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井上靖の原郷 野本 寛一(著) - 七月社
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井上靖の原郷 (イノウエヤスシノゲンキョウ) 伏流する民俗世界 (フクリュウスルミンゾクセカイ)

文芸
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発行:七月社
四六判
224ページ
上製
価格 2,500円+税
ISBN
978-4-909544-15-5   COPY
ISBN 13
9784909544155   COPY
ISBN 10h
4-909544-15-1   COPY
ISBN 10
4909544151   COPY
出版者記号
909544   COPY
Cコード
C0095  
0:一般 0:単行本 95:日本文学、評論、随筆、その他
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2021年1月29日
書店発売日
登録日
2021年1月20日
最終更新日
2021年2月5日
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書評掲載情報

2022-07-30 日本経済新聞  朝刊
評者: 神崎宜武(民俗学者)
2021-04-24 信濃毎日新聞
2021-03-28 静岡新聞
評者: 石井正己
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紹介

「ここで私という人間の根柢になるものはすべて作られた」

長じて稀代のストーリーテラーと呼ばれることになる作家は、郷里・伊豆の風土から何を承けとったのか? 
「自伝風小説」を中心とした精緻な読みと、長年にわたるフィールドワークの成果から、作家の深奥に伏流する民俗世界を立体的に浮かび上がらせる。

目次

旅のはじめに

Ⅰ 井上靖の原郷──伏流する民俗世界
第一章 生きものへの眼ざし
第二章 植物との相渉
第三章 食の民俗
第四章 天城山北麓の冬
第五章 隣ムラ・長野へ
第六章 籠りの力
第七章 始原世界への感応
第八章 馬
第九章 狩野川──河川探索の水源

Ⅱ 井上靖の射光──ある読者の受容

追い書き
井上靖 作品名・書名索引

前書きなど

旅のはじめに

井上靖には『しろばんば』から『夏草冬濤』『北の海』へとつながる自己投影の色濃い作品がある。評論家の篠田一士はこれらの作品の範疇について『わが文学の軌跡』(井上靖、聞き手:篠田一士・辻邦生、中央公論社・一九八一年)の中で次のように述べている。「もちろん私小説とはぜんぜん違いますし、また、いわゆる回想記というものとも違いますし、それから、いままで話題にした現代小説というものともちょっと違いますし、ぼくは非常におもしろいものだと思うんです」──これに対して井上靖は、「あの一連の作品については、わたしは﹁自伝風小説﹂といういい方をしています。幼少時代から少年期までを取り扱ったもので、自分をはめ込んだ遠い歳月を書くといいますか」と応じている。同系のものには「馬とばし」「滝へ降りる道」「夏の焔」などがある。
『あすなろ物語』の前半にはたしかに右に通じる部分もあるのだが、後半は趣を異にする。作家自身が文庫化に際してカバー袖に寄せた「作者の言葉」の中で以下のように述べている。

私の郷里は伊豆半島の天城山麓の小村で、あすなろ(羅漢柏)の木がたくさんあります。あすは檜になろう、あすは檜になろうと念願しながら、ついに檜になれないというあすなろ(羅漢柏)の説話は、幼時の私に、かなり決定的な何ものかを植えつけたようです。この「あすなろ物語」一巻は、併し、自伝小説ではありません。あすなろの説話の持つ哀しさや美しさを、小説の形で取り扱ってみたものです。

冒頭に掲げたいわゆる自伝風小説の三部作を中央に据え、より仮構性の強い『あすなろ物語』を右に置くとすれば、左に据えるべき、作家自身との密着性の強い、事実に近い作品の中心は『幼き日のこと』であり、並ぶものに「青春放浪」「私の自己形成史」がある。いわば、「幼少年期の記」である。井上自身は『幼き日のこと』を「随筆風自伝」と規定している。
本書では、右の作品群に散文詩・エッセイなども加えて「井上靖の原郷」を探ることにする。
井上靖が構築した文学世界は巨大な山並み・山塊をなしている。ジャンルや素材、主題も多彩である。山並みをなす山々への登り口も多岐に及び、個々の読者によって、山裾のひそかな径から登りにかかる者もあり、いきなり要路にとりつく者もある。小さな谷を溯上する者もいよう。
私は恣意的な読者の一人である。登り口は自伝風小説『しろばんば』だった。『しろばんば』は昭和三十五年の一月から『主婦の友』に連載が始まり、三十六回の連載が三十七年の十二月に終わっている。そのころ、私の母は静岡県藤枝市岡部町玉取(旧志太郡朝比奈村)にある山あいの小学校の教員をしていた。その母が『主婦の友』を定期購読していたのだった。私は帰省するたびに『しろばんば』を貪るように読んだ。深い共感があった。己れが少年にもどり、高揚感をかきたてられ、鼓舞され、心を痛めるところもあった。戦前期に少年時代の前半を過ごした私には、この作品に登場する様々な遊びは自分の体験とほとんど一致するものばかりだった。同じ静岡県なので方言にもなじみがあった。「金廻りがよくなった木樵の子ずら」「普通の蜂じゃないな。くまん蜂だな」「本物の騎手になったら清の奴は日本一の騎手になるずらに」(傍点筆者)。
食物にも通じるものがあった。少年時代を旧榛原郡菅山村松本という相良のマチの在方で過ごした私は、軽便鉄道の通る相良のマチとそこに住む少年たちに気後れを感じるところもあったので、主人公の大仁や三島に対する思いにも共感するところがあった。
後日、自分が民俗学の世界に足を踏み入れてから『幼き日のこと』を読み返した。靖の幼少年期の豊かな感性によってなされた周囲に対する精細な観察、己れの心理、ムラとムラびとたちの有様、自然、とりわけ季節循環などについての精緻な記述に圧倒された。鋭い五感によって掬いあげられ、記録された事象が生動している。そこには豊かな民俗世界が描かれていた。井上靖の原郷に伏流する民俗世界を確かめてみなければならないと思った。それは、靖の人間性にも、文学にも、基調音のように響いているにちがいないと考えた。

著者プロフィール

野本 寛一  (ノモト カンイチ)  (

1937年 静岡県に生まれる
1959年 國學院大學文学部卒業
1988年 文学博士(筑波大学)
2015年 文化功労者
2017年 瑞宝重光章

専攻──日本民俗学
現在──近畿大学名誉教授

著書──
『焼畑民俗文化論』『稲作民俗文化論』『四万十川民俗誌──人と自然と』(以上、雄山閣)、『生態民俗学序説』『海岸環境民俗論』『軒端の民俗学』『庶民列伝──民俗の心をもとめて』(以上、白水社)、『熊野山海民俗考』『言霊の民俗──口誦と歌唱のあいだ』(以上、人文書院)、『近代文学とフォークロア』(白地社)、『山地母源論1・日向山峡のムラから』『山地母源論2・マスの溯上を追って』『「個人誌」と民俗学』『牛馬民俗誌』『民俗誌・海山の間』(以上、「野本寛一著作集Ⅰ~Ⅴ」、岩田書院)、『栃と餅──食の民俗構造を探る』『地霊の復権──自然と結ぶ民俗をさぐる』(以上、岩波書店)、『大井川──その風土と文化』『自然と共に生きる作法──水窪からの発信』(以上、静岡新聞社)、『生きもの民俗誌』『採集民俗論』(以上、昭和堂)、『自然災害と民俗』(森話社)、『季節の民俗誌』(玉川大学出版部)、『近代の記憶──民俗の変容と消滅』(七月社)、『民俗誌・女の一生──母性の力』(文春新書)、『神と自然の景観論──信仰環境を読む』『生態と民俗──人と動植物の相渉譜』(以上、講談社学術文庫)、『食の民俗事典』(編著、柊風舎)、『日本の心を伝える年中行事事典』(編著、岩崎書店)ほか

上記内容は本書刊行時のものです。