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がんサバイバー
ある若手医師のがん闘病記
原書: Vital Signs: A Young Doctor's Struggle with Cancer
- 出版社在庫情報
- 品切れ・重版未定
- 初版年月日
- 2017年5月
- 書店発売日
- 2017年6月1日
- 登録日
- 2017年4月19日
- 最終更新日
- 2023年6月12日
紹介
32歳の医師の胸に、がんが見つかった。「なぜ自分がこんなに目にあうのか」「がんがまた再発するのではないか」。急性疾患でもない、慢性疾患でもない、がんサバイバーシップ概念を提唱したモラン医師の闘病記がついに翻訳! 医師でもあり患者でもある稀有な視点から、長期入院・療養生活中の治療や日々の出来事、医療従事者や家族・友人との交流、医療システムの抱える問題などを鮮やかに描く。仕事を見つめ直したい看護・心理・医療の実務家や、新しい生活を築いていく若い当事者、家族の胸を打つ闘病記。
目次
第1章 病気のはじまり
第2章 包囲
第3章 カトリン
第4章 召喚
第5章 復活
第6章 棚卸し
前書きなど
日本語版への序文
一九七五年、三二歳の私は、新米の医師で妻と幼い娘がいた。撮影したばかりの自分の胸部レントゲンを観察したとき、がんに違いない大きくて危険な影が肺の中にあるのを見つけて、私は驚愕した。診断はすぐに確定し、私が注意深く設計していた生活は、自分の運命が、そして自分の若い家族の運命がどうなってしまうかという怖れ、怒り、全面的な苦痛によって、即座に埋め尽くされた。生か死かが、不安と揺れ動き続ける思考の焦点となった。いつになったら自分は死ぬのだろうか、それとも、いつになったら命が助かったとわかるのだろうか。いつになったら埋葬されるのだろうか。いつになったら人生を進めていけるのだろうか。
その疑問に答えることは、そう簡単ではないことが明らかになった。事実、いくつかの点で、今の私の中にもその疑問は存在し続けている。がんという診断は、望まない存在が自分の人生に侵入してきたことの刻印となった。短期的にはひどく破壊的で、そしてそれに続く歳月において永遠の亡霊となった存在。たしかに、サバイバーとしての私は精神と肉体をもち続けたのだが、生きることは、がんの治療、体力と身体機能における妥協、キャリアの問題、経済と健康の安全保障の不確実性、そして家族や友人のたくさんの心配をも含んでいるということに私は気づいたのだった。それとともに、がんの診断は、命、つまりただ生きていることに伴う不確実性と美しさについての新しい見方を私にもたらしたというのも事実だった。そして、私の場合、それは、自分の残された時間が六カ月であろうと六〇年であろうと、その時間を無駄にはしないという熱い決意をももたらした。
実際、そんなに単純なことではなかった。治療(手術、放射線、化学療法)はがんを打ち負かしたが、合併症と後遺症は何年も続いた。私の生活はがんによって変わってしまった。それは、身体的な限界、傷跡、健康保険の問題など、少しだけ挙げてみてもやっかいな変化だった。だがまた、それは予想もしなかったような仕方で、何十年にもわたって、新しい友情をもたらし、命の大切さの感覚を強め、大勢のがんサバイバーと介護者の懸け橋となるという変化でもあった。
診断のすぐあと、私は自分の「がんの旅路」について執筆する心づもりで日記を書こうと決意した。しかし、日記を書くという考えはあまりにも荷が重く苦痛であり、衰弱の過程でそれを諦めてしまうのに長い時間はかからなかった。私はひどく具合が悪く、自分自身の病気に対してジャーナリストとして振る舞うことなど不可能だった。だが、さらに時間が経過して、幸運にも初期の強い治療から先に進むことができ、健康を回復して元気が増し、患者になった医師が再び医師に戻ろうとしているそのとき、自分のこれまでたどった道について考え始めることができるようになってきた。私は、数年間にわたる自分の治療とそれが自分の生活と私の周囲の人々の生活に及ぼした衝撃をたくさん観察した。私は再び自分のストーリーの執筆に着手し、一九八三年、最初の胸のレントゲンの八年後、Vital Signs: A Young Doctor’s Struggle with Cancerを出版した。私はVital Signsを闘病記として執筆したのだが、がん治療の最前線からのはじめての個人的な報告でもあり、がんサバイバー運動に関する文献の中では早い時期の文献であったことがその後明らかになった。
Vital Signsの出版に続いて、私は販促のためのブックツアーで合衆国じゅうをまわる機会があり、がん治療センターのグループや聴衆として来ていたがん患者やその家族としばしば語り合った。これらの長い旅行と熱い議論を通じて、私にはっきりとしてきたことがある。それは、私たちすべてのがんの経験に共通するのは、実際の治療や個別の病気の経過や、死か寛解かの不確実性といったことではなく、まさしくその状況全体の不確実性だということであった。私たちはある診断を受けた。そして、同じように治療を受けたが、いつになったら病気を打ち負かすのか、もしくはいずれ病気を打ち負かすことができるのかどうかというようなことは、まったく不確実だった。同じように、実際のところ病気の経過が下り坂だったなら、どれくらい生きられるのかについてもほとんど予測することができなかった。サバイバーシップは、何よりもまず、不確実な事態であった。
サバイバルという季節
一九八五年の『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』誌(NEJM)の論考において、「がんにかかった医師の考察―サバイバルという季節」というタイトルで、私はサバイバルの三つの「季節」という概念を描き出した。最初の季節は「急性期」である。それは、診断の時点から始まり、最初の医学的治療を通じて続き、手術、化学療法、放射線の組み合わせによる病気との闘いにほとんど専念する時期である。第二の季節は、「延長期」である。それは急性期に続く季節であり、病院の外に生活はほとんど移り、治療を継続しつつ再発への怖れと格闘しながら家庭生活と職業生活を再構築しようと努力する。第三の時期は、「長期安定期」であり、長期的な生存を思い描くようになる。だが、そこでは、たとえ医療的にはがんは打ち負かされたとしても、しばしばがんが人生の一部であり続けるという現実がある。多くの長期安定期サバイバーは、乳腺切除術、傷跡、体力低下、切除術といった身体的な妥協とともに生きていく。仕事の安定、健康保険、親密な関係は、すべてがんの経験によって影響を受ける可能性がある。長期的な健康とともに治療の二次的影響と晩発的影響があるということもまた、サバイバーの生活に含まれる新しい要因である。
「季節」の考えは、個人の経験がたどるロードマップとして見るべきではない。それぞれの季節は、けっして直線的なものではない。再発によって、人はすぐ急性期に戻る。延長期は、短期間のことも長い年月にわたることもある。ある期間サバイバーとして生きたのち病気に屈服して死を迎えるというサバイバーもある程度いるのだから、死もまたサバイバーとしての経験の一部である。一人ひとりの個人の結果がどうなるかはわからないが、診断を受けてからの生活の状況はわかっている。そして、私たちはそれらの状況の中で生活していくのだが、そのような生活条件は多くの意味で明白であるにもかかわらず、それに十分な注意を向ける人はいなかったのである。
「サバイバルという季節」が長く支持され、サバイバーシップ運動の基盤となる報告としてしばしば引用されることになったポイントは、それが診断後の期間をたんなる生か死かについてではなく、短くとも長くとも、生活の支障という面から認識していたということである。その支障は、個人にとってはなじみがなく恐ろしいものだが、実際にがんの診断の結果として予測できるものであり、健康システムはそれに備えることができる。毎年何百万人もの人が経験するこの困難な領域を衝撃から守り、計画し、「文明化」するために、サバイバーシップの問題は、医療者(おもに医師と看護師)や患者自身そして家族が認識し、取り組むことができる。
サバイバーシップ運動
それ以降何年にもわたり、たくさんの組織が一緒になってサバイバーシップに注目した。一九八六年、私は全米がんサバイバーシップ連合の設立に協力した。それは、現在でもがんサバイバーの権利を代表する組織である。私たちは、「サバイバーシップ」という言葉を使うとき、診断の日から起こるすべてのことだとサバイバーシップを定義してきた。私たちは、ミーティングで堂々と立ち、自分はどのぐらいの期間のサバイバーかを話して自己紹介した。まだ最終結果が不確かだからという理由で、自分のことをサバイバーだと宣言するのは厚かましいとか早すぎるとか感じている人に対しては、診断の日以外にサバイバーとしての生活を始める日はない、と伝えた。そして、がんサバイバーとして私たちに共通する経験とその痕跡を一緒に明らかにしましょうと促した。
私たちは、がん患者を集めて、病いのストーリーを語り合い、気分の落ち込みや快適な装具の発見といった諸問題に対処した経験を分かち合うように奨励した。グループのサポート、情報交換そして現在ピア学習と呼ばれていることは、サバイバーの心身の健康に価値ある貢献をすることがわかった。私たちは、ニュースレターを執筆し、全国集会や地域集会を開催して、『旅の計画―がんサバイバーのための資源年鑑』というタイトルの本を出版した。年とともに、それ以外のがん患者グループが特定のタイプのがんに焦点をあてて発展してきたが、それらのほとんどは、サバイバーシップ・プログラムの積極的な支持者である。サバイバーシップの研究は、学会でも際立った活動となり、一九九六年に国立がん研究所はこのテーマの研究を進めるためにがんサバイバーシップ部門を創設した。二〇〇五年、全米科学アカデミーの医学研究所は、「がん患者からがんサバイバーへ―移行の中で失われるもの」と題した報告を発表した。この研究から生まれた最重要勧告は、次のように主張する。「最初の治療を終えた患者は、明確で効果的に説明された包括的なケアのサマリーとフォローアップ計画を提供されなければならない。この『サバイバーシップ・ケアプラン』は、腫瘍科の治療を計画した主治医によって書かれなければならない」。
サバイバーシップの強化
一九八〇年代から現在に至るこれらの発展を振り返ると、がんの状況は変わってきた。がんは、一般常識で治療不能と考えられていた不吉な病気から、たくさんの人がその病気を抱えながら生きる、それはしばしばかなり長い期間であるような慢性疾患に変わってきた。慢性疾患として、病気を抱える人々、そしてまた病気のあとを生きている人々に関わる医療的、社会的問題を扱うために長期的な戦略を計画することが重要になった。標準治療を達成して、適切なフォローアップと長期的ながんのケアについて、医師、看護師その他の人々を訓練し、サバイバーシップ・ケアプランを実行することが、このがんサバイバーシップの新しい現実に伴ってもたらされた課題である。これらの治療的介入の多くは、依然としてがん治療において必要な水準にまでは達していない。
二〇世紀終盤のがん治療成功の増加に伴って、サバイバーの数は着実に増加している。もちろん、これは個人のレベルでも人口全体としても祝福に値する。しかしながら、がんサバイバーは、最初の治療が人間の生理に毒性のある介入、つまり放射線療法と化学療法に基づいているので、しばしば最初の治療の後遺症を経験する。
それでもなお、がん治療の二次的影響と晩発的影響を経験するのが、多くのがんサバイバーの現実である。サバイバーの増加と治療法の増加に伴い、この問題はかつてよりも重要性を増している。たとえば、初期のホジキン腫サバイバーの多くは、一九七〇年代に若い人々への強力な放射線により治療が成功した人々だが、現在では、ホジキン腫治療における心臓への放射線の晩発性副作用として深刻な心臓疾患の早期発症を経験している。ある意味で、この「心臓障害」はかつて「治療不能だった」がんを食い止めるために行われた、攻撃的でしばしば実験的な試みからは予測されうるものだ。だが、ホジキン腫やその他の耐性がんに用いられる治療方法による予測可能な二次的影響は、いっそう重要な研究テーマとなる必要があり、がん治療による二次的影響を回避し、減らすための方法が求められている。このことは、がん治療の精度を向上させ、可能な限り薬物の投与を制限し、薬物の照準を合わせるための努力が腫瘍学者のコミュニティで続いていないということを意味しているのではない。だが、サバイバーのコミュニティの見方からは、がん治療は、治療の二次的影響と晩発的影響を見極め、闘うための、焦点があった長期的な見通しを必要としている。私たちは、治療から派生する長期的な問題がどのようなものであり、どのような環境のもとに生じるのか、可能な限り知る必要がある。これは、長期的がん治療の成功と賢明なサバイバーシップへの絶対的な必要条件である。
振り返ると
私は四〇年以上のサバイバーシップを振り返るというおおいなる贅沢を享受しているが、同時に、四〇年の喜びは、がんの遺産としての身体的妥協によって彩られている。それは、私の人生においてがんが果たした役割を思い出させてくれる。たしかに、この四〇年は、それがいかに簡単に失われてしまうのかを知ったことによって増幅された人生のスリルによって彩られてきた。妥協によって鍛えられた喜びは、サバイバーシップの本質である。サバイバーシップは、私たちの多くにとって、それまで知らなかったような強さで人間的な満足感をもたらしてくれる豊かな生き方である。友人のサバイバーが、かつて私に語った。「赤は、ますます赤く」。その言葉の意味は、望みもしないのに死の瀬戸際に行ってきたから、命の美しさが彼にとってより鮮明になったということだ。
サバイバーシップが、日の単位であろうと月の単位であろうと年の単位であろうと、たしかに、赤はますます赤くなるのだ。
版元から一言
若くしてがんにかかっても、医療技術により完治する人も増えています。しかし、闘病生活、さらにがんサバイバーとしての日々の生活を続けていくうえで、これまでにない新しい苦悩や課題が浮かび上がってきます。モラン医師は32歳の若さでがんにかかり、苦しい闘病生活を経て、なんとか完治しましたが、そのなかで「がん」を抱えながら生きていく本人や家族、そして患者団体の仲間たちの苦悩の様子を目の当たりにします。急性疾患でも慢性疾患でもない、がんサバイバーシップという概念を提唱したモラン医師の闘病記、必見です。
上記内容は本書刊行時のものです。