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人間社会の日本歴史 個人史と歴史潮流の視点

歴史・地理 ラノベ

竹内 康朗(著)
発行:七つ森書館

四六判   272頁  並製
定価 1,800円+税

ISBN 978-4-8228-1776-3   C1021
在庫あり(出版社情報)

奥付の初版発行年月 2017年6月
書店発売日 2017年6月10日
登録日 2017年5月25日

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紹介

「人間が歴史上積み上げてきた最良の歴史的産物はデモクラシー制度である」(「はじめに」より)。
年代と項目ごとに現状分析から初めて、歴史事実に基づいて、現代をどのように考えるか、同時に今後どうすべきかを考えます。

目次

はじめに

プロローグ この列島に住み着いた人々

第1章 日本という国づくり

第2章 軍事(武士)政権による統一国家の確立

第3章 天皇制立憲主義による近代国家の成立と富国強兵

第4章 二度の世界戦争における「国益」と民衆

第5章 戦争を引きおこさない国をめざして

第6章 戦争に巻き込まれる国から戦争に備える国へ

第7章 戦争ができる国づくり(国益と民益のせめぎあい)

第8章 脱原発と保守の暴走

第9章 歴史から浮かび上がる今日的課題
    (1)アジア諸国(特に中国とアメリカ)との関係
    (2)民主主義と平和の問題
    (3)これからの地球と経済の問題
    (4)「東アジア共同体」構想の概念
    (5)歴史と教育の問題
    (6)今の心境

主要参考文献

前書きなど

はじめに

 2014年2月、東京都知事選挙が済んだ。私が注目した一つは、候補者田母神俊雄の得票数であった。陣営の目論み30万票を大きく上回り60万票を超えた。出口調査によれば20歳台の得票数が候補者中2位という。落胆と同時に何故この様になったのかを考えねばならない。メディアが、選挙期間中に主要候補者3名に田母神を加え4候補を主要候補として同列に扱う状況に違和感をぬぐえなかった。3名がどれほど知事として相応しいかは、私には判断しかねる。しかし、彼は単なる戦闘機乗りであり、「事実誤認の作文」を書いて幕僚長を更迭された人物である。そのような候補者を、同列で扱うメディアの見識を疑った。世情の反映なのか、それともメディアによるコントロールか。
 問題の核心は、目立つことには熱心な反面、傲慢な発言の割に現状分析が薄っぺらで、歴史事実に誠実に向き合おうとせず、政治を商売の道具と見做すような政治家たち。加えて、冷静で知的な見識をあまり持ち合わせてなさそうな御用学者やメディア人の尻馬に乗っかり、旗を振る人々。このような人たちがなぜ今日これほど大手を振って闊歩できるのかだ。たしかに、本音を公言し更迭された政治家は過去にも数多くいた。言いたいことも言いにくい社会を望む人はほとんどいないはずだ。にもかかわらず何故私たちの社会は、そちらの方向へ向かおうとしているのか。高圧的かつ恫喝的な主張がはびこるのであろうか。
 私は、ナショナリズムもポピュリズムも国家機密情報も一括して100%否定する思考方法を採らない。にもかかわらず、彼らの言動には、理性・知性・合理性・歴史的事実とその認識・政治哲学・倫理観・法治主義・立憲主義の欠如を感じざるを得ない。加えて人間的誠実性も感じさせない。ことさら強い国を念じ、先のことも考えず、自分だけを大切にし、目先の利益を最優先にして、言いたいことをまるで狂犬の如く叫んでいるように見受けられる。彼らの傍若無人な振る舞いを受け入れる素地がこの国の人々にあるからこそ、彼らの存在感があるのではなかろうか。狂犬は保健所が引き取る(人間は対象にしないが、「狂犬病予防法」では都道府県知事にその権限がある)はずだが……。
 はたして、これらの状況は何を意味しているのか、どうしてかような状況になってきたのか。このまま流れに身を任せてゆくことのほうが楽ではあるが、それで良いのだろうか。私は、いままで政治的目的の達成を目指す如何なる組織・党派にも属したことはない。何故ならそういった活動組織をうらやましく思うことがなかったからだ。組織の力が特定の目的を実現する有効な手法であることは承知している。しかし組織には同時に弊害も存在する。まず個人の自由や個の尊厳が妨げられることを伴わざるを得ない。そうはいっても自分の理念・考え方・ものを見る目に沿うところには賛同してきたつもりだ。逆にそうでなさそうなものには批判をしてきた。選挙権の行使や自己の見解を表す意味でのデモンストレーションにも時には参加をしてきた。そして僅かではあるが発言の機会はそれなりに活用してきた。しかし特定の組織・党派には今後も身を置くことは決してしない。でも一体どうすべきなのか。傍観者でいることは許されない。この国に生まれ、生きているひとりの人間として。
 そこで、年代と項目ごとに現状分析から始めて、歴史事実に基づき、現代をどのように考えるか、同時に今後どうすべきかを考えたい。すなわち歴史から学び、歴史の教訓を学びだすことである。その為には先人たちの研究成果の恩恵に負うことであり、加えて私自身の(ささやかではあるが)学習と経験してきたことを前提とすることは当然である。
 そこで、
⑴ 歴史の把握=歴史とは過去を学ぶことにより現在が解り、時には自分の国の恥部から眼を離さず、未来への教訓にすること。
⑵ デモクラシー、ヒューマニズム、戦後民主主義の価値と意義および反省点について。
⑶ 法とは何か、国と人民、法治主義、法の支配、立憲主義について。
⑷ 経済とは何か、資本主義と社会主義、富の分配と公正、税、経済発展、人間のための社会的共通資本について。
⑸ 公共と個人、人間の自由、公共の福祉、少子高齢化状況、倫理・道徳について。
⑹ 気候変動、地球環境とくらし、里山、農作業と肉体労働、食糧問題について。
⑺ 平和と戦争、国際情勢、教育、宗教、世論、若い世代、家族、健康、生きがいについて。
 ⑴から⑺を大切な視点として捉えながら、同時に歴史を学びながら、どうしてそのような事態になったのか、現代に生きる自分にとってどのような意味を持つのか。学生時代を含め、先達の論文から多くを学んできた。それに日々の新聞や雑誌の記事にも学ぶところが多い。と同時に批判精神を忘れることなく読むように努めようとした。反省と教訓も忘れることなく書いてゆきたい。
 私が、大前提にしている理念がある。一つ目は、世の中に絶対というものは、二つを除いて存在しない。生あるものは死ぬものであるということ。生き物は誕生した瞬間から死・消滅に向かって歩み続ける。動物のみならず植物も同じである。また、国や社会における絶対的権力は、自ら腐敗し必ず崩壊する。このことに例外はない。二つ目は、人間が歴史上積み上げてきた最良の歴史的産物はデモクラシー制度であるという認識を持つ。いかに崇高な理想を掲げようとも独裁権力は受忍できない。同時に常に批判の目を持ち続け、自由に発言し、人民が主人公として参加できる制度でなくてはならない。人間を手段とするがごときの思想や制度や権力に魅力はない。
 尚、史実については『日本史年表第4版』(岩波書店、2003年第2刷)に基づく。

  2017年4月  竹内康朗

著者プロフィール

竹内 康朗(タケウチ ヤスオ)

1949年、愛知県知多郡岡田町(現知多市岡田)生まれ。愛知大学法経学部卒業。
1971年、製造メーカー(現:ダイナパック株式会社)に就職し、営業・株主総会関連・内部監査に携わる。
2010年、定年退職後、農作業に勤しみ晴耕雨読を実践中。日本近現代史をライフワークとする市民。

上記内容は本書刊行時のものです。