アフガニスタンの歴史と文化
ヴィレム・フォーヘルサング, 前田 耕作:監訳, 山内 和也:監訳
発行:明石書店
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四六判 688ページ 上製
定価:7,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2070-0(4-7503-2070-6) C0322
在庫あり
奥付の初版発行年月:2005年04月
書店発売日:2005年05月07日
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紹介

中央アジア,中東,インド亜大陸から威信,富,征服,宗教的帰依を求め人びとが通過したアフガニスタン。その地勢的特徴を踏まえ民族集団の移動,文化・生活におよぶ先史時代から現代までの歴史を,考古学はじめ様々な言語による史料を駆使し縦横に論じる。

目次

日本語版への序文 序文 第1章 ヒンドゥークシュ山脈  現在のアフガニスタン/ヒンドゥークシュ山脈/南西アジアにおけるアフガニスタンの位置/自然環境/農業と牧畜 第2章 アフガニスタンの諸民族  パシュトゥーン人/パシュトー語/パシュトゥーンの部族的構造/パシュトゥーン人の系譜/パシュトゥーン人の移動/パシュトゥーン人の生活/アフガニスタンのパシュトゥーン人/トルコ系民族集団/タージーク人/山岳タージーク人とイスマーイール派/ヌーリスターン人/バローチ人とブラーフーイー人/ハザーラ人/アイマーク人/少数民族集団 第3章 曙の時代  金石併用時代/初期青銅器時代/中期青銅器時代/インダス文明 第4章 インド=イラン語族の到来  インド=ヨーロッパ語族とインド=イラン語族/ステップ地帯の青銅器時代/インド=アーリア人/中近東の資料/インド=イラン人以前/ゾロアスター(ザラスシュトラ)/イランの文化と宗教 第5章 考古学とインド=イラン人  バクトリア=マルギアナ考古学的複合体/マルギアナとの類似性/バクトリア=マルギアナ文化の背景/対外接触/編年/バクトリア=マルギアナ文化とインド=イラン人/共生と衰退/鉄器時代 第6章 スキタイ騎馬民族  アッシリアとバクトリア人/中近東のキンメリア人とスキタイ人/スキタイ人の起源/スキタイ革命/スキタイ人の広がり/スキタイ人とメディア人/最古の地理的言及/考古学的な資料 第7章 西方に向かって  アケメネス朝ペルシアの王座をめぐる抗争/南に対する北/アケメネス朝時代のアフガニスタン/インド人とイラン人/美術と文化/アケメネス朝時代の集落 第8章 ギリシア人  アケメネス朝ペルシア軍/ベッソス、アケメネス朝最後のバクトリア太守/バダフシャーンのサカ人/アケメネス朝のアラコシアとインド人/アレクサンドロス時代のアフガニスタン/アレクサンドロス以後/マウリヤ朝/セレウコス朝時代後期/グレコ=バクトリア朝/パルティア人の勃興/インド=グリーク朝 第9章 北方の支配者たち  サカ侯国/ティッラー・テペの遺宝/クシャーン朝の勃興/大クシャーン朝/クシャーン朝の遺構/ガンダーラ美術 第10章 西イランの再主張  サーサーン朝ペルシアの支配/サカスターン/クシャーノ=サーサーン朝の藩王/キオン人/エフタル/突厥/玄奘 第11章 イスラームの到来  アラブ勢力の拡張/南部における戦闘/ザーブリスターン/東アフガニスタンのトルコ系王朝とインド系王朝/美術品/碑文/ハラジュ族 第12章 イラン系の王朝  ニームルーズ/バルフのノフ・ゴンバド/サーマーン朝/ガズナ朝/ガズナ朝時代の芸術と文化/シャーナーメ/ゴール朝とホラズム・シャー朝/ゴール朝の遺物 第13章 モンゴル人  チャガタイ・ウルス/ティームール/ティームールの後継者たち 第14章 アフガニスタン王国の建国に向かって  ウズベク人/バーブル/ムガル朝とサファヴィー朝の間で/アフガン王国の勃興/パシュトゥーン族によるサファヴィー朝の打倒/ナーディル・シャー/カンダハールの陥落 第15章 サドーザイ朝  アフマド・シャー・ドゥッラーニー——彼の功績/アフマド・シャーとその王朝/王国の衰退/アフガン国家の崩壊/バーラクザイ朝 第16章 英国との戦い  第一次英・ア戦争/いまだ定まらぬ運命/終局/ドースト・ムハンマド・ハーンの二度目の統治/シェール・アリー/第二次英・ア戦争 第17章 アブドゥッラフマーン・ハーン朝  権力の強化/正当化の手段としてのイスラーム教/国内帝国主義/二〇世紀初期におけるアフガン人/自由主義化/ドイツからの使節団/アマーヌッラー/国の開放/最初の憲法/増大する反対/ムハンマド・ナーディル・シャー/新憲法 第18章 アフガニスタンの変革  新都会派中産階級/第二次世界大戦後/ムハンマド・ダーウード・ハーンの首相時代/高まる不安とパシュトゥーニスターン問題/自由憲法/募る不満/共産党/イスラーム主義者の抵抗/ムハンマド・ダーウード・ハーン大統領 第19章 共産主義時代  募る不安/ハーフィズッラー・アミーン/ソビエト連邦による占領/アフガニスタン反政府勢力/ハザーラ人/交渉/ソビエト撤退前夜 第20章 ソ連軍撤退後の時代  幕間の出来事/ラバーニー政府/ターリバーンの台頭/ターリバーンのイデオロギー/ターリバーンとアメリカ合衆国/一九九七年五月の動静/その後の展開 第21章 エピローグ 訳者あとがき 注 参考文献 索引

前書きなど

序文  二〇〇一年九月一一日、テロリストたちがニューヨークとワシントンを襲い、何千人にも及ぶ人々を死にいたらしめ、その人々の家族に名状しがたい悲しみを与えた。彼らはまた、アフガニスタンを再び衆目の的に引き戻した。何年もの間、アフガニスタンは忘れられていたのも同然であった。それまでこの国については、ほとんどの人々は何も知らなかったであろう。知っていることといえば、せいぜい女性の存在が彼らの敬虔な夫たちをさらに世俗的な思考に誘惑することがないよう、この国の女性たちはチャードリーにすっぽり身を包まねばならないということぐらいであっただろう。イスラーム教は、このあまりにもかけ離れた国において、狂信的になってしまったように思われる。私たちは、覆い隠されているものを見逃さないよう、さらなる注意を払わなければならない。  九月一一日のあの恐ろしい事件が、アフガニスタンの人々を急速に変わりつつある世界、インド・イランとの国境地である隔絶された谷間に暮らし、そこで生涯を終える人々にさえも影響を及ぼさずにはおかない地球規模で発展する世界、に接触させることになったのである。よそ者、たとえそれが世界的に指名手配されている凶悪テロリストであっても、客人としてもてなし保護することは、アフガニスタン人の持っているホスピタリティー(客人歓待)の心を証明するものであると多くのアフガニスタン人たちは感じていたし、純粋にそれがアフガニスタン人の役目であるとさえみなしていた。しかしながら、オサーマ・ビン・ラーディンは、アフガニスタンの人々を援助しようとしてこの国に引きこもっていたわけではなかった。彼はまず第一に、攻撃が可能だと自分が思えば、所かまわずどこでも攻撃を加えた。彼のアフガニスタン出現は、このようにして世界に影響を及ぼし、やがてこのことが、アフガニスタン人たちの上に、その報いをもたらすこととなった。  ターリバーンのメンバーたちは、残忍な内戦の真只中、難民キャンプの中で育成されていた。彼らは、イスラームの掟のすこぶる厳格な解釈を教える教理にどっぷりつかった宗教指導者たちによって教育されたのである。それゆえにターリバーンは、この国がソビエト連邦の統治下にあった時代、私がこの国でともに仕事をし、旅した伝説的なアフガン人指導者たちとは非常に違っていた。これら灰色のひげを蓄えた人々の一人がかつて私に「コーランの半分は正しい、残り半分はわれわれ自身が書いているのですよ」と言ったことがある。それにしてもターリバーンは、異なった見地に立って物事をみている。彼らは、かたくなで、宗教的・政治的視野の狭さを示し、ただそれを傍観する人々を仰天させ、おりおり恐怖に陥れる。女性に対する彼らの態度、また彼らのアヘン取引の皮肉な開発行為は、ソビエト連邦を打ち破ったとき手に入れたこの国の威信さえも失墜させることとなった。それに続き彼らは国際テロリストグループと手を結び、常軌を逸することとなった。あの世界貿易センターに航空機が体当たりした後、ターリバーンは、彼ら自身の住む狭い谷間の国境線から遥か彼方に広がる、この上なく怒りに満ちた外の世界と対立し、自分たちの国を孤立させることとなったのである。  ターリバーンは、アフガニスタンが国としての形跡をすべてなくしてしまったとき、権力の座にのし上がったのである。一九九二年までには、官僚たちや、アフガニスタンという国に関心を寄せていた有識者のグループのほとんどが殺害されるか、あるいはまた西洋に引き寄せられていった。ターリバーンはイスラーム教を利用し、国を特徴付けているモザイク状の宗教的・民族的存在に、まやかしの平和を押し付けたのである。その結果は身の毛のよだつようなものであった。もし、この危機から何か学ぶべきことがあるとすれば、それはおそらく、アフガニスタンのように発展途上にある貧しい国からの大量の頭脳流失がその国をさらなる危機に陥れ、やがてそのことが、ただたんにその国自体のみならず、世界の他の国々にまでも恐ろしい結果をもたらすことになりかねないという悲しい事実である。アフガニスタンは、「政治的イスラーム教の失敗」の代表的な実例となったのである。おそらくすでに、アフガニスタンの穏健で伝説的な指導者たちが声を上げるときは来ている。  本書では、私は、西から、北からそして東からの移民や影響につねに直面してきたこの国のドラマチックな歴史の一面をお目に掛けたいと願っている。アフガニスタンを「文明の十字路」と呼ぶことは、常套句となっているが、アフガニスタンの地が、つねに中央アジアからの人々、中東からの人々、そしてまたインド亜大陸からの人々が、威信を、富を、征服を、あるいはまた宗教的帰依者を求めて通過していった一つの地域を構成していたことは否定できない。このように影響力のある国々は、かならずしも穏やかな存在ではなかったし、またとりわけ、それぞれの国の歴史は血なまぐさいものとして特徴付けられているのである。(後略)

著者プロフィール

ヴィレム・フォーヘルサング(フォーヘルサング,ヴィレム)

1956年生まれ。ライデン大学(オランダ)で古代インドとイランの諸語を学び、1990年にフローニンゲン大学で博士号を取得。<br>主著は『アケメネス朝の勃興と組織』(ブリル社、1992年)で、その他『古代イラン(Iranica Antiqua)』誌などに多数の論文を発表している。<br>現在はライデン国立民族博物館の学芸員。

前田 耕作(マエダ コウサク)

アフガニスタン文化研究所・所長/和光大学名誉教授<br>1957年、名古屋大学文学部哲学科(美学・美術史専攻)卒業。<br>和光大学表現学部教授を経て、2003年より現職。<br>専門はアジア文化史、特に中央アジア。現在はアフガニスタンの歴史・文化に関心をもつ。<br>著書に『巨像の風景』(中央公論社、1986年)、『ディアナの森』(せりか書房、1998年)、『宗祖ゾロアスター』(筑摩書房、1997年)、『アフガニスタンの仏教遺跡バーミヤン』(晶文社、2002年)、『アフガニスタン史』(共著、河出書房社、2002年)などがある。

山内 和也(ヤマウチ カズヤ)

独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所国際文化財保存修復協力センター地域環境研究室・室長<br>1984年、早稲田大学第一文学部(東洋史専攻)卒業。88年、早稲田大学文学研究科修了。92年、テヘラン大学人文学部大学院修了。<br>96年、シルクロード研究所研究員を経て、2003年より現職。<br>専門はイラン、中央アジアの考古学。現在はアフガニスタンのバーミヤーン遺跡の調査研究、保存修復事業に従事。<br>著作に「アフガニスタン文化遺産復興に対する我が国の取り組みについて」(『アフガニスタンの文化遺産の復興をめざして』独立行政法人文化財研究所、2004年)、「破壊された仏教遺跡バーミヤン」(『季刊民族学』通巻110号、2004年)などがある。

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