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ハヨンガ
ハーイ、おこづかいデートしない?
原書: 하용가 정미경 페미니즘 다큐소설
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2021年6月16日
- 書店発売日
- 2021年6月5日
- 登録日
- 2021年5月27日
- 最終更新日
- 2022年5月22日
紹介
(一部、性暴力表現が含まれています)映画化版権契約完了! 誰であれ、私の体を私の許しもなく見た者はただじゃおかない! 元祖「n番部屋」といわれた17年間つづいた韓国最大アダルトサイトを爆破したフェミニストたちの勝利を題材にしたドキュメンタリー小説。実在するもっともわきまえない野蛮なオンラインフェミニスト集団「メガリア」VS韓国最大アダルトサイト「ソラネット」。実際にあったこの戦いは韓国の世論を巻き込み国を動かしていった。デジタル性暴力を社会問題にした韓国フェミニズムはどう闘ったのか!
目次
第1章 招待
第2章 視線
第3章 そんな男
第4章 永劫回帰
第5章 デッドライン
第6章 自警団
第7章 リベンジ
第8章 今日も晴れ
作家の言葉
参考資料
日本の読者のみなさんへ
小説『ハヨンガ』の背景にあるもの 北原みのり
訳者あとがき 大島史子
前書きなど
日本の読者のみなさんへ
この小説を書いた二〇一七年当時、韓国の女性たちは非常に熱い夏を過ごしていました。ほぼ十カ月あまりにわたって数十万名の女性たちが通りに出て、女性の安全と生命を危険にさらす暴力に抵抗する声をあげていたのですから。じりじり灼けつくようなソウル・光化門のアスファルトの上で真っ赤なTシャツを着て「性暴力で死んでいったあなたが、私だ」と叫んでいたその波を、私は忘れられません。
この動きは通りのパフォーマンスに終わりませんでした。全国的にフェミニズム読書会が作られ、大小さまざまな反性暴力デモが行われ、ジェンダー暴力の被害者を支持する連帯の波が起きました。真実を聞く準備のできた「耳」ができると、被害の「声」が溢れ始めました。自らが身を置く共同体内の性暴力を告発する「#MeToo運動」の始まりでした。
十代の青少年たちが教育現場での性暴力を告発し、創作過程で女性俳優とスタッフに性的いやがらせや虐待を加えた文化・芸術界の人たちが罪を問われました。スポーツ界も例外ではありません。
社会のほぼすべての領域で当然のこととされてきた性的いやがらせの慣行、なんてことのないささいなこととみなされてきた「親密さの表現」だった行動が、実際はそれこそ暴力と侮辱にほかならないという事実に今、社会が気づいていっているところです。
フェミニズム・リブート Feminism Reboot と名づけられた強力にして切迫した波の出発点には、二十代、三十代のオンラインフェミニストたちがいます。
私はこの小説を書く前、オンラインフェミニストたちの活動を記録した本の出版に携わりました。平凡なネットユーザーだった女性たち、いえ正確に言うとオンライン空間で繰り広げられる女性蔑視と性的な侮辱に耐えてきた数多くの女性たちがフェミニストとなっていく、驚くべき過程に接することになりました。
そして私を存在論的変化に追い込んだ、あるサイトがありました。
それが、ソラネットなのです。
ソラネットはあらゆる想像を超える女性虐待の現場でした。単に女性の体を持っているという理由だけで、世の女性たちがみなあざ笑われ、蔑視され、殺されていく現場でした。
女性ネットユーザーたちはソラネットで繰り広げられる性暴力を目撃し、まずは衝撃を受け、それから怒りを覚え、さらにはこの地獄を放っておいてはならないという声をあげ、そしてこのサイトを閉鎖させるため果敢に行動したのです。
平凡な女性たちはフェミニストになるほかなく、戦士になりました。女性は家父長制社会の現実に直面して戦士となるのです。
結局ソラネットは閉鎖されました。しかしソラネットを可能にしていたもの、女性に対する侮辱が必要とされる性的ファンタジー、女性の体を搾取する性産業システム、隠し撮りしネットに上げて金を稼ぐ人々に対する不十分な処罰などの課題は、依然として残っています。
それでも絶望はしません。
いまや私たちは何を変えるべきか知っており、少しずつ変えていっており、その過程をともに歩む疲れ知らずの戦士たちもいるのですから。
日本の読者のみなさんは私にとって特別な存在です。
韓国の性産業の大部分が日本のものと共有されているからです。
ソラネットとその類似サイトで消費されてきた韓国の性搾取映像は、当局の規制が厳しくなると日本のものと偽って流通され続けます。
さらに暴力的で虐待の深刻度が高い映像が、韓国ではなく日本で制作されたという理由で法の網から抜け出ています。韓国であれ日本であれ国籍や容姿に関係なく、誰しも体を搾取されてはならないという点を、私たちは覚えておかなければなりません。韓国の女性が性的搾取の対象となればほかのどの国の女性も安全ではいられず、日本の女性が性暴力にさらされたならば韓国の女性もまたそうなるほかないことを、忘れてはなりません。
女性たちが国際的に連帯するとは、そういうことではないでしょうか。本作がそのような連帯の小さな糸口となることを祈っています。
現実の怒りと絶望を踏み越えて立ち上がり、声をあげ現実を変える力を得られますよう、決して遠くない韓国から応援の気持ちを込めて見守っています。
2021年4月 作家 チョン・ミギョン
版元から一言
二〇二〇年春、日本でも大きく報道されたデジタル性暴力事件「n番部屋」は、「第二のソラネット」として、韓国社会を震撼させました。虐待される女性の姿を配信していたn番部屋を多くの男性がポルノとして楽しんでいた事実は、韓国社会を生きるフェミニストに、性暴力との闘いは未だに激戦区であることを突きつけたのです。
ソラネットもn番部屋も、韓国社会ではデジタル性暴力空間であることが認識されています。デジタル性暴力というと新しい犯罪のようですが、業者が性を商品化し、搾取し、流通させ、男性たちが消費する構造は昔からの性産業と同じです。これを〝ビジネス〞ではなく〝性暴力〞と名付けたのが、本書に登場する女性たちでした。違法ではないから、男性たちの軽いお遊びだから、関わるとやっかいだから……と咎められることなく存在し続けた巨大なポルノサイトをフェミニスト集団が閉鎖させたのは二〇一六年のことでした。
闘いの狼煙をあげたのが、本書に登場するメドゥーサ(現実にはメガリア)の女性たちです。メガリアは二〇一五年に流行した中東呼吸器症候群Mersに端を発します。Mers(韓国ではメルスと呼びます)渦中、香港に渡航した女性がネット上で個人情報をさらされ、激しいバッシングを受けました。ブランド物を購入するために人々を命の危険にさらしたという理由でしたが、そのような事実はありませんでした。女性への憎しみが、デマの拡散と苛烈な誹謗中傷をもたらしたのです。その理不尽への怒りが、フェミニストサイト「メガリア」の誕生になりました。
メガリアとは「メルス」+「イガリア」。イガリアは、「イガリアの娘」(ガード・ブランテンベルグ 一九七七)というノルウェーのフェミニズムSF小説の舞台となる、女性たちの領土です。メガリアはフェミニスト戦士として、女性たちの領土を取り戻すために声をあげたのです。
メガリアは、女性に求められる善良を放棄します。激しい罵詈雑言の刀を、力いっぱい振り下ろす。雑巾女と罵られたら、同じ強さの下劣さで罵り返す。相手の差別を鏡に映すことで攻撃するという手法で闘ったのです。それを「男性嫌悪だ」「加害者と自分を同じ位置に置くものだ」
などと批判をするのは簡単でしょう。それでも、自分たちに向けられた侮辱語をいとも簡単に無力化し笑いに変えるパロディー/ミラーリングの高度な技術の破壊力を、日本語で暮らす私たちは今、どれほど手にしているでしょう。
「ハヨンガ(ハーイ、おこづかいデートしない?)」は、男性が若い女性に向ける誘い言葉でした。それがある時期、「ハヨンガ~」は、メガリアの女性たちの仲間内の挨拶になったそうです。それは日本語でいう「パパ活」とか「神待ち」とか、そんな性搾取言葉を形骸化させた後の世界でなければ使えない勝利のご挨拶。知的で、高尚で、野蛮なフェミニスト戦士の笑いなのです。韓国フェミニズム、ああ、惚れ惚れしちゃう。爪を隠し、笑顔で闘おうとする善良なフェミでいる必要などないことを、彼女たちは身をもって私たちに教えてくれるのです。
ところで韓国には、いわゆるAV産業は存在しません。アジアで合法的にポルノ産業がビジネスとして成立しているのは日本だけです。これはどのような意味を持つのでしょう。数年前、韓国で行われたデジタル性暴力研究会に出席したことがあります。そのときに「盗撮画像を警察に通報したら日本のAVだったことが何度かあった」という報告がありました。
n番部屋には女性警察、女性教師、幼女、痴漢、レイプ……など職業や年齢や性犯罪行為がカテゴリーに分けられ、視聴者の「嗜好」に合わせて部屋が設けられていました。それは日本のAVの模倣といっても過言ではありません。ビジネスとして合法的に制作される日本のAVは性暴力表現が問題視されることなくカルチャー化されてしまっただけ、洗練されたn番部屋とも言えます。
日本では二〇一七年、AV出演を望まなかった女性の声がはじめて社会化されました。それまで、AV女優はお仕事だから、ファンタジーなのだからと、鑑賞されてきた日本のAVが、実は女性たちの沈黙の上に成立していた事実が露呈しました。その声は止まることなく、四年経た今も、悲鳴のような#MeTooが支援団体に日々届きます。
性暴力とビジネスの境目が限りなくグレーであり、性産業がまるで女性のセーフティネットであるかのようなまやかしの言葉で語られるのが珍しくない日本社会には、韓国の女性たちが向き合っている現実とはまた違う根深い闇があります。それでも、その闇の深さに呆然と立ちすくみながらも実感するのは、ここが、完全に地続きであるということ。韓国のフェミニストたちが見ている地平とここは、同じ。
そう、この小説は隣の国の現実の話ではなく、地続きの私たちの「領土」の話なのです。私たちの話なのです。
著者のチョン・ミギョンさんは九〇年代にフェミニスト雑誌「if」を出版しています。もしこの社会が女性に優しいものであったのなら。女性が考えずにはいられないifを詰め込んだフェミニストジャーナリズムでした。翻訳は、性暴力に抗議するフラワーデモを共にやってきた大島史子さん、監修を日韓市民運動の研究者である李美淑さんにお願いしました。私たちのつながりの根底には、それぞれがそれぞれの場で向き合ってきた「慰安婦」問題があります。日本軍「慰安婦」にさせられた金学順さんが声をあげたのは一九九一年。今年でちょうど三十年目を迎えます。この三十年間、性被害者の声に向き合い続けてきた韓国社会に比べ、その声に背き続けた日本社会はフェミ的に見れば相当な荒野です。それでも、なのか、だからこそ、なのか。私たちはこれまで以上に韓国のフェミニストの闘いの記録を、歴史を、その声を喉から手が出るほど欲しているのです。追いつきたいのです。
『ハヨンガ ハーイ、おこづかいデートしない?』はアジュマブックスとして、強い思いを込めて出版します。アジュマは中年女性を意味する言葉で、美しい響きが気に入っています。女性たちが互いを信じ、つながれる存在でありますように。そしてこの本が、フェミニストの闘いの希望として、多くの方に届きますように。
2021年4月 北原みのり
上記内容は本書刊行時のものです。