカの戦争」としてベトナム戦争をみた場合、それは宣戦布告のない戦争であり、軍事顧問団の派遣から地上軍の派遣へと、戦争から抜け出せない「泥沼化」のなかでエスカレーション(戦争拡大)をしていった戦争であった。さらに、一九七三年一月のパリ協定により米軍撤退が実施されたのちも、「ベトナムの戦争」は継続され、それが終わるのは一九七五年四月のサイゴン陥落のときであった。<br> つぎに、「ベトナムの戦争」としてみた場合、同一民族同士の戦争であったそれは、南北ベトナムという分断国家間の戦争でもあり、また南ベトナムのなかの「内戦」でもあった。さらにそれは、サイゴン政権を支援するアメリカと、南ベトナム解放民族戦線を「支援」する北ベトナムとの戦争、すなわち冷戦構造に覆われた戦争となっていった。またベトナム戦争を、ベトナムの民族解放戦争とみた場合、戦争の終結および国家統一のあと、大量の難民が流失した事実をどのように説明すればよいのだろうか。さらに、長い戦争のあとの「平和」は、一九七八年一二月からのカンボジア紛争によって打ち砕かれていった。<br> また、ベトナム戦争を「第二次インドシナ戦争」と呼ぶ場合がある。一九四六年一二月から一九五四年七月までのフランスとの戦争を指すインドシナ戦争を「第一次インドシナ戦争」とし、それが継続された戦争としてベトナム戦争をみていく見方である。二つの戦争ともベトナムだけではなく、ラオスとカンボジアにおける内戦を包摂するものであり、その対決の一方が民族解放を唱える共産勢力であったからである。とすれば、ベトナム戦争を検証する際、その起源としてのインドシナ戦争期に対する考察、およびインドシナという地域性に着目することが重要となろう。さらに、一九七八年一二月から一九九一年一〇月までのカンボジア紛争を「第三次インドシナ戦争」と呼ぶ場合もある。インドシナにおける共産勢力を中心とした戦争は、ベトナム戦争終結後も継続されたとする見方である。とするならば、ベトナム戦争を「三つのインドシナ戦争」のなかで考えていかなければならないだろう。奇しくもインドシナにおける三つの戦争の「はじまり」と「終わり」は、冷戦の「はじまり」と「終わり」に一致する。<br> そして、冷戦のなかの「熱戦」としてベトナム戦争をみた場合、アジア諸国の共産化を恐れるドミノ理論によるアメリカの軍事介入が、ベトナムを「米ソの代理戦争」の場にしたことになる。しかし、東西両陣営の平和共存の時代にあったベトナム戦争期、ソ連と中国からの北ベトナムに対する軍事支援は限定的なものであった。さらにいえば、一九四九年一〇月の中華人民共和国の成立、それに続く一九五〇年六月の朝鮮戦争の勃発は、アジアへの冷戦の波及を意味するものではあったが、「アジアの冷戦」の本質は「中ソ対立」へと推移していった。そして、それが表面化するのは、ベトナム戦争が終わったあとである。ベトナムのカンボジア侵攻後の一九七九年二月、「懲罰」と称した中国のベトナム侵攻(中越紛争)が勃発する。ベトナム戦争終結後の東南アジアが、自由主義ASEAN諸国と社会主義インドシナという「二つの東南アジア」に分断された背景に米ソ対立があるならば、カンボジア紛争におけるベトナムとカンボジアの対立の背景には中ソ対立があった。<br> このように、ベトナム戦争を理解するためには、さまざまなアプローチが必要となろう。本書は、さまざまな視点からベトナム戦争を見つめ直し、考えることで、ベトナム戦争の今日的意義を問うものである。「何」がベトナム戦争を始めさせ、ベトナム戦争によって世界の「何」が変わったのであろうか。ベトナム戦争の教訓が、二一世紀における「戦争と平和」の問題について考える際、少しでも役に立っていただければ幸いに思う。<br> 本書では、それぞれの章のうしろに「写真で見るベトナム戦争の記憶」と題した写真のページを作った。それらは、今日において、戦争がどのように「思い出されるのか」を問いかけるものである。そしてそれは、「博物館化」した戦争の記憶であったり、「観光地化」された戦場の記憶であったりする。ここでいう「ベトナム戦争」とは、本書で取り上げる時間と空間の広がりをもつものとして理解されたい。また本書では、解放と陥落、人々、民衆、民族、国民、人民などの言葉については、それぞれの文脈に応じた使い方をしているつもりである。一つの事実や対象を、いくつかの言葉で表現せざるを得ないことは、ある意味でベトナム戦争の本質を表しているのかもしれない。

著者プロフィール

遠藤 聡(エンドウ サトシ)

東京外国語大学大学院地域文化研究科博士前期課程修了(学術修士)<br>早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学<br>東京女子大学、共立女子大学、フェリス女学院大学、横浜市立大学、神田外語大学、法政大学、立教大学、二松学舎大学大学院、各非常勤講師<br>国立国会図書館海外立法情報課 非常勤調査員<br>主な共著に、『国際関係論のフロンティア』(ミネルヴァ書房、2003年)、『現代ベトナムを知るための60章』(明石書店、2004年)、『開発途上国の政治的リーダーたち』(ミネルヴァ書房、2005年)。<br>主な論文に、「ベトナム労働党の外交闘争」『東南アジア:歴史と文化』(No. 29、2000年)、「ベトナム労働党の外交闘争からみたテト攻勢」『国際政治』(第130号、2002年)など。

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