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イワシと愛知の水産史
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2019年11月30日
- 書店発売日
- 2019年11月30日
- 登録日
- 2019年8月5日
- 最終更新日
- 2020年4月3日
目次
第1章 近代におけるイワシ漁業と油肥製造業の発達
第1節 イワシの漁獲動向と本章の目的・・・・・・・・・・・・・・・
第2節 明治・大正期の内地のイワシ漁業と油肥製造・・・・・・・・・
第3節 昭和戦前期における内地のイワシ産業の発達・・・・・・・・・
第4節 朝鮮におけるイワシ産業の発達とイワシ油肥の統制・・・・・・
第5節 イワシ油脂の戦時統制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第6節 イワシ油肥の需給及びまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・
第2章 戦前のイワシ硬化油工業の発展と統制
第1節 本章の目的と視角・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第2節 イワシ油とイワシ硬化油の生産動向・・・・・・・・・・・・・
第3節 第一次大戦~昭和恐慌:イワシ硬化油工業の勃興と停滞・・・・
第4節 昭和恐慌期~日中戦争:イワシ硬化油工業の回復と発展・・・・
第5節 日中戦争~アジア・太平洋戦争:戦時統制と企業経営・・・・・
第6節 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第3章 愛知県水産業の近現代史
第1節 明治初年~日露戦争:水産業の近代化・・・・・・・・・・・・
第2節 日露戦争~昭和恐慌:水産業の発展・・・・・・・・・・・・・
第3節 昭和恐慌~戦時体制:水産業の変転と統制・・・・・・・・・・
第4節 第二次大戦後の水産業の展開・・・・・・・・・・・・・・・・
第4章 明治38年の「水産業経済調査」-愛知県と全国-
第1節 「水産業経済調査」と水産金融・・・・・・・・・・・・・・・
第2節 愛知県の「水産業経済調査」と「水産銀行ニ関スル調査書」・・
第3節 愛知県の重要水産業の経済と経営・・・・・・・・・・・・・・
第4節 愛知県における重要水産業の発展経過と操業・・・・・・・・・
第5節 全国の重要水産業の経済と経営・・・・・・・・・・・・・・・
おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第5章 近代の愛知県の魚市場と鮮魚流通
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第1節 明治期:鮮魚流通の拡大と魚市場の近代化・・・・・・・・・・
第2節 明治末・大正期:鮮魚魚市場の発展・・・・・・・・・・・・・
第3節 昭和戦前期による魚市場の停滞と回復・・・・・・・・・・・・
第4節 戦時体制下の鮮魚の配給統制・・・・・・・・・・・・・・・・
第5節 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第6章 愛知県における鮮魚の産地流通と漁業組合共販の発展過程
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第1節 明治中・後期:拠点市場と漁業組合共販の形成・・・・・・・・
第2節 明治末・大正期:拠点市場と組合共販の発展・・・・・・・・・
第3節 昭和戦前期:拠点市場と組合共販の停滞・・・・・・・・・・・
第4節 戦時体制下の組合共販の拡大と出荷統制・・・・・・・・・・・
第5節 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第7章 塩干魚市場の展開と経営-名古屋水産市場(株)の事例-
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第1節 名古屋水産市場(株)の創立と取引・・・・・・・・・・・・・
第2節 昭和恐慌期における名古屋水産市場(株)の再編・・・・・・・
第3節 昭和戦前期の塩干魚商と名古屋水産市場(株)の経営・・・・・
第4節 戦時統制下の名古屋水産市場(株)・・・・・・・・・・・・・
おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前書きなど
本書は、私がここ数年間に行ったイワシ漁業とその加工、愛知県の水産業の近現代史の研究を纏めたものである。これまで主に東シナ海・黄海の漁業、長崎県の漁業を扱ってきた(巻末参照)ことからすると対象が大きく変わった。また、イワシ漁業と愛知県の水産業はほとんど関係しておらず、偶々研究時期が重なっただけである。対象時期は一部の章を除いて、明治初期からアジア・太平洋戦争までの近代である。執筆方針は以下の3点である。①表題に沿って、全体の流れを叙述する。研究論文のように特定の事項、時期に焦点をあてることはせずに、実態に即して長期にわたる展開過程を叙述する。②漁業・養殖業、水産物の流通・加工の全体を経済と経営の視点から取り上げる。特定の地域、あるいは特定の業種についてその生成、発展、衰退の過程を叙述する。③資料として、雄松堂の「企業史料統合データベース」(2012年)にある企業の「営業報告書」を活用する。水産業は大手企業が少ないので、「営業報告書」も少ないが、経営に立ち入るには不可欠な資料である。「営業報告書」から営業を取りまく状況、営業方針、営業成績を拾い上げた。業界の動向と個別経営の動向を並記することになる。
本書は7章からなる。各章について若干のコメントをしておきたい。
第1章 近代におけるイワシ漁業と油肥製造の発達
これは拙稿「近代におけるイワシ産業の発達」伊藤康宏・片岡千賀之・小岩信竹・中居裕編著『帝国日本の漁業と漁業政策』(北斗書房、2016年)を大幅に加筆したものである。そもそもイワシ漁業・加工に関心を引かれた理由は、①イワシは最大の漁獲魚種で、関係者も多数にのぼる重要業種でありながらまとまった文献がない。②イワシの資源変動=漁獲変動は大きく、増大して戦前最大の漁獲高を記録し、戦後の早急な漁業復興をもたらした。こうした資源変動を抜きにして総漁獲高だけをみると戦前の漁業生産力の増強、戦後復興の目覚ましさ、大戦中の生産力の破壊を過大に評価することになる。そうした論説が多いことに警鐘を鳴らす必要を感じた。③イワシ漁業・加工は内地だけでなく、植民地・朝鮮でも大きく発達した。朝鮮での事業は日本人も多くかかわり、内地資本が投下され、製品の多くが内地に送られた。内地と植民地の水産業が一体化した代表例である。従来の研究は植民地の水産業を扱わないものが多いという反省がある。
本章では内地と朝鮮におけるイワシ漁業とイワシ加工の展開過程を明治・大正期と昭和戦前期、戦時統制に分けて叙述した。イワシは鮮度落ちが早く、一時に大量に水揚げされると生食はもとより食用加工も限度があって、大部分は油肥製造に向けられた。このため、本章では生食用、食用加工は省略して油肥製造に焦点をあてた。イワシ缶詰製造については先進県・長崎県を事例に取り上げたことがある(拙著『西海漁業史と長崎県』(長崎文献社、2015年)所収)。
第2章 戦前のイワシ硬化油工業の発展と統制
イワシの大半が油肥加工され、イワシ油は硬化油に加工されて、石鹸、火薬、ろうそく等の原料となった。数少ない水産物の工業利用である。こうした利用途の拡大・消費需要の増大がイワシ漁業の発展の背景にあった。著者が所属する漁業経済分野は水産加工も取り上げるが、一次加工だけであって二次加工以後には触れないことが多い。イワシ油は当初は〆粕製造の副産物であったが、次第に主産物となっており、その消費需要に関心を広げざるを得ない。第1章の続編としてイワシ油の二次加工分野に分け入った。油脂工業(硬化油工業はその一部)は初めて触れる分野で、製法、設備、製品名、需給関係など基礎から学ばなければならなかった。
イワシ油は日本独特の硬化油原料であり、硬化油工業には魚油から硬化油を製造する企業(後に新興財閥となる企業)と硬化油を利用する企業(大手石鹸企業)の双方から参入している。そのうち最大の油脂企業は内地、朝鮮の双方で君臨する日本油脂(株)で、同社はイワシ漁業・油肥製造も統合した点で特徴がある。日本産業(株)の水産部門は日本水産(株)に集約されたとばかり思っていたので、同じ系列の日本油脂がイワシ漁業・油肥製造で最大手になっていたとは驚きであった。この他、注目されたのは石鹸原料をめぐる輸入派(牛脂等)と硬化油工業界との対立、硬化油工業界のトラスト結成、戦時統制下での軍需向けへの集中化など、一方でイワシの豊凶、他方で世界の経済・軍事情勢に大きく左右される油脂業界のダイナミックな動きであった。
油脂企業には多くの『社史』があり、また、「営業報告書」が残っていて、イワシ漁業とのかかわり、硬化油工業界や企業の動向が跡づけられる。
第3章 愛知県水産業の近現代史
私は愛知県出身でいくらか土地勘があるので、『愛知県史 通史編近代1、2、3、現代』(愛知県、2017~20年)の執筆者の一員に加えていただき、水産業を担当した(している)。しかし、割り当てられた分量は全体的に少なく、かつ巻によってばらばらなので、大幅に加筆して分量も揃えた。また、製塩業については割愛した。時期区分は巻全体と同様、戦前は明治初期~日露戦争~昭和恐慌~戦時体制とした。それぞれについて漁業制度・政策、漁業・養殖業、水産物加工、流通について記述した。戦後については時期区分をせずに平成初期までの主な事項について概説を試みた。
愛知県水産業で特徴は、漁業はイワシ漁業と打瀬網漁業が、養殖業はノリ養殖とウナギ養殖が2本柱になっていること、伊勢湾、三河湾といった内湾漁業が主体で農業兼業も多いこと、水産物流通では産地・消費地ともに拠点市場が形成され、また、統合された塩干魚市場が出現したことなどである。打瀬網やウナギ養殖については初めて扱う業種で、打瀬網・機船底曳網は制度と実態との角逐、ウナギ養殖は養殖方法の発展過程が興味深かった。また、高度経済成長期の漁業構造改善事業、港湾整備と工業用地造成による漁業の犠牲、名古屋市中央卸売市場の形成過程も興味深かった。
第4章 明治38年の「水産業経済調査」-愛知県と全国-
明治38年に国会で決議された水産銀行設立のための基礎資料となる水産業経済調査が全国的に実施された。調査結果は稿本として纏められたが、印刷公表はされず、各府県の調査報告はほとんどが逸散している。わずかに長崎県では市郡から県にあてた報告資料が残っていたので、その論考は拙著『長崎県漁業の近現代史』(長崎文献社、2011年)に収録したが、『愛知県史』に参加する過程で県が調査結果を纏め、国へ提出したものが雑誌『尾三水産会報』に載っていることがわかったので、その内容紹介と全国との比較を試みた。
水産業経済調査では主要な漁業、養殖業、水産加工業について水産金融だけでなく、業種の全体と経営内容が示されている。同一業種について全国と比較することによって愛知県の位置を知ることができる。
第5章~第7章は愛知県の水産物流通と魚市場について述べたものである。 第5章 近代の愛知県の魚市場と鮮魚流通
名古屋市と豊橋市などの魚市場について、運搬手段の発達と流通圏の拡大、魚市場数、市場制度、取引高の動向、市場業者の問屋-仲買人-小座人(仲買人の名義で売買に参加する小売商)の関係、取引方法、代金決済について叙述した。注目点は、市場秩序の形成過程、市場経営と市場間競合、出荷側・買受側との利害調整、仲買人は仲卸をせず、小座人も取引に参加する制度、市場規模の大小と立地による違い、である。市場秩序の形成過程で、市場法の制定、市場業者の分化、取引原則の確立、問屋資本から商業資本への脱皮、荷主重視から買い手重視への転換が進行した。仲卸をしない仲買人、仲買人名義で取引に参加する小座人の存在は新しい発見で、こうした事例は愛知県だけでなく、九州でもみられることがわかった。戦後、小売商の取引参加はなくなり、仲買人から仕入れる常態に戻っている。
第6章 愛知県における鮮魚の産地流通と漁業組合共販の発展過程
鮮魚の産地流通を漁業の発達、運搬手段の発達、漁業組合の共同販売(組合共販)に関する政策を背景とし、拠点市場と組合共販、組合共販も知多南部、知多北部・西三河、東三河に分けて考察した。産地拠点市場には、伊勢湾奧に位置し、名古屋市に隣接する愛知郡下之一色町と三河湾に面し、東海道線で出荷する宝飯郡三谷町があり、地元漁民の水揚げだけでなく、他地域の漁獲物の集散拠点となった。組合共販は知多南部で漁業組合結成前から萌芽し、組合設立後組合共販に移行し、知多北部、西三河にも普及した。東三河は水産加工品の共販が主体。拠点市場、知多南部、知多北部、西三河、東三河の組合共販について販売手数料、負担者、歩戻し、代金決済を比較した。
産地商人と対立しながら組合共販が創始される過程が実証的となったこと、組合共販の初期には運転資金の不足から買い手から代金を回収して後に荷主に支払ったり、販売代金の一部を運転資金に利用したりしたこと、知多南部では販売手数料が売り手と買い手双方から徴収していたが、次第に売り手負担にするとともに、他の宇お市場なみに販売手数料の引き上げ、代金決済方法をとるようになった。販売手数料の荷主負担しか念頭になかったので驚きであった。
第7章 塩干魚市場の展開と経営-名古屋水産市場(株)の事例-
塩干魚は保存性があることから塩干魚専門市場は少なく、鮮魚や青果との兼業であったり、場外問屋として展開する。名古屋水産市場(株)は塩干魚問屋が統合した例外的な例で、その「営業報告書」が利用でき、実態が不明なことが多かった塩干魚市場の営業、経営状況が把握できた。当社の取扱品はカツオ節、塩干魚、北海産物、ノリ、乾物、缶詰、果物、そして鮮魚に及ぶが、そのうち北海産物、ノリ、乾物、果物は昭和恐慌期に場外問屋と合同して分社化した。当社は子会社を含めて名古屋市及び近郊の塩干魚流通で支配的な地位にあった。
昭和恐慌期の組織・業務改革、ノリの組合共販・入札市が広がっていく過程(第6章とも関係する)、戦時体制下の塩干魚統制と戦後の塩干魚流通の実態を知ることができたことは収獲であった。
7編のうちいくつかは水産史研究会(伊藤康宏島根大学教授、小岩信竹東京海洋大学名誉教授)や漁業経済学会で発表し、そこでのコメント等を参考にした。愛知県に関する資料の多くは、県史編さんにかかわった機会に収集した。県史編さん室の方々から諸種の便宜を提供いただいた。深くお礼申し上げます。
元号が令和になった年の7月
表紙の口絵の魚は長崎大学付属図書館所蔵の「グラバー図譜」から再録した。「グラバー図譜」は日本で最初に汽船トロール漁業を始めた倉場富三郎(貿易商トーマス・グラバーの子)が長崎魚市場に水揚げされた魚介類を日本画家に描かせて編集したもので、インターネットのホームページ上で公表されており、図集も出ている。
上記内容は本書刊行時のものです。