版元ドットコム

探せる、使える、本の情報

文芸 新書 社会一般 資格・試験 ビジネス スポーツ・健康 趣味・実用 ゲーム 芸能・タレント テレビ・映画化 芸術 哲学・宗教 歴史・地理 社会科学 教育 自然科学 医学 工業・工学 コンピュータ 語学・辞事典 学参 児童図書 ヤングアダルト 全集 文庫 コミック文庫 コミックス(欠番扱) コミックス(雑誌扱) コミックス(書籍) コミックス(廉価版) ムック 雑誌 増刊 別冊 ラノベ
メディテーション 光の世界へ 中山 南(著) - イー・ピックス
.
詳細画像 0

メディテーション 光の世界へ メディテーション選書Ⅱ

B6判
縦182mm 横128mm
276ページ
並製
価格 1,500円+税
ISBN
978-4-901602-64-8
Cコード
C0076
一般 単行本 諸芸・娯楽
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月
2017年12月
書店発売日
登録日
2017年12月26日
このエントリーをはてなブックマークに追加

紹介

 この本は、著者がメディテーションをした際に、天界から降りてきた言葉をそのまま記録したものです。あるときは詩のように、あるときは物語のように紡がれる言葉が静謐な癒やしの世界へと読者を誘います。
 メディテーションがどのような展開になり、どのような言葉が降りてくるのか本人にもまったく分からないといいます。
 著者はクリスチャンという事もあり、この本に書かれているメディテーションはキリストの信仰を持つ人たちにはとくに親しみやすい内容です。クリスチャンは聖堂の中で1人神に祈りを捧げ、神さまの心と繋がろうとする祈りをよくしますが、著者のような「仲介者」を通して天界(神さま)と繋がるという習慣はあまりなく、そのような意味でこの本はとても貴重な本と言えます。
 著者のメディテーションによるヒーリングとの出会いは、ロンドン在住の時に車の事故に遭い、その際に受けたヒーリングがきっかけだと言います。その後そのヒーラーから手ほどきを得、メディテーションによるヒーリングの中に自分自身の使命を見出したのだと言います。
 メディテーションは、1人、2人、3人、あるいはそれ以上の時もあり、先ず著者が祈り、メディテーションをしたいと神さまにお願いすると、それに応えて天界から言葉が降りてくると言います。その言葉遣いも内容も、始まるまではまったく分からず、著者は「パイプ」になっているだけだと言います。
 このメディテーションの実際の様子を体感するために、メディテーションの音源の一部をダウンロードして聞くことが出来ます。(http://www.epix.co.jp/odaka/) 一度聴いてみることをおすすめします。
 マインドフルネスに興味を持ちながらも、今ひとつ心の平安を得ることが出来ないと感じている方にも、ぜひ手にとって欲しい1冊です。


この本は、その降りてきた言葉をそのまま文字に起こしたものです。あるときは詩のように、あるときは物語のように紡がれる言葉の中にゆったりと読者の心を委ねてはいかがでしょうか。

目次

まえがき 

一. 聞く
 1. 何の音だろう?
 2. 前方からの大きな光
 3. 笑いましょう/三人姉妹  
 4. 耳をつんざく音
 5. 神の国からの使者  

二. 光の玉
 1. 光の玉
 2. 光を受け取る
 3. Sさんのメディテーション
 4. 今日という日/地球の果て
 5. あなたに向かって一筋の光
6. 光を味わう

三. さぁ行ってみよう
1. 湖へ
2. 天のエネルギー
3. 月の砂漠
4. 砂地の道
5. 帆掛け舟に乗る/基本は一対一
6. 長い塀
四. 無限の可能性とは?
1. 受苦日
2. かつてのショック
3. 無限の可能性とは?
4. 聖霊の風
5. 持ち場
6. 神の御前に立つ/光と闇
五. 星と私
1. 星として生まれた私
2. 地球に来た私
3. 新月
4. 小さな芽生え

六. メディテーションの世界へ
1. イグアナ
2. 月光 闇を照らす
3. しかしあなた方二人は
4. 聖霊の風
5. 静かな昼下がり
6. ダンス!
7. 神に愛されている存在
8. 歌は祈り
9. 旗
10. 人びとのために
11. 何億光年も向こうから
12. 荷物を降ろす
13. 丹田から真直ぐに
14. 祈りは回帰する
15. 感謝祭(窓が開く/扉を開く)

(追録) たった一つの何気ない行為

あとがき 

前書きなど

〈まえがき〉
 本書のメディテーションは、私を含む二人以上のメンバーによる黙想の集いの際に、天から与えられた聖想です。
「メディテーションをしたい」と言われたら、たいていその場で即座に出来ます。集った方々は目をつぶり静かに待つ中、私が祈りを捧げます。すると、祈りに呼応して、私たちにふさわしい内容や言葉がすぐ与えられるからです。メディテーションには、神・キリスト・聖霊を通して派遣された方々が共にいてくださるのでしょう。時には、複数の方々の声のこともあります。私には、全く行き先を知らされないままですが降りてきたり湧き上がってきたり又見せられたりする光景をそのまま受け取って言葉にしてゆきます。その場に与えられる言葉は全員に共有され同一ですが、一人ひとりが異なった、独自の体験をします。

 メディテーションは、ヒーリング(healing、エネルギーの活性化)を受ける場でもあります。その内容は、メンバーそれぞれが必要とする、心・肉体・魂への天界からの愛のエネルギーそのものです。その味わいと味わい方は一人ひとり独特ですし、頂く体験にはご本人ごとに深い意味が籠められています。というのも、天界の方々は普段から私たち一人ひとりをよくご存知らしく、求めに応じてふさわしく対応し、適切に導いてくださるからです。
 友人から祈りについて聞かれるとき「求めることも大切」と申しますのは、祈りにはこの「呼応」があるからです(「求めよ、さらば與へられん。・・・門を叩け、さらば開かれん。」(「ルカ伝」/文語訳新約聖書、第一一章第九節)。祈りの中の求め「呼」は、人間の主体性に関わっています。自分で求める内容を自覚し、神に申し出ることにより「応」として与えられたものが時空の中でどのような位置にあり、どのように相互に関係しているかを知る基となります。祈りは聴かれなかったと思える事態にあっても、永い時間をかけ、広い空間をさ迷うとき、ふっと分ることがあります。時間と空間を永く広く視野に入れると分ってくるものがあります。
 キリスト教の愛は、神との呼応に於いて、又人々との関係に於いて享受するだけの態度よりもさらに何かしら積極性を求めていると思います。人間界で物理的に行動することも、黙って祈ることも然り(「祈りは愛の実践」 )。

 ここまで来て(七三歳)、皆さまに少しメディテーションの説明が出来るようになりました。感謝しています。皆さまとのメディテーションを楽しみにしております。

 本書を通してメディテーションの奥深さや、天とつながる神秘を感じていただけますなら幸せに存じます。今、静かに置いてゆきます。
                                               中山 南

〈あとがき〉
 天界からは随分前からメディテーション、メッセージ、ヒーリングのことをこの世に何らかの形で置いてゆくこととの命を受けていたが、たくさんの深いメディテーションの中から私ごときが選別も分類も出来ないと、永らくそのままにしていた。しかし、意を決して天界のご意思を遂行したいといざ始めると、不思議な助けが入ってきた。それはまさに聖霊の働きであり、(時に人間の形をしている天使のように)作業そのものや私の怠惰さを律し、推進力となっていった。
 このあとがきを書き始めたのは二○一六年一月で、私はリウマチの二回目の激痛期の最中であった。両膝の変形、両手首の腫れ、首周辺の炎症などがある。乳ガンはステージ三bといわれている。このような最中ではあるが、メディテーションをしたり、メッセージを受け取る時はシャン! とさせられ、その役割を果たせることが不思議ではある。心穏やかで快活でいられるのは、普段からのヒーリングのおかげということは明らかである。
 出来ればこの肉体を脱ぎ捨てたいと願う程のリウマチの激痛や乳ガンに対して、「あなたへの恵みは充分である」、又「あなたの痛みは、あなただけのものではない」という天からのメッセージがあり、こういう中で、「人は、イエスさまの十字架上の死を体現することもあるのではないか」と知るようになった。

 イエスは十字架上で最後に「わが神、なんぞ我を見捨て給ひし」(マタイ伝二七章四六節)という叫びをあげられた。しかし神はその叫び(の内容)に応ずることなく沈黙されたままイエスの期待に応えられず、イエスはその中で死を迎えられる。何故ならば、イエスにはさらに大きな責務があった。

 イエスさまはその死によって世界中の人間の罪を背負い、担い、救い上げてゆかれた。今日の人間社会においても、イエスさまは毎瞬時、これをしてくださっている。
 世の中には時に天界からの選びを受け、心身に激痛を与えられる人間がいるのだろう。十字架を担い確実にゴルゴタの丘に向かっているという実感である。それはあたかもイエスさまと同じ役割を少しだけ担わされることを許されているようだ。痛みをもつ者たちが訴える叫び、絞り出すような呻きの祈りは、世の苦しむ方々や、医療・看護に当たる方々、その関係者等の祈りと重なり、また代祷となる。やがてそれは世界中の人々の様々な痛み・悲しみを癒してゆくものとなる。祈りはそういう要素を含んでいる。

 近頃思うことは、祈りと素粒子との関係である。私の仮説だが、祈ると、ある種のエネルギーがそこに生ずる。そのエネルギーは、周りに浮遊する素粒子から成り立つ。素粒子は、それ自体は内容を持たないけれども、人々の思いや祈りのエネルギーをその中に取り込む性質がある。「質量」があるというのはそういう時かもしれない。祈りのエネルギーは隣の素粒子に影響し、次々と波及して広範囲に及ぶ素粒子群を形成し、内容をもつ一つの大きなエネルギーとなって空中を伝播し動いてゆく。だから、大勢で一斉に祈るとき、その内容をもつエネルギーは増大し世界中の人々に降り注ぐ。人はその内容を受け取り、その内容に呼応しようとする人も出てくる。
 『愛の鐘の音 響くとき』で伝えられている、「時間と日にちとを決め、地球のために皆で祈りなさい。世界的規模で、世界中の宗教を結んで。一般の人々も、自然にこれに和するであろう、」 このメッセージは、大きな意味をもつ。

 本書編纂の作業は、何度か頓挫した。それでも、毎日祈ってくださる方々や、メディテーションを共に続けてくださる方があり、料理を作り、無農薬野菜やビワ種・葉、干し柿などを届け、訪問し、語り笑い合い、チェロの生演奏をする等々の友人たちとの交流を楽しみ、また在宅聖餐式に与り、ビワ葉温灸師や漢方医、オーリング・マイクロ波照射医師等のお世話になり、そして介護保険を支えてくださっている日本の国民のみなさんのサポートを得ながら何とかここまで生活してきた。神さまが生かしてくださっている今を喜び、あとはふさわしい日をゆだねていたい。

 たくさんのメディテーションの中から、いくつかでもきちんとこの世に置いてゆくことが天界からのミッションと受け容れ、数年かけてその作業をしてきた過程に、具体的に快く協力してくださる存在が身近にあった。都丸(中山)美さんは、毎日ヒーリングの祈りをし、ほぼ毎回天界から私へ与えられるエネルギーの動きを透視(スキャンscan)し、そのレポートをファックスしてくださった。このことにより、激痛の中でも神・キリスト・聖霊への大きな信頼につながっていられた。また小林弘一氏のパソコン入力、木田新一氏の録音、CD作製、尾髙煌之助氏の編集全般、イー・ピックス出版社の熊谷雅也氏など、多方面の方々からの支えによって本書を著わすミッションを、休み休みとはいえ続けることが出来た。改めて感謝している。
 神さま、イエスさま、聖霊さま、ありがとうございます。

  2017年11月

版元から一言

 著者はクリスチャンという事もあり、この本に書かれているメディテーションはキリストの信仰を持つ人たちにはとくに親しみやすいのだと感じます。クリスチャンは聖堂の中で1人神に祈りを捧げ、神さまの心と繋がろうとする祈りをよく致しますが、著者のような「仲介者」を通して天界(神さま)と繋がるという習慣はあまりなく、そのような意味でこの本はとても貴重な本と言えます。

「メディテーションによるヒーリングは、心・肉体・魂への天界からの愛のエネルギーそのもの」だと著者は言います。編集者である自分自身、ゆっくりと著者のペースをつかみながら読み進めていくと、静謐な癒やしの世界へと没入している自分に気がつきました。

 心乱れる俗世間の雑音から逃れ、自宅の1室で心静かに天の心と繋がりたいと思うとき、手に取ってみてはいかがでしょうか。マインドフルネスに興味を持ちながらも、今ひとつ心の平安を得ることが出来ないと感じている方にも、ぜひ手にとって欲しい1冊です。

 このメディテーションの実際の様子を体感するために、メディテーションの音源の一部をダウンロードして聞くことが出来ます。(http://www.epix.co.jp/odaka/) 一度聴いてみることをおすすめします。

著者プロフィール

中山 南  (ナカヤマ ミナミ)  (

岐阜市に生まれる
立教女学院中・高校卒業
立教大学文学部英米文学科卒業(教員、学芸員資格取得)
結婚、一児の母

1972-1974年 ハーヴァード大学にて“English for foreign wives”受講
1980-1981年 フィリピンにて「フィリピンに学ぶ会」創設メンバー
1981-1991年 専門学校教員
1984年 受洗(日本基督教団)
1993-1994年 ロンドンのレドクリフ・カレッジ(神学校)聴講生
1995-2012年 旧約聖書学を木田献一氏に師事

ママの森幼稚園評議員、「憩いのみぎわ会」主宰、東京在住

著書 『愛の鐘の音 響くとき』 リトン
   『宇宙の鼓動をあなたに ーメディテーションー』 総和社

上記内容は本書刊行時のものです。