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返り見すれば
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2011年4月
- 書店発売日
- 2011年4月23日
- 登録日
- 2011年4月13日
- 最終更新日
- 2011年4月23日
目次
老いの終末
一夜
返り見すれぼ
あとがき
前書きなど
あとがき
この本は私の五冊目の作品集である。内容のうち「老いの終末」は『札幌文学』第七十二号(二〇〇八年刊)に、「一夜」は同七十四号(二〇〇九年刊)に発表したものである。そのあともう一編ものにはしたが、これは愚作で、単行本に入れられるようなものではない。そこで年も年だし、かねてから胸に幡(わだかま)っていた多少長いものを書き、これを加えて一冊にしようと思い立った。それが後半に掲載した「返り見すれば」である。
かなりに辛い仕事であったが、書きおえた今になってみればそうなるべきものであった。私は二十代の若さの盛りに一度だけかなり長いものを書いたことはあるが、その後六十歳の中頃まで、主として仕事の関係からせいぜい七、八十枚のもの、それもボツボツと間をおいて、ようやく文学と繋ってきた。仕事から引退すると作品の数そのものは増えたが、長さはこれまでと同様のがつづいた。つまりすっかりその型に慣れてしまっていたのである。
それがこの歳になって、まず百六十枚ほどになった構成をものにするのに意外なほど手をやいた。考えてみれば当然である。ただ八十枚を倍にすればそれでいいというものではないが、もう頭はそう働いてはくれなかった、枚数が倍になることは、作品の質も根本から変わる、それをどうやら悟って構成をし、ようやく執筆にかかった途中で八十二歳になってしまった。つまり七十歳の壁などと称するのは何ほどのこともなく過ぎたので、今度も高をくくっていたのだが、実は八十歳を越えるというのは大変なことだった。平坦な山がいきなり急峻になり、足取りもそれに準じてよろけることを思い知らされたのである。しかしもう遅い。ようやく構成した大筋を何とか頭に入れておいて書き進むということ自体、今までに経験しなかった緊張を要求されることになる。ダブリ記述をやったのではないか、とある夜おそくに飛び上がったことさえある。
そういう経過をたどってようやくこの作品を書き上げたのであるから、今後さらにこの規模の、構成の整ったものを書いていくのはもうできないのではないか。老化は待ってはくれないからだ。したがって多分これからは、短いものを急がず書いていくことになろうが、無論それがただの干からびた老人小説では書く意味がない。若い人のとはもちろん違いはするが、滴り落ちる清洌な老境小説とでもいうか、あるいは永く漬け込んだ酒の肴のように小さくても独特の匂いと味覚に溢れた作品を、世に送り出したい。そしてこれもまたまぎれもない文学であるということを、読者の納得を得たい。真っ赤になった初校を眼にしながら、こういう思いが不安とともに頭をよぎっている。
この本の刊行に当たっては、中西出版株式会社の河西博嗣氏に諸事様々な点でお世話になった。また妻の小野礼子(北海道水彩画会・会員)には表紙絵、カットのほか、校正などでも様々に手を煩わした。列記して感謝の意を表する。
上記内容は本書刊行時のものです。