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a:9:{s:12:"shoshi_title";s:22:"絵描きと画材屋 ";s:11:"shoshi_isbn";s:17:"978-4-907902-15-5";s:16:"shoshi_publisher";N;s:11:"description";s:309:"筑豊の炭鉱町に育った洋画家が、少年時代から自転車ではるばる通った福岡の名画材店〈山本文房堂〉の店主と語り合った、滋味溢れる対談。日本を代表する洋画家と福岡の老舗画材店の、半世紀以上にわたる誠実な交遊の軌跡。";s:6:"author";s:22:"井口 幸久(著/文)";s:10:"publishers";s:9:"忘羊社";s:9:"publisher";N;s:9:"productor";s:9:"忘羊社";s:12:"release_date";i:1475074800;}

絵描きと画材屋 洋画家・野見山暁治と山本文房堂・的野恭一の五十年

芸術 ラノベ

井口 幸久(聞き手)
発行:忘羊社

A5判   160頁  フランス装
価格 1,700円+税

ISBN 978-4-907902-15-5   C0070
在庫あり(出版社情報)

奥付の初版発行年月 2016年10月
書店発売日 2016年9月29日
登録日 2016年9月6日

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重版情報

2刷 出来予定日:2017-02-01

紹介

筑豊の炭鉱町に育った洋画家が、少年時代から自転車ではるばる通った
福岡の名画材店〈山本文房堂〉の店主と、空襲の記憶、画材と文化、
思い出深き地元の画家、そして二人三脚で続けた公募展への
思いまでを語り合った、滋味溢れる対談。
日本を代表する洋画家と福岡の老舗画材店の、
半世紀以上にわたる誠実な交遊の軌跡。

目次

福岡大空襲の記憶
戦前の文房堂<
「山本」がついたのは戦後から
「何と絵描きの多い町だろう」と思った
文化なんて余計なものだった
金は出してくれたけど……
後藤新治氏渾身の「野見山暁治年譜」
タケミヤ画廊と北荘画廊
度胸も頭も良かった父
炭鉱は怖かった
京子夫人とクラブ「みつばち」
「みつばち」の裏口
驚きの記憶力  
「あれは僕のネクタイ」
日本の色、フランスの色
立ち見のできない映画館
同じ色は二度とできない
油絵の具と「立体」の文化
絵に表れる「生活」
「やってみる」ことの強さ
絵のままの風景
日本人が突き当たる壁
ニュアンスを察する文化
文章と挿絵について
「用途を持つ絵」は面白い
椎名さんの日本語
「サムホール展」の始まり
審査現場で起きること
「おじさん、サムホールって何ですか?」
インスタントな時代
本当に描きたい人のためのコンクール<

前書きなど

チビた鉛筆  まえがきに代えて

                                   井口幸久

 十年ほど前のこと、藤田嗣治のことを伺うために野見山暁治さんのアトリエ(福岡県糸島市)を訪ねたことがある。そのとき野見山さんがつぶやいた。
「チビた鉛筆一本で描いていたあの頃の方が、いい絵を描いていたかもしれない」
 あの頃とは戦火が激しくなって画材が欠乏した時代である。高所から見下ろすような絵は禁止。市中でもスケッチブックを抱えているだけでスパイ容疑をかけられかねなかったという。自由に描くことは困難だった。戦後もしばらくはまともな画材が手に入らなかった。
 私の周りでも道具の進化は目まぐるしい。新聞記事をパソコンで書くようになって簡単な字が思い出せなくなっただけでなく、原稿が軽薄になった。鉛筆を握りしめ手を真っ黒にして金釘流で原稿用紙に向かっていた新人時代の緊張感がない。馬齢を重ねたというだけではないような気がし、野見山さんのつぶやきを反芻するようになった。
 手段の進化は表現を飛躍させた。西洋絵画ならば油絵具の発明であり、さらに油絵具がチューブに入って印象派が生まれた―。
 だが、そこに行き過ぎがあるのかもしれない。今は画材店の従業員でも覚えきれないほどの画材がある。いわば手段の海。その海に表現が溺れているのではないか。
 山本文房堂は九州の画材店の草分けであり、的野恭一会長は福岡の画家ならたいていの人が知っている。画材と通じて野見山さんとも長い交友がある。
「画家と画材」というテーマは私の中でだんだんと熱を帯び、野見山さんと的野さんに語り合ってもらえば、きっと面白い話が聞けるだろうと思った。
 野見山さんに手紙を書いて二人の対談を申し入れたが、文化勲章を授章されてから野見山さんは超多忙である。やんわりとした断りの返信を受け取った。しかし諦めきれなかった。
 表現と手段の関係は絵画に限ったことではない。この国の閉塞、ひいては人間の疎外はここに原因の一端があるのではないか。そんな想いを抱いて野見山さんの東京のアトリエに押し掛けた。粗忽で厚顔なことである。このようにして二人の対談は実現した。
 さまざまな裏話を交えて語られた五十年の交友は、画家は画家として、画材屋は画材屋として実に誠実に生きてきたということであった。取りも直さず、困難な現代をしたたかに生きていくためのヒントに満ちていた。                             

著者プロフィール

井口 幸久(イノクチ ユキヒサ)

1956年、福岡市生まれ。1980年東京商船大学卒。同年、西日本新聞社入社。鹿児島総局、北九州支社、社会部、宮崎総局、文化部長、佐賀総局長等を歴任。2016年退職し、現在、西日本文化連盟事務局長。著書に『介護タクシーを知っていますか』(角川書店)『小伝・弥勒先生』(西日本新聞社)『石心 ―囲碁棋士・大竹英雄小伝』(石風社)がある。

上記内容は本書刊行時のものです。