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勤労学徒たちの太平洋戦争
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2009年8月
- 書店発売日
- 2009年8月2日
- 登録日
- 2010年2月18日
- 最終更新日
- 2015年8月22日
書評掲載情報
2009-09-06 | 読売新聞 |
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目次
はじめに 小林博明
第一章 屍を乗り越えて
第二章 軍国の少年少女たち
第三章 戦況悪化と学徒動員
第四章 陣地建設と木製機造り
第五章 破局に向かって
第六章 本土決戦準備
第七章 空襲、艦砲射撃の恐怖
第八章 敗戦の陰で
第九章 ソ連軍侵攻と開拓団
第十章 北方の暴虐
第十一章 それぞれの八月十五日
第十二章 米軍進駐
第十三章 同胞を救え
終章 日本が見えない
略年表
主な参考文献、資料
「勤労学徒たちの太平洋戦争」に寄せて 作家 田中和夫氏
あとがき 若林 滋
前書きなど
あとがき
十二月八日を知る者減りゆきて
中学生ら「それ何の日」
これは筆者の故郷、士別市で医療活動のかたわら長く文学、ふだんぎ運動を進め、平成十九年札幌で亡くなった、医学博士で歌人の斉藤昌淳氏の作です。
昭和二十年(一九四五)八月十五日以降の戦後生まれが総人口の七五%、初めて四分の三を上回ったといいますから、開戦の日はもちろん先の大戦を知る者が少なくても不思議はありません。
筆者は昭和九年(一九三四)生まれ、小学校が国民学校に変わった十六年、太平洋戦争開戦の年に入学し、四年後に敗戦の日を迎えました。戦後の混乱の中、新制中学、新制高校を卒業。二十八年春、大学受験のため訪れた仙台市が未だに戦災の痕跡をそこここに残しているのに驚いた記憶があります。日本中が米軍の空襲や艦砲射撃を受けたにもかかわらず、わが故郷は幸い一機の米軍機を見たこともない、いわば“戦争辺地”でした。
それでも出征兵士を送り、白木の箱を迎え、出征兵士の家の畑仕事など援農に駆り出されました。図画の時間に、米軍機が火を吹いて墜落する絵を描き二重丸をもらって喜び、目と耳を塞いで地面に伏す退避訓練に緊張しました。敗戦後、大勢の復員軍人や引揚者を郷土に迎えました。その人たちの話から、戦争の修羅を知り胸が痛みました。
大学当時は全学連華やかな時代。反戦平和を言ってさえいれば普通の学生で通り、それが習い性となったように、長く戦争の話をタブーにして過ごしてきたように思います。
戦後六十四年、「もはや戦後ではない」と言われてから半世紀余。このところ憲法改正論議が高まり、戦争責任を検証する動きも出てきました。これまで本屋や図書館で手にすることさえなかった、学徒出陣などの本に目が行くようになりました。
そこで気づいたのは学徒動員を扱った出版物は多数あるのに、勤労動員に関する文献が極めて少ない事でした。勤労動員の中心になった旧制中学校、高等女学校などの在籍者は八十歳前後から上の人です。今のうちに記録しなければ、というのが本書をまとめた動機です。
北海道屯田倶楽部名誉会長小林博明さんは北海中学時代、援農や軍需工場への勤労動員に明け暮れ、敗戦後、占領軍の農地解放政策で大学進学を断念しました。格好の語り手役として登場してもらい、監修をお願いしました。
知られざる勤労動員の少年少女らに光を当て、彼らの体験を通して太平洋戦争を振り返りました。拙著が先の戦争や昭和史を考える、手がかりの一つになれば望外の喜びです。~後略~
上記内容は本書刊行時のものです。